もしものはなし
もしものはなし
「もしも付き合