夜更けに襲撃されました
「主…気付いていますか?」
夜中、隣に寝ているオズマから声がかかってきた。
俺たちのテントには数名いるのでできるだけ小さな声でだ。
「ああ、野暮な殺気がさっきからこっちに向けられてるな」
俺もテントを取り囲む殺気で目が覚めていた。
視線と同じように殺気も無意識に感じられる。
魔族って…どうなってるのかしらん。
殺気は多数。森の方とは反対側からきている。
魔物ならば森の方からくるはずだ。
さらにこの殺気はどうも魔物の発するものではない。
街とかで感じる纏いつくような感じのものだ。
動きも魔物とは違う、組織だった動きである。
「盗賊か?」
俺は思いついた可能性を口にする。
「そのようですね」
「オズマ、こういうことって多いのか?」
オズマは首を横に振る。
「いえ、私も初めての経験です」
当然だ。討伐中の冒険者を襲っても金にもならない。
そもそも冒険者が襲われる理由がない。
徐々にこちらの様子を窺っているっぽい。
一方の冒険者たちはまだ気づいていない様子。
「ちょっと数が多いな」
「二十三名ですね」
オズマは正確な数を口にする。
冒険者たちと同じぐらいか。
一名二名なら自分たちで処理できるが、この場合はちょいと数が多すぎる。
ここは冒険者たちに知らせるべきだろう。
俺は息を大きく吸い込んだ。
「賊だっ!囲まれてるぞっ」
俺が大きな声で叫ぶとびっくりしたのか冒険者たちが一斉に起き上がった。
盗賊たちは驚き、戸惑うも、すぐに戦うことを選択したようだ。
冒険者と盗賊の小競り合いがいたるところで始まる。
混乱の最中、俺とオズマもテントから出る。
目の前に現れた盗賊をオズマが蹴り飛ばす。
盗賊は全身黒装束を着込んでいる様子。
俺たちは混乱のさ中、少し離れた木陰に跳躍した。
とにかく状況を確認したい。
戦況は悪い。
冒険者たちは戦闘はしなかったものの雨で消耗している様子。
さらに冒険者たちの装備はキラーエイプを想定した槍や弓が中心である。
ここにいるということはそれなりの腕があるのだろうが状況が悪すぎる。
「数人リバルフィードのにおいがする奴がいますね」
「わかるのか?」
「鼻は利く方です」
魔族の特殊能力か?信用してもよさそうだ。
その理由はすぐに理解することになるのだが。
冒険者は武装集団でもある。
リバルフィードから来たってことはキラーエイプ討伐を知ってる可能性が高い。
金を持っていない武装集団をわざわざ狙うとか盗賊にしてはお粗末すぎる。
だが全員黒装束を着ていることから計画性が読み取れる。
そもそも野営しているのが魔の森の手前である。
普通こんな集団に喧嘩を売るだろうか。
こいつらの目的は物取り以外にあると考えたほうが正しいだろう。
「…」
心当たりがあるとすればセリア。
エルフの容姿をもった先祖返りであり、王都では高値で取引されるという。
黒幕は領主で俺たちごと亡き者にするとか…。
だが俺たちを殺すのにそこまで巻き込む必要はない。
可能性は低いが個人的な怨恨とかも考えられる。
冒険者って強面多いし。
思考が空転する。
相手の目的を断定するのは早い、情報が少なすぎる。
…帰ってからダーシュに聞くのが一番正確だろう。
俺は思考を切り替えた。
「オズマ。奴らを捕まえたい。手を貸してくれないか」
俺は連中の目的について考えるのをやめた。
ここで捕まえて聞き出してしまえばいいのだ。
捕まえればそれなりの賞金が出るだろう。
人の姿では敵味方入り乱れるこの状況は容易に動くことはできない。
また俺の場合、盗賊を倒すことは相手を殺すことにつながる。
投石という方法は相手をミンチにしかねない。格闘もさもありなん。
必要であれば殺すことには抵抗はないが、この場合は捕まえることに意味がある。
さあ、どうする?
考えあぐねていると横からオズマが提案してきた。
「主よ。私に考えがあります。少々本気を出しても構わないでしょうか」
本気?意味が解らなかったがとにかくここはそんなことを考える暇はない。
長期戦になれば今は善戦している冒険者側に犠牲者が出てくる。
相手は準備してきている。このままだと圧倒的に分が悪い。
「ああ、だが殺すなよ」
俺が承諾すると次の瞬間、オズマが巨大な黒い狼に変化する。
身長だけで俺の三倍ほどあるだろうか。
黒い艶のある毛並みに、血のような赤い双眸。
俺はその姿に目を奪われる。
これがオズマの本来の姿ということか。
「綺麗だな」
俺は黒い毛並みを撫でる。
オズマは一礼すると丘に駆けあがり遠吠えを上げる。
味方も盗賊もその巨躯に圧倒された。
敵味方双方の視線がオズマに向けられる。
「あれは…『ルプスティラノス』…」
冒険者の一人が恐怖の顔でそうつぶやく。
呟きは冒険者の間にさざ波のように広がっていく。
「ルプスティラノスだと…レジェンド級の化け物じゃねえかよ」
討伐難易度ABCDのカテゴリ以上にそんな区分けがあるらしい。
突如として現れたレジェンド級の化け物の出現により場は恐慌状態に陥った。
「死にたくねえ」
冒険者たちから我先にと逃げ出していく。
彼らからすれば命がけになるとは聞いていない。
それに対処出来ない魔物が出れば一目散に逃げ出すのがベテランの冒険者である。
そうでなければ人として生き残れないのだ。
ここにいる冒険者はランクDクラス以上である。
場数を踏んでいる、そのために咄嗟の判断が早いのだ。
我先にと逃げ始めた冒険者とは対照的に盗賊の一団は一瞬躊躇を見せた。
目的と命を計りにかける。その行為は彼らにとっては通常とる行動ではない。
彼らの戦闘とは一方的なものであり、いかに早く終わらせるかである。
強力な魔物との戦闘などあり得ないことも一因だろう。
その各々が生きた在り方がそれぞれの命運を分けた。
なるほどオズマの考えと言う考えとはこれのことらしい。
黒い風が逃げ遅れた夜盗を次々と蹴散らしていく。
ある者は木に打ち付けられ、ある者は高く巻き上げられ地面に落ちた。
騎士団を率いていたというのも頷ける。
武力があるだけではない、状況への対応が的確なのだ。
俺はそれをただ見てるだけだった。
心強いと感じる反面、申し訳なく感じていた。
動く盗賊がいなくなると俺は木陰から姿を現した。
「どうでしたか?」
「さすがだ」
オズマは俺の一言にしっぽをぶんぶんと振り回す。
オズマさん、狼と言うよりは犬だよね。
『黒獅子』とかつけた奴、どういうネーミングセンスしてたのか。
「あれ?」
気が付けば馬車がない。
冒険者たちが乗って逃げてしまったらしい。
俺たちだけ完全に置いてけぼりを食らってしまった形である。
「まじか…」
俺は一人頭を抱える。
どうやらまた問題が一つ増えたようだった。




