ギルドに行きました
朝食後、ギルドに向かう道の途中。
「ごめん。ベット一人で使っちゃったみたいで」
セリアはすまなさそうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「気にするなって」
セリアは強引だが、変なところで律儀である。
「こういう時は半分ずつでしょ」
「俺は気にしてないって」
「私はキミとは対等でありたいの」
セリアのこういうところは本当に子供らしいなと思う。
「悪いが断固として断る。これは人としてのモラルの問題だ」
幼い少女と一緒に寝るほど堕ちてはいない。
するとセリアはどんどん険悪な表情になっていく。
「ずっと思ってたんだけどさ、キミ…」
セリアはじと目でこちらの顔を覗き込む。
数日のつきあいだが噴火の起こる前兆だというのはなんとなく察した。
「ほ、ほらギルドについたぞ」
俺は咄嗟に話題をかえる。
ギルドに入るとがらんとしていた。
受付にはきれいな女性がいるのが定番なのだが、代わりにいかついおっさんがいた。
スキンヘッドで色黒、筋肉隆々。
ボディビルダーみたいなおっさんだなと思って見ていたらおっさんの方から話しかけてきた。
「悪いが今調査や案内でみんな出払っていてな」
傍らには書類の山ができている。
門番が魔物が今騒いでいるという言う言葉を思い出した。
「ほう、これは珍しい。先祖返りか」
セリアに視線を向ける。
やはりセリアの容姿は注意を引いてしまうらしい。
「俺はここのギルドマスターをしているラクターってもんだ」
「え、ギルドマスター…」
いきなりのトップの登場に俺をセリアはびっくりする。
「はっはっは、固まらんでもいい。街とはいえ辺境だからな。
人手が足りない時はこうして受付までやってるのさ」
ラクターは豪快に笑う。存在に迫力がある。
ならず者だとしてもこのおっさんなら一喝で従えられそうだ。
同時にギルドに人気がないのが何となくわかった気がした。
「あんたら見ねえ顔だが、ギルドははじめてかい?」
「ええ」
「それじゃギルド登録からだな」
ラクターは足元から水晶を取り出す。
ユウとセリアは言われるがまま手を当てる。
「これにはその人間の魂の波長を感じ取り記憶し、それを元にギルドカードが発行される。
高価なものだから取扱いには注意してくれよ」
意外に高度なテクノロジーが用いられているようだ。
旅の途中でセリアから習っていた文字を書類に記入する。
自分の名前など最低限必要なことは一通りセリアから教えてもらっている。
どうも話すことはできても文字は違うらしい。
異世界言語と言う奴だろうか。
数日観察したがどうも唇の動きと発音が全く違う。
何らかのカタチで翻訳されているみたいだが原理はさっぱりだ。
ギルドは登録制になっていて登録自体はすぐに終わった。
要は罪歴があるかどうかの最低限の確認らしい。
「ギルドカードはどこの街のギルドに行っても使えるのか?」
「ギルドカードは本人の確認もかねて発行されている。
もし悪用しようものなら今後一切のギルドの使用禁止と禁固二十年以下の懲役となるから気をつけな」
「ああ」
「悪いが発行は数日かかる」
「数日ですか…」
「今ほうぼうで魔物の騒ぎが起きててな。発行手続きのできる受付の連中まで出払ってる。
二十年以上この街にいるがこんなのははじめてだ」
門番のバルカのおやじさんも同じことを言っていた。
「それで魔石の買い取りをお願いしたんですが」
セリアはそう言うと袋の中から三つの魔石を取り出した。
アルミラージの魔石である。
魔石は他にもあるが、事前にこれを出すことはセリアと朝、話し合って決めている。
「アルミラージの魔石…。間違いない…嬢ちゃん、これは」
出所を聞くのは当然のことだ。
万一盗品であれば買ったほうも罪に問われることになる。
アルミラージは大の男数人がかりでも難しいとされる。
その角で突かれれば大けがしてしまうからだ。
さらに逃げられる可能性もあるために討伐の難易度は跳ね上がる。
その魔石を一度に三匹持ってくるなど地元の猟師でもあまりないらしい。
実際はもっと持っているのだが。
「倒したのはユウです」
ラクターはユウを値踏みするような視線でまじまじと見る。
それだけの腕があるとはとても思えないだろう。
「どうやって倒した」
「それは…石投で…」
俺は恐る恐るその問いに答える。
「投石…だと」
目を見開き、ごくりと唾を呑み込んだ。
はじめにセリアの前でそれを行った時も同じ反応だったのを思い出す。
「こ、この人の投石スキルは半端ないんですよ。かなり離れた場所からも百発百中なんです。
アルミラージの時も頭部に当てて気絶させたんです」
セリアがフォローに入ってくれた。
ナイスセリア。
「そうなんです」
事実だし、怪しまれないように取りあえず胸を張ってみる。
正確には百メートルほど離れた場所から投石で頭部を吹っ飛ばしたんだが、それを言うとさらにややこしくなりそうだ。
ここで疑われでもして自分やセリアの身元を調べられたら厄介なことになる。
「ふむ…だが一応試してみないとな」
ラクターは外に行って小石を拾ってくる。
「コレこの部屋の隅の柱に向けて投げてみろ」
手渡された石を俺は投げる。(力は入れずに)
石はカツンと音をたて柱に命中する。
この世界に来てから練習している。このぐらい朝飯前なのだ。
「おお、嘘は言ってねえみたいだな…確かにアルミラージは頭部が弱点ではあるが…こりゃ弓矢よりも正確なんじゃねえか…」
ラクターのおやっさんは感心している様子。
何とか誤魔化せたようだ。
投石万歳。
「…わかった。角とあわせて三つでカルネ金貨十五枚で買い取らせてもらう」
予想よりも多い金額に俺とセリアは喜び顔を見合わせた。
カルネ金貨十五枚と言えば日本円にしておよそ三十万円。
これでしばらくの生活費には困らないだろう。
「ただし、今このギルドにゃ金がない。残りはギルドカードを受け取りに来るときにでも用意しておく」
ラムばあさんの言った通りだったようだ。
俺たちは金貨七枚を受け取った。
これからの旅の準備資金と宿代を差し引いても十分おつりがくる。
宿のラムばあさんが話した通りだ。
魔物騒ぎで今ギルドには現金がない。
これ以上魔石を出してもここで現金には変えるのには時間がかかるだろう。
あとでお礼を言っておいた方がいいかもしれない。
「お前らの腕を見込んで一つ頼みがある」
「頼み?」
振り返ると真剣な顔をしたラクターのおっさんの顔があった。
「レッドベアの討伐に参加してほしい」