魔物の群れが現れました
夜中の警鐘がリーブラ中に鳴り響く。
警鐘と言うのは文字通り緊急の際に使われるものだ。
それが鳴らされるということはこのリーブラ全体の危機を意味する。
緊急などなかなかあるものではないし、一生そんなものとは無縁というのもあるかもしれない。
ある者は窓を開け、ある者は歩みを止め、街中にいる誰もがその警鐘に聞き入っていた。
「スタンピードだ」
その言葉に皆ざわめき立つ。
本当にスタンピードであるならばこの街の存亡の危機である。
自身とは関係のない街だがこのまま放っておくのも目覚めが悪い。
冒険者ギルドにも登録しているし、この街を守るために力を使うことには抵抗はない。
「少し行ってくる」
俺は窓に身を乗り出す。
「私も行く」
エリスがいつの間にか鎧をつけ終えていた。
さすがに緊急時の対応には慣れている。
俺はセリアを振り返る。
「セリア、しばらく一人になるけど大丈夫か?」
「…キミは過保護過ぎ」
ため息交じりにセリア。
宿は三階だし、問題は扉に鍵がかかっている。
セリアから見れば過保護かもしれないが、用心には越したことはない。
「エリス、行くぞ」
そう言って窓から隣の建物の屋根に跳躍する。
魔族ならではの人間離れした跳躍力。
エリスは重い鎧を着つつ、それに当然のようについてくる。
聖騎士というのは伊達ではないらしい。
「魔の森の方角は東の城門か?」
「ああ」
俺とエリスは屋根伝いにショートカットして一直線に東の城門に向かう。
「昨日行った際にはスタンピードを引き起こすほどの兆候などつゆも感じられなかったが…」
エリスは横で首をかしげている。
「魔の森の魔物ってどんな奴なんだ?」
エリスは朝にその魔物を狩りに魔の森に行っている。
「牛の魔物、ブラックランペイジだ。
四足歩行の黒い牛で暴れ回ることで有名なんだ。
文献によれば巨大な個体ともなれば人の住む家屋ほどあると聞く」
もしそんな存在が押し寄せてくるなら、魔族の力を使ったとして殲滅しなくてはならない。
あまり人目のある中で魔族の力を使うことには抵抗があるが。
「そろそろだな」
視界の巨大な城門が視界を占める。
夜間は門は閉じられており、付近には警備兵の姿がまばらにみられる。
東の城門に駆けつけたのは警備兵以外ではどうやら俺たちが一番乗りらしい。
それもそのはず、警備はここの総会とやらにほとんど使われているためだ。
どうやら俺とエリスだけで対処することになりそうだ。
横にいるエリスを見れば、少しだけ息が上がっていた。
「…さすがだな。ここまで息一つ乱さないとは…」
「いや、重い鎧来てここまでついて来れるだけでもすごいと思うぞ」
それに俺には魔力と言うチートがある。
法術があるのを差し引いたとして、人間でついてこれる方がどうかしてる。
俺は城門の上から外を見渡す。
俺たちの前方に土煙が上がっていた。
牛のような魔物の大群ががこちらに向けて走ってきている。
大きさは普通の牛より少し大きいくらいだろうか、
目を赤く光らせこちらに一直線に向かってきている。
土埃で正確な数はわからないがかなりの数の魔物の群れだ。
「あれは…スタンピードではないな」
遠目に土煙を巻き上げながら向かってくる魔物を直に見て
スタンピード経験者のエリスは断言する。
「根拠は?」
「一つ、そもそもスタンピードは魔物が森の中から溢れ出す現象だ。
森で生産される魔素が森で消費しきれなくなり、魔物となり森の中から出ていく。
当然それには巨大な個体も含まれる。どうみてもあれでは一つ一つの個体が小さ過ぎる」
「二つ、絶対的な数が少な過ぎる。スタンピードは大地を覆い尽くすほどだ。
あれではスタンピードではなくただの魔物の群れだ」
「あれでは足りないと」
「魔の森には五段階があってな。
一段階目は魔物が頻繁に現れるようになる」
「二段階目に入ると放置すると攻撃的な魔物が出現するようになる。
こうなるとギルドでも指折りの冒険者が出張る必要がでてくる」
「三段階目は強力で巨大な個体が生まれ始めるようになる。
ここまで来ると一般の冒険者では最早手に負えなくなる。
ここからギルド案件から国家案件に代わり、騎士団が動く」
「四段階目になるとその巨大な個体が複数現れるようになる。
ここまでくると国が軍を動員し、多大な犠牲を出した上で
魔の森をようやく鎮められるレベルだ」
「そして五段階目でスタンピードになる。
大小さまざまな個体が興奮状態となり、入り乱れ、波となって周囲のすべてを呑み込む。
こうなると一国で対処は難しく、近隣の国を巻き込む可能性が出てくる。
人類総出で対処に当たらなくてはならない」
そう言われると確かにアレはスタンピードの規模ではない気がする。
俺の脳裏に閃くものがあった。
以前、レッドベア討伐の際に何かを焚いていたのを思い出す。
アレで確か魔物をおびき寄せたんだよな。
「エリス、あのぐらいならば人為的に引き起こすことは可能か?」
「断言はできないが…おそらく…」
「そうか」
「ユウ殿はこの状況を引き起こした第三者がいると?」
エリスはこちらをまじまじと見る。
「わからない。だがタイミングがあまりに良すぎる気がする」
「ふむ…」
エリスは思案する。
「ならばここは私一人で十分だ。ユウ殿は自身の思うように動くといい。
あなたから頂いた『魔剣レヴィア』の力を存分に試させてもらうとしよう」
エリスは脇に差した黒い剣を引き抜く。
エリスの顔が凄惨な笑みに変わっている。
空腹の肉食動物が獲物を見る感じといえばわかるだろうか。
エリス…こいつ一人で全部平らげるつもりだな…。
ならば俺はここにいても無駄だし、邪魔にしかならないだろう。
「…わかった。ただし無理はするなよ?」
俺は肩をすくめ、後ろに下がった。
「了解だ」
そう言ってエリスは城門の外に跳躍した。
その背中を俺は頼もしく感じた。
セリアは二人の向かった先を見つめていた。
ユウたちの心配などしていない。
ユウならば今までそのでたらめな力でどうにかしてきたし、
ずっと彼の行った信じられない行為を目にしてきた。
自身のできることは戻ってきた時に
ちょっとした食事を用意しておくことぐらいだ。
セリアは部屋の奥に戻ろうと反転する。
「よう『先祖返り』
幻聴だと思った。
ここは建物の三階である当然声など聞こえてくるはずもない。
ゆっくりと振り返れば黒い人影が宙に浮いていた。。
あり得ない…。
セリアは硬直しその姿を凝視する。
「迎えにきたぜ」
その黒い人影はにやりと笑う。
リーブラの夜は更けていく。




