蹴散らしました
冒険者の一団が見晴らしのよい丘からその戦場を眺めていた。
両陣営はにらみ合ったまま動く気配を見せない。ファルカッソ砦は五万の軍勢に包囲されている。
時間は正午を少し前にひかえたあたりか。飯を炊く煙が両陣営から立ち上っている。
「あれがファルカッソ砦か。見事に囲まれてるなー」
剣を二本背負った男が木の上からそれを眺めている。
肩には大きなカラスが止まっている。
アウヌス軍はファルカッソ砦を包囲していた。
「本当にやるつもりか?」
銀の鎧を着けた女騎士がリーダーとらしき男に問う。
「無理強いはしない。あくまで俺が個人的な挨拶をしに行くだけだからな」
「個人的な挨拶…クックック、是非とも参加させてくれ」
さも楽しげに女騎士は微笑む。
「流れ矢とかシャレにならないので私は一時離脱させてもらいますよ」
そう言い残し双剣の肩にいたカラスは飛び立つ。
「これが戦場…」
金髪の少女がそれを見ていた。
耳は長くとがっており、先祖返りの特徴が出ている。
「…本当に参加するつもりなのか?」
リーダーの男が金髪の少女に問う。
「あれ?私だけ仲間外れにするつもり?」
口をとがらせて少女は聞き返す。
「…わかった。わかりましたよ」
男は降参というように両手を上げる。
「みんな聞いてくれ、俺たちはあくまでエキストラだ。できるだけ殺しは避けてくれ」
リーダーの男が声をかける。
「うーん、いいけどよ。…わかっちゃいるが、手加減って面倒なんだよなー」
双剣の男が渋っている。
「できないのか?」
黒騎士が双剣の男に聞く。
「かっ、できないとは言ってねえ。やってやるよ」
黒騎士が男の問いかけに双剣を持った男は口をとがらせる。
そのやり取りをみてその場にいる者たちは吹き出した。やがて皆で大爆笑をする。
双剣の男は罰の悪そうな表情をしている。
「それじゃ、派手にやるとしようか」
リーダーの男の声に四名は一斉に頷く。
かくてアウヌス側の悪夢の時間がはじまった。
パルムンがその異変に気付いたのは昼前のことだ。
「カーラーンの方角が騒がしいが。増援か?」
パルムンは傍にいる側近に声をかける。
ファルカッソ砦攻略がうまくいっていないためにパルムンはあからさまに不機嫌だった。
パルムンは昼飯の前でさらに気が立っている。
「ぼ、冒険者の一団のようです。こちらの包囲を気にせずに一直線に向かってきます」
「フン、そんな命知らず共、とっとと殺してしまえ」
初めはただの命知らずだと思っていた。
五名で突っ込んでくるというのは狂気の沙汰である。
冒険者と言うのは一般的に言うところのならず者であり、何でも屋でもある。
数名の冒険者に戦局が左右されることがあってはならない。
だが、倒すように指示をしたというのに全く混乱が収まる気配がない。
むしろ先ほどよりも混乱が増している。
「ええい、冒険者数名ごときに何をやっている?」
パルムンは激昂する。聞けば相手は十名にすら満たない分隊クラスである。
それがこの戦局での嵐の中心になっている。
「だめです。連中の動きがとまりません」
パルムンは苛立ちながらその一団の目にできる場所まで移動する。
彼は信じられないものを目にする。
黒騎士が槍を振れば一振りで数人の騎馬兵が蹴散らされている。
銀の騎士は怖ろしいほどの速さと的確さで兵を仕留めている。
二刀を持つ剣士はあり得ないほどの速度と力で兵たちを戦闘不能にしている。
背後にいる男に至っては、投石で正確に武器を破壊し、
近づく者を左手に手にした鞘のついた剣で吹き飛ばしている。
一人相手に数人で襲い掛かろうと一瞬で倒されてしまう。
一人一人が一騎当千の化け物と言ってもいい。このままでは包囲網が破られる。
「第七騎馬隊。あの馬鹿共を始末せよ」
