黒い奴と出会いました
リーブラの東の城門には警備兵が集まってきていた。
その警備兵は城門の外を見て地平に見える魔物の群れを凝視している。
暗さと土煙で魔物の数は見えないがかなりの数だ。
警備兵の男はこの状況に舌打ちした。
あの数の魔物を相手にこちらの人数が全く足りていない。
警鐘を鳴らしたというのにまだ十数名だ。
それも現在、深夜の上に、現在リーブラの中央では年に一度の総会が行われている。
そのために警備を担当する人員がリーブラのあちこちに配備されていた。
「冒険者ギルドには人を集めるように連絡したな?」
「はい」
烏合の集だろうが今は一人でも頭数が必要な時だ。
「新人は武器庫から矢と弓の予備をありったけもってこい」
新人数名が武器庫に走っていく。
「領主からの伝令が届きました」
「領主様からの伝令は?」
「そちらの兵士で対応するようにとのことです」
「くそ、領主の野郎、体面を優先させやがった」
警備兵は悪態をつく。
その警備兵はブラックランペイジとは何度も戦ったことがあった。
やや普通の牛よりは体は大きいが、その獰猛さたるや怖ろしいものがあり、
数人の男たちが数人がかりでやっと倒せると言った相手である。
幾ら厚い城門に閉ざされているといってもそんな存在が群れでやってきたのならば
どれほど持つのかわからない。
万が一にも城門が壊され、市街地にでも侵入されたらどれほどの犠牲が出るか見当もつかない。
そんな中、一人の女性が城門の外に降り立った。
銀の甲冑を纏った騎士であるとわかる風貌。
「おい、何をしてる。自殺願望でもあるのかっ」
聞こえていないのか銀の女騎士は反応を見せない。
女騎士の前には土煙を上げながらブラックランペイジの群れが女騎士に向かう。
その一人の女騎士は土煙に呑み込まれたかのように見えた。
だが女騎士はまるで何事も無いかのようにその場に立っていた。
女騎士の足元にはブラックランペイジの首が三つ転がっている。
首を取られたブラックランペイジはそれに気づかずしばらく走って倒れる。
それはにわかに信じられないような光景だった。
交差した際に三体ものブラックランペイジの命を絶ったという。
だとすればとんでもない早業である。
仲間が殺され、ブラックランペイジがその女騎士を取り囲む。
どうやらブラックランペイジの群れから敵とみなされたようだ。
だが銀の女騎士は怯まない。それどころか口元に笑みさえ浮かべている。
ブラックランペイジが一斉にか細い女騎士に向かって襲いかかる。
舞っているかのような軽やかな動きで女騎士はブラックランペイジの突進を躱す。
可憐にそれでいて流麗な動きで手にした黒の剣で魔物の命を次々に刈り取っていく。
「…すごい…」
警備兵たちは言葉を失いその戦いにただ見入っていた。
女騎士がその魔物の群れを狩りつくすまでそれほど時間はかからなかった。
人気のない路地を一人の少女が走っている。
屋根の上からそれを見下ろすように一人と一匹の姿があった。
「手を貸しましょうか?」
カラスが男に声をかける。
「うるせえな。そもそも生け捕りは俺の性に合わねえんだよ。
あのちび見境なくかみつきやがって」
クラスタはかみつかれた右手をカラスに見せる。
「あちらの騒動も終息した様子」
スタンピードを装った魔物の群れは早々に片づけられたらしい。
少なくともブラックランペイジが五十はいたと聞いていたが。
リーブラの警備兵が優秀なのか、もしくは…。
「奥の手を使って早いところ捕まえちまうか」
眼下にいる少女を見下ろしながら男はつぶやく。
セリアは逃げていた。
力の限り地面を蹴って逃げ出す。
肺が苦しい。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。
後を追ってくるのは黒いフードを被った男。
先ほど手を噛みついてどうにか逃げ出してこれたが次はそうはいかないだろう。
小さな裏路地に入っても、ずっと見られている感じが消えない。
躓いて地面を転がる。膝を擦りむいたようだ。
セリアは痛みをこらえながら、遠くにある繁華街の光を頼りに走り出す。
夜とはいえ繁華街には人通りがある。
人通りのある場所では強引な手は取れないはずだ。
自分の非力さを思い知った。
仲間の中の誰か一人の力があればこの窮地を逃れられるだろう。
自分は今の仲間の中で最も弱い。
自分にはあの人たちと一緒にいる資格などないのではないか。
自分はずっとユウたちのお荷物でしかないんじゃないのか?
