結界を破壊しました
転移した先は空の上だった。
月が大地を照らすこの上なく幻想的な光景。
俺は既に飛ぶことは何度か経験済みであるのでそれほど驚きはしないが、
エリスは少しあたふたしていた。
足元にはきらびやかな街の街灯が見える。
周りを囲む壁には蒼白い灯火が存在していた。
それらが少しずつ近づいている。
どうやら少しずつ降下しているようだ。
「ここは聖都テーベ…あの距離を転移したというのか!」
エリスは衝撃を受けている様子だ。
俺は当然のようにそれを受け入れていた。
ゲヘルならできても驚くことではないだろう。
本当なら旅してここに来たかったなとちょっと残念な気持ちはあったが。
気が付けばゲヘルは人間の姿になっていた。
白髪で長い白ひげを生やした老人である。
金の刺繍が施された真紅のローブを身に纏い、
細やかな細工の王冠を頭に載せている。
「ホッホッホ、容姿などわしからすればただの端末にしか過ぎぬよ」
いつもと同じ笑い声でゲヘルは言う。
どこからどう見ても派手な聖職者にしかみえないんですけどね。
「エリス殿」
「お主が国より出されたのはカルナの意志じゃろう。
この国はこれから大きく乱れる。お決まりの権力闘争じゃよ。
この国には陰の気が渦巻いておる。
カルナは自身がいなくなった世界でそんな中でお主が利用され、
亡き者にされたくなかったのじゃろうな」
眼下の聖王国のきらびやかな内側は想像以上にどろどろっぽい。
これはエリスが浮くわけだ。
「…ではカルナ様の意志で私は外にだされたと?」
「カルナの能力は『予知』。ユウに出会うことまで知っていても不思議ではないじゃろう」
俺が絡まれることまで筋書通りだったらしい。
そう言えば『聖剣ゼフィール』は聖王カルナが自ら勇者を選んで渡しているんだっけか。
予知なんてとんでも能力持っているのならばちょっと納得。
…ん、待てよ…。それなら俺が『聖剣ゼフィール』折るのも知ってたってことか…。
見知らぬ聖王カルナにちょっと文句言いたくなってきた。
聖都を取り囲むように薄い膜が張ってある。
俺たちはその手前で止まる。
「触るな。吹き飛ぶぞ」
俺がそれに触れようとするとエリスが声を上げる。
「聖都は人類最後の砦として結界が張られている。魔物などを寄せ付けないためだ」
『聖剣ゼフィール』とともに聖王国を聖王国たらしめる存在。
俺は魔族である。結界から拒絶されるのは当然だ。
「フム…さてどうしたものかの」
横では人の姿をしたゲヘルが考えている。
結界というモノは初めて見る。
これはどれほどのモノなのか?
そう思うとちょっと興味が湧いてきた。
俺が試しに結界に手を触れると電気が走る。
手の周りの衣類が少しだけ破られていた。
「おいっ」
エリスは目を剥ぐ。
「少しぴりってきだだけだ」
どちらかと言えば肉体の傷よりも、
セリアに服を破いたのを叱られることのほうが怖い。
「本当に…無事…なのか?」
信じられないものを見るような表情でエリス。
普通の魔物が触れば跡形もなくなるレベルのものだろう。
「これは内部の気を入れ替えるのにも一度壊した方がよさそうじゃな。
ユウ殿、あの剣を使い結界を切り裂きなされ」
ゲヘルは当たり前のようにそう言ってくる。
「わかった」
俺は指輪から剣を取り出した。
霊体すらも切り裂き、聖剣すら真っ二つにしうる最強の剣。
まさかこんなことに使うことになるとは夢にも思わなかったが。
「無茶だ。建国当初から魔を退けるために歴代最高の術者が何重にも重ねられた結界だぞ。
スタンピードの魔物の群れやレジェンド級の魔物ですら退ける結界だ。
実際に数百年前は邪竜の群すら手出しできなかったし、三百年前のスタンピードもこれでしのいだ。
そんなか細い剣で…」
「見てればわかる」
ゲヘルはエリスの言葉を遮った。
俺は鞘から剣を取り出す。
銀の刀剣が薄い光を纏っている。
鍛冶の神ヴィズルが最高傑作とまで言わしめた逸品。
思えば初めてこいつの力を存分に使う気がする。
窮屈なところに閉じ込めてすまない、今だけは俺に力を貸してくれ。
俺の心の声に呼応するかのように刀身がまばゆい輝きを放つ。
俺が剣を一振りすると薄い膜がシャボン玉が消えるように無くなり、
城壁にある灯火が一斉に光を失う。
同時に強い風が結界の中に入っていく。
長い間魔物を拒んできたデリス聖王国の結界がその機能を停止したのだ。
「馬鹿な…結界を破壊しただと…」
何となくできる感じはした。
それ以上にこの剣…相当凄いな。
「さて参ろうか」
ゲヘルがそう言うと再び降下がはじまる。
足元では結界が突然消えたことで大騒ぎになっていた。
蜂の巣をつついたようになっている。
俺たちは一際高い尖塔に吸い込まれるように降りていく。
開いた窓からその部屋に入った。
まさかこういう侵入方法は考えていなかったのか
俺たちを発見した衛兵は一人もいなかった。
薄暗い部屋の中、細かい装飾が目につく。
天井には星と星座をかたどった絵が描かれている。
かなり金をかけていると一見しただけでわかる。
広い部屋にはベットだけが一つ置かれてる。
「待っていたわ」
ベットに横たわる一人の女性から声をかけられる。
その女性は優しげな目でこちらを見ていた。
「初めまして、優しい魔族さん」
それが俺と聖王カルナとの最初で最後の出会いだった。