こうなれば軍勢を直にぶつける。
どんなに強かろうがそれは個であり軍勢の前には敵ではないのだ。
それにこれ以上混乱すれば士気に響いてくる。敵を前にしてこれ以上混乱するのは好ましくない。
ニ千騎いる騎馬兵が数名の冒険者向けて押し寄せる。
「…大地の力を示せ」
金髪の少女がそう呟くと金色の髪の周囲で魔法式が光り輝く。
その途端、地面が水面のように波打ち、騎馬兵が一斉に落馬する。
「魔法?幾らなんでもこの規模の魔法は…」
魔法使いと言っても戦術級魔法と言えば五階梯以上の魔法になる。
かなりの魔法使いと相当数な魔石が必要とされている。
それはカロリング魔導国以外使われることはないはずである。
「何をやっている。弓兵、あの魔法使いを射殺せ」
近づけない以上弓矢で射るしかない。
パルムンの呼びかけに兵士たちは一斉に弓を構えた。
「そうはさせねえよ」
二刀を持った冒険者が少女の前に立つと黒い風が吹き荒れ、矢の軌道が変わる。
千以上ある矢の方向が元の方向に戻ってくる。
矢じりが腕や肩に命中し、弓兵が次々に戦闘不能に陥っていく。
「奴等は一体…」
パルムンは状況を理解できない。高々数名の人間に我が軍が翻弄されている。
まるで悪夢を見ているようだ。
一団はアウヌス軍の包囲を強引の突破し、ファルカッソ砦の前までやってきた。
ここで黒騎士が槍を大地に突き立て仁王立ちになる。
「何をしている。お前たちの鍛錬の成果とはこんなものか?」
黒騎士が声を上げるとサルア国軍が一気に活気づき、ファルカッソ砦の門が開かれる。
城門から現れた兵士たちが声を上げ、アウヌスの陣営に襲い掛かっていく。
それは大きなうねりとなり、アウヌスの兵士たちを後退させていく。
戦場の中、俺たちの前に一際派手な甲冑をつけた男が立ち止まる。
「よう、エドワルド」
俺はエドワルドと向き合う。
「手伝ってもらうつもりはないと言ったはずだが?」
つまりは大きなお世話だと言ってるらしい。皮肉屋ここに極まれりである。
「俺たちは進路にあるものを蹴散らしてきただけだ」
俺はふてぶてしく言い放つ。
「はっ」
エドワルドは俺の言葉に戦場だというのに腹を抱えて笑い出す。
とにかく俺たちができるのはここまでだ。
サルアをこれからどうするのかはエドワルドの手腕一つ。
「いいだろう。見せてやろう。我が戦場を」
エドワルドは背を向け俺たちにそう言い放つ。
「我が勇猛なる兵たちよ。このままルタ川まで連中を押し返せ」
エドワルドは声を張り上げ命じる。
エドワルドの声にサルア国の兵士たちが声を上げ呼応する。
それは大きなうねりとなりアウヌス陣営を押し返していく。
王の一声と言うのはこれほどまでに兵士たちを奮い立たせるものなのか。
サルアの軍勢がアウヌスの軍勢をみるみる押し返していく。
アウヌス側からすれば悪夢を見ているようだ。
「陛下、このままでは戦線が維持できません。一度撤退の命を」
側近の一人がたまらずパルムンに具申する。
「おのれ、エドワルド。一旦、ルタ川の向こうまで引くぞ」
サルアの兵が勢いを増している。このままでは戦線を維持できなくなる。
そうなれば敗北は確定的である。ここは一端引いて体勢を立て直す。
パルムンはそう判断し、兵士たちを下がるように命じる。パルムンの判断は正しい。
ただし、それは常識的な戦場でのみだ。
パルムンが相手をしているのは若くして賢王とまで呼ばれるエドワルド王。
「ゴゴゴゴゴ」
低い音が周囲にこだまする。
ルタ川を渡る兵士たちは何が起きているかわからず動揺する。
「なんだこの地響きの音は」
地響きとともに上流から水が濁流となって押し寄せてきた。
濁流が轟音とともにアウヌスの兵士たちを呑み込んでいった。