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異世界の放浪記   作者: owl
116/121

金と銀の女神

城壁の上には二人の女性の影がある。

エリスとセリアである。彼女たちは街を見張らせるこの場所で待機していた。

街は平静そのものである。城の中では式典が続いているようだ。

ちなみに二人がここで待機しているのは念のためである。


「何にもおきないわね」

セリアは城壁に座り足をぶらつかせていた。


「全く、城の警備に回ることもできたのにな」

エリスは腕を組みながら不服そうにそう漏らす。

人が足りないという話なら聞いている。

参加してもよかったが、どういうわけかこちらに回された。


「状況を見て動けるのは必要よ?それに城にはオズマさんがいるし」


「セリアは本当に何か起きると思っているのか?」


「オズマさんが暗殺者を見つけてから王宮では何の動きもみられない。

それに人一倍鼻の利くオズマさんが警備をして見つけられないわけがない。

ならもし彼らが何かを仕込むとなれば外になんじゃないかな」

オズマの嗅覚はずば抜けている。暗殺者の方もどうして見つかったのかわからない以上、

王宮でことを起こすことは控えるはずだという見解だった。

もし何か起こすとすれば人が多い任命式以外にないというのもだ。


「外にか…確かにな」

エリスは青く、澄み渡った空を見上げる。ぼんやりと城下町の雑踏が足元から聞こえてくる。

街は平和そのものである。


「不思議ね。一人の時の方が孤独なんて感じなかったのに」

セリアは小さくつぶやく。


「セリア?」

エリスはセリアの言った意味が解らず聞き返す。


「私は幼いころ辺境の家族に引き取られたの私は両親の知人の子だったみたい。

その両親もすぐに他界して、ものごころついたときには既に一人だった。

人とは違う子の容姿を不吉だと陰口を叩かれながら育った。

私にはずっと生きているって実感が持てなかった」


「…」

エリスは少し驚いていた。セリアの容姿は怖ろしく整ったものだ。

流れるような金髪の髪、それでいてきめ細やかな肌、整った顔立ち。

エメラルドの瞳は澄んでいて、尖った耳はエルフの特徴を現している。

今はまだ幼さが残るもののもし成長すれば絶世の美女として名を残すだろう。

同じ同姓として羨ましく思う気持ちがないわけではない。


「生贄に決まった時もああ、誰かのためになるならそれでいいかなって

思ってそれを了承したの。元より身よりもなかったし」

顔に笑みを浮かべてセリアは語る。


「生贄…」

エリスはその言葉に眉をひそめる。

生贄を捧げることで、その地域一帯の有力な魔物と契約し、守護してもらうというもの。

特に有力ではそういう因習が残っているという。

正義感の強いエリスはこれに嫌悪感を覚えた。


「そこで私はあの人に…ユウと出会った。あの人出会うなり私に土下座したのよ?

供物を食べてしまったって言ってね。そのあとやってきた魔物を一撃で仕留めたの。

笑っちゃうでしょ」

その時のことをおかしそうにセリアは語る。


「それは…」


「はじめはあの人を利用するつもりだった。…村の外に出るために」

小娘一人旅をしようなんて無理もいいところだろう。

どこかで野たれ死ぬか捕らえられて人買いに売られるのが関の山だ。


「けどユウやみんなと出会って、家族ってこういうのかなって思うようになったの。

…私は本当の意味でみんなの仲間になりたいと心の底から思う。

もし叶うのなら守られる存在じゃなくて皆と肩を並べて歩いていける存在になりたい」

セリアの真っ直ぐな眼差しを横目でエリスは見つめる。

だからこそ法術をエリスに習った。だからこそ魔法をゲヘルから学んだ。

エリスの教えている法術はもう数か月もあれば教え終わるだろう。

魔法も毒舌家のアネッサから見ても魔法大学卒業レベルと言わしめるほどである。

法術も魔法も抜きんでた才能を持っている。

天才と言う存在があるのだとすればセリアのことを言うのだろう。

そんな彼女が自分と同じことを考えていたことにエリスは驚く。


「セリア…」

エリスが何か言いかけようとすると煙が立ち上り始めた。緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響く。

