魔族の侵攻です
魔族。人類の敵対者と呼ばれる相手である。
北の山脈以降に住み着き、長い間不気味な沈黙を続けているのだという。
かつて人類は軍を派遣したがその悉く全滅。
そんな不気味な存在がついに動き出したのだという。
俺はその夜それを直接、見るために森の奥までやってきていた。
セリアが寝るのを見計らい窓から宿を抜けてきた。
狩人が目撃したという魔族の軍団を見るためだ。
おおよその場所はギルドで聞いている。
その日の夜の森は怖ろしく静かだった。
虫の鳴き声はおろか鳥の鳴き声すらしない。
森はまるで死んだかのように静まり返っている。
静まり返った森の中、黒い甲冑をつけた一団が音をたてて行軍していた。
ここまでは情報通りである。
気取られないよう二百メートル以上距離を取って観察することにした。
夜だというのに視界が異様にクリアなのは不思議パワーのおかげか。
人の五六倍の巨躯が棍棒を手に持ち、鎧で身を固めている。
異形の姿をしたものたちが列をなして行軍している。
それらが森の中を進むさまに全身が沸き立つような感覚を覚えた。
どう考えても人間が勝てる相手ではない。
これが魔族…。
一体一体がレッドベア以上の戦力を持ち、それが規律を持って行進している。
特に目を引いたのは六体の魔族。
一人は獣の骨を頭に被り、きらびやかな装飾の施された杖をもった老人
一人は異形の中で腕を組む子供
一人は蝙蝠のような翼をもった貴族のような身なりをした男
一人は六枚の黒い翼を持った妖艶な美女
一人は巨大な棍棒を手にした巨人
一人は風がないのにゆらゆらと揺れている人影
その魔軍の中でも一際異様なオーラを放っている。
存在感が明らかに違う。
いつの間にか全身は汗まみれになっている。
これは俺の手におえる相手ではないと本能がひっきりなしに警鐘を鳴らしていた。
もしかしたら倒せるかもしれないと甘い考えもあったが、
そんな甘い考えはそれをみて吹き飛んだ。
俺は行軍する魔族たちをしり目に、逃げるようにその場を離れた。
翌朝、俺たちはギルドカードを受け取りにギルドにやってきていた。
この場所から離れるためだ。
ギルドの中はハチの巣をつついたように混乱していた。
いたるところで怒号が飛び交う。
「王都に援軍を要請するよう至急領主に伝達してくれ」
「ありったけの武器を倉庫から出せ」
「ああ、ユウ君たちか。約束のギルドカードだ」
ラクターは胸ポケットから二枚のカードを取り出す。
思ったよりも質感がある。細部もかなり細かく作られてる偽造防止用だろうか。
「約束の金なんだが…すまないが今はこれで我慢してくれ」
七枚のカルネ金貨を受け取る。
なけなしの金なのだろう。俺は黙ってそれを受け取る。
「…これからどうなるんです?」
「…わからん。魔族の侵攻など初めてのことだからな」
腕を組みながらラクター。
「とにかく君らは早くこの街を出たほうがいい。
いろいろと助かったよ。またドルトバに来たらよろしくな」
そういうとラクターは再び仕事に戻っていった。
ギルドを出ると見知った人影が目の前の通りを走っていく。
「イアルさん」
弓を片手に走っているイアルを見つけ声をかける。
「お、お二人さん」
イアルは駆け寄ってきた。
「会えてよかったよ。二日前はいろいろと失礼しちゃって謝ろうと思ってたのよ」
「酒の場ですから」
思いっきり首をホールドされたのを思い出す。
「慌ただしいのは魔族の一件ですか?」
「…ええ、魔族の一件。私たち警備兵は全員戦闘態勢で招集中」
「ダールさんは?」
ダールにはこの街を出る前に挨拶をしておきたかった。
「ダールは今領主に呼び出されて今後の対応を検討してる。
多分隊長復帰かな。あの人以外に私たちをまとめられないから」
ダールは相当慕われているらしい。
それも何となくわかる気がした。
「伝言?何か伝えとく?」
「いえ、ならいいです」
「それと…ここだけの話だけど」
そう言ってイアルは耳元まで近づいてきた。
「目撃者の狩人の奴の話だと三万の異形の化け物が隊列組んで進軍してるらしいわよ。笑っちゃうわよね」
イアルは小声でその情報を教えてくれた。
ちっとも笑えない。それは真実だ。
昨日の夜、俺も実際に目の当たりにしている。
「…狩人の連中が間違えたり、嘘をつくとも思えない。あんたらも早くこの街を出てったほうがいいわよ」
イアルは暗に逃げろと警告してくれたようだ。
「生きて帰ってこれたらまたセリアの手料理が食べたいよ。じゃあね」
どこか吹っ切れた笑みを残して彼女は走り去っていった。
これから自分たちが死地に向かうとわかっているのだ。
「ユウ」
遠ざかっていくイアルの背中を見ながらセリアが服の裾を思い切り握りしめる。
俺はセリアを守らなくてはならない。
それが俺の決めたことだ。