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異世界の放浪記   作者: owl
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彼女の選択した理由

私の村は国境沿いの山間部の貧しい農村だった。

毎日同じことの繰り返し。だが別にそれを苦痛だとは思わなかった。


六つのころにその日常は唐突に終わりを告げた。


盗賊に焼かれたのだ。

父も母も兄弟もすべて等しく皆殺しだった。

今にして思うと国と国との小競り合いが背景にあったのだろうと思う。

駆けつけた騎士たちに助けられた私は奇跡的に命をつなぎとめたらしい。


「ごめんなさい…私は…あなたの村を守れなかった」

目の前の一人の女性が涙を流し、私を抱きしめしきりに謝っている。


一人残された私は途方に暮れる。

怒りも悲しみもなく、ただただ空虚だった。

生きることはこれほどまでに虚しいことだとは思わなかった。


私はある一人の男の養子にと引き取られる。

あの時私を救い、謝った女性の傍らにいた男だ。

その者が国の勇者だと気付いたのはしばらくしてからだ。


その男に私はあらゆることを教えられた。

剣術から法術。そして、生き残るすべを。


やがて剣技の才を認められ私は勇者候補の一人として頭角を出していく。


私が十四になってすぐ、魔の森でスタンピードが発生する。

原因はその地を治める領主の怠慢だ。

スタンピード対策に使われるはずの金を着服していたのだという。


そして私は男と最初で最後の大喧嘩をした。

「なぜ私を編成から外すのですか」


「まだ未熟だからだ」


「私と同じ年の者も戦うと言っています。

あなたはこのために私を育てたのではないのですか?」


「それでもだめだ」


「私があなたの本当の娘ではないからですか?」


男の制止をふりきり私は前線に立った。


初めて見るスタンピードは想像以上のモノだった。

羽音が平原に響き渡り、黒い波がうねりこちらに近づいてくる。

視界を覆うほどの魔物の群れがそこにはあった。

虫系のスタンピードは剣も効きづらい。

致命傷を狙うには関節部を狙うしかないのだ。


黒い魔物の波に人が呑み込まれていく。

兵士だろうと、領主だろうと、農民だろうと等しく。

己が剣に対する自負すら見ただけで消え去るほどの黒いうねり。


圧倒的な数の前では研鑽し続けてきた私の力など無力だった。

私は恐怖を押し、魔物を殺すためにも剣を振り続けた。


どのぐらい戦っただろうか、

気が付けば撤収の号令が遠くから聞こえてきた。


撤退だ。


私は撤退するべく反転しようとして転倒した。

私の足には虫に鎌がはさまれていた。

剣で外そうとするが剣は折れてしまう。

ずっと振り続けて摩耗していたのだ。


私は懐から短剣を取り出し、何度も叩きつける。

だが短剣では虫の鎌を破壊することはできない。


虫の群れが目の前に現れる。

取り残された私にすべての虫が殺到してきたのだ。


絶対的な絶望がそこにあった。

私は目を閉じ死を覚悟した。

もともとあのとき失っていた命だ。


虫たちが来ない?

殺到してきていた虫の群れがいつまでたってもやってこない。

目を開けると一人の男の背中があった。

私を育ててくれた人の背中だ。


「何をしてるんだ、逃げろ、皆撤退してるんだぞ」

腕を引き裂かれ、体を貫かれようとも男はその場を離れることはしない。

幾ら『聖剣ゼフィール』を持っていたとしても数が違い過ぎる。


「私なんかに構うな。あなたまでここで死んではならない」

虫の刃が男の肩を切り裂く。

それでも男は倒れない。


「頼む、逃げてくれ」

虫の針が男の胴を貫く。

それでも男は倒れない。


「お願いだから逃げてっ。お父さん」

私は声がかれるまで叫び続けた。

男の足元には虫の魔物の死骸の山が築かれていた。

いつのまにかスタンピードは終息していた。


その男は最期まで聖剣を持って立ちながら事切れていた。

私は男のを抱きしめながら絶叫していた。


いつの間にか夜は明けていた。


男は救国の英雄として国葬にて弔われた。


私はわからなかった。

何故私を救うためにあの場に残ったのか。

ただその理由を知りたいがために『聖剣ゼフィール』の後継として名乗りを上げた。


『聖剣ゼフィール』を貸与される儀式の際、私は聖王カルナと初めて間近で対面する。

あの時の涙をこぼし、誤っていた女性が目の前にいた。

聖王カルナ様は私に『聖剣ゼフィール』を手渡す際に聞いてきた。

「本当に後悔しないのね?」

「私の選んだ道です」

そして、私は聖王カルナ様から『聖剣ゼフィール』を受け取り、デリス聖王国の勇者となった。


スタンピードを起こさないためにも

この国にはびこる腐敗をひとつ残らず取り除かなくてはならない。


そういう考え方を持った私は貴族から疎まれた。

私はいつしか周囲から孤立していった。


あの時の理由は未だ見つからないままだ。



「私は…」

目を覚ますと頬が濡れていた。

傍らではセリアが寝息を立てて眠っている。

私は宿の一室にいた。

虫の音が部屋の外から聞こえてくる。

火事が嘘のような静かな夜。


「どこか痛むか?」

ユウが声をかけてきた。私は横に首を振る。

どうやら二人でずっと私を看ていてくれたらしい。


「…昔の夢を見た。…私はまた助かったのだな」

私は小さくつぶやいた。

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