エリスは城下町の方に目を向ける。

「煙?」

一か所ではなく複数から煙が上がり始めている。

どうやら暗殺者たちは城の方ではなく街に仕掛けてきたようだ。


「まさか放火をして攪乱してくるとはな」


「エリス行くわよ」

エリスとセリアは城壁を飛び降りる。

十メートル以上ある城壁から落ちることは自殺行為だが、

法力を使い身体を強化できる二人にしてみれば、けがを負うことなく着地することができる。

着地するとエリスは地上に待たせていた馬にまたがり、セリアを乗せて煙の方へ向かう。


「見つけましたよ」

エリスが何かを言いかけたとき、二人の前にアタが空から降りてくる。


「アタ、こっちに来ても大丈夫なのか?」

アタは二人の乗る馬に並走し飛びながら話す。


「さあ…ですが、クラスタもこちらにきて二人の手伝いをするようにとオズマ殿が」

式典会場よりもこちらを優先させたようだ。あっちはオズマ達がいれば大丈夫だろう。

こちらは消火に専念させてもらうことにしよう。

「わかった。案内してくれ」

こうして二人は行動を開始する。



ウーガンは大声で指示を飛ばしていた。

「手の空いている冒険者は火をつけてるやつを捕まえろ。

お前らは火のついていない備蓄倉庫を張っててくれ。これ以上火元を増やすな」

火をつけられているのは主に冬用の共用の薪が積んであった場所だという。

まだ残っていた冬用の薪に火をつけられた。

式典の警備兵から割ける人員はいないのはキツイ。

現在カーラーンの警備兵が不足しているというのに。

放っておけば王都は火の海になってしまう。ウーガンはかつてない状況に内心戸惑っていた。

だがギルドマスターという手前そんなことをおくびに出せない。

「どうなってるんだ畜生」

ウーガンはぼやいた。



走っている男の背中に人影が空から降りてくる。

「ぐわっ」

エリスは気を失った男を踏みつけていた。

「アタ、こいつで間違いないか」


「ええ。間違いありません」

踏みつけられている手から火つけ用の魔石がこぼれる。

この男がどうやら放火犯だと思って間違いはないだろう。

エリスは男の体に手を当てる。骨は数本は折ってはいるが内臓は損傷していない。

加減をしているので致命傷にはなってい無いようだ。

後から追ってやってきたギルドの人間たちにその男を引き渡す。

すでにエリスはアタとともに三人は捕まえていた。


「後はクラスタにまかせるか。次は燃えている方だな」

エリスは最も燃えている建物の方に視線を向ける。



セリアは一人で燃え盛る火の前に立っていた。

目の前には火柱が上がっている。冬の間に薪を共同で備蓄、管理している小屋である。

魔石は高価なものであるために市井の人間たちは薪を使うのが一般的である。

今回そこを狙われたらしい。

この規模の火の前には多少の水などかけたとしてもすぐに蒸発してしまう。

駆けつけた人々はその小屋を離れて見守ることしかできない。


「嬢ちゃん、危ないぞ」


「いいから黙ってみてろ」

ウーガンはセリアを避難させようとした男を制止する。

背後から声がかかるがセリアはそんな声など耳に入っていない。

魔法式を地面に描いていた。


魔法を発動させるために人は主に二つの方法を使っている。

詠唱魔法は短時間、それに決められた規模で発動する。

パッケージ化された内容であり、その威力、規模は個人差はあれどほぼ同一である。

魔法使いが戦闘で使う場合よく使うものだ。


もう一つの方法に魔法式という方法がある。

これは地面にルーン文字という特殊な方法を使うものである。

時間はかかるが規模も威力も桁が違う。さらに細かく範囲指定もできる。

その分多くの魔力を消費し、維持するのにも相当な技術が必要となるという。

また魔法式を描く間、魔法使いは無防備になってしまう。


現在セリアの選択しているのは後者の魔法式である。

熱風がセリアの頬をかすめる。セリアは弱気になりそうになる心を奮い立たせる。

