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異世界の放浪記   作者: owl
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王都炎上

私は王宮の中で誰もいない廊下を一人歩いていた。

兵士たちは式典の警備に駆り出され、手薄になっているためだ。

警備の薄い場所は予め知っていた。使用人の恰好をしていれば呼び止められることもない。

たどり着いたのは使われていない会議室。

今は会議に使われる椅子は式典に回されており、そのただっ広い部屋には今は何もない。

窓からはカーラーンの街並を見渡せる。

これから起こる変化をここからならば見ることができる。


気が付けば一人の男が扉の前に立っていた。

黒い甲冑をつけ、槍を持った黒騎士。

私は目の前の黒騎士に向き合う。それは巨大な黒い壁に見えた。

風の精霊の加護を受けているのは私一人だけだ。

私が勝てなければこの黒騎士には誰も勝つことができない。

一族の未来のためにもここで私が折れるわけにはいかないのだ。

私は息を吸い込むと言葉を発した。


「先ずは礼を言おうか。よく誘いに乗ってきたな」

私は精一杯の虚勢とともに黒騎士を見据える。


「暗殺一族のシャーミル。風の精霊を使えるということはお前が姫巫女か」

黒騎士の一言に私は瞠目する。知っている者はこの大陸の西にはほとんどいないはずだ。

風の精霊を使えるものが頭目だということも東ではほぼ知られることのないこと。

それに加え、風の精霊を使ったことまで気付かれているらしい。

一度脱走の際に王宮の城壁を越えるのに使ってはいるが、あの一瞬で見破られたようだ。


「…」

さっきから嫌な汗が背中を伝う。罠にかけられたのは私たちのほうじゃないのか?

