下僕になりました
「それじゃ、今日はここで野宿にしましょう」
俺は背中に担いだ荷物を下ろす。
「ユウ、魔物、食べられそうなの一つ狩ってきて」
当然のようにセリアが俺に言ってくる。
「へいへい」
俺は地面に落ちた小石を拾うと森の中に足を踏み入れた。
俺の名前は茅野優。年齢は二十後半。
現在セリアと言うエルフの容姿をした少女の下僕になってます。
このセリア、年齢はだいたい十代半ば(怖くて聞けない)、金髪碧眼で見た目は可愛いいが人使いは荒い。
元の世界では中学生ぐらいだろうか。
エルフの容姿と言うのはこのアセリア地方ではそれほど珍しくないらしい。
俗に先祖返りと言われ、過去にエルフと交わった人間がいれば一定の確率で出てくると言われている。
ちなみにこのセリアは子供なのにかなり気が強い。
わずか数日一緒なのだが、既に口答えすら許してもらえない。
どこぞの誰かが女にゃ勝てんと言ったらしいが至極名言である。
あの後、このセリアと成り行きで行動を共にすることになった。
やたら小奇麗な身なりで食べ物と一緒に森の中に放置されてた。
(時間のたった今から思い返せば彼女の境遇は想像に難くない。)
セリアの家らしき場所に立ち寄り、最低限の必要なものを持って、夜逃げするようにセリアの村を後にした。
自身としてはこの世界のことはわからなかったし、教えてくれる人間ができたのはありがたいことである。
視界に一本角をもった巨大な兎をとらえる。
遠目だが大型犬ほどの大きさがありそうだ。
こちらを気付いているが距離もあり、それほど脅威と感じていない様子である。
草をむしゃむしゃと食べている。
「すまん」
俺は手にした石を振りかぶり、兎めがけて投げつける。
小石は兎の頭部に吸い込まれるように消えていき、頭部がはじけ飛ぶ。
まるで銃火器である。
これでも一応加減はしている。
前世ならばこれほどの精度、威力は無かったはずである。
本当にどうなってるのかわからない。
今ならメジャーリーグに行って大活躍できそうなほどだ。
デッドボールにしたら即過失致死で刑務所行になりそうだが。
「さて血抜きするか」
「…今日はアルミラージ…。血抜きはしてきた?」
兎を持っていき鍋の用意をしているセリアに見せると少し引かれた。
「もちろんさ」
不思議パワーで血抜きは済んでいる。
この世界に来てから念じて力を振るえば思うとおりになる。
それを俺は不思議パワーと呼んでいる。
セリアが言うには魔法に似て非なる力だという。
頭部の消えた兎を手渡すとセリアはそれを手馴れた様子で捌き、鍋の中に兎の肉を入れる。
しばらく待つこと小一時間。
「できたわよ」
セリアから料理を受け取るなり、俺はがつがつとうさぎ(?)汁を口の中にかき込む。
悲しいかな、セリアの料理の腕は良かった。
人間胃袋を握られてしまえば反抗する気すらおきはしない。
例え一日荷馬車のように使われてもだ。
ま、さして苦痛にすら感じないが。
一服し横になっている傍らで、セリアは余った兎の肉をあぶって小分けにして包んで終えたところだ。
明日の昼飯用にだろう。
「それで今後の方針を聞いてもいいか?」
「私たちが向かっているのは辺境一の城塞街ドルトバ。
そこで資金を蓄えてマルフィーナ街道を抜け王都カーラーンに向かいましょ」
「あてはあるのか?」
セリアは金策のあてがあるという。
詳しくは聞いていなかったので今日はそれを聞いてみる。
「ギルドっていう仕事のあっせん所があるのよ。そこで道中あった魔物の魔石を換金すれば多少の金額になるわ」
「へー、ギルドねえ」
ゲームで出てきた単語である。
まさか本当に利用する日がくるなど考えたことはなかったが。
「魔石って金になるんだなぁ」
袋から魔石を一つ取り出ししげしげと見つめる。
ここまで来るのに数体の魔物と遭遇し、倒してきている。
およそ十数個はあるはずだ。
「ものによりけりだけど王都とかではランタンの材料になったり、
ゴーレムの動力源になったりするって行商人の人に聞いたことがある」
ガソリンや電気変わりだと思いちょっと納得する。
「…ん、ゴーレム?」
気になった単語があったのでセリアの方を振り向くとセリアは既に眠っていた。
疲れたのだろう。
俺は彼女の背中に布をかける。
幸い今の季節、それほど寒くはない。
俺は火番を見ながらここでの記憶をたどる。
始めにいたのは黒い森の中だった。
たちの悪い夢だと思った。
夢だと割り切って好き放題することにした。
空も飛べるし、どんな怪物も一撃だった。
万能感に酔いしれた。そう空腹を感じるまでは。
どうにかして食べ物を得ようとするもうまくいかなかった。
森の中と言うのもあるが、見たこともない植物だらけだったのだ。
試しに口にいれるのは最後の手段。
空を飛んでいればドラゴンが追いかけてくるようになるし、どこぞの屋敷に食べ物を分けてくれるように頼みに行けば
獣をけしかけられ、それを倒せば武器を持った連中に追われる。
ここに来てからから二日の間さんざんな目に出会った。
あそこでセリアと出会えたのは幸運と言ってもいい。
もし出会えなければ餓死していたかもしれない。
セリアと一緒に旅をしながら以前の記憶を何度もたどる。
夜勤明けの帰り道、車にはねられたのはぼんやりと思い出してきている。
そして前の自分は死んだことをなんとなく自覚する。
この状況は転生したと考えるのが一番近いんじゃなかろうか。
自分は元々天涯孤独で未練などなかったし、執着もなかった。
転生…女神のチュートリアルまではのぞまないが、せめて取扱い説明書ぐらいほしいものだ。
二日で死ぬとかまじで笑えない。
俺はこちらの世界の知識はおろか、常識まで塵芥も持ち合わせていないのだ。
さまざまなことは可能になったがちっとも思い通りにならないものである。
そういう経験を経て自分は一つの真理に到達した。
常識、大事。
ただ今セリア様から御教授いただいている最中である。
この世界のことを知るまで空を飛ぶなどの行為等は禁止することにした。
空を飛べばまたドラゴンに標的にされる場合があるからだ。
悪目立ちして変なのから目をつけられるのもごめんである。
ここで生きていくためにはまず自身が何ができて何ができないかを知る必要があった。
自身がどんな立場にあるのかも知らなくてはならない。
そもそもこの不思議パワーがなんなのかきちんと調べる必要があった。
便利だからついつい使ってしまうがどんなリスクもあるかわからないのだ。
暴走とかでもしたらマジでシャレにならない。
王都カーラーンには巨大な図書館もあり、世界中からさまざまな関連の書物が集まるという。
それを調べるにはうってつけだった。
さらに王都カーラーンはさまざまな人種が入り乱れているという。
セリアもエルフの容姿と言うことで好奇の視線を向けられることも比較的少ないだろう。
俺は火に照らされたセリアのあどけない横顔を見る。
普段は尊大な態度だが、こうしてみればただの少女である。
セリアの安住の場所も見つけなくてはならない。
彼女はしっかりしているがまだ若い。大人が導いてやらなくてはならないだろう。
やることは山積みである。
「さて俺も寝るか」
小さく腕を振り、魔物避けの不思議パワーを周囲に放つと横になった。