初めてだが理論上は可能なはずだ。ゲヘルの元で今まで何度もこれに近いことはやってきた。

セリアは息を吸い込む。


「風よ」

セリアがそう呟くと地面に描かれた魔法式が輝きだす。

風の流れが徐々に生まれ、建物を包みこむ。


「風魔法だと?」

一同は驚いている。

その風は徐々に強まっていき巨大な竜巻のように姿を変え、火柱の上がる建物を取り囲んだ。

酸素の供給が減ったことにより火はみるみるその勢いを衰えさせていく。


セリアの描いた魔法式は水属性の魔法式ではなく、風属性の魔法式である。

小規模な火災では水系統の魔法が有効だが、

大規模な火災になると空気を止めてしまった方が魔力の消費は少ない。

そのことをセリアは感覚的に知っていた。


「すげえ」

人々から歓声が上がる。

エリスがその歓声の中、少し遅れて駆けつけてくる。


「ここまでか。さすがに魔法に嫉妬するな」

エリスの出身のデリス聖王国では法術の結界を使い、空気の流れを止め火を消す方法はある。

ただしそれは数人がかりで行う方法である。とても個人が行えるレベルではない。

それを一人で行うという。魔法と法術の扱える力の規模の違いを見せつけられエリスはぼやいた。


「…エリス、最後は任せていい?」

セリアは汗だくになっている。その表情には余裕が全く見られない。

セリアが魔法の天才とはいえ、まだ魔法を覚えてから間もない。

その上、これだけの規模の魔法を行使し続けているのだ。

相当な無理をしているのがわかった。


「ああ」

エリスはセリアの風の内側に結界を張り、完全に空気の流れを完全に遮断した。

竜巻の中心部は風が吹いておらず、火に邪魔されないために一人でも結界を張るのは容易である。

エリスが結界を張ると火はすぐに消し止められた。

二人の手際に誰もが信じられないと言った様子である。


「まだ余熱で再出火する可能性もある。手の空いている人は火元への水かけを頼んだ」

唖然としている野次馬たちにエリスは指示を飛ばす。

何度か経験しているためにこういうのには手慣れていた。


「おう、任せておけ。手の空いてるやつは水もってこい」

ウーガンは胸を拳で叩く。


「セリア、次の現場に向かうぞ」

「ええ」

馬に乗るエリスの手を取り、セリアが馬に乗る。

二人を乗せた馬は通りを駆け抜けていった。



「すげえな」

それを見ていた者たちは彼女たちの手際に感心していた。

火柱を上げていた小屋から火の手が完全に消えている。


「俺たちも負けてらんねえぞ」

「おお」

ウーガンの声に民衆の掛け声が上がる。

火元には水がかけられ、完全に鎮火する。

王都カーラーンにおいて民衆が団結した瞬間だった。



「…まだまだね。完全に一人で火を消し止められなかった」

セリアはエリスに抱き着きながら不満そうに小さくつぶやいた。

空気の流れを完全に遮断することは熟練の魔法使いでも困難だという。

きちんとした師についてまだ半年であるセリアにはいくらなんでも荷が重すぎる。


「いや、セリアはよくやったよ」

エリスがセリアと初めて会った時とはまるで別人である。

あの時は戦力にすら数えられていなかった。


「…それになたとえ魔法を使えようが使えまいが、

今も昔もセリアは私たちのかけがえのない仲間だ。あいつもきっとそう言う」

あの男は断じてそんなことで人を判断しない。

あの男とは半年ほどの付き合いだがそれは断言できる。


「ふふ、ありがと、エリス。…けどユウのことは譲らないから」


「せ、セリア?な、何を言っ…」

セリアの言葉にエリスは虚を突かれ、エリスは顔を真っ赤にして動揺する。


「ほら、エリス、前」

セリアは前方の人だかりを指さす。エリスは慌てて馬の手綱を引く。

カーラーンで起きた複数の火災は大きな被害もなく消しとめられることになる。

金と銀の女神の伝説と呼ばれ長く語り継がれることになる。

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