酒場で再会です
夜のカーラーンはきらびやかな都市だった。
王都と言うだけあって魔石による街灯がそこかしこにあり、都市全体が煌めいて見える。
道もしっかり整備されており石畳が敷かれていた。
元いた国でガイドブックに書いてあった外国がそこにはあった。
俺はふらふらと夜の街を歩いていた。
それというのもセリアはエリスと一緒にどこかへ行っており、オズマはクラスタを連れ立って稽古中。
俺だけ除け者と言った状況である。
繁華街は夜だというのにそこそこ人が行きかっている。
娼婦の恰好の女性から何度か声をかけられた。セリアが怖いのでもちろん断ったが。
ふと裏路地から罵声が聞こえてくる。
トラブルに巻き込まれないためにも、路地裏に入るのは止めた方がよさそうだ。
俺はふらふらと人気のある酒場に立ち寄った。
酒場には人でにぎわっていた。酒場で一人飲むのも悪くはない。
俺は店の一番端の席に座る。
「兄ちゃんどうした?」
席について酒を注文し終えると、いきなり横から声をかけられた。
視線を向けるとジョッキを持った中年のおっさんがこちらを見ていた。
かなり酔っているのか顔が赤く酒臭い。
「あんたは?」
「俺はウーガンって言うもんだ。一人でやってくる客ってのが珍しくてな。
ついつい声をかけちまった」
「俺の名前はユウ。ドルトバから旅してきたんだ。カーラーンには今日ついたばかりでね」
「旅行者か。しかし北限からここへやってきたのか。ずいぶん遠くから来たもんだな」
ウーガンは感心した様子で俺を見る。
ちなみにここでいう北限と言うのは人間の住める最北端と言う意味である。
ドルトバは人類のある最北端の街なのだそうだ。
それ以降は魔族の住処であるために人間は寄り付かない。
実際百年前に魔族の領地を手に入れようと軍を送ったが
絶対不可侵領域とか物騒な呼び名がついている。
「これからファルフ街道使って南に向かうか考えているんだが…」
「そりゃ、運が悪かったな」
酒を飲みながらウーガン。
「なぜ?」
「ファルフのウォルゲン渓谷は今の時期通行止めだ。
ホーンウルフどもが出没する上に雪に埋もれた渓谷を抜けていく必要がある。
雪に埋もれた道を踏み抜いて滑落とかよくある話だ」
魔物相手は全然問題ないが、滑落とか怖過ぎる。
「おい、ダンカんところは行商の連中と付き合いあったよな。
こいつが南に行きたいって言ってるんだがウォルゲンは今はどうなんだ?」
男はななめ背後にいる男に声をかける。
「ウォルゲン渓谷か。抜けるとするなら今がぎりぎりだな。
二三日前に南に向かった行商のダレウの奴も俺が最後だって言ってたぞ」
ダンカと呼ばれた男が酔っぱらった様子で答えてくれた。
「渓谷を通らない方法はあるのか?」
「うーん、東ルートは南に行くのに相当な迂回ルートになるな。
東のユラン高原を抜けてチョモラス山脈を回り込む方法だ」
チョモラス山脈については少し前にセリアから聞かされていて
断崖絶壁で標高も高い山々が連なる場所だという。
こっちの南下ルートも現実的ではなさそうだ。
「リーブラまで戻って西のカルゴ山脈を抜け海に出るって方法もあるが
西の山脈は険しい上に越えるたとしても海は大荒れだろうぜ」
南下と言う選択肢はどうやっても厳しいらしい。
仲間のセリアは『先祖返り』として狙われている。
それというのもこのカーラーンの貴族の間では『先祖返り』が高値で取引されるためだ。
カーラーン王立図書館等にも興味があったが、セリアの安全には代えられない。
できることなら早々にここカーラーンを抜けて南に抜けたかった。
「宿を貸し切って春まで待った方がいいって。伝がないなら紹介してやろうか」
「そのときは頼むよ。
もしこのカーラーンで冬を越すならどうしたらどのぐらいかかる?」
「あんちゃんの手持ちがどれぐらいあるかわからないが覚悟した方がいい。
冒険ギルドも冬の間の仕事はほとんどねえし。
