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異世界の放浪記   作者: owl
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幕間 ある戦士の終焉

私はデリス聖王国の貴族の長男だった。

将来を約束され、何不自由なく育てられた。

周囲の貴族の連中は自身のことしか考えていなかった。

民を道具のように扱い、自分たちはその上に立つことが当然だと。

ひどい者は家畜よりもひどい扱いを強いている。

それは当然であり、誰一人としてそれに罪悪感など抱かない。

そんな貴族たちの中で私の心は荒んでいた。


あるとき我が領地を大規模な飢饉が襲った。

民は飢え、多くの民が犠牲になった。

そんな中、聖王カルナが私の領地を訪問なされた。

他の領地を巡り、国庫を開放し、食糧を分けて与えているのだという。

施しなど飢えぬ貴族共の偽善だ。

聖王と呼ばれるが本質は貴族連中と変わることはない。

その偽善を暴こうと私は訪問中、聖王カルナをずっと視界にとらえていた。


誰も見ていない場所で、餓死した子供を見て聖王カルナは抱きしめる。

私は確かに見た、ほんの一瞬だけ涙が彼女の頬を伝う様を。


そのあとは聖王カルナはいつもの毅然としたお姿に戻っていた。

あの一瞬はまるで白昼夢にでもでみたかのようであった。

だがそれを私は夢ではないと思えた。

あの涙が何よりも尊く思えた。同時にこの人に仕えたいと心から思ったのだ。


それ以降、一途に、ひたすらに、頑固に聖王カルナ様に誓いを立ててきた。

血のにじむような修練を繰り返し、自身の力を磨いた。

聖騎士になるころには私の武名は聖王国中に知れ渡るようになっていた。

そして、ついに私は聖剣の勇者に選ばれる。

カルナ様は私に聖剣を授けるときにこうおっしゃった。


あなたの最期は私のためにではなく、ある女性のために捧げられる。


そんなはずはない。

私は聖王カルナ様の剣でありさえすればよいのだから。


私は妻を家督は弟に譲り、娶ることもなく、

ただ愚直なまでに女王の剣であることを貫き通した。

気が付けば私はデリス聖王国の盾とまで言われるようになった。


聖王カルナの剣として仕え、かなりの年月が経ったある日の朝、

カルナ様は私の前でおっしゃられた。

「明日ソアの村で虐殺があります…」

ソアとはマルドゥサ神聖帝国の国境沿いの村だ。


「でしたら…」

ここからソアの村まで急げば一日でつく。

カルナ様は首を横に振る。

「…それは陽動。明後日、聖王都テーベでマルドゥサ神聖帝国の手引きした一斉蜂起が起きます。

これはあなたなしではこれは止められません」


「ならばその蜂起を未然に防ぎ、国境沿いのソア村に向かえばよろしいのです」


「…そうですね」

私は一斉蜂起を未然に防ぐとことに成功するも、

私がソアの村に駆けつけたときには既にすべてが終わっていた。

すでに村は盗賊を偽装したマルドゥサ神聖帝国の虐殺を受け壊滅していた。

私は奇跡的に息のある娘を見つけ、法術を用いどうにか助ける。

その娘の体は治ったが、心は壊れていた。

目は虚空を映し、声をかけても返しもしない。

どれほどの地獄をこの娘は見たというのか。


私はその娘をカルナ様の元まで連れて行く。

カルナ様はあの時と同じようにその娘を抱きしめる。

「私は無力ね」


「あなたは決して無力などではありませぬ。現にあの子供を助けられたではないですか」


「…ありがとう」

私はその娘を養子にした。

もちろん周囲の者たちからは反対を受けた。

だがそれでも養子に娘があまりに不憫に感じられたからだ。


その娘との日々は驚きの連続であり、同時に満ち足りた時間だった。

一軍にすら匹敵するこの私が年端もいかない子供に悪戦苦闘する。


娘の顔色が悪ければ病気にでもなったのかと心配し、

娘がけがをすれば傷口から毒でもはいらないかと気を煩わせる。

私はなんと小さな存在なのかと思い知る。


一年目は娘は私の命じるがままにただ動いた。

二年目には徐々に感情を取り戻し、私の後をくっついてきた。

徐々に感情が戻りつつある娘を見て私はただただ嬉しかった。


生きるすべ、剣術、法術、学問。

娘の呑み込みは人一倍早かった。

私は娘に自身の持つすべてを教えた。


娘が十四になるころには技量ならば聖騎士に匹敵するほどに至っていた。

勇者候補として名を挙げられるまでになっていた。


そして、スタンピードが発生する。

私は一度スタンピードを経験している。

スタンピードの怖さは誰よりもわかっていたつもりだった。


その日、私は娘とはじめて大喧嘩をする。

娘をスタンピードの編成から外すように手を回したことを知られてしまったためだ。

娘の心は人として騎士として私が誇れるほどに真っ直ぐに育っていた。


娘に失望されてもよかった。ただ生きていてくれればそれでよかった。

私はそこで気づく。自身が傷つくことよりも、その娘を失うことのほうが怖いのだと。


虫の魔物のスタンピードは怖ろしいモノだった。

多くの村と街を呑み込み、多くの人間が等しく犠牲になった。

幸い娘は生きていた。

私は戦いの最中、ずっと娘を視界の端にとらえ続けていた。


撤退の命令が下る。

脱兎のごとき撤退が始まった。


私は安堵し、娘の姿を探す。

娘はあろうことか戦場に一人残されていた。

足を虫の死骸に囚われているらしい。

誰もそれに気づくものはいない。


私は気が付けば命令を無視し、そこへ向かって全力で走っていた。

逃げ遅れた娘の前に虫の魔物が押し寄せる。


私はどうにか間に合ったらしい。

私は眼前の虫の魔物を無我夢中に殺した。

だが多勢に無勢。徐々に体が虫の魔物に傷つけられていく。


「私なんかに かまうな。あなたまでここで死んではならない」

娘が必死になって声を上げる。何度も何度も。


「お願いだから逃げて、お父さん」


その時、女王の言った意味を私は悟った。


あなたの最期は私のためにではなく、ある女性のために捧げられる。

あの時の言葉はこのことだったのだ。


『聖剣ゼフィール』よ、この老骨の最期の願いをどうか聞き届けたまへ。


どれほどの虫の魔物を倒したのかわからない。

足元には虫の魔物だったものの残骸が山のように積みあがっていた。

既に視界から動く虫の魔物の姿は消えていた。


血を流し過ぎたのか目はもう見えなくなっていた。

娘のかれた声が聞こえた気がした。


ああ、まだ生きていてくれた。

私はただ感謝した。娘が生きていてくれたことに、この世界のすべてに。


振り向いてあの顔をもう一度見たかったが、この躰には振り向く力も残されていない。

虫の魔物がいなくなったことで安堵したのか、意識が急速に深い闇に呑まれていった。

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