使徒と会談しました
馬車が進んだ後に雪の上に轍の跡がつく。
温度は低いが幸い内陸部なので雪の量はそれほどではない。ただとけないだけだ。
気候の影響でたまに大雪の降ることもあり大変だと言っていた。
俺とオズマは馬車の中で終止無言だった。
これから俺たちの出会うパルメアと言う使徒は謎が多い使徒らしい。
聞いた話によればパルメアはカルナッハの死ぬ間際を知りたいと言っていた。
正直に話したとしても無事でいられる保証はない。
オズマはついてくるなと言っても全く聞いてくれないので
しょうがなく連れてきた。後から
ちなみにエリスとセリアには話していない。
セリアは今日は魔法の修業でゲヘルのところにいるし、
エリスはオズマが出れなくなった。
そんなことを考えていると不意に馬車が止まる。
馬車が止まったのはカーラーン郊外の屋敷である。
俺とオズマは馬車から降りる。
俺たちより先に使徒パルメアはこの屋敷に案内されたという。
エドワルドにここまでの話をするとあっさりと場所を決めてくれた。
話によればこの屋敷はかつて大臣派が密談に使っていた場所だという。
ジルコック首席大臣が所持していた物らしいが所有者がいなくなり
今は国の所有物だという。
エドワルド曰く、
使徒は災害級の面倒事だ。こう立て続けにこられてはたまらん。
ともあれ、今回の連中の目的は私ではない。
場所は用意するお前たちだけで好きにやってくれ。
だそうです。屋敷を用意してくれたのはいいが扱いが雑すぎではなかろうか。
王都カーラーンから離れたこの場所ならば
万が一、使徒と戦闘になっても被害が最小限で済むだろうが。
屋敷のドアを開けると執事とメイドの二人が俺たちを出迎えてくれた。
聞けば別荘には最低限の使用人が二名配置されているとのこと。
巻き込んじゃったらごめんなさいと俺は心の中で二人に詫びる。
既に使徒パルメアは到着しているはずである。
俺とオズマは馬車を下り、屋敷の中に入る。
俺たちは執事に案内されるがままにその場所に向かった。
ドアごしの部屋に使徒がいる。
最悪戦いになってもいいように覚悟はしておかなくてはならない。
俺が扉を開けると暖かな空気が流れてきた。
部屋の中には調度品が程よい感じで置かれていた。
部屋の隅には暖炉が煌々と焚かれている。
真ん中のテーブル越しのソファーに座っている座っているのが使徒らしい。
使徒パルメアはお茶を啜っていた。
吟遊詩人の恰好で大きな帽子は横に置かれている。
長髪で中性的な容姿。整った顔立ち。
五百年以上生きている化け物にはどうしても見えなかった。
痩せこけにこやかな顔のカルナッハとちょっと雰囲気は似ているかもしれない。
敵地だというのにこの我が物顔の態度は自信のあらわれか。
「はじめまして、私の名はパルメア・フィナース。元ミラカルフィの使徒です」
にこりと自己紹介をし、微笑みを浮かべる使徒パルメア。
害意は微塵も感じられない。
話が通じるのであれば話が一番だ。
暴力に訴えるのはいつだって最終手段である。
「…こちらこそ初めまして。私の名はユウ・カヤノ。
後ろにいるのは私の連れのオズマといいます」
俺は自己紹介を済ませると対面のソファに腰かける。
パルメアはこちらの顔をじっと見てくる。
面と向かうとパルメアは造形美と言えるぐらいの整った顔立ちをしていた。
そんな美形に見られるとと落ち着かないんですが。
「…なるほど、あなたがあのカルナッハを倒したのですね」
透き通るような声でパルメア。
パルメアは真っ直ぐな瞳でこちらの顔を見る。
「俺は…」
カルナッハのトドメを刺したのはオズマである。
人の手柄を横取りするみたいで気が引け、俺は言い澱む。
「なら言い換えましょう。カルナッハの心を砕いたのはあなたですね」
「…ああ」
その意味でなら間違いではないかもしれない。
オズマから聞いた話だと俺がカルナッハの加護で造った障壁を切り裂いたことにより
カルナッハの戦法が変わったのだという。
オズマはそれがなければ勝つことができなかったと言っていた。
「カルナッハは私の友人でもありました。私は彼の最期を知りたい」
「…仲間のカタキを討ちに来たと?」
俺は相手の反応を見るためにあえて突っかかる。
パルメアは少しだけ困った表情をみせる。
「いえ。カタキなどと言ってあなたを敵視するつもりはありません。
カルナッハはたしかに良き友人ではありました。
ですが彼を殺されたと言って恨むつもりはございません」
「意外ですね。もう少し悲しむものかと」
数百年以上一緒にいた友人ならば悲しんで当然なのではなかろうか。
「我々にすでに寿命の感覚はありません。
この躰は女神の加護を受けてから寿命といった軛からは解放されました。
あらゆる病気という概念から解放され、瀕死な重傷もすぐに回復してしまいます。
そのために死から解放された私どもからすれば、生という概念が希薄なのです。
ですから死と言うよりはどういう終わり方を遂げたのか。
それが私にとっては何よりも重要なのです。
…仲間からは異端と呼ばれることもありますが」
「…地獄ですね」
終わり方にしか価値を見いだせない人生など
地獄以外に何に例えることなどできようか。
「あ、すみません」
「…あなたは優しいのですね」
パルメアはにこやかに語る。
「そう言われたのはあなたで二人目です。
正直なところ私からすれば普通の人間がうらやましい。
こんな気持ちはヒトであった時は感じなかった」
この使徒は自分たちには危害を加えないと直感的に感じた。
「カルナッハの死の際を知りたいと言っていましたね」
俺はセリアのこととパールファダのことは伏せ、カルナッハの最期をパルメアに話した。
パルメアはそれを聞いて考え込む。
「…カルナッハの最期を話してくれて感謝します」
しばらくしてパルメアはそう言って一礼すると立ち上がる。
その顔からは何の感情も読み取れない。
「あなたとはもう会うこともないでしょうから私から手向けに一言言わせてください」
パルメアは俺をじっと見つめる。
…手向け?パルメアはここで俺を始末するつもりか?
俺は緊張しながらパルメアの動きを見ていた。
「二年半。良かったと思える人生を」
小声でパルメアはつぶやく。
その言葉に緊張が解けた。どうやらパルメアは俺の寿命がわかるらしい。
その上で敵ではないと判断されたらしい。
俺にしてみれば戦いを回避できるのだからこれ以上のことはない。
「…ええ」
俺とパルメアの視線が重なる。
「…動じないのですね」
パルメアの表情から余裕が消える。
「知っていましたから」
俺のその言葉にパルメアは目を見開く。
終止余裕のある態度を崩さなかったパルメアに驚愕が広がっていく。
それは彼の素と言えるのかもしれない。
「死を前にしても前に進もうとするその強き在り方。
私は魔族は嫌いですが、あなたは好きですよ」
パルメアはそう言って俺に子供のように無邪気に微笑みかける。
その微笑みは年齢よりもずっと幼く見えた。
「それではさようなら」
帽子をかぶり直すとパルメアは姿を消した。
まるで幻のような人だったと思う。
俺は微笑みまでもが幻ではなかったのかと疑う。
こうして俺とパルメアの初めての出会いは終わった。
これが後に大きく俺と彼の運命を変えていくのだが、それはもう少し後の話だ。