幕間 部下に慕われる(?)上司の話
サルア国におけるカーラーンの軍の施設は王宮の外にもいくつかある。
兵たちの宿舎の脇にある訓練施設。
扇状に広がり、段差がつけられている。
その部屋は一際大きく、臨時の際に会議の場として使われる場所であり、
また兵士たちが講義を聞くために設けられた場所である。
「お前も呼び出されたのか?」
「ああ、久しぶりだな」
兵士たちは少なからず動揺していた。
臨時にボルドスから招集を受けたためだ。
招集したボルドスは頭もキレ、剣の腕もサルア一と言われている。
大臣派の勧誘のある中、最後までバルハルグについた男気のある男である。
剣の腕を磨くためにカーラーンにやってきたところをオズマにも認められ、
春の任命式には第一師団団長にも推薦されたという。
現在第一師団団長の下で拝命の引継ぎに追われているのだという。
そこに集まったのはそれも顔見知りの面々。
集められたのは大臣派が跋扈する中で虐げられ、
オズマにも認められ次の人事では役職を期待される者たちである。
皆、呼び集められた理由に心当たりがない。
そこで皆が集まったのを見計らったようにボルドスがその部屋に入ってくる。
ざわめきがぴしゃりと静まる。
「何の呼び出しでしょうか。ボルドス殿」
ボルドスがやってくると彼らは口々にその理由を問う。
「よくぞ、集まってくれた諸君。まずはこれを見てもらいたい」
ボルドスは胸元のポケットからとある徽章を取り出す。
鳥のような紋章が彫られてあり、宝石がはめ込まれた徽章である。
皆の注目がその徽章に集まる。
「まさかその徽章は…」
「そう。これはあの馬鹿…げふんげふん、そうダールのものである」
「ではダールの行方が分かったと?」
兵士たちの数人が立ち上がる。
「奴は辺境のドルトバで自警団に入っているそうだ」
「おお…御無事で…」
「ボルドス殿はそれを我々に教えるためにここに集めたのですか?」
「違う、問題はそこではない」
ボルドスは首を横に振る。
「では我々は何のために呼び出されたのでしょうか?」
そこに呼び出された皆は神妙な面持ちである。
「では本題に入るとしよう。
奴が貴族の娘と駆け落ちしたのは皆もよく知っていると思う。
今は娘もいるそうだ。だが問題はそこではない」
ボルドスは息を吸い込む。
「我々がジルコック首席大臣派に虐げられていた間、
奴はずっと美人妻とともに辺境でいちゃいちゃして暮らしているのだよ」
ボルドスは声を張り上げ机を叩いた。
「それはなんとも…羨ましい…」
「美人妻と…いちゃいちゃ…」
兵士たちの間にざわめきがさざ波のように広がっていく。
「我々はこれを許しておけるのか。
奴が無茶をするたびに我々はそれを皆で直訴し何度取り下げに行ったことか。
そのせいで我らの人生は狂いに狂った。
中には左遷に近い移動をさせられ、泣く泣く恋人と別れた者もいると聞いた」
ボルドスが声を荒げる。
兵士たちの熱気が部屋の中を包み込む。
「そのあとまた復縁…」
部下の誰かが言いかけたが、兵士たちの無駄な歓声にかき消された。
「そんな我らのことはお構いなしに奴は貴族の令嬢と駆け落ちし、
軍からさっさと身を引いた。俺たちは許しておけるのか」
ボルドスの演説にむせび泣くものまで現れる。
「あえて言おう。それは罪であると。
我々は奴を再び奴を我々と同じ仕事漬けの日々に戻さなくてはならない。
そうだろう諸君」
「おお」
ボルドスの呼びかけに全員が呼応する。
サルア王国の新生騎士団がはじめて一致団結した瞬間であった。
基本的にここの騎士団は男所帯である。女性にめったに出会う機会すらない。
ボルドスの演説は彼らの心をがっちりとつかんだ。
ちなみにボルドスも若いころに女性に振られ、剣の道に走ったという経歴を持っている。
「さてそこで相談だが奴を軍の役職に死ぬまで縛りつ…げふんげふん…
戻したいと思うのだが何か妙案は無いかね。
それぞれの身分は問わない。諸君らの忌憚ない意見が欲しい」
ボルドスの提案に皆必死に考え込んでいる。
一人が手を上げる。
「ヒューリック伍長」
「将を射抜くにはまず馬からということわざがあります。
ダール兵長の奥方は春にでも処分されるであろう元大臣派」
「ほうほうそれで?」
「サルアの要職に残しておくことを引き換えにダールと奥方の結婚を認めさせるのです。
奥方の実家が結婚を認めるとなればダールの奥方は必ずや味方になってくれるでしょう」
「…なんという策略か。よし、その件は私から陛下に具申しよう。他には何かないかね?」
「はい」
「レンバート曹長」
「城を落とすならばまずは周りを囲めといいます。
あの男をそれ相応の地位に着け、身動きのできない状況に持ち込めばよろしいのです。
さすればいくら奴でも軍から容易に逃れることなどできますまい」
「おお、見事だ。サリアの未来は明るいぞ。これも陛下への具申確定だな」
「他には何かあるか」
「はい。それでは…」
夜を徹して兵士たちの無駄な会議は続けられた。
「で…これができあがった具申書というわけか」
エドワルドは呆れた表情でそれを見つめていた。
そこには十の項目が記されていた。一つ一つは大したことはないが数がある。
実行は容易いが面倒だなと言うのが本音である。
「そうであります」
ボルドスは代表の兵士たちと共にエドワルドの前に立っていた。
誰もが目の下に隈を作ってはいるもののその表情は晴れ晴れとしていた。
「…君らの熱意は伝わった。善処しよう」
「ありがたきしあわせ」
そう言って一礼すると兵士たちは執務室から出て行った。
兵士たちの去った後の執務室には冬だというのに暖かな日差しが差し込む。
兵士たちが昨日集まって何やら話し合っていたというのは報告に上がっていた。
クーデターとか物騒なものではないようなので放置していたが。
それもよりにもよって一人の男を陥れるために話していたそうだ。
なにか一言言ってやりたかったが、あの晴れ晴れとした兵士たちの顔を見て言う気も失せた。
「…人選、間違えたか?」
取り残された執務室でエドワルドは具申書を片手に頭を抱える。
こうして兵士たちの方向性を間違えた知識を総動員した計略は確実にダールを追い詰める
結果につながるのだが、それは俺がサリア王国を出た後である。
数年後、サリア国総兵士長となったダールは後に語る。
時として慕われることは狂気を伴うと。