提案を持ちかけられました
その日の夕方、宿で休んでいるとダーシュが訪ねてきた。
一連の騒動が終わって取りあえずもう一泊していくことになった。
オズマがついてくると言っていたが宿においてきた。
ダーシュと一緒に連れて行ったらこっちの身がもちそうにない。
酒場でダーシュと二人で飲むことになった。
ダーシュの行きつけの店で早いのかまだ人がいない。
俺たちは酒場の奥の席に座った。
「全く、おかげで余計な手間を食ったよ」
「よく見つけられたな」
「君らは目立つからね」
ダーシュから皮肉を込めてそう言われる。
俺は言われて初日からしでかしていたことを思い出した。
なるほど…。まああれだけのことすれば目立つわな。
二人で話していると葡萄酒の入ったジョッキがやってきた。
「かんぱーい」
俺たちは杯を交わす。
ダーシュのテンションが妙に高い。
「君とこうして飲むのは初めてだね」
「一緒に飲む日が来るとは思わなかった」
というかダール達と飲んでからしばらくぶりである。
「単刀直入に言うと今回の黒幕はデランド商会。
リーブラにおいては中規模の商会で主に東の交易品を取り扱ってる。
競合しているマルペット商会が邪魔だったみたいだね。
今回の件で得をする商会でなおかつ裏に顔のきく商会を調べたらすぐにわかったよ。
ちなみに君らに盗賊をけしかけていた連中もその商会だったみたいだね」
「…」
「二三日中にここのリーブラ常駐騎士団が強制捜査に入る予定。一応極秘だから他言はしないでね」
さらりと重要なことを言って葡萄酒の入ったジョッキをグイッと傾ける。
「そんなことまで話していいのかよ」
俺は呆れた眼差しでダーシュを見る。
「ここでだんまり決め込んで、君らが報復で入って、証拠が跡形もなるよりましかな」
ダーシュはリバルフィードのことを根に持っているようだ。
リバルフィードでは領主の屋敷を移動するという冗談みたいなことをした。
「ああいうのはできるだけしない」
「けどできるんだろう?」
「そりゃあな…」
ダーシュの問いに俺は歯切れの悪い返事をする。
「しないのとできないのでは意味合いが違う。
それに一回ならただの不思議話になるけど、何回も立て続けに起きたのなら
それは作為的なものだ。僕の知らないどこかの機関が動いたとしても不思議じゃない。
付け加えるならここリーブラはカーラーンの目と鼻の先だ。
君はあまり目立ちたくないんだろう?」
目立ちたくなければこれ以上首を突っ込むなと言うことだ。
ダーシュに釘を刺された格好だ。
オズマとエリスは結構やる気だったのでなだめることにしよう。
「…それにしても貴族や商人には俺はとことん縁がないな」
そう言って俺は葡萄酒を飲んだ。
裏切られてばかりである。
「そうでもないさ。マルペット商会とつながりを持てたんだ。
旅をする上では独自の販路があるし、まともな商会の一つだ」
あの人の良いおっさんの顔を思い出す。
人当たりの良い顔で結構やり手だったらしい。
「それでなんでダーシュはここにいるんだ?」
「カーラーンでちょっと事態が動きそうでね。戻ってこいと命じられた」
…何か嫌な予感がする。
「今王都では国を王派と大臣派で真っ二つに割れていてね。
この間リバルフィードに派兵できないっていったのもそれが原因。ちなみに僕の上司は王の方ね」
「何が言いたい?」
「それで『先祖返り』をたどっていたら大臣の息のかかった連中一派に行きついたんだよね」
聞きたくないことをさらりと言ってきた。
よりにもよって『先祖返り』を欲していたのはこの国の大臣とは…。
「…つまり『先祖返り』を欲しているのは大臣ってことか?
なぜそこまでここの大臣は『先祖返り』にこだわる?」
加速度的にきな臭くさい話になってきた。
これ以上首を突っ込むのは避けたいが、
セリアの身の安全のためにも敵は知っておいた方がいい。
「さあてね。それは僕だって知りたいよ」
「やれやれ王都に入ったらまたちょっかいをかけられるのか」
俺は頭を抱える。
もう面倒事には巻き込まれたくないのが本音だ。
「それが嫌ならこの国から出るしかないんじゃない?ただまもなく雪で街道は覆われる。
その時期に幼い子を連れ、よその国に向かうのはあまり良い選択とは思えないけどね?」
ダーシュの言うことも一理ある。
徐々に寒さを増してきている。間もなく冬がくるのだ。
馬車は雪で使えなくなり、山越えはかなり困難なものになる。
海といえば荒れ、船は出せなくなるらしい。
冬の間はギルドの依頼も少なくなるようで、
冬の間の冒険者たちは南方に向かうか、稼いだ金で冬を越すという。
実はカーラーンには王立図書館もあるし、冬はカーラーンで越すことを頭の片隅に考えていた。
「そこで取引だ。冬の間だけの食客というはどうだい?
それなら冬を越せる住居もこちらから提供する用意がある」
食客というのはいわゆる国家の客人になれということである。
悪い話ではない。セリアも保護される。
四六時中一緒にいられるわけではないし、住居もそれなりの場所だろう。
「少しだけ考えさせてくれ」
ダーシュの提案は非常に魅力的な提案だが、どうも話がうますぎる気がする。
ダーシュ相手に二つ返事で受けるのは危険だと本能が告げていた。
話を受ける前にオズマ達と話し合いたいと思った。
「わかった。もし僕の提案を受ける気があるのなら、
三日以内にカーラーンの東門の近くの宿『猫の髭』で待機していてくれ」
「三日以内?」
ダーシュが疲れた顔で立ち上がる。
「それじゃ、僕はお先に。明日は早いんだ」
こちらの問いに答えずダーシュは代金を置いて酒場を立ち去っていった。
さて、どうしたものか。
俺はダーシュの去った後、酒を手に今後のことに思いを巡らせていた。




