式の始まり
会場では任命式の準備が粛々と進められていた。
この国の貴族たちの乗る馬車が続々と会場内に入ってくる。
その数は相当なもので、兵士たちは対応に追われている。
また国の中枢をになう有力な大貴族までも参加している。
それというのも英雄バルハルグの突然の訃報と『災害』の来訪により新年の儀は取りやめになり、
エドワルドの主催する式典はこれが初めになるためだ。
今回がエドワルドの治世において本当の始まりの一歩と言ってもいい。
それが任命式になった。
見渡しのいい城の屋根の上、クラスタは寝そべりながら眼下の光景を注視している。
クラスタは種族特性として視力が異常に優れている。
まあ、クラスタは堅苦しい式典は適さないし、嫌っているのでこっちに回されたというのもあるが。
「不審者らしきものはいねえなー」
クラスタは城の屋根の上から寝そべりながら式典を見下ろしていた。
集まってくる人間の中に不審な動きをする者は見当たらない。
「精霊らしきものの反応もないですね」
空を飛んで一回りしてきたアタがそこに合流する。
姿、形はカラスなのでクラスタと違い、飛んでも別に怪しまれることはない。
「この間ヴィズンの親父さんにもらった二刀を使えるんじゃないかって期待してたんだが、
今回これの出番はなさそうだな」
クラスタは背中に背負った二本の剣のことである。
「ちまちまもっとドバって感じでせめてくりゃあいいのによ。暗殺者ってのはしけてんよ」
「暗殺者がそんなことをしてたまりますか」
アタがクラスタに冷静なつっこみを入れる。
「…ところで聞き捨てならない単語がでてきたんですが…ヴィズンの親父さんというのは
…まさか『北』の要である魔神の一柱、破壊神の?」
「そうだぞ?ヴィズンの親父さんとは昔からの飲み友達だ」
「…」
アタは顔をひきつらせている。
破壊神ヴィズンと言えば『北』最強の一角。
魔神でありながら、この世界が創造される前より存在する最古の神々の一人。
創造神とは対等な友人であり、この世界の創造にも関わったと言われている。
その力は星すら砕くと言われ、言い伝えでははるか昔、
ヴィズンの怒りを買った島が地図から消されているのは有名な話である
そんな相手と飲み友達と言う。
さらに剣をもらったとか身近にいるのが信じられない。
見てくれや肩書で判断しないクラスタらしいと言えばクラスタらしいが。
「…」
アタは頭に羽をつけ首を振る。常識が通じないことを確認したらしい。
「でも親父たちが大将のことを気にかけるのもわかる。大将はなんつうか…危ういんだ」
魔族は基本、他者に関わろうとしない。関わったとしてもそれは表面的なものだ。
その関係を保ち続けるのが難しいのを知っているからだ。
永遠に長い時間の中で他者との付き合い方を忘れてしまった者すらいる。
「クラスタは我々が人の世と関わることを否定しているのですか?」
「間違いとは言わないが危ういってかんじだな。
人間の社会ってのは正しいだけじゃねえ。一つの大きな生き物だ。
うちらは所詮異物だからな。そのシステムにはどうやってもそこには入り込めねえ。
はじき出されるか、もしくは毒になってその生物ごと殺しちまうかしかない」
クラスタは頭は悪くはない。物事の本質を見抜く目を持っている。
ところどころ抜け落ちている部分もあるが。
「ではクラスタは人の社会と関わるなといいたいのですか?」
「そうは言ってねえよ。どっちにしてもいいんじゃねえの?
俺は大将がどういう風に折り合いをつけていくのかみてみてえ。
…それにどういうわけか俺もこっちの方が居心地がいい」
あのユウという男と会った彼にとって鍵だったのかもしれない。
打ちのめされた後、オズマと出会いそれに師事している。
一昔前一緒に旅をしていた時には考えられなかったことだ。
あの時は人間社会と一定の距離を保って付き合ってきたはずだ。
とすればクラスタの中で彼の成長が始まったともいえる。
他者との関係性。それこそがクラスタの成長の鍵だったらしい。
実際戦闘面を見てもその成長の度合いが著しい。
「私も見てみたくなりましたよ」
アタは小さくつぶやく。
「鼠一匹逃すな」
オズマは掛け声を上げ、警備兵たちを叱咤する。
「限られた兵力でよくやるもんだ」
背後から声をかけてきたのはダーシュである。
「口を慎め、誰に聞かれているかわからん。しっぽでも捕まえられたのか?」
オズマはギロリとダーシュを睨む。
「いいや。ただ報告があってね」
「報告?」
「例の使用人の推薦者であるメリオーナ侯爵の調査報告さ。
彼は王党派の一人。推薦状を出したのはどうも妻と七歳の愛娘を人質に取られたためらしい。
王党派にまで注意を払ってなかったのが盲点だったよ」
「みつかったのか」
オズマは意外そうな顔を見せる。
「ちょっと前たれこみがあってね。カーラーンのスラムの廃屋から生きて確保したよ。
きちんと食事を与えられたのか二人とも外傷もなく健康状態は良好。
無事にメリオーナ侯爵に二人とも引き渡されたそうだ。
当然だけど攫った者たちの人相は覚えていないみたいだね。
念のために今メリオーナ侯爵を尋問しているところだけれど、
メリオーナ侯爵は根っからの王党派だし動機がない。共謀している可能性は低いね」
「…拍子抜けだな」
普通ならば殺しておくのが当然だろう。相手は東方から来た暗殺者集団。
知らない土地で生かして捕らえておくとなればリスクが大きすぎる。
どこか場所を作って囲っておかなくてはならない上に、目撃される心配もある。
万一逃げられでもしたら破滅である。生かしておく理由はない。
「やっぱりそうだよねぇ。今聞き込みしていて、部屋に出入りしていた人間の人相を…」
ダーシュと話しているオズマの視界の隅にあの王宮で見た使用人の姿が映る。
髪型や雰囲気は違うが間違いなくあの娘だ。すぐさまその姿は人ごみの中に消えていった。
オズマの視界の片隅にその姿を残して。
「どうしたんだい?」
オズマの変化にダーシュが怪訝そうに言う。
「誘っているのか…この俺を?いいだろう。のってやる」
オズマの近くにいたダーシュの表情が固まる。
いつも表情などないオズマの顔には凄絶な笑みがあったからだ。
「しばらく護衛を頼む。俺はネズミを捕らえてくる」
オズマは黒い槍を片手に標的に向かっていく。
かくて狼は獲物を見つける。