鬼教官でした
宿の一室、クラスタは俺の前で簀巻きになっている。
セリアは魔物の群れの討伐を終わらせ帰ってきたエリスと一緒に別室で寝ている。
俺は椅子に座りクラスタとずっと向き合っていた。
尋問してもこの男は何もしゃべってはくれない。
外を飛んでいる鳥も一向に立ち去ろうとしない。
クラスタという男、なかなかに根性があるようで幾ら尋問しても答えてくれない。
こっちもネイアさんの知り合いってことであまり手荒なまねができないというのもあるが。
外が白ずんできた。
ドアから入ってくる音がする。オズマだ。
「オズマ、お疲れ」
徹夜明けでオズマが戻ってきた。
出て行った時よりもはるかにげんなりしている。
それも総会後、領主から何度も勧誘を受けたためである。
「お前は…オズマ…」
「クラスタ…なるほどお前がはぐれ魔族か」
クラスタを見るなりオズマは察したようだ。
またオズマの知り合いのようだ。
「うるせえ。なんでお前がここにいる?」
「ユウ殿は私の主だ」
「はっ???」
オズマの発した一言にクラスタは鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
「知り合いか?」
俺はオズマに尋ねる。
「以前に三回ほど以前喧嘩を吹っかけられました」
「五回だ」
クラスタは声を荒げ、オズマを睨みつける。
「あの戦いにすらならなかった二回も入れるならな」
オズマはしれっと答える。
このままでは話が進まないので俺は遮るように二人の間に割って入る。
「こいつネイアさんのところで間違いないよな」
俺はクラスタを無視して続ける。
「はい」
俺はオズマに今までのいきさつを教える。
「ユウ殿に牙を向けるとは…今回はこの男の鼻を折ってやりましょう」
剣呑な雰囲気がオズマから漂っている。
あ、これやばいやつだ。
「鼻を折ってやるだと?それはこっちのセリフだ」
売り言葉に買い言葉。さらに一層険悪なムードになっていく。
部屋におかれていた花瓶が割れる。二人が放出した魔力によるものだろう。
並の人間がこの部屋にいたら二人の発する圧で気絶するほどだ。
「外でやれ」
俺は二人にそう言い放った。
そんなわけでオズマとクラスタを戦わせることになりました。
セリアはエリスにまかせて、俺たちは城壁の外の森まで移動する。
全員魔族であるためにかなりショートカットしてこれた。
ここならば人目につくことはないだろう。
頭上にはカラスが相変わらず飛んでいる。
森の中で開かれた場所に俺たちはやってくる。
成り行き上、俺は見届け人ということになった。
「俺が勝てばこのまま逃げるぞ。いいな」
こちらを見てクラスタ。
「ああ、それでいいよ」
こっちが勝てば依頼主のことを話してもらうことになっている。
クラスタは背中には四つの羽を出して全開モードである。
一方のオズマは鎧をはずし、普段着のままだ。
腹が減っているのか肉串を頬張っていた。
…オズマ…緊張感の欠片もない。
このままクラスタをここの騎士団に突き出してもいいが、
人間の社会で捕まった魔族は死罪と決まっているらしい。
それだとネイアさんに申し訳ない気がする。
かと言ってこのまま尋問してもこいつは口を割らないだろうし。
こいつをここに引き留めておくのも面倒だ。
さっきから頭上を旋回しているカラスがいい加減うっとおしい。
それならいっそのこと逃げてくれた方がありがたい。
「見てろよ。俺の編み出した必殺技で倒してやるからな」
それを聞いたオズマは肉串を口にしつつ鼻で笑う。
かれこれ肉串は十本目である。
…オズマさん、食べ過ぎですよ。
「はじめ」
俺の合図と同時にクラスタは魔力を開放し、オズマに攻撃を開始する。
背後の羽から縦横無尽に羽を模した黒い閃光がオズマに向かう。
その先制攻撃はネイアさんが以前俺に向けてきた攻撃に近い。
もっともネイアさんのとは精度も速度も比べ物にならないが。
オズマはそれらをすべて素手で撃ち落とした。
オズマ…あんた拳闘もできるんかい。
「まさか…すべて打ち落としただと?」
クラスタはあっけにとられていた。
「遅い」
オズマは間合いを一息に詰める。
「なっ」
クラスタはオズマから嵐のような拳の猛打を受ける。
反撃はおろか、逃げることも許さないほどの拳の弾幕。
「小手先の技で私に勝とうなど笑止」
オズマは変身することなくクラスタを圧倒してる。
そもそもオズマが負ける要素が見当たらない。
「…まだまだああああ」
血まみれになりながらクラスタがオズマに攻撃する。
「攻撃の標的が荒い、攻撃の間隔が長い、側面ががら空きだぞ」
側面から迂回し、接近したオズマがクラスタを側面から蹴り飛ばす。
「どうした?その程度か?」
蹴りを腹部に受け、悶絶するクラスタにオズマは歩いて近づく。
「く、くそっ」
クラスタは蹴られた脇腹を抱え地面に這いつくばっていた。
「技に頼り過ぎで手の内がバレバレだ。まだ前回の方がましだったぞ?
