捕り物です
人気のない裏路地に集まった三人の男。
その恰好こそ普通の人間だが、目つきが異様に鋭い。
「集合地点に来たのはこれだけか?」
火を放ちに向かった仲間の半数近くまだ集まってきていない。
カーラーンを混乱させるのが目的だったが、目立った混乱は起きていない。
空を見れば次々に立ち上る煙も消えている。
「馬鹿な…こんなはずでは…」
男たちは判断しかねていた。このままカーラーンに残って再び火を放つか。
それとも命令通り、このどさくさに紛れてこのカーラーンから撤退するか。
「よっ、あんたらが放火犯?」
クラスタが男たちに向かって声をかける。
手を頭の後ろに回し、その男たちの近くまで歩いていく。
「…」
男たちはクラスタに殺気を向ける。
「どうやら図星のようだな。動きが妙だったから上から見ればすぐわかった。
わりぃけど、あんたらを捕らえろって師匠から命令でてるんだわ」
クラスタはにこやかに自身の事情を語りながら男たちに近づいていく。
男たちは動揺する。三人の男を前に全く怯む様子がない。
それどころかこちらの正体にも気付いている様子。
「やれ」
見られたからには生かしておけない。そう男たちは判断し、ナイフを取りだす。
二人の男はナイフを手に無言でクラスタに向かっていく。
ドサッ
二人の男が力尽きたようにその場に倒れる。
「暗殺者の一族っていうから少しは期待したけど所詮はこんなもんか」
クラスタの表情は明らかに興ざめと言う様子だ。
残った一人の男は困惑していた。二人を倒した動作がほぼ見えない。
それはこの目の前の男と自分たちの歴然とした力差を物語っている。
男はこの男から逃れられないことを悟る。
「化け物か…貴様…」
このまま捕らえられても拷問が待っている。ならば選択肢は一つだけだ。
男は歯に仕込んだ毒で自殺するべく顎に力を込める。
「おおっと自害なんかさせねえよ」
一瞬で男の背後に跳躍すると、クラスタは手刀で首筋を叩いて気絶させる。
男の体から力が抜け、ぐらりと倒れる。
「あー、くだらねー。どうせなら風の精霊使いの方と戦いたかったなー」
クラスタは気絶した男たちを片手で持ち上げる。
「火事の方もセリアとエリスの二人がどうにかしたようだな。大将の方は終わった頃合いか」
三人の男を担ぎ上げ、クラスタは城の方へ足を向けた。
一人の使用人が片足を引きずるようにして道を進んでいる。
周囲の人間はそれを避け、道ができている。
皆の注目が注がれる。女の使用人の服は既にぼろぼろであり血痕が付着している。
「おい、どうした?」
使用人は警備の兵士たちに呼び止められる。使用人は袖に隠し持った暗器に手をかける。
「こら」
人ごみをかき分け一人の男がぼろぼろの使用人の前にやってくる。
「馬車で待っておるように言ったであろう。まさか式にそんななりで出歩くとは」
声を張り上げ男はその少女の顔を叩いた。
訳がわからず警備兵たちはただ唖然と立ち尽くしている。
男は振り返り、警備兵を見ると頭を下げる。
「すまぬ。この者はわしらの家の使用人じゃ。今朝馬にぶつかってしまってな。
それでも出席したいというものですから、その意地に負けて馬車の中までという約束で
ここまで連れてきたのです。
この者はどうも責任感が人一倍強いもので聞き分けがありませんでな。
馬車に乗っているように申し付けていたのですが。
この陛下の晴れの舞台にこのような者がうろつくなどあってはならぬこと。
わしらの方から強く言っておきますのでここはどうか穏便に…」
男は頭を深く下げる。
「そ、そうか。大事にな」
警備兵たちは納得し、その場を去っていく。
残された男は使用人を抱きかかえ、人の見えない場所にまで使用人を連れていく。
「すみませぬ」
そう言って堂々と男は使用人を抱きかかえて去って行った。
人の目の届かない場所に男は使用人を降ろし膝をつき頭を垂れる。
「頭を上げてくれ。ああしてくれて助かった」
「しかし、姫様、その傷は…」
侯爵に扮した暗殺者たちが風の精霊使いの女の元による。
「大丈夫だ。それより黒騎士を仕留め損なった」
受けた傷で今にも気を失いそうな状況の中で女は気丈に振る舞う。
「…まさかここまでとは…」
風の精霊を司る彼女は里の使い手が束になっても敵わない。
男はそんな彼女がここまでやられた上、取り逃がすことに驚きを禁じ得ない。
「警備の兵が妙に少なく思います。さっきからまばらにしか見ませぬ。
