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異世界の放浪記   作者: owl
53/121

黒い奴をぼこりました

場所はリーブラの外れにある教会跡。

今は使われていないのかそこは荒れ果てていた。

椅子が散乱し、床はぼろぼろである。

そこに黒いフードをつけた黒装束の男が立っている。

どうやらこいつがはぐれ魔族らしい。


俺はセリアを見た。

セリアの体には小さな傷が無数につけられている。

おそらく逃げ回った時の傷だろう。

血が沸騰仕掛けるが俺は辛うじて怒りを鎮める。


危なかった。


ここまで来れたのは警戒中にあの男の使った魔力を感知出来たためだ。

もう少し俺がここに来るのが遅れていたらセリアは連れ去られていた。

目の前の魔族より自身の迂闊さに腹が立った。


そもそもの視点を間違えていた。

狙われていたのは俺たちだったのだ。

今回の騒動は俺たちの分断が目的であったのだ。

灯台もと暗しとはよく言ったものである。


「お前…どこから入った?」

そのはぐれ魔族はいきなり登場した男に動揺していた。

背後は魔力で作り出した壁がある。

普通の人間ではまず壁を越えられない。

魔力は人間にとって毒でもある。

こんな高密度の魔力に触れれば即死ものだ。

考えられることは一つ、この目の前にいる男も同じ魔族だということだ。


「セリアは少し下がって見ていてくれ」

こみ上げてくる怒りを押し殺し俺はセリアの前に立つ。


「下がって見ていてくれじゃない。キミさ、一体どこで油売ってたのよ。

こっちは危うく攫われるところだったんだからね」

セリアは声を荒げ、詰め寄ってくる。


「あー…ごめん」

助けに来たというのにいつの間にか責められるのって。

相手もこちらを見てきょとんとしてる。


「それにこいつの保護者だってキミはいつから私の保護者になったのかな?」


「くっくっく…ああそうだな」

いつものセリアだ。こんな時でも変わらないのがうれしかった。


「何笑ってるの。本当にキミは…。とにかく早くあいつとっちめて帰りましょ」


「ああ。帰ろう」

今ならどんな敵が来ても負ける気がしない。


「はっ、誰をとっちめるって?その丸腰でか?」

対峙している男はこちらを見て嘲る。


「ユウはとっても強いんだからね。…ユウも黙ってないで何か言ってあげなさいよ」

俺の後ろからセリア。


「いいぜ、その思い上がりを今ここで正してやるよ」

薄い霧のような魔力が男から立ち上る。

見る者からすればすぐにわかる魔力の放出。


「…お前がはぐれ魔族か」

身長は俺と同じか少し高いぐらいか。

フードで顔は見えないが声からして十代といったところだろう。


「ほう、知っていて恐れないと。馬鹿なのか?」

黒いマントを羽織り、顔は黒いフードを被っていて見えない。

堂々とした素振りなのは自分の力に自信があるためだろう。


「一応言っておくが俺も魔族だぞ」

俺の言葉にその魔族が鼻で笑う。


「はっ、ぽっと出の名もない魔族が、俺様と一緒にするなよ」

長寿である魔族の力は主に年数で決まる。

長く生きてきた魔族の方が強力なものが多く、百年未満の魔族など雑魚にしか過ぎないのだという。

新参の俺など普通の魔族の感覚ならば雑魚にしか過ぎない。


「そんなに自信があるならこんなまどろっこしい方法使うな」

冷めた目で俺は声を上げる。


「俺だってこんなくそまどろっこしいことなんかやるつもりはなかったんだ。

だが依頼主の指示でね」

黒い服を着た男が道を歩いてくる。


「これで最後だ。お前死にたくなきゃその先祖返りをこっちに渡しな」


「断る」


「優しく言ったつもりだったんだがな」

男は気だるげにこちらを見つめる。


「お前こそあきらめたほうがいいぞ」


「いくぜ…な」

俺は一息に男の眼前まで間合いを詰め、拳で殴った。

男は俺に殴られ、黒い壁を突き抜け、倉庫の片隅まで吹き飛んだ。

例の盗賊を殴った時よりも力を込めている。

体格はあの盗賊よりもずっと小さいが、魔族であるならばこのぐらいで死にはしないだろう。


「悪い。スキだらけだったからな」

セリアを傷つけられていたことで思いのほか頭に血が上っていたようだ。

『北』出身の魔族かもしれないという疑惑がなければ全力で殴っていただろう。


「くっそ。こうなりゃ本気でやってやんよ」

男はぼろぼろになった衣服を片手ではぎ取る。

見たところ十代後半ぐらいだろうか、短い黒髪に鋭い目つき。

男は殺気をこちらに向けてくる。

男から先ほどとは比べ物にならないほどの濃く可視化できるほどの魔力が立ち上る。

オズマ曰く、可視化できる魔力は並みの魔族では持つことはないという。

それだけでもこの男が特別だとわかる。

この世界の魔族は核と魔力に応じたそれぞれに固有の姿を持っているという。

オズマは巨大な狼の姿。ヒトとは違う『北』の魔族たちも独特な姿をしていた。


四つの翼が男の背後に現れ、足が地面から離れる。

頭の上には堕天使を連想させるような黒い輪っかがついていた。

