残されたモノたち
長い二日だった。
俺とオズマがエドワルドに報告を終え、俺たちの借りている屋敷に戻ってくる頃には
外も白みはじめていた。
俺たちはだれも起こさないようこっそりと自分の部屋に戻る。
俺が部屋に戻ってぐったりとしているとドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとセリアがいた。
「ユウ、ちょっと話があるんだけど?ちょっといい?」
セリアは今回使徒パルメアが来たことを知らされていない。
俺は表面上平静を保ちながらセリアを部屋に入れる。
「使徒と会ってきたのね?」
「!!!!」
停止しかけていた思考が巡り始める。
「誰から聞いた」
「やっぱり。オズマさんの様子がおかしいから、街の人たちに聞いたら噂になっていたわ」
一応箝口令しかれていたはずなんだが。
人の口に戸は立てられないということか。
始めにパルメアがやってきた時にかなりの目撃者がいたみたいだし
これは仕方がないことなのかもしれない。
「それで…」
「ユウ、少しここに正座してくれる?」
「まてこれには事情があって…」
「正座しなさい」
「…はい」
有無も言わせずににこやかに命令され、俺はそれに従わざる得なかった。
セリアは神よりも難敵なんじゃなかろうか。とか最近マジで思う。
「何でキミはいつも一人でそう言う危険な場所に一人で飛び込んで行こうとするかな」
俺の周りを歩きながらセリア。
セリアはものすごく怒っている感じがする。
逃げ出したいがそんなことをすれば後が怖い。
「…それは」
「言い訳はいい」
美人に凄まれると言うのは迫力がある。
凄く怒らせてしまった様子。
「…どうすれば許してもらえる?」
こんなセリアは見たことがない。
もうこうなったら謝っても許してもらえない気がする。
「どうせしないように口約束してもキミのことだからあてにならないわね」
「うっ」
「…ならキミには体でわからせるしかないのかな」
「…セリアの好きにすればいい」
こうなればセリアが納得するまで付き合うしかないようだ。
俺は腹を決めて目を瞑る。
セリアが肩に手を伸ばしてきた。
気がつけば唇と唇が触れ合っていた。
目を開ければセリアの顔がある。
どのぐらいの時間触れ合っていたかわからない。
「これでエリスとおあいこね」
頬を高揚させ微笑むセリアから目が離せない。
月明かりに照らされた彼女は心の底からきれいだと思った。
彼女はそのまま俺の胸に頭を持たれる。
「覚えてる?初めて君と出会った時の話」
「ああ…?」
「私が死を待っていた時にキミは私の前に現れてくれた。
あの時私は目の前にあった希望をつかんだの」
キミは私の希望。キミがこの先どんな選択をしようと私はキミの選択を受け入れる」
キミが世界中を敵に回そうと私は最期までキミの味方であり続ける。
だからキミは一人になろうとしないで」
「…セリア」
セリアは俺の顔をぱちんと平手でたたく。
…アレ?俺ぶたれた?
いきなりのことに俺は動揺しまくりである。
そんな俺とは別にセリアはいつの間にか部屋のドアの前に移動していた。
「ユウが私を信じられないなら信じさせられるぐらい強くなる。
…だからキミはそこで待っていて」
背中越しにそう言ってセリアは部屋を出ていった。
「はあああああ」
セリアが部屋から出て言ってしばらくすると俺は頭を抱え、その場に倒れ込む。
どうもセリアにはすべて筒抜けのようである。
十ほど歳が離れた子供にいいようにされている自分が情けない。
セリアはエリスのことを知っていた。
おそらくエリスの態度から推測し、エリスを問い詰めたのだろう。
ひょっとしたら隠してあるはずの俺の寿命のことまで知ってるのではと思ってしまう。
俺は頭を振る。
それは…ないと思いたい。
隠しているはずなのに知られてしまうなんてただの間抜けだろう。
そもそもセリアとこれからどう接していけばいいのか。
セリアは十も歳が離れてるんですが。
エリスともあの事件以後ギクシャクしている日々が続いている。
残り寿命三年切ってる俺にどうしろというのか。
「…まいった」
俺は途方に暮れる。
神様がいるのならばこの状況をどうにかしてほしい。
俺は倒れながら窓の外に目を向ける。
窓からは朝の陽ざしが差し込んできていた。
夜の雪原の上にパルメアが一人立っていた。
もう五百年も前の話だというのに鮮明に思い出せる。
「君はどうしてそこまで一途に神を信じられるんだい?」
カルナッハに声をかけたのはきっかけはただの好奇心だった。
「私と同じ使徒であるあなたが神を疑うのですか?」
「その神にとって私たちはただの駒にしか過ぎない。
神は人類をどこに導こうというんだ?
