バーベキューしました
翌日の朝、支度をすると俺とセリアは部屋をでた。
今日はドルトバで買い出しをする予定になっている。
宿を出ようとするとラムばあから不意に呼び止められた。
「あんたらこの男と知り合いかね」
振り向くとそこには見覚えのある人影が立っていた。
「ダールさん」
昨日一緒に飲み明かしたダールがいた。
「よう。ラムばあのところに泊まっていたんだな」
こちらに気づくと手を振ってくる。
この街に宿はそうそうあるわけではない。
さらに先祖返り連れと言われればすぐにみつかるだろう。
「これ今回の報酬な」
ずっしりと金貨がつまった袋を渡される。
金貨三十枚以上はありそうだ。
「こんなに…」
あまりの大金に俺もセリアも言葉を失う。
「領主から直接ぶんどってきた。レッドベアの魔石や解体の分も入ってる」
「それでも多すぎです。そもそも俺たちは戦闘には参加してません」
ギルドでレッドベアの討伐に提示されたのはカルネ金貨十五枚。
ここにあるのはゆうにその倍以上ある。
「謙遜するなよ二匹目のレッドベアを倒したのはお前だ。
二匹目の方がほとんど傷もなかったから高く売れる」
「どうして…」
「領主が払いを渋ってててな、このままだと支払いが遅れそうだったんでな。ユウたちは明日にでもここを発つんだろう」
明日ここを出ようと思っているのは昨日酒場で話していたことだ。
俺とセリアはダールの心遣いに感謝し、頭を深く下げる。
「ところで二人とも今日は暇か?」
いきなりのダールの質問に俺とセリアは顔を見合わせる。
「ええ」
「よしそれなら午前中、つきあってくれるか?」
もともと今日の予定は買い出しの予定だったし、問題はない。
俺たちは頷いた。
「ラムばあ、いい年なんだから無理すんなよ」
「あんたに気遣われるほど衰えちゃいないよ」
互いに憎まれ口を叩きあい別れた。
これが二人の挨拶なのだろう。
ダールの家の近くの川でバーベキューとなった。
現在セリアはダールの奥さんと娘さんと三人でバーベキューの準備中である。
その間にダールは投石を俺から習いたいと言ってきたので教えていた。
俺とダールは川辺で石を投げている。
「ユウは見かけによらず酒豪だな。あれだけ飲んで二日酔いもしないとか」
ダールは昨日の酒が残っているのか二日酔い気味であるらしい。
「体質ですね」
俺はこの世界に来て二日酔いとか微塵もない。
一度倒れはしたが、すこぶる快調である。
「急に休みを取って大丈夫なんですか?」
「昨日ラクターの言っていた通りだ。魔物の出現は落ち着いたらしい。
しばらく働きづめだったんだ。今まで溜めていた権利を利用しない手はないさ。
…それにしてもこれはうまくいかないな」
ダールに投石を教えていたがどうもうまくいかない。
目標にすら到達しないし、威力も出ない。
「アドバイスできずにすみません」
「ユウはレッドベアを倒したときのような威力は出せるのか」
「あの威力ならだせますよ」
俺はためしに一個、切り株に向けて投げる。すると音をたて、切り株が四散する。
一応威力はセーブしているが、銃火器並みの破壊力である。
人にあたったらシャレにならないので人に向けてはやめておこう。
「やはりとんでもないな。あの時もう少し君のそのスキルも考慮に入れて作戦を立てるべきだった」
「被害者がこれ以上出ないよう急いでたのでしょう。それにだれもこんなスキルがあることなんて想像できませんよ」
これは不思議パワーで投げてるだけなのだから。
それにあまり人にみせるべきではないと思っている。
ダールたちならともかく、一般の人間には偏見を持たれかねないし、利用しようとする人間がいないとも限らない。
俺の持つ力は異常なのだから。
「やっぱり俺は槍がいいな」
何回か投げた後、ダールは降参とばかりに大の字になって川辺に寝転んだ。
「なあ。警備隊に入らないか?俺が推薦するよ」
「…遠慮しておきます。約束があるので」
ここは居心地が良すぎるだからこそ出て行かなくてはならない。
セリアとの約束もあるし、外の世界も見て回りたい。
「そうか残念だ。…カーラーンに行くんだったな。
これを持っていくといい。騎士団の連中に見せれば少しは協力的になる」
ダールは胸ポケットから何かを取り出し、ひょいと投げてくる。
「あ、ありがとうございます」
手渡されたものをよく見る。
鳥のような紋章が彫られてあり、宝石がはめ込まれている。
何かの徽章だろうか。
「カーラーンはきらびやかに見えるが澱んだ場所だ。俺はあの場所がどうも苦手でね。…参考にならずにすまないな」
「いえ」
「ユウ、ダールさん。早くごはんできたわよ」
セリアとダールの娘が手をこっちへ来いと手を振っている。
二人とも頬をふくらませている。
「お互い苦労するな」
「ええ」
互いに顔を見合わせ苦笑し、セリアたちの元にむかった。
午後はセリアと一緒に買い物になった。
一通り必要なものは購入したが、
レッドベア討伐の資金が入ってきたために財布に十分に余裕はある。
「セリア、他に欲しいものはないのか?」
「いいんだってば。持ち物が多いと旅の邪魔になるでしょ。資金だって無限じゃないんだから」
このやり取りは何度繰り返したかわからない。
セリアは年頃の女にしては大人びている。
思い返してみればセリアの家には必要なもの以外置かれていなかった。
薄暗がりであまりよく見てはいなかったし、あの当時はそんなことを考える余裕もなかった。
両親はかなり前に他界しているという。
ずっと一人でどんな気持ちだったのだろうか。
自分の昔の姿と重なる。
天涯孤独。以前の自分も同じだった。
道端の露天商が店じまいしようとしている。
細かい細工がいくつも並んでいる。
俺はその中から一つに目を奪われた。
蒼い石が印象的な髪飾りだった。
「おじさん、これくれない」
「銀貨二枚だよ」
代金を手渡し、俺はセリアの髪に着けた。
蒼の装飾品が彼女の金色の髪によくあう。
「うん、やっぱり似合ってる」
「…あ、ありがと」
ぎこちない返事が返ってくる。
俺はそれが少しだけおかしくて苦笑した。
「何よ…。本当にキミは…」
うつむいて何か言いかけたが俺はよく聞き取れなかった。
きもちのいい風が通りを駆け抜けていく。
民家の煙突から煙が立ち上る。
夕げの支度をしてるのか、香りが大気中にあふれている。
俺たちのギルドカードは明日できる。
名残惜しいがこの街とも明日お別れになるのだ。
既に街は橙色に染まって今日も終わろうとしていた。
「一日も終わりか」
「夕食は何にする」
俺たちのすぐ脇を一人の男が汗だくで俺たちの間を走り抜けていった。
男はそのままギルドに駆けこんでいく。
「何あれ?」
俺とセリアは顔を見合わせる。
俺たちはギルドの中を覗き込む。
するととんでもない声が聞こえてきた。
「魔族だ。魔族が大軍でやってきた」
そして、事態は風雲急を告げる。