冒険ギルドに所属してる連中はここから離れるか、もしくは動ける間に稼ぐかだからなぁ」
男の話はここに来るまでに聞いていた通りだ。
この状況だとかなり現実は厳しそうだ。
これはダーシュが提示してきた食客という選択肢が最もよさそうではある。
俺が考え込んでいると気が付けば酒場から音が消えていた。
隣でしゃべっていた男も口をあんぐり開けたまま動かない。
何事かと思い振り返ろうとすると、俺はいきなり何者かに背後から抱き着かれた。
魔族である俺が背後を取られたのに俺は驚きを隠せない。
俺が振り返れるとそこにはとんでもない美女がいた。
俺は思考を停止し、言葉を失う。
黄金を思わせる波打つ金色の髪。大理石を思わせる肌。
芸術品を連想させるほどの均一のとれたしなやかな肉体は酒場中の視線を一身にうけている。
この状況は一体…。
「ユウ様」
背中から感じる感触が柔らかい。
酒場中の殺気の籠った視線が俺に集まってきてる気がする。
「ど、どちら様でしょう?」
動揺を隠しきれずに俺はその美女に尋ねる。
断じてこんな美女と知り合いなわけがない。
そもそもこんな美女、知り合いだったのならば忘れようがない。
「まだ気づかないの?ユウ様」
不快ではないが、背中にあたる胸に何か覚えがあった。
こんなこと以前にもあったような…。
「私よ。ネ・イ・ア」
その美女は耳元でささやきウィンクする。
その言葉にかつて魔族の顔役である六人の一人の面影がその女性に重なる。
「あ…。ネイアさん…」
俺は唖然としてまじまじとその女性を見つめる。
ネイアと言うのは『北』にいる魔族の一人である。
六枚の黒い翼をもち、人間であるならだれでも望むであろう芸術的なまでの完璧な容姿。
それでいて魔族を束ねる六柱の一人でもある。
以前俺はこの人にぼこぼこにされている。
彼女の身体には魔族的な特徴が全く見られない。
六枚の黒い翼はないし、頭に着いていた輪っかもない。
どこからどう見ても人間だ。
だが、ネイアさん…幾らなんでも悪目立ちすぎである。
酒場中の視線が集まっている。
さっきまで同情的だったウーガンのおっさんも
裏切り者と言わんばかりの視線でこちらを見ている。
はっきり言って居心地が悪い。
「ここじゃ、人の目もあるし部屋にいきましょう」
俺は立ち上がり、飲み代をカウンターに置く。
ネイアは執拗に胸をこちらの背中に押し付けてくる。
…理性が吹き飛びそうだ。
「…良いですわよ。部屋でじっっっくり話し合いましょ」
周りに聞こえるほどの声でネイアさん。
周囲から向けられる殺気交じりの視線がひたすらに痛い。
俺は逃げるように酒場を後にした。
酒場から出ていく際、背後から「裏切り者」と叫ばれたのは気のせいではあるまい。
通りの人たちからも注目を浴びまくりである。
俺は体をよじるもがっちりとホールドされて外させてくれない。
この人、何しに来たんだ?
心当たりがあるとすればクラスタだが、まだネイアさんには話していない。
折を見てゲヘル経由で話をしてもらうつもりだったんだが。
「ネイアさん、そろそろ離してもらえませんか?」
「あらこういうの殿方は好きですわよね?」
通行人からの殺気を含んだ視線が痛い。
「そりゃ…ですが、時と場所を選んでください」
「では部屋ならいいのですわね」
今度は腕にその爆弾を擦り付けてきた。
ネイアさん…立てなくなるからやめてください。
「…もうそういうことでいいです」
俺は頭を抱える。
…だめだ完全にあしらわれてる。この人に勝てる気がしない。
というか女性全般に勝てる気がしない。
俺は心の中で白旗を上げてネイアさんに従うことにした。
ユウが女性を連れ立って歩いているのを一人の女性が見ていた。
「おや、あれは…ユウ殿?」
この状況を見られていたことにより、
さらにややこしい事態に陥っていくに俺はまだ知らない。
カーラーンに来て一日目。
長い夜はまだ始まったばかりであった。