セリアはずっと感じてはいた。
法術をエリスから習い始めたのもそれを嫌ってのことだ。
小さな村で『先祖返り』と陰口をたたかれ、村の隅で生きながらえる日々。
両親は物心がつくころにはいなくなっていた。
ただ孤独に負けないように虚勢を張って生きていた。
生贄として出されたのはそんな時だ。
虚勢を張るのにも疲れていたし、この世界に未練などなかった。
そして、一人の男と出会う。
その男はどんな魔物であろうと倒せる力をもっていたが、自分と同じ除け者だった。
始めは都合がいいから彼を利用した。
あの村を離れるには自分一人だけでは力が足りなかったのだ。
その男と旅をして旅をして世界に色がついたんだと思う。
あの人は虚勢を張らずに自分のありのままを受け入れてくれた。
それは初めてのことであり、何より嬉しかった。
もうあのころとは違う。
あのころには戻りたくない。
できることならばこのまま旅を続けたかった。
自分がどんな代償を払ったとしても。
大通りの光が近づいてくる。
もう少しで人がいる場所にたどり着く。
セリアは息を切らし、ありったけの力を込めて地面を蹴る。
そんなセリアの前に人影が絶望を告げるように目の前に現れる。
「悪いな、ここから先は行き止まりだ」
その一言に思考が現実に戻される。
セリアは方向を転換し、近くの古びた教会に飛び込んだ。
そのまま扉を閉める。
教会の跡地に追い詰められた格好である。
後にも先にも逃げ場所は無い。
男は使い扉を蹴り飛ばす。
扉はセリアごと背後に吹き飛ばされた。
「あんたにゃ恨みは無いがこっちはビジネスでね」
セリアは息を切らし男の前に膝をつく。
人間とはかけ離れた力。
「あなた魔族なの?」
その魔族と対峙し、平静を装いながらセリア。
「ああそうだ。それを知っても逃げるつもりなのかい?」
「あいにく魔族なら毎日見慣れているわ」
「ほう…それはそれは…だがここまでだ」
男はセリアを捕まえようと手を伸ばしてくる。
セリアは男に向けて黒い袋を投げつける。
男はそれを無造作に手で払う。
袋から中身が飛び出る。
「こんなので…う、ごほっごほっ」
セリアが今投げた袋は昼間に買っていた香辛料の入った袋である。
その香辛料の入った袋が男の目の前で破裂したのだ。
普通の人間ならばしばらくはくしゃみと涙が止まらないはずだ。
セリアはこの隙に男の脇を通り抜け、全力で振り返ることなく男から遠ざかる。
セリアの前に突如黒い壁が現れる。
触るもまるで本物の壁のように固く行く手を遮っている。
魔族が使える魔力で壁を作り出したのだ。
「たく。なんてガキだよ。ただの人間相手にここまでするとは思ってもなかったぜ」
その男は風を使いセリアが投げつけた香辛料を分離していた。
「殺すなとは言われたが傷をつけるなとはいわれてねえぞ」
今ので完全にその魔族を怒らせてしまったようだ
さっきので自分に残された対抗手段は無くなった。
セリアはそれでも諦めない。
男を見据えながら、この窮地から逃れる方法を必死に考えていた。
もうあきらめてたまるものか。
相手がこちらに向かって歩いてくる。
「セリア、無事か?」
背後からかけられたのは一番欲しかった声だ。
黒い壁を背に一人の男が立っていた。
「ユウ」
セリアは振り返り、深い安堵とともにその名を口にする。
そこには見慣れた人影が立っていた。
「なんだ?お前は?」
セリアの前に立ちその男は対峙する。
「こいつの保護者だ」