この三年間一体お前は何をしていた?」
冷徹に見下すようにオズマさん。
…オズマさん本気でクラスタの鼻をへし折るつもりだ。
「うああああああ」
クラスタは涙目で反撃を試みる。
「そんな単調な攻撃では私に傷すら与えられん。学習する頭がないのか?鳥以下だな」
鬼教官と化したオズマさんはそのままクラスタをぼっこぼこにし、
クラスタ君の鼻っぷしを粉々になるまで打ち砕いた。
一時間後、ぼこぼこにされたクラスタが足元に転がっていた。
その有様は無残、その一言に尽きる。
「まだやる?」
クラスタは気絶したらしく返事はない。
気絶するまでやったクラスタの根性に俺は感心する。
「…反応ないし、オズマの勝ちってことで」
「オズマ、余裕だったな」
俺は肉串を持ってオズマに近寄っていく。
「いえ、あの羽飛ばしを戦いの合間に使われていたら苦戦していたでしょう」
始まる前と全く変わらない姿でオズマ。
再び残った肉串を頬張り始める。
…オズマ…どれだけ肉串好きなんだよ…。
クラスタ君、戦闘の経験の浅い俺が言うのもなんだけど、いきなり必殺技は無いと思う。
半分手の内晒してるのと一緒だし。
格下相手ならどうにかなるだろうけど同格以上相手するならそれは命取りになる。
「…どうしたものかな」
クラスタは気絶中みたいだし。
クラスタと言う魔族、敵だったがどうも憎めない。
依頼主に関してしゃべらないのも好感が持てる。
俺が決めかねていると空を旋回していたカラスが降りてきた。
「その辺にしておいてやってください」
おお、カラスがしゃべった。
「…はむはむ…魔物ではないな。魔力を感じられない…神族か」
オズマが再び殺気立つ。
肉串を口に入れているために台無しだが。
向けられた殺気にそのカラスは両手を上げて降参のポーズをする。
「私の名はアタ。言われる通り神族の下っ端ですね。私の出身は東方の系統ですよ。
あなたたちと敵対している女神連中とは誓って関係ありませんよ」
…女神?これまた奇妙な単語が出てきたぞ。
「神族がなぜ魔族と行動を共にする?」
「…ってえ…こいつは悪い奴じゃねえよ。人一倍食い意地は張ってるけどな」
気絶していたクラスタが起き上がる。
「クラスタ、大丈夫なのですか?」
カラスはクラスタを気遣う。
「俺は大丈夫だって。急所は全部外れてやがるしな。体は痛むがそれだけだ。
…本当に気にくわねえぜ」
クラスタは苦々しく語る。
さすが武道の達人のオズマ。あの戦いの中、手加減していたようだ。
「こいつは俺の相棒だ。体の大小は変えられるが人にはなれないんでな。
依頼主から依頼を受ける役割をやってくれてたんだよ」
「そこまでしてどうして金が必要だったんだ?」
「弱っていたところを俺が拾ったんだが、
どうもアタの奴、ミミズやカエルじゃ満足しないみたいなんでな」
「あんなものを食すぐらいなら死んだ方がましです」
そう言ってこの鳥類は胸を張る。
その主張に関しては共感するところはある。
「それに人間の作る飯の方が自分で作るよりずっとうまいしな」
俺はオズマをわき目で見る。
…魔族はこんなのばっかりか。
「…それで人間界で仕事をしていたと?」
「そうだ」
クラスタは当然のように肯定する。
「ギルドを通して仕事を受けるって選択はしなかったのか?」
ギルドを通せば、あらかじめ依頼を審査しているために裏社会の依頼とかは受けない。
はぐれ魔族なんて物騒な呼び名が裏社会で広まることもなかったはずだ。
「ギルドはいろいろと人目もあるし、高い支払いの仕事は大勢でやる仕事が多いだろ。
それにギルドのはした金なんぞより直接請け負った方が額が大きくてな。
一回請け負えば半年は金に不自由しないからな」
これには俺とオズマは顔を見合わせる。
どうやらこれがはぐれ魔族の用心棒の真相のようだ。
「あ、今回の依頼主の話だったっけか…」
俺は勝利したら話すことになっていたのを今更ながらに思い出す。
「それはいいよ。立場上、話せないんだろう?」
無理をして聞き出すことでもないし、俺はこいつの心意気にはちょっと感心していた。
「恩に着る」
クラスタは俺に頭を下げる。
こういう一本気のところは悪い気はしない。
「…それでお前は何しに人間界に来たんだ?」
渋い顔でオズマ。肉串を両手に持っているため緊迫感皆無です。
「もちろん腕を磨くためだ」
「だったらもっとまじめにやれ」
オズマはそう言ってクラスタの頭を小突いた。
「いてえ」
「ユウ殿、こいつのことは…」
オズマが俺に向かって何か言いかける。
「…もういいよ。クラスタ。次からはギルドを通して仕事を受けろよ」
そう言うわけではぐれ魔族騒動は終わりを告げたのだった。




