断りました
黒い森で異変が起きていた。
警備隊は厳戒態勢を命じられている。
「隊長」
「話は聞いてる」
魔族に動きがあったということを聞きつけ警備兵が集まってきていた。
外壁の上には警備兵十数名が各々の武器を持ち集まってきている。
静寂の中、音だけが静かな森で不気味に響いている。
光も何度か確認されている。
「まさか…誰かが戦っているのか?」
ダールは顔をしかめその可能性を口にする。
突如、大きな音とともに大地が揺れる。
その衝撃でドルトバの城門の一部が崩れ落ちた。
直後、目も眩むような光が森を照らす。
閃光は黒い森を貫くように横に駆け抜けていった。
誰もが目を見開きその光景を見て絶句している。
「…これが魔族…」
人智を凌ぐ存在。
人間とは隔絶した力を持つ者。
幾度も人類が挑戦するもそれに届かない絶対不可侵の存在。
「ではよいか皆のモノ」
ゲヘルが五体の魔族に向かい言葉をかける。
「ああ」
「異論はないわ」
「及第点だ」
「悪くはない」
「賛成だ」
いつの間にか周囲には異形の兵士たちが集まってきている。
完全に囲まれたようだ。
俺を生かしてこの場から逃すつもりなど無いようだ。
こうなればこの命が尽きるまで一兵でも多く削ってやる。
あの少女との約束は守れないことを内心で詫びていた。
俺は大きく跳躍するために大きく息を吸い込む。
だがその予想外の出来事によりそれは中断された。
「我らが王よ。どうか我々を配下にお加えください」
ゲヘルがそう言うと六体の魔族は俺の前に膝をついた。
六人だけではない。背後にいた異形の兵士たちも一斉に膝をつく。
「は?」
その時俺はかなり間抜けな顔をしていたと思う。
状況が呑み込めない。
今こいつらなんつった?
あっけにとられる俺を無視して事態は奇妙な方向に流れて行った。
「僭越ながら私から自己紹介とさせていただきましょう。
私の名はラーベ・ファウ・ヴィスカリオ。魔族を率いる魔神が一柱」
貴族の恰好をした男が自己紹介を始めてくる。
「私の名はネイア・フラトリス。王様よろしくね」
そう言って六枚の黒い翼の女性がウィンクする。
美術品並みの造形の容姿である。
「わしの名はヴィズン・ヲーリオ」
巨人のおっさんが言う。はちきれんばかりの筋肉をしている。
巨人の傍らにある武器はさっきの鎚の形状から棍棒に戻っている。
形状変化可能な武器らしい。
「オレのナはクベルツン=アーリア」
ゆらゆらと揺らぐ人影が片言で話す。
「僕の名はゼロス=クルエルミ」
薄気味悪い笑みを浮かべる子供。
「新たな王の誕生。これほど嬉しいことはありません」
ゲヘルは号泣するしぐさをしている。
というかこいつ涙出るのか?
「…俺を試してたってわけか」
「そう、力に振り回される愚か者など我々の王にはふさわしくない。強者に媚びる者もしかり」
ラーベのしぐさは洗練されていて優雅である。
「惰弱な王などいらぬ。お主の戦いに魂の輝きを見た。わしはお主を王とみとめよう」
腕を組みヴィズン。この方は武人堅気の様子。
「そうそう、キミが王様だったら楽しそうだ」
とさっき腕が変なものに変化していたゼロス君。
「ヨロシクお願いしまス」
クベルツンはたどたどしい言葉。
戦闘時異様な形を取っていたが本来はどうなのだろう。
とにかく俺の意見は完全無視らしい。
なんかいらっとしたのでもう本音でいくことにした。
「俺は王になるとは一言も言ってないぞ」
俺の一言にその場の空気が一瞬で凍りつく。
「そんな」
ゲヘルの動揺が見て取れる。してやったり。
「お・ね・が・い」
上目づかいにうるんだ瞳でこちらを見上げてくる。
ネイアさん、そう言いつつ胸を押し付けてくるのはやめてくれ。
いろいろな意味で立っていられない。
「はしたない」
これはラーベがネイアを制止する。
「だって殿方ってこういうのされるの好きでしょ、ねっ」
そりゃ好きですが。
「俺は王になるつもりはない。いろいろな場所を巡ってみたいしな」
魔王になったら倒されるだけだし、何より縛られるのは嫌だ。
俺はこの世界をもっと見て回りたい。
そもそも生まれたばかりの赤ん坊のような存在にそんな重責押し付けられても困る。
「…なるほど見聞を広めたいというわけですか」
ゲヘルは俺の言葉にどこか納得したようすだ。
「では我々はあなた様がそれを望むまで待ちましょう」
六人の魔族は頷く。
お、思ったよりあっさり引いてくれたぞ。
「どのぐらいかかるかわからないぞ」
この世界がどれぐらい広いかわからない。
だがここに来たからにはそれを余すところなく見て回るつもりだった。
「待ちますとも。百年二百年など我々にとってはそうかわりませんからな」
なんですと?
「百年二百年って、俺が生きてないっての」
気が遠くなるような話だ。魔族ではそうだろうが人間は普通そんなに生きるわけがない。
こちらの平均寿命は知らないが以前住んでいた国ほどではあるまい。
「あなたはもうこちら側です」
「…こちら側?」
ゲヘルの言葉に妙な引っ掛かりを覚え俺はゲヘルを見る。
「あなたの扱う力は魔族のみもつ力。魔力と呼ぶものです」
不思議パワーは魔力だったらしい。
と言うことは俺は人間ではなく魔族ということらしい。
見た目は人間だった時と同じで、種族が変わっている実感はほとんどないが。
ちょっと図々しいかもしれないが、この際だから前々から思っていたことを頼んでみよう。
「あのさ、王でもない俺がこんなこと頼むのは筋違いって思う。
俺にこの不思議パワー…魔力を教えてくれる人がほしい」
「…旅をしながらとなると限られますな」
ゲヘルは無いひげを触るようなしぐさをする。
「悪い」
「何おっしゃいますか。我らも御身に勝手に試す真似をさせてもらいましたからな。
後日、こちらから連絡させていただきます」
ゲヘルは俺に背を向ける。
「…もう一つ聞きたいことがある」
俺はゲヘルを呼び止める。
「なんですかな?」
「この軍勢は俺を倒すために集めたのか?」
気になっていたことを口にする。
「ええ」
「もし俺が戦わず逃げ出していたとしたらどうしてた?」
「…そうですね。その時はあなたを追い詰めていましたでしょう。
あなたの頼る先、あなたの向かう先を蹂躙しながら」
「…多くの人間に犠牲がでたとしてもか?」
これだけは人としていかなる理由があろうと許容できない。
「それを天秤にかけたとしてもです。
それほどにあなたはこの世界に対して危うい存在と言うことを自覚なされたほうがよい」
自身を引き合いに出され俺は閉口した。
「…安心なされよ。理由がなければ我々は動くことはありませぬ」
そう言うとゲヘルは背を向けて歩き出す。
「ではユウ殿。また近いうちに」
ゲヘルがそういうと魔族の一団は煙のように消失した。
まるで今までの出来事が嘘だったかのように。




