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「それにしても一夜であのボールダー邸が消えていたんだけどどうしたんだろうね」
横からにこやかにダーシュ。
リバルフィードから出発しようとするとダーシュがギルドで待ち構えていた。
俺はセリアとオズマに断り、街道から少し離れた人気のない路地裏にダーシュとやってきていた。
翌朝、ボールダー邸が昨夜無くなったことはすでに街中の話題でもちきりだった。
街を歩いているといたるところでその話題が聞こえてくる。
「さあ夜逃げでもしたんじゃないか」
それを聞いてダーシュは爆笑する。
「い、屋敷ごと夜逃げ…クックック…ど、どんな魔法を使ったんだい?」
ダーシュは腹を抱えている。
まだ魔の森に転移したことは広まっていない。
当然だ。あそこまで馬車で半日かかる。
その上、森の奥においてきたのだから。
その後に聞いた話だが、ボールダーは私兵を使って命からがら魔物の森から抜け出したという。
金も屋敷も失ったバルマ・ボールダーは私兵団も維持できなくなり、
街から逃げるように去って行ったらしい。
「本当にいいのかい?盗賊団にかかってた懸賞金を街に寄付するって」
ギルドに立ち寄った受取先をリバルフィードにするためだ。
「ごたごたしてまたここで足止めくいたくない。俺はこの街をとっとと去りたい」
これは本音である。
盗賊団は結構な賞金がかかってたらしい。
カルネ金貨五百枚ぐらいになるみたいだが、そんな金が今のギルドにあるわけがない。
魔の森の討伐で俺たちを含む冒険者にかなりの額が支払われたのだ。
今ギルドの手持ちはほとんどないだろう。
このままでは一週間以上待たされることになっても不思議じゃない。
もたもたしていれば冬になり街道を使えなくなる可能性もあったし、
魔の森からバルマ・ボールダーたちが戻ってきて鉢合わせするのは避けたかった。
これ以上トラブルに巻き込まれるのはごめんだった。
幸いキラーエイプの件の報酬はギルドからきっちり支払われたし、
バルマ・ボールダー邸から巻き上げた金もある。
セリアの今後を考えても十分すぎる金額である。
これならしばらく旅での資金面には困らないだろう。
「そんなことより。リバルフィードはこれからどうなるんだ?」
ダーシュはあれこれと手を回しているようである。
マルフィーナ街道の要所だし、ここで何かあればドルトバの人たちにも迷惑がかかりそうだ。
「その点は信用はある人間がつくから大丈夫。
前の領主の息のかかった役人たちの配置換えとか、ギルドの上の総とっかえとかあって
軌道に乗るまでけっこう骨だけど。
冬になるまでには終わらせないとねぇ」
お役所仕事も大変らしい。
「けど君本当に変わった魔族だよね。自分本位のはずの魔族が人の心配とかするかい普通?」
「寝覚めが悪くなるんだよ」
「最後に聞いておくけど、報告書には協力者ってことで記入させてもらうけどいいかい?
名前はもちろん伏せさせてもらうけど」
「好きにするといい」
そのぐらいならば別にかまうまい。名前を伏せるみたいだしね。
後にこれが大きな落とし穴になるわけだが。
「それじゃ、またね。魔族さん」
「魔族じゃない。ユウだ」
「じゃあね。ユウ」
「ああ」
俺たちはそう言って互いに違う方向に向かい歩き出す。
とんだ騒動に巻き込まれてしまったが、面白い経験ができたと思うとしよう。
セリアとオズマが道端で待っていた。
金の先祖返りの美少女と黒の美丈夫であり、マルフィーナ街道をゆく人たちの注目の的である。
目立つ二人だよね。本当に。
「ユウ、どこいってたのよ」
セリアが頬を膨らませている。
「悪い、野暮用だ」
「遅い」
文句を言いながらセリアは俺の腕に絡みついてくる。
悪い気はしないが、ちょっと人目も気にしてほしい。
…あれ?セリアってこんな感じだったか?
ふと疑問に思う。
「セリア、何か悪いモノでも食べたか?」
「キミって本当にデリカシーないよね」
そっぽを向くが腕は離してくれないようだ。
セリアさん、いい加減歩きずらいんですが…。
髪につけた青い髪飾りが視界に入る。
以前に俺がドルトバでセリアに買ったものだ。
大事にしてくれてるようでちょっとうれしい。
背中の荷物が前より劇的に減ってかなり違和感を感じる。
ずいぶんと快適になったことを今更ながら実感する。
山に目を向ければ徐々に色好き始めている。
背後からはだんだんと冬の足音が近づいてきていた。
俺の意に反してこの件はかなりおおごとになり、リバルフィードの街で長く語られる伝説になる。
先祖返りと『黒獅子』を従え、魔の森の脅威を退け、ガルダ盗賊団を一網打尽にし、
混乱の最中その討伐資金を街に寄付し街を後にした英雄。
その上、俺の知らないところで銅像とか建てられることになるんだが。
(黒幕はもちろんダーシュである)
それはまた別の話である。




