カーラーンは目前です
昨日雨に降られたためか、ところどころ道がぬかるんでいる。
俺たちはぬかるみを避けながら、王都カーラーンまでの道のりを進んでいた。
数日前、俺はダーシュという男から一つの提案を受けていた。
ダーシュから受けた提案は冬季の間、サルア王国の食客になるかということだ。
それを皆に話したところ、多数決で受けるということに決まった。
エリスもクラスタも冬の旅が厳しいのは知っている様子。
オズマもしぶしぶながら了承してくれた。
ということでダーシュの出した条件、三日以内に『猫の髭』に向かうことになった。
昨日雨に降られて少しばかり遅れたが、この分ならばどうにか間に合いそうだ。
「なー、なー、どうやって使ってるんだ?教えてくれよ」
昨日から俺はクラスタから質問攻めにあっていた。
クラスタは自分も結界が使えるようになりたいらしい。
「出ろって念じているだけなんだが…」
こればかりは感覚的なものなので何とも言えない。
昨日、俺たちは雨避けの結界を張って移動した。
この時期の雨は冷たく、ぬれると体から大量に熱を持っていかれる。
雨にさらされれば普通の人間であるセリアなどは間違いなく風邪をひくだろう。
そこで俺は雨避けの結界を試すことにした。
やってみれば案外簡単にできてしまい、昨日一日雨の中をその結界を使って移動したのだ。
「それにしてもユウ殿は結界も使えるとはな。正直驚いたぞ」
エリスは昨日からしきりにそれを繰り返している。
エリスもまた結界を見て衝撃を受けたらしい。
デリス聖王国の聖都テーベには都市全体を覆う結界があったっけ。
あれはたしか法力で運用されていたはず…。
「その結界は他の魔族は使えるのか?」
「いえ、魔族でも結界を使えるのはゲヘル様などの一部の方々だけでしょう」
オズマがどこか誇らしげに答える。
「キミは結構前から使ってたよね」
セリアはどこか楽しげだ。
確かにセリアと旅をして初めのころは魔物避けの結界とか使っていた。
馬車の移動や、オズマが入ったことにより使う機会が減ったが。
「他にも使えるのであれば今後旅に役立ちますな」
クラスタの肩にとまっているアタが言う。
結界にはいろいろな用途があるらしい。
食べ物を保存する保持機能から都市を守る防衛機能まで。
その用途は多岐にわたるという。
後で結界を使って何ができるか試してみることにしよう。
「キミは魔法も使えるんだよね」
「念じればな」
俺の一言にエリスが表情を固める。
「魔法は魔法式を使って行使するものだと言われているが…。
まさかそんなでたらめな方法で発動できるのか?」
「一応…」
その答えに仲間たちは一様に驚く。
…実は俺は魔法も同じ原理で念じれば可能である。
もちろん魔力の消費はあるが。どういう原理かは知らない。
後でゲヘルに聞いてみることにしよう。
「キミは本当にずるいよね」
セリアは口をとがらせ、俺の先を歩いていく。
現在、セリアは法術を今エリスから習っている最中である。
エリス曰く、相当な才能らしい。
簡単な回復術はもう覚えているのだとか。
旅の途中でもあり、体への負担が大きいため師であるエリスからその使用を禁じられている。
ふと見ると馬車が道端で立ち往生していた。
俺は話題を切り上げるべくその馬車に近づいていく。
「どうしました?」
「車輪がはまっちまってな」
馬車の前で御者のおじさんが困り果てていた。
ぬかるんだ窪地に馬車の車輪が入って抜けられなくなっていたらしい。
昨日の雨で道がぬかるんでいたためであろう。
俺はオズマ達と協力し、一緒に馬車を窪地から引き上げた。
「すまねえな、あんちゃんたち」
御者の人はお礼を言って御者台に乗り込む。
乗っていた者が窓から顔を見せる。
宣教師を連想させる黒い服装の男と目があった。
「あなたがたにわが神の祝福があらんことを」
宣教師の恰好をした男は帽子を取り、馬車の窓から顔を覗かせ感謝の意を示す。
「中の人変な恰好だったね」
馬車が視界から遠のいていくさまを見ながらセリア。
「一般的な宣教師の格好だ。どこの宗教かはわからないがカーラーンに布教にでも行くのだろう」
エリスがセリアの問いに解説してくれた。
ちなみにこの世界にはいくつかの宗教が存在する。
現在いるサルア王国はこの世界では土着の宗教を国教としている。
かといって他の宗教の布教は禁じてはいないとのこと。
「馬車か。欲しいな」
俺は馬車に目が言っていた。
馬車があればもっと旅が快適になりそうだ。
「買うつもりなの?」
「あったほうが旅も楽になるだろ?」
「なら前から言ってる調理器具買ってよ」
今は冬支度ということで無駄遣いするわけにもいかない。
俺とセリアが不毛な言い合いを始める中、
オズマはその場に立ち止まり怪訝な表情を見せていた。
神の臭い?
近くにはアタという神の眷属がいる。
アタの姿はカラスであり、一応アタも東の国の神の眷属に属するという。
まさかな…。
「オズマどうした?」
「いえ、なんでもありません」
オズマは頭を振り、その疑念を打ち消す。
この時、俺たちはまだ知らなかった。
『災厄』がこのカーラーンの地にやってきたことを。
そして、俺たちはそれらと対峙する運命になることを。
馬車の中で二人の男が向かい合って座っていた。
二人とも黒を基調にした同じ服装である。
「どうやらこれで今日中にカーラーンにつきそうですね」
「一時はどうなることかと思いましたが…これも女神の導きでしょうか」
「それにしてもあれは…」
「『先祖返り』ですか」
あの集団にエルフの容姿をしたものを見かけた。
辺境で極稀に生まれるという『先祖返り』。
何代か前にエルフの血が混じっているためにそれが容姿に現れてくるのだという。
「話によれば儀式に必要な『先祖返り』は十分そろっていると聞きます。
それに今のワレワレはただの宣教師ですから」
その男はにこやかな笑みとともに返した。
「それにしてもカルナッハ様、よろしかったですか。他の方々に相談もなく…」
「出し抜く?ワレワレの信じるモノは主神パールファダ様のみですよ。
出し抜き、裏切りなど些末なこと。ワレワレの悲願がなった暁にはそれらはすべて
神の御名の元に正しく評価されるでしょう」
カルナッハの瞳に底知れぬ狂気がかいま見え、男は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
表情こそ笑っているが発想は狂信者のそれだ。
「さて見えてきましたね。王都カーラーンが」
馬車の窓からそびえたつ城壁が見えてくる。
「始まりの地としてふさわしい地ですね」
カルナッハと呼ばれた男は微笑みながらカーラーンの街並みを見ていた。
かくしてその『災厄』はサルア王国の王都カーラーンへ入城する。
それはサリア王国を揺るがす大事変の始まりであった。




