精霊使い(side:?)
私の村にはしきたりがある。
風の精霊に選ばれた者が私の里を取り仕切るというものだ。
私の両親は私が幼い時に流行病にかかって既に他界していた。
身よりのない赤子の私は血縁者に引き取られる。
ほどなく風の精霊に選ばれた。
風の精霊に選ばれるのは特別なことらしい。
私はその中で特別にあらゆる宮廷作法や知識を徹底的に仕込まれた。
私は時間が経つにつれ自分たちの置かれた現状を理解するようになる。
私の生まれた村は人殺しの一族の里だった。
幼いころからその技術を叩き込まれ、送り出される。
自覚したのはずっと幼いころ、私の知る一族の者が任務に失敗し命を落とした。
私の親代わりとなり、多くのことを教えてくれた先生だった。
任務の途中、黒い狼の獣に噛み殺されたのだという。
自身の在り方に疑問を持ったのはその時だった。
なぜ自分たちだけがそんな危険な汚れ役を買っておこなっているのか。
その疑問をもったのはいつのころだろうか。
あるときその疑問を長老たちに吐露するとその事情を語ってくれた。
それは昔、一族の者が風の大精霊を助けたことにはじまると言われている。
それ以後、一族の者には代々風の精霊と契約する人間が現れるという。
一族はそれを王の証とし、その者を王とすることにより繁栄を築いてきたという。
だがその王国の繁栄は永遠には続かなかった。国は信仰してきた者たちに滅ぼされる。
王の一族は命からがら生き延び、
人の目を逃れるために誰も住まないような痩せた土地に移り住んだという。
それが暗殺者の里の始まり。
状況は過酷だった。自分たちの住んでいる土地は痩せ、子供は半数以上が死んでいく。
富める土地には既に人がおり、彼らは我々をあざ笑うだけ。
それこそこの世の地獄のような有様だったという。
物がないのならば人を売ればいい。
王についてきた一族もおり、幸い武術に長けたものは多かった。
それは追い詰められることにより研ぎ澄まされる。
ほどなく裏社会で暗殺者の一族として名を馳せることになる。
そうして暗殺者の一族は出来上がった。
話を聞いて私はこの世界に腹が立った。
私の祖先は鬼になることを選択せざる得なかったのだという。
世界は残酷だ。生きていくために我々はどれだけの代償を払わねばならないというのか。
その日私は皆のために鬼になることを決める。精霊に選ばれた者は私しかいないのだ。
そんな時にアウヌス国から協力の依頼が来る。
サルア王国のエドワルド王の暗殺である。
今回の件、成功すれば爵位を与えられ、土地まで貰えるという。
もしうまくいけば一族に土地と名誉を手に入れられる。
これ以上のことはない。
私はその話に飛びついた。
もしうまくいけば私たちの一族は西の地に領地を手に入れることができる。
結果として国を一つ滅ぼすことに心の呵責が無いわけではない。
だが、この世を生きるためには時として残酷にならねばならない。
我々の一族だけが犠牲になるするわけにもいかない。
生き残るのは常に勝者なのだから。
この国に入ってから、まさか二度も声をかけられるとは思わなかった。
始めの計画では王宮に入り込み王を抹殺し終わるはずが、そうはならなかった。
一度めはカーラーンにやってきたばかりの時だ。
予め潜入させていた仲間と連絡を取った際に背後から声をかけられた。
それはまだいい。問題は二度目だ。私は王宮に使用人として潜り込んだ。
『蝕の大事変』の後、王宮では使用人が足りていないのだという。
私はとある侯爵の妻子を人質に取り、王宮内に使用人として入り込んだ。
幼いころから王宮の作法を習っている私には容易である。
私は暗殺の技量は熟練の者よりも劣っているものの、
風の精霊の力を自在に操れる私は周囲の者たちより頭一つ抜きんでていた。
王宮内に侵入しさえすれば仕事は容易くいくと思っていた。
だがそんな矢先、黒い甲冑をきた男に肩をつかまれた。
一度目はとにかく失敗のないように細心の注意を払っていたはずだ。