これがこの魔族の本来の姿なのだろう。


「元熾天十席。クラスタ・フラトリス。覚えておけ、お前を倒す男の名だ」

魔力の開放により髪が逆立ち、魔族特有の魔素を含んだ黒い瞳がこちらを見据える。

突き刺すような殺気が古びた教会を満たす。

ただ俺はその翼にはなんか見覚えがあった。


「あー…ネイアさん関連の人か?」

その一言でクラスタの周囲の空気が固まった。


「な、なんでアイツの名を知ってやがる」

クラスタは目に見えて動揺する。

ビンゴだったらしい。


「ちょっとした知り合いでね」

知り合いと言っても俺が一方的にぼこられただけだが。


「俺が全力で相手をしてやるのにまだ鞘から剣を抜かねえってのか?気に食わねえ」


「なら抜かせてみればいいだろ」

もしこんな市街地で『天月』を振るえば、この教会はおろか衛星都市リーブラが壊滅しかねない。

それにこの相手ならば『天月』の力を使わなくてもいける気がした。


「まあいい。すぐにその余裕、後悔させてやるよ。いくぜぇ」

クラスタの姿が掻き消える。

教会の中をクラスタは縦横無尽に飛び回る。

並みの人間の動体視力では捉えることすらできはしないだろう。


「俺の残像すら見えねえだろう?このまま一思いに…」

クラスタが視線を向けると先ほどまでいた男の姿がみえない。


「見えてるって」

俺は相手の頭上に移動していた。ただの跳躍だ。

「なっ」

クラスタは背後を取られたことに動揺し、振り返る。

「死ぬなよ」

鞘のついた剣をクラスタに強めに叩きつける。

するとクラスタは地面に頭を擦りつけながら壁に激突した。


うん、鞘はついているけど結構な威力でした。

鞘がついてかなり威力は抑えられてはいるが、人間相手にやれば一発でミンチだろう。

…これは人間相手には禁じ手としておこう。


「なんだよ、お前…なんなんだよっ」

クラスタは血まみれになりながら叫ぶ。

クラスタ自身も知ることのない格下と侮っていた相手に、いいようにやられ明らかに動揺している。


「…ネイアさんの関係者みたいだしな。セリアに手を出さないと約束すれば命だけは助けてやる」

そんなことを言いながら俺は内心困っていた。

セリアを傷つけようとしたのにはかなり腹が立ってるが

ネイアさんの関係者をこれ以上痛めつけたくはない。

クラスタには出来ればこのまま引き下がってくれるとありがたいが…。


「依頼は果たさせてもらう。アラ」

男から黒い霧が吹きだし、視界が真っ暗に染まる。

同時に教会の天窓が割れ、一羽の巨大なカラスがセリアに向かって降りてくる。

その両足でセリアの肩をつかもうとする。


ビュン


弾丸のような俺の投石がカラスの鼻先をかすめ、教会の壁にめり込む。

カラスの動きが止まった。


「次は当てる」

俺はクラスタの背中に足を乗せて威嚇する。

カラスは俺の投石に恐れをなしたのか再び空に戻っていった。


黒い霧の攻撃ならば一度ラーベと言う魔族から受けている。

そのために旅の途中でその対策は考えてあった。

魔族には人間にはない六感というものが存在する。

それをフルで使えば視界を閉ざされてもそれほど周囲の状況を把握できる。


加えて石という武器には慣れていた。

剣だとセリアまで巻き込む可能性もあるが、投石ならば狙いを外すことはない。

こういう時のために投石用の石は収納の指輪の中にあらかじめ補充してある。

その気になればあのカラスぐらいたやすく撃ち落せる。

それをしなかったのは少しだけ残った理性だろう。


ただセリアに手を出されそうになってちょっと怒っている。

ネイアさんの関係者だろうが、セリアに手を出すのなら次は容赦はしない。


怒気を隠すことなく本気でクラスタに向ける。

俺は封じていた魔力の一部を開放する。

体の表面に黒い魔力が現れる。

クラスタの放出したそれよりもずっとわずかだが俺の魔力は濃く、深い。

あまり魔力を出し過ぎると、この場にいるセリアに影響を与えてしまいかねないので

あくまで一瞬だけだ。


「もしセリアをもう一度狙ったのなら、ネイアさんの関係者だろうが容赦しない」

クラスタは俺の魔力を見て冷や汗をだらだらとこぼしている。


「…魔力の桁が違う…お前…化け物か…」

ここでクラスタもここでようやく俺の方が格上だと悟ったらしい。

クラスタの顔には恐怖がありありとにじみ出ている。

クラスタは元の人間の姿に戻った。

俺の魔力を見てクラスタは逃げることを諦めたようだ。

こういう相手にはこういう方法が一番効果的らしい。


「…なんでお前みたいなのがいるんだ」

俺に踏みつけられクラスタは地を拳で叩く。


「それはこっちのセリフだよ」

ダーシュとの会話がなければセリアは連れ去られていただろう。

今回はちょっとまずかったと改めて思い知る。


「さて、お前には聞きたいことがあるんだ。一緒に来てもらうぞ」


「…好きにしろ」

こうして俺は巷を騒がすはぐれ魔族を捕まえたのだった。

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