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異世界の放浪記   作者: owl
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幕間 王と暗殺者

それは私があの男とはじめて出会った時の話だ。


その時の私は二度と日の目を見ることはないと思っていた。

精霊使いということもあり両腕には呪印のついた拘束具をはめられている。

この状況では風の精霊を使うことはできない。


辱めを受けるくらいならば、舌を噛み切り死ぬ覚悟はあった。

それをしなかったのは他の一族の安否が気になったためだ。

不思議なことに未だに拷問すら受けていない。だが、処刑の日は必ずやってくる。

捕まって一カ月ほどした後だろうか。その時は突然訪れた。


出入り口から現れた男は見知った男だった。

それもそのはず標的の顔をどうして忘れられようか。

私に臆することなくエドワルドは私の前の椅子に腰かける。

私はエドワルド王を見る。歳は三十ぐらいだろうか。切れ長の眉毛に、整った顔立ち。

だが、鋭い眼つきがそれらの点を台無しにしてしまっている。


「お前の仲間はすべて拘束させてもらった。もちろん都に火を放った奴等もだ」

私はまだ彼らが生きていることに心の中で安堵する。


「そのものの枷を外せ」

王命に従者たちは動揺する。

精霊使いを自由にするということはそれは王の身を危険にさらすのと同意義である。

その上、私はエドワルド王を狙った暗殺者である。


「エドワルド王。お考え直しを」

従者たちは目に見えて動揺し、エドワルド王を必死に諌める。


「私は二度は言わんぞ?」

エドワルドが睨みつけると従者たちはしぶしぶ私の腕の枷を解いた。


「…何のつもりだ?」

枷の外れた状況なら私はいつでもエドワルド王を手にかけることができる。


「話し合いをするのに片方に枷があってはならんだろう。それに枷ならすでにある」

解っている。もしここで何かあれば即座に一族の者の首が飛ぶ。


「…まるで野生の獣のような目だ。先ずは名を聞こうか」


「…リーリル。なぜ私を生かしておく?」


「質問をしているのは私だ。何故メリオーナ侯爵の妻と娘を生かしておいた?

生かしておく理由がお前たちにはないはずだが?」


「…関係ない人間を巻き込む理由がなかったからだ」

私はエドワルドから目をそらし答える。


「どうして火をつける際に住宅の密集地を選ばなかった?

うまく立ち回れば王都の機能の半分は削ぎ落すことができたはずだが?」


「そうか。私としたことが…。私たちはあくまで暗殺の一族。放火は我らの専門外なのでな」


「クックック、なるほど。つまらんプライドでその選択を外していたか。…馬鹿な小娘だ」


「なんだと?」

最後の一言に私は憤然とする。


「だが交渉相手としては悪くない」

一瞬エドワルドの表情が緩んだように見えた。


「交渉?…雇い主の情報か?無駄だぞ。拷問されたとしてしゃべるものか」

私はこの男が何を言っているのかさっぱり理解できない。


「その必要はない。捕らえた後、パルムン王がお前たちを雇ったと吐いた」


「馬鹿な…負けたというのあのアウヌスが…」

最強の騎馬民族と名高いアウヌスをこの一か月で倒しきれるわけはない。

だがこの男はここにいる。カーラーンは戦火にまみれていない。

この男のいう言葉は真実として鵜呑みにはできないが、否定もできない。


「さて本題に入ろう。ここまでの醜態。もうお前たちを雇う場所は東の地にないだろう」

残酷な現実を突き付けられ私は黙り込む。私の一族はこれで東の国々からははじき出される。

それはつまり一族の滅亡を意味する。この仕事を請け負った時にすでに覚悟していたことだ。


「…」

現実を直視させられ私の全身から力が抜け、涙が取り留めもなくこぼれる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

私は俯き、何度も何度も皆に謝る。皆が私に託してくれたものをすべて私が台無しにしてしまった。

もはや死んでも償いきれるものではない。


「…ならばだ。新しく雇われてみるのもいいのではないか?」

いきなりのエドワルドの提案に私の頭が真っ白になった。


「何を…お前は何を言っている?」

ぽかんと口を開け私はエドワルドを見つめる。


「クックック…間抜け面だな」

腹を抱えて笑う。その表情はずっと若く見えた。


「いいから私の質問に答えろ」

顔を真っ赤にして私は目の前の男に問う。


「お前たちの腕を買おうと言っているのだ。一族ごとな。

次の雇い主にその態度はいかがかと思うがな」


「…私たちはお前を殺そうとしたんだぞっ」


「東のかつての王族に風の精霊王に恩を売った者がいたという話を聞いたことがある。

その王族には代々風の精霊と契約する者が生まれたという。

だが、その王族は侵略者にその国を追われたあと行方知れずだという」


「…」

私はうつむく。


「…やはりな」

エドワルドはそれ以上は言わなかった。


「都合のいいことに大臣派の連中の残した領地が幾つか余っている。

お前には縁者ということにしてその領主になってもらう」


「領地を?」

いきなりの提案に私は目を点にする。


「お前たちの一族は領地を治めたことのある人間はいるか?」


「…ない」


「ならこちらから専門家を派遣しよう」

これ以上の申し出はない。土地があれば一族は飢える心配はなくなる。

だがあまりにうまい話過ぎる。


「まて、なぜそこまでしてくれる?」

私はいぶかしむ。ここまで施しを受ける理由はない。


「これは施しではない。お前たちの腕を買っているのだ。

『災害』のカルナッハのために近衛兵を含めたサルアの中枢の防衛機構が破壊されてしまった。

ずいぶん直ってきてはいるように見えるがまだ表面的な部分だけだ。

一から構築するよりも外部からその専門家たちを取り入れたほうが手っ取り早い」

エドワルドの言うことは理には適っている。ただし、肝心な部分が抜け落ちている。


「私たちが裏切るとは考えないのか?」

私はその疑問を口にした。


「裏切る?その必要がどこにある?合理的ではないな。

私の申し出を受けるとなれば今後我々は一蓮托生だ」


「…一連托生?…貴様と運命を共にしろと?」


「話が早いな。受けるかどうかはお前次第だ」

エドワルドの提案は非常に魅力的なものだ。

調べた限りではこの男は名君であり、将来を約束されている。

受ける以外の選択肢はない。だが、私の心の片隅にはもやっとしたものが残る。


「…一族の未来を決める決定だ。私の一存では決めかねる。他の者と話させてもらいたい」

そのあまりに突然現れた提案に私の頭は混乱していた。

ふとエドワルド王の瞳が私の目に入れる。

その瞳は青く澄んだ空のようだった。井戸の底に落ちたとき見た空にそれは似ていた。

暗殺対象としてではなくこの男を真正面から初めて見た。


「いいだろう。だが、私は気が短い。早い返事を期待している」

そう言ってエドワルドは私に背を向ける。その広い背中は妙に力強く見えた。


「…しかし、暗殺者の一族の姫君の間抜け面というのはなかなかに興味深かったぞ」

去り際に吹き出し、エドワルドは牢から出て行った。

徐々に奴の言っている意味が解り、徐々に自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。


「うるさいっ」

しばらくして私は真っ赤にして怒鳴る。実に腹立たしい男だと思った。

その腹立たしい男にさんざん振り回された挙句、

五年後、この国の王妃になるとはこの時は誰が予想しえただろう。

人生とは何が起きるかわからないものだ。


かくて北の地に暗殺者の一族が移住することになる。

それらはやがて王の懐刀とも言われるようになっていくのだがそれはまた別の話。

これで一部完結です。

二部に続きます。

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