…気のせいかもしれませんが妙な違和感を感じます。本当に大丈夫なのでしょうか?」
男の問いに女は少し考え込む。
「…お前からみてあの男は間違いなくエドワルド王なのか?」
女の脳裏に不意に疑問が湧いた。
「奴の立ち振る舞いに品があり、動きに澱みがありません。
式典のスピーチを見ても王として恥じぬものでした。
その上、貴族と立ち話もしているのを確認しております。
それは本物にしかできぬこと。あれが本物でないわけがありませぬ」
その言葉に疑念は消えた。最も信頼する者がそこまで言い切るのは珍しいからだ。
それにエドワルドが影武者を雇っているという話は聞かない。
任命式を選んだのは公の場で本人かどうかを見極めるという理由もある。
暗殺するなら確実に行う。たとえ刺し違えようとも。
だが、失敗だけは絶対あってはならない。
女は急いでいた。もしこの場にあの黒の男が来てしまえば皆殺しになる。
自分たちの培ってきた精霊術が全く効かないのだ。精霊を使う自分ですらそうなのだ。
ここに来た者たちは暗殺の技術には長けているがただの人間である。
人間が勝てる相手とは全く思えない。
何も成せずに終わることは彼女にとって死ぬよりもつらいことだった。
「例え罠だろうともう我々にはこれしか道は残されていない。計画通り決行する」
女の言葉に男が頷く。
「…わかりました。ではそのように」
そう言うと男は頭を下げ、その場に替えの服を残しどこかへ去って行った。
式も終盤。王が壇上に登る。
それというのも現在玉座の間はカルナッハの襲撃のために損傷が激しく修復作業のただ中である。
舞台が蒼天の下で行われるのは異例中の異例のことである。
エドワルドが任命の儀を行うために壇上に上がる。
エドワルドは青空を背に集まった貴族や騎士たちに語りかける。
エドワルドの話の最中に暴風が円を描くようにエドワルドのいる壇上を包み込む。
周囲の物が弧を描きながら上空に巻き上げられていく。
「竜巻だ」
その声にその場にいた人間たちはその言葉にパニックを引き起こし、
一斉に会場から我先にと逃げるように去っていく。
それは自然現象であり、人々の根源的な恐怖を掻き立てたのだ。
「エドワルド王」
兵士たちが声を上げるが皆、恐怖で腰が引けている。
そんな中、三名の男たちが人とは逆方向に動き、壇上に向けて駆けあがってくる。
男たちが壇上に近づくと壇上で暴れていた竜巻が嘘のように消えた。
数名の男がエドワルドを取り囲んだ。
服装はこの場に合っているが、それぞれ手に武器を持ち、物騒な目つきでこちらを見ている。
「ほう、私を殺しにやってきたか」
エドワルド王は堂々とそして不敵に笑む。
竜巻を直接暗殺に使わなかったのは風の精霊使いの力が尽きていたためと、
生死不明では暗殺とは呼べず、影武者をたてるなどして生死不明を利用される場合もあるためだ。
「エドワルド王、御覚悟」
三人の暗殺者がエドワルド王に同時に襲いかかる。
エドワルドはいつの間にか鞘のついた剣を手にしていた。
「少し強めにいくぞ」
エドワルドが手にした剣を一振りすると、暗殺者はその衝撃波で暗殺者たちは吹き飛ばされる。
「ぐあっ」
三人は逆の方向へ吹き飛ばされた。
エドワルドは鞘のついた剣を片手に全く動く様子もなく先ほどと同じ体勢で立っている。
感覚からしてこれは単純な力によるもの。
ただの一振りで大の男三名を吹き飛ばすなど明らかに人間離れしている。
「…一体お前は…」
吹き飛ばされた男たちはどうしようもない力の差を感じ取り言葉を失う。
暗殺者たちは標的が人間ではなく、途方もなく巨大な獣のように見えた。
それは彼らが暗殺を生業としている人間として生きてきた経験が導き出したことである。
暗殺とは相対的な存在であり、それは常に対象の行動に目を光らせ、対象の観察し、
自らの今を計るもの。それは客観的であり、同時に厳密なものでなくてはならない。
無理だと判断すれば直ちに暗殺を思いとどまらなくてはならない。
彼らは里でも屈指の精鋭であり、一生その研鑽に費やしてきた。
その培われた経験からくる感ゆえに今まで生きながらえてきたのだ。
その感がこの男だけは殺せないと言っている。
決死の覚悟をしてやってきた男たちは心が折れたらしい。
駆けつけたダーシュと警備兵たちが男たちを羽交い絞めにするが、抵抗らしきものは一切なかった。
「かくなる上は…」
暗殺者たちは示し合わせたように視線を合わせ頷く。だが暗殺者たちは次の瞬間固まった。
「自害するのならこの娘を殺す」
