呼び出されました
リバルフィードのギルドに立ち寄ったその夜のことだ。
互いに別々の部屋を取ってもらってる。
嫁入り前の娘が男性と一緒の部屋なんてだめですよ。
寝ようとしてベッドに入ろうとすると鏡から腕が生えて、手招きしている。
普通に考えれば絶叫ものの光景だが、これをする相手に俺は心当たりがある。
我ながらずいぶんと慣れたものだと思う。
俺は誘われるまま鏡の中に入っていった。
鏡の中に入ると紅茶を優雅に飲みながらゲヘルとラーベが中央に座っていた。
調度品も怖ろしく整っている。
某テレビ番組のなんちゃらの部屋を思わせる場所である。
と言うかゲヘルも紅茶飲めるのか?
頭、骨だぞ。
「御無沙汰しております、王よ」
紅茶をテーブルに置き二人は一礼する。
「俺は王じゃないし、そういうかたっ苦しいのはやめてくれ」
一言めんどい。
俺は彼らと同じ席に座り茶をすする。
この茶。マジでおいしい
「それじゃ、こっちもそうさせてもらうよ」
ラーベは長い足を組み優雅に振る舞う。
この世界で見たイケメン二号。
こっちは完全に貴族ですが。
「前に話してた君の教育係なんだけど、私の方から出すことになったから」
にこやかに話を切り出してくる。
「助かるよ」
魔力のことで教えてもらえるのは純粋に助かる。
まだ魔力のコントロールもできないし、何より人間社会で生きるという点で魔族とばれるとまずい。
「名はオズマ。そこそこ力もあるし、人間社会とも接点がある」
この人たちの言うそこそこってどのぐらいだろうかとふと脳裏をかすめる。
そんなことよりも今はこの魔力をコントロールすることが重要だろう。
「明日にでも君の街に行くと思うからお手柔らかに頼むよ」
「どうやって俺を見つけるんだ?」
特徴も何も言われていないのですが。
「すぐわかるさ」
ラーベは優雅に微笑む。
「その話とは別に私たちはこの間の非礼もかねてそれぞれ一品づつ与えることになった」
思いっきり俺がボコられたときのことだな。
ちょっとだけ納得。あの時はマジで死ぬかと思ったし。
「始めにわしからはこの指輪を送ろう」
ゲヘルは指輪を差し出してきた。
「指輪?」
俺はその指輪を受け取る。
小さな青い宝石が真ん中にあり、細かく何らかの文字が彫られている。
「この指輪はモノを自在に出し入れできる。任意の時、任意のモノをな。
収納できない場合は…まあほとんどないじゃろうが、宝石が赤に変わる」
要は好きな時に好きなものの出し入れが可能だという。
「なんと」
ドラ○もんの四次元なんちゃらみたいなものらしい。
そんなお約束のアイテムがこの世界にあるとは思わなかった。
旅をする俺たち(特に荷物持ちをする俺)にとってはありがたい。
これであの荷物持ちの日々と決別出来ると思うと感無量である。
ゲヘルからのあのメギド(すっかり忘れていたが)なんちゃらをもう一回食らってもおつりがくる。
もう二度と受けたいとは思わないが。
「ちなみにどのぐらい入るんだ?」
始めに気になったのは容量だ。どれだけ入るかわからないのでは話にならない。
ゲヘルは首をかしげる。
「…わからん。なにせ若いころ作ったモノじゃからなぁ」
「そんなあやふやな…」
「ゲヘル殿が作ったものであるならば街ぐらいなら余裕で入る規模でしょうな」
優雅に茶器を片手に優雅にラーベ。
「フム、そのぐらいなら入るじゃろうな」
ゲヘルさん、今そのぐらいと言ったぞ。
…一言で俺の中の常識が今ので粉々に砕け散ったぞ。
どれだけ規格外なんだよこの人達…。
とにかくそれだけあればさまざまな使い方ができる。
「もし落した場合は?」
相手に使われる心配がある。
「これは契約した本人しか出し入れできないし、結界で封じられない限り戻ってくる」
「すごいな」
自動回帰機能もついているという。
ものすごいマジックアイテムだ。
「それとあまり生き物は入れないほうがよいな。
中は空間固定で時間も停止しているが、
長い間入れておくと魂と肉体が乖離し死亡することもある」
出したら死んでたとかもあり得るとのこと。
怖い話である。シュレディンガーと無性に叫びたくなった。
「短い間だけなら大丈夫ってこと?」
「そうじゃな。試したことはないが一日ぐらいなら大丈夫じゃろ」
うん、必要に迫られない限り極力使わないようにしよう。
「もう一つ。力が強い者だと内部から破壊される場合がある」
そう言った強度は持ってないってことらしい。
生きた魔物を閉じ込めるっていう使い方はやめたほうがいいらしい。
この指輪はある意味でチートアイテムなんじゃなかろうか。
幾つか目的に反した使い方が思いつくが最悪の手段の一つとして頭の片隅に入れておこう。
目的以外の手段を使わないことを祈って。
俺が指輪をはめるとそれはにぶい光を放つ。
「これで契約完了じゃ」
「おいしい茶だった。指輪ありがとな」
「それではよい旅を」
ラーベは立ち上がり一礼する。
この人何やっても絵になるわ。
「それじゃの」
好々爺のようにゲヘルは手を振っている。
「そう言えばこっちから呼び出したいときはどうすればいい?」
基本あまり頼るのは良くないと思うが、緊急事態と言うこともある。
どうしても力を借りたいときに連絡がつかないというのは避けたい。
「そうじゃの…次に呼び出すときまでに考えておくかの」
ゲヘルは髭を触るようなしぐさをする。
魔族の人たちも話してみればいい人たちだ。
王になっても悪くないかもしれないとかちょっと思う。
俺は鏡の中に戻っていった。