そんな疑問が頭をもたげる。


空気が重い。

本来なら暗殺というのは入念に下調べをし、標的の傾向を分析し、しかるべき時に確殺することだ。

そういう意味では真正面からぶつかるのは暗殺者として失格である。

だが、ここでこいつは倒さなくてはならないと本能が言っている。


「安心しろ。知っているのは私だけだ。俺を殺せば同時に口封じになる。

もっとも私を殺せればの話だがな」

一瞬私はこの黒騎士の言っている意味を理解できなかった。

そう挑発されたのだ。私の頭は沸騰した。ここまで小馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。


「殺す」

私は顔を真っ赤にしてスカートの中からナイフ状の暗器を取り出し黒騎士に向かって行った。


「来い」

黒騎士は何の表情も浮かべることなく、手にした槍を構える。


「精霊様、力をお貸しください」

風を使って自身を加速させる。風の精霊の力を纏った私は黒騎士の周りを駆け巡る。

それも相手の間合いにぎりぎり入らない距離でだ。

頭に血は昇っているが理性まで吹き飛ぶことはない。


窮地のときこそ周囲を見渡せ。


それは私の親代わりだったヒトが私に唯一教えてくれたことだ。

その教えが私を今まで生かしてくれた。

相手の力はわからないが気配から少なくとも経験者。それも達人の域にいるほどの。

風の精霊の加護はついているが、まともに槍の一撃をもらってしまえば骨を砕かれる。

臓器にまで深手を負ってしまえば即終了である。


それに風の精霊の加護を受けているこちらの間合いはほぼ無限と言ってもいい。

肉眼ではその姿を捉えることは困難。相手の気付かぬうちに相手に致命傷を与えることができる。

余韻すら与えることなく相手を屠れる力だ。風の力、これほど人殺しに適した力はない。


「風刃」

黒騎士の死角へ眼には見えない巨大な風の刃が黒騎士に向かっていく。

並みの人間ならば肉片になっていてもおかしくはない攻撃。


精霊の風刃を黒騎士は槍の一振りで消し飛ばす。

私は目を疑った。

実体のないただの風を槍の一振りで相殺するなど見たことはおろか聞いたことすらない。

もし直に食らってしまえば…考えただけでも怖気がする。

加護を通して精霊様が震えが伝わってくる。今までこんなことはなかった。


「どうした。そんなものか」

槍を手にした黒騎士が何事も無かったのようにこちらを見る。

なんなんだこの化け物は…。


「まだだ」

私は飛び上がり、スカートに手を入れ十数本のナイフを頭上にばらまく。


「風よ」

そう言うとばらまいたナイフが意志を持ったように宙で止まる。

それらは風の力により、相手に向かっていく。

十数本のナイフの中には不可視の風の刃も交じっている。

常人ならば間違いなく即死し、肉塊になるほどの技である。

例え躱したとしても風が標的にあたるまでそれらは止まることはない。

本来ならば魔物相手に使う技である。

だが黒騎士は槍を回転させそれらをすべて叩き落とした。


「…!」

私は絶句する。こんな相手は今までいなかった。


「これで終わりか?」

黒騎士がつまらなさそうに声をかけてくる。


「この方法だけは人に向けて使いたくはなかったが」

私は腹をくくる。ここでこの黒騎士を倒さなくては一族の未来はない。


「塵玉」

地面に向けて白い球を投げつけると周囲の視界を覆うほどの煙が部屋を覆った。

私は一歩背後に下がり、手で印を結ぶ。

視界を遮ったのはこちらの最大最強の技を相手にぶつけるためだ。

白い煙が男のいた場所に収束していく。狭く逃げ場のない室内に竜巻が発生する。

窓がガタガタと音をたてながら揺れている。


「風王殺界陣」

私はその技の名を告げる。

風が竜巻となり黒い男に収束する。真空の中、風の刃が切り裂く奥義。

窒息死するか、風に切り刻まれて死ぬのか、いずれにせよ生物ならば絶対に生きてはいられぬ技。

一族の風の精霊使いのみに伝わる口伝から再現した技。

人間に使われるのは禁忌とされ、必殺にして最大の技である。


「はあはあ」

私は息を大きく乱していた。ここまでしなければ勝ち目などなかった。

目の前では風が未だ吹き荒れている。人一人殺すのに力を使い過ぎた。

まだ王の暗殺が残っている。私はその場から去ろうとしたその時、変化が起きた。


「ふん」

黒騎士を取り巻いている風が吹き飛んだのだ。黒い霧が黒騎士から噴き出ている。


「こんなものか?」

何事も無かったように黒騎士は言う。何が起きているのかすら理解できない。

風の精霊の力を拒絶する力など聞いたことがない。


「馬鹿な…」

目の前の光景を疑う。

どんな人間だろうと魔物だろうと逃れられぬ攻撃というものがある。

それをぶつけた目の前の黒騎士は傷一つ負うこともなくそこにいた。


「どうしたまだやるのか?」

一切のこちらの攻撃が通用しない。埋めようもないほどの力の開きを感じる。

培ってきた技術が、経験が、知識がこの男の前では無意味だった。

こちらが培ってきた技が赤子のようにあしらわれる。毛ほども勝てる気がしない。

そもそも私は一体何と戦っているのか。


手があるとすれば相手の槍の間合いの内にまで入り直接精霊の力をぶつけることぐらいか。

だが頭に飛び込んできたのは相手に近づいて真っ二つにされるイメージ。

全身から汗が噴き出る。手が震えている。イメージだけで敗北を確信してしまった。


…だめだ。この黒騎士に私は殺される。


「市街地で火災だ」

城の内外から叫び声が上がる。窓の外に視線を向ければ煙が上がっていた。

黒騎士の注意が一瞬そちらに向いた。

これで陽動の役目は終わったことを悟る。

今のうちに…。

私は二つ目の煙玉を地面に叩きつける。白い煙が一帯を覆い、私は黒騎士に背を向ける。

逃げようと黒騎士から目を離すと景色が空転する。


「まだ戦いの最中だぞ」

すぐ近くから黒騎士の声が聞こえた気がした


「がっ」

痛みが後から襲ってくる。

私は歯を食いしばり辛うじてその痛みで意識の飛ぶのを耐える。

意識をつなぎとめることに辛うじて成功した私はガラスを割って外に身を投げた。




「逃したか…」

オズマは自身の手を確認する。今の一撃の手ごたえはたしかにあった。

手ごたえからして骨は二三本折れている、さらに内臓にダメージもあったはずだ。

常人ならば激痛で意識を失うほどである。それを受けてもなお動ける気力。

それはもはや執念と呼ぶべきもの。


「人の執念か。厄介だな」

オズマはひとり呟く。そしてそこまでして逃げきった敵に敬意を覚えた。


「師匠、珍しく結構のりのりだったじゃねえ?」

クラスタが暗殺者が割った窓からひょっこり顔を出す

どうやら戦いの一部始終をずっと外から見ていたらしい。


「指名されてなきゃ俺が相手してたのによー」

クラスタは残念がる。あの暗殺者はオズマを誘っていた。

指名されたのならば指名された者が対処する。

戦闘狂である彼らの中で作られた暗黙のルールである。


「クラスタ。お前はアタと協力し、放火している連中を捕まえろ。

おそらくエリス殿やセリア殿も動いているはずだ。城内は大丈夫だ」

王都での火災だ。暗殺者たちが会場を混乱させるために仕組んだものなのだろう。

ただこのまま放置しておくわけにもいかない。


「了解」

クラスタはそう言って顔を引っ込めた。

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