男の私をつかむ手はどんなに力を入れても振りほどけない。まるで岩のようだった。
「お前は何者だ?」
黒の騎士の言葉に私は全身を針で刺されたような感覚を受ける。
ここで捕まるわけにはいかない。
私は王暗殺用に隠し持っていたナイフを男に投げつけ、『塵玉』を地面に叩きつけ、逃走する。
今までこんなことはなかったはずだ。
カーラーンに来てからすべて行動が裏目に出る。
今黒騎士のことを思い出しただけでも身震いする。
異質な存在感。アレをかいくぐり、王の暗殺を遂行しなくてはならない。
一族のためにも。
人を殺すことを生業にするなど間違えている。
殺しは私の代で終わりにしてみせる。
反発はあるだろうが終わりにしなくてはならない。
部屋の入口のドアが開いた。数名のゴロツキのような格好の男たちが部屋に入ってくる。
歳は最低でも五十代。そのどれもが街の人間の恰好をしている。
それぞれが私の師であり、親代わりであり、里でも一族の中でも指折りの精鋭である。
「定時報告の時間か」
彼らは一列に並び私の前で片膝をつく。
「例の黒騎士の身元が判明しました。
プラナッタの元七星騎士団のオズマ。大陸の西では最強と名高い騎士だそうです。
現在サルアの食客として招かれているようですな」
「…西の最強の騎士か」
厄介な相手だと思った。それにあの黒騎士に見つかってしまった。
私たちの最大の障害となるとすれば奴だろう。
「城の警備はあの事件以降強化されました。入り込むのは容易ではないかと」
「すまない。私が見つかってしまったばかりに…」
「いえ、姫様ばかり頼っているわしらも悪いのです」
「…作戦を切り替える。『ビセア』でいく」
失敗を見越したうえで作戦は何通りか用意していた。
それを聞いて皆顔色を変える。
「そんな…死ぬおつもりですか?」
「刺し違えても倒さねば、一族の未来はない」
私の言葉に一同黙る。そのために里の中でも歳をくった者たちが選ばれたのだ。
「私があの黒騎士を護衛から引きはがす」
「姫様、それは危険ですじゃ」
私の言葉に皆は動揺する。
「一度顔も見られている私が最も適任だろう。私が奴をおびき出しケリをつける。
私には風の精霊の加護もある。幾ら強くても所詮ただの人間。
風の精霊使いである私が負ける道理はない」
私のその言葉に皆も黙った。
もともと暗殺者は正面から戦うものではない。息を殺し、影に潜み相手に気づかれることなく葬る。
正攻法で攻めてくる相手とは相性が悪いのだ。
まして相手は西の大陸最強とよばれる存在。どうやっても勝てるとは思えない。
だが風の精霊と契約している私は例外だ。
皆は暗殺者としての練度は高いが、戦闘能力に関しては風の精霊と契約している私の方が高い。
人間相手ならば殺し方も理解している。
「…私にもしもの事があれば里を頼む」
この話を受けてから捨て石になる覚悟はしている。
「他にはないか?」
「メリオーナ侯爵の妻子の身柄は通報と言う形で処理させていただきました」
「…そうか。すまない」
そのあといつも通り一通り報告を終えた後、彼らは部屋を出て行った。
橙色の光が差し込む部屋で残された私はベットの上で座っていた。
私の手は既に真っ赤に染まっている。既に自ら手を下した数は三十を超える。
私と同年代の一族の者でも多いほうだろう。
メリオーナ侯爵の妻子は消してしまった方が後腐れは無い。
勝手のわからない土地で方が皆の危険も減る。
知らない他人よりも自分の身内を取るべきだろう。頭ではどちらを選ぶべきかはわかっていた。
出来る限り堅気に迷惑はかけるのは避けるという自身の在り方と感情が邪魔をした。
「私は…甘いか」
誰もいなくっ多部屋で私はつぶやく。
解っている。これは甘さだ。
心を鬼にしなくてはならないと決めたというのに。
「黒騎士…お前は私が必ず殺す」
私の決めたことだもう引き返せない。どんなことがあろうとも。
…ならば道連れだ。
窓から入り込む夕陽が私を真っ赤に染めた。