黒騎士…オズマが使用人の恰好をした娘を片手にその首筋に槍の刃を当てていた。
風の精霊使いの女は力を酷使した影響と体の激痛で気を失っている様子。
その娘とは別に一人の男がオズマの脇に倒れている。暗殺の成否を仲間に知らせるための者だろう。
暗殺者たちは顔を見合わせると、示し合わせたように次々に手にした武器を手放した。
「老い先短いわしらはどうなっても構わん。姫様だけは…姫様だけは…頼む」
「悪い。俺に決定権はないんだ。俺は偽物だからな」
黒い影がエドワルドの周囲に現れ、黒い影が王から離れる。
そこには王でない一人の男が立っていた。
黒のトカゲが左手に戻る。そこには一人の男が立っていた。
俺の前には三人の暗殺者が懇願していた。よく見ればその誰もがかなり年配だ。
一方で、オズマが捕まえた風の精霊使いは若い女性のようだ。十代半ばぐらいだろうか。
セリアよりも少し年上だろうか。高校生ぐらいにしか見えない。
ちなみにエドワルドに変化していたのはクベルツンからもらった魔道具を使ってである。
『黒の蜥蜴』の効果である。任意のものに変身できることができる。
あらゆるものに形を変えることのできる魔道具。
俺は一度黒猫に変身して見せたが、それは力の一端でしかない。
それは人間にも適用できる。体格から指紋、すべて同じ人間になりきることができるらしい。
「馬鹿な…そんなわけが…」
俺はエドワルドからこの依頼を受けるのと同時に
サルアの宝物庫に保管された秘蔵の腕輪の魔道具を渡されていた。
この腕輪は一時的に人の顔を似せるモノだけのもののようだ。
実際に使っていたのは『黒蜥蜴』のほうだったが。
「無事である約束はできないが、エドワルドにはあの娘を手荒に扱わないように話してみる。
その代わりあんたら自害しないでくれよ。それでいいか?」
自分の判断で誰かが死ぬのは気持ちのいいものではない。それがたとえ敵であったとしても。
それにこれはエドワルドの意向にも沿っているだろうと思う。
「すまぬ。猛き者よ」
暗殺者の男たちは一同お縄になった。
「お疲れ様でした、主殿」
オズマが俺の前に膝をつく。
オズマのいつもと変わらぬ態度にすべて終わったことを俺は実感する。
「三日間とはいえさすがに王のふりをするのは疲れたよ。できればもう二度とごめんだな」
側近のルケルに王冠と預かっていた腕輪の魔道具を手渡す。
宝石がちりばめられた王冠と変身できる魔道具…この二つ結構な値段するんじゃなかろうか。
腕輪のほうは宝物庫から出したとか言ってたし、アネッサの魔法道具屋にも置いてなかった。
あの腕輪で屋敷を買えるんじゃなかろうか。
「お疲れ様でした。それにしても見事でした。まるで本物のエドワルド王のようでした」
側近のルケルが俺のことを絶賛してくれている。
「同感。影武者として雇われるのもありじゃない?」
真顔でダーシュが言う。
「おいおい、二度とごめんだっていっただろう」
俺はあいまいに笑ってごまかす。
『黒蜥蜴』を長時間使ってみてわかったが、
どうやらこの『黒蜥蜴』、変装した対象の思考、記憶、感情まで写し取ることができるらしい。
その人間に変身するだけではなく、完全になりきれる魔道具と言うことらしい。
つまりは人の考えを盗み見ることも覗き見れるということだ。
(そうでなければ式典をぼろも出さずにできるわけがない)
どこまでそれの対象なのかはわからないが、とんでもない魔道具である。
魔族からもらう魔道具はいろいろとぶっとびすぎだと思う。
今回エドワルドに変装したが、奴の思考と記憶を一部共有してしまった。
ちょっと罪悪感。ただ、やっぱり思った通りの奴だったなと思う。
…『天の目』もヤバいと思ったが、これもそれに匹敵するヤバさだと思う。
この能力は人に話さないほうがいいかな…。特にセリアとエリスには。(絶対使用禁止になると思う)
「…もう一つ聞いてもよろしいか?」
捕まえられその場から立ち去ろうとする暗殺者の一人から俺に声がかかる。
「なんだ?」
俺はその声に振り返る。腕に縄をつけた暗殺者がこちらを見ている。
「…ならば本物のエドワルド王はどこにいるのだ」
暗殺者の一人が声を上げる。
「本物のエドワルド王はファルカッソ砦だ」
暗殺者たちの顔からすっと血の気が引いた。
もう隠しておく必要もなくなった。
俺の役目はここにエドワルドがいるということを示すのが役割だったのだから。
さて、あいつは今頃うまくやっているだろうか。