人類は国を造り滅ぼすことの繰り返し。まるで子供が砂で遊ぶように」
「なあ、カルナッハ、百年前と今とで人類はどう変わった?
世界の禁忌に触れ、魔族に何度も絶滅されかけ何を学んだ?
いい加減に気づけよ、カルナッハ。奴等はどんな痛みも忘れる。
そう奴等は世代が変わればどんな痛みも忘れてしまう。
過去を忘れ続ける者たちに成長などあり得ない」
「…なるほど、君は人類に絶望しているのですね」
「絶望もするさ。こう、何度も何度も同じことを見せられていてはね」
「なら私はキミに神の奇跡を見せてあげよう」
「はっはっは、この使徒の私に神の奇跡をみせるか…。
なら見せられなかったときは…」
パルメアは近寄ってきた気配に気づき回想を止めた。
「皮肉ですね。神を信じ続けたものがこの世界から消え、
神を信じていないあなたが残った」
その呼びかけにパルメアは振り向かない。
「君らもずいぶんと強引な手段を取る。それを便乗と言うんじゃないか?」
パルメアの背後には屋敷のメイドと執事がパルメアの背後に立っていた。
「ですから茶を馳走したのではありませんか」
メイドの女性が無表情に言う。
メイドと執事の姿が消え、
仮面をかぶった大男とその半分以下の仮面をかぶった少女が姿を現す。
「カルナッハの最期の感想を聞かせてくださいますか?」
「彼らしい最期だったよ。信じるモノに裏切られ、そして消えて行った。
…一番神を敬い、愛し続けた彼らしい最期だった」
「あなたにしてみれば羨ましいあり方だったのではありませんか?」
「私では無理さ。私には想いを貫く力がない。
それに女神を信じられない私にはその生き方はできない。
そう言う意味では一途に女神を想い続けたカルナッハには敬意を持っている。
どっちつかずの君らとはちがう」
「貴様…我らが信仰を愚弄するか」
大男のナルファトが拳を上げる。
「ナルファト」
メリオーラと呼ばれた女性は男を止める。
「パルメア、カルナッハがこの地でしたかったことに心当たりは?」
「さてね。蝕の際に何処からかやってきた化け物が蹂躙していったそうだ。
そのせいですべて灰だという。さすがにサルアの連中も戸惑っていたよ」
「化け物…」
「大方『北』の魔族どもだろう。六柱クラスならばあの程度の破壊は容易い」
「最上位の魔神共が動いたと?」
ナルファトの声から動揺が伝わってくる。
「…理由はわからないがその可能性が一番濃厚かな。
人も証拠もすべて跡形もなく消すところは奴らの常套手段だろう。
カルナッハを倒したあの男ならば何か知っているかも知れないが」
使徒たちはその男ユウがまさかその六柱と酒宴をしているとは夢にも思わないだろうが。
「あのカルナッハを倒した者の牙は我々に届きえると思いますか?」
「それは無いな。もうすぐカルナッハを倒した人間の命数は尽きる運命にある。
いなくなる人間は脅威になどなりえない」
うつむきながらパルメアは語る。
「!!!!」
「…排除するべきではないと?」
メリオーラはぞっとするほどの冷たい声で囁く。
「眠りにつく虎を無理に起こしに行くようなまねはあまり賢いとは言えない」
三人の間に沈黙が流れる。
「…なるほど。わかりました。私たちは引くことにします。行きましょう、ナルファト」
メリオーラとナルファトはその場から消え失せる。
「クックック…ハーッハッハッハ」
誰もいなくなった雪原でパルメアは一人声を上げ狂ったように笑い続ける。
「…カルナッハ。賭けは私の勝ちのようだ」
一瞬、あの男に寿命を告げたときの表情が脳裏によぎる。
アレはこちらの言葉に驚いている
寿命を告げられたのだ。普通はそれを否定する。
だがあの男は寿命を知り受け入れてきた。
あり得ないことだった。
どうでもいいことだとパルメアは頭を振る。
あの男は間もなくこの舞台から下りるのだから。
神は信じていないが、パルメアは神の加護は信じていた。
「約束通り私は…人類を滅ぼすよ」
パルメアは醜悪な顔で一人呟く。
彼の絶望はやがて世界を巻き込むことになる。
誰も知らない北の地でゆっくりとその絶望は幕を上げたのだった。