東がきなくさいそうです
王立図書館と言うのはサルア王国の持つ資料庫のような場所だ。
橙色に染まり、すっかり人の気配がない。
俺は読み終えた本を本棚に戻していた。名残惜しいがこことも今日でお別れだ。
王立図書館に通ったきっかけは同じ転生者の記述がないか調べるためである。
うまくすれば元の世界に戻るきっかけでも見つけられるかと思ったが、
似通った本もないし、元の世界の記述も見つけられなかった。
異世界転生なんてなかなかあるものではなさそうだ。
ゲヘルにも以前聞いているが転生に近いものはあるが、戻る方法はないという。
前の世界にはそう言う作品がかなりあったはずだが。
文字の勉強になったし、この世界の常識に触れられた。
目的とはかけ離れてしまったが、これはこれで得る物はあった。
おかげで俺は冬の間ちょっとしたものを作れたし…。
アレがあれば今後の旅が間違いなく快適になるだろう。
復興作業でいろいろと教えてもらったのも大きい。
俺は王立図書館をあとにする。外にはかなり傾いているが日がある。
ずいぶんと日が長くなったなと思う。
「よう、ユウ殿」
王立図書館を出てすぐに俺はボルドスに呼び止められた。
制服を着ていて横に剣を帯刀している。ザ・軍人って感じだ。
「ボルドスさん?」
どうやら図書館の前で待っていてくれたらしい。
王立図書館は一般には公開されていない。王立図書館に入るにはそれなりの許可が必要とされる。
奥にはこの国の機密文書も保管されているためだ。
爵位などの役職についていれば閲覧は可能だが、現在ボルドスは役職にはついていない。
師団長に任命される予定だがまだ任命前なので扱いは平兵士とほどんど変わりがないのだ。
ボルドスの脇にはノールトが立っていたノールトはバルハルグの孫であり、ボルドスの従者だ。
バルハルグの葬儀も終わり、最近カーラーンにボルドスを追ってやってきたらしい。
「やっぱりここか。あんた、本当に本を読むのが好きだな」
「旅に必要な知識はいくらあっても困らないからな」
半分は本当でもう半分は違う。俺はこの世界の知識があまりに少なすぎる。
仲間であるセリアやエリス、ギルドマスターのウーガンにはいろいろと教えてもらっているが
それだけでは圧倒的に足りない。
何せ植物から食べ物、動物など前の世界の常識が一切通じない。
植物だけとってみても前の世界のそれとは形も名前も違っている。
前の世界の知識はあるがそれだけではその知識を利用できない。土台となる知識が必要だった。
そのためにも図書館と言う場所は魅力的だった。
植物から軍事に至るまでありとあらゆる情報が本と言う形で存在していた。
幸い、始源魔法で言語翻訳できるし、この世界にきて魔族になってから
前の世界よりも記憶力がはるかに増している。
「あんた、もうすぐ出ていくんだろう?」
「ああ」
「これから少しばかり忙しくなりそうだから今のうちに挨拶しておこうと思ってな」
そう言うとボルドスとノールトは姿勢を正す。
「バル爺の件、心から感謝する」
ボルドスとノールトは俺に対して深く頭を下げた。
「…ついでにあの馬鹿の件も。縛り付ける算段がついた…」
ボルドスは黒い笑みを浮かべている。
ダールからもらった徽章を手渡しで返される。
…オレ、シラネ。
「バルハルグの件はオズマに言うべきじゃないのか?」
「そのオズマ殿からはあんたに礼を言ってくれと言われてる。
ったく、お礼言うのにたらい回しってどうかと思うぜ?」
「すまないな」
俺とオズマの場合、オズマが一方的に譲る。
主人を立ててくれる律儀な男だ。ただちょっとその傾向が半端ないが。
隙あらば俺をたてようとしてくる姿勢はどうかと思う。俺は目立たず生きたいんデスヨ。
「ダールの件は…」
「少し暇になったら次第ドルトバに向って幸い嫁さんの親の協力も取り付けたようだしな。
あとは奴を役職に就けて…と」
…ボルドスさん、笑顔が黒いよ。
「大丈夫だって。悪いようにはしねえから」
清々しいまでの笑顔でボルドス。俺はそれを見てダールに心の中で合掌する。
「ノールト、ちょっと酒かってきてくんねえか?」
ボルドスはそう言ってノールトに銀貨を手渡す。
ノールトは何か気付いたようだ。銀貨を受け取りその場から離れる。
「聡いな」
俺は魔石をポケットの中で割り、念のため周囲に人間がいないか探る。
こんな一介の冒険者を探るような人間はいないと思うが一応保険だ。
「ああ、もう少ししたら奴も役職に就けてやろうと思っている。
バルハルグの血統だけじゃない。剣の筋もいいし、仲間からも慕われてる。
これからサルアをしょって立つ人間だ」
「…周囲には誰もいないな…」
「魔法か。あんたが使えるって聞いたときは驚いたぜ」
ボルドスには酒の席で俺が魔法を使えることを話してある。
ちょっとした成り行きである。
「ちょっと特殊な魔法みたいなんだけどな。それで人払いまでする話はなんだ?」
俺はボルドスを見る。
「内々の話なんだが、どうも東のアウヌス国が動き始めたみたいでな。
少しばかりちょっとカーラーンを留守にしなきゃなんねえかもしれない。
本当はオズマ殿たちの送別会も兼ねて大々的にやりたかったんだけどよ」
声のトーンが一段階下がる。
「ここは機密をほいほい漏らしていいのか?」
「あんただからさ」
ボルドスもまた律儀な男である。
「アウヌス国?」
「東の騎馬民族の建てた国だ。
以前バル爺がイーファベルド使って追っ払ってしばらくは平穏だったんだが、
代が変わってからどうも本腰を入れ始めたみたいだ。
あっちに潜り込ませている間諜から報告があったらしい」
国内向けの『王の目』といい、エドワルドの持つ網は多い。
さすが賢王とかいう二つ名で呼ばれる男である。
「いろいろと去年あったしな。かつてあいつらが恐れたバル爺もいなくなったわけだし、
例の『蝕の大事変』で『災厄』のカルナッハも城を襲撃したって聞くし、
やっこさん、今が攻め時とか考えてるんじゃないのかね」
『災厄』のカルナッハの残した傷跡は深い。
めぼしい近衛兵を皆殺しにされ、王都に傷を負わされた。
オズマがエドワルドに頼まれて兵士たちを鍛えているがまだあれから半年足らず。
傷は見えなくなったが確実に残っている。
「勝てそうなのか?」
「こればかりはよくわからねえ。やれるだけやってみるしかないな」
ボルドスは笑って応える。
加勢するとは言えない。というか言ってはならない。
俺は魔族であり、人間社会とあまり深く関わるのは決して良くはない。
俺はボルドスと別れた。
ボルドスの言うことが本当ならば、あの目ざといエドワルド王が動いていないわけがない。
『ルート』を使って『天の目』から人が集まっている場所を探してみるとあっさり見つかった。
拡大してみれば騎馬兵がサルアの国境沿いに結集しつつある。
五万ほどいるだろうか。結構な大軍である。ボルドスの言ったことは本当らしい。
間もなくこのサルア王国は戦火に包まれる。
いろいろと世話になったし、このまま放ってこの国を出ていくのはちょっと気が引ける。
かといって人間の社会のことに介入すると、ゲヘル爺たちから粛清受ける可能性がある。
エドワルドのことだし、まあ大丈夫だろう。…そう思うことにしよう。
俺は自分に言い聞かせる。
自身の思考を振り返り、俺ははっとする。
俺がこんなことを考えることになるとは思ってもみなかった。
「少しこの国に長く居すぎたかな…」
周囲を見渡せばすでに日は落ちていた。