空の泣いた日
ドアが開き衛兵たちが突入してきた。
瞬く間に衛兵たちに俺たちは囲まれてしまった。
「まさか結界を破ったのはお前たちか」
「大人しく捕まるがいい、賊よ」
衛兵たちは槍をこちらに向けてその場にとどまっていた。
相手も聖王カルナの御前であまり強く出れないようだ。
どうしたものか。
倒すこと自体は簡単だが…。
膠着状態の中、エリスが立ち上がろうとするとゲヘルがそれを制止し、
衛兵たちの前に進み出た。
「我が名はゲヘル・カロリング。かの大邪竜を倒せし英雄なり」
堂々とした態度で衛兵たちに語りかける。
かの大英雄の名前を出され、衛兵たちが一瞬怯む。
なるほど、人間の姿で現れたのはこういう理由かと俺は納得する。
「此度は我が弟子がこの地から旅立つのを見届けに参った」
そう言ってゲヘルが杖を一振りすると部屋が透け、星空が現れる。
そして空にオーロラが浮かびがる。
足元に感覚はあるが何もないので浮遊しているような気分にさせられた。
「剣を引くがいい、我が弟子の最期に立ち会う者たちよ」
衛兵たちはあまりの神々しき光景に圧倒されたのか、
その場にやってきた衛兵すべてが一様にひれ伏した。
どこぞの国民的時代劇を思い出す。
衛兵たちの戦意が無くなるのを見届けるとゲヘルは反転し戻ってきた。
「これなんだ?」
「ただの演出じゃよ」
すれ違い際にゲヘルは小さく舌を出す。
ゲヘルはやっぱりゲヘルだった。
「ゲヘル、ありがとう」
カルナは感謝を告げる。
「長い間すまなんだ」
ゲヘルはカルナの目の前で小さく囁く。
ゲヘルは彼なりに長い時をカルナに強いたことを気に病んでいたらしい。
「いえ、私の人生は満ち足りたものでした。悔いなどあろうはずがありません。
むしろ私に長き生を与えてくださったこと感謝します」
カルナは満ち足りた表情で微笑んだ。
「エリス、この地に縛られるのは止めて、これからはあなたの好きなように生きなさい。
…それが彼の望みでもあったのだから」
カルナの手を握りしめエリスは無言で頷く。
彼とはエリスを育てた先代の勇者のことだろう。
想像だが、本当は彼は自分と同じ道をエリスにたどってほしく無かったのではないだろうか。
「ユウさん、エリスを頼みます」
気が付けばカルナから真っ直ぐな視線を向けられていた。
「ずるいな」
最期まで人のために尽くしてきた女性の願いだ、断れるわけがない。
「それは必ずあなたのためにもなるわ」
カルナはすべてを見透かしているよう笑みを見せた。
…ん?どういう意味だ?
頭上から無数の光が空から降りてくる。
それはまるで空がこぼした涙のように。
「…これは…」
「演出じゃないのか?」
俺の言葉にゲヘルは首を横に振る。
その光はカルナの周りに留まる。
「ああ、パロット、ジェン、ステーリア、トーマス、ランドス…懐かしい…。
…ああ、みんな来てくれたのね」
カルナの双眸から涙が取り止めもなく溢れる。
眼差しの焦点はその光の玉だ。
彼女の瞳には俺たちとは違ったものが見えている。
言葉が出ない。
衛兵たちはある者はただ涙を流し、ある者は祈りのしぐさで、
言葉もなくその光景に見入っていた。
「お師様…では私はお先に」
晴れやかな顔でカルナはゲヘルに告げる。
旅立ちの時が来たのだ。
彼女の中から同じ光の玉があられる。
降りてきた光とともにそれは空に高く高く昇ってく。
この光景を俺は生涯忘れないだろう。
この日、デリス聖王国の聖王カルナがこの地から旅立った。
以後この日は空が泣いた日と呼ばれるようになる。
その翌日、聖王カルナの崩御が正式に全世界に向けて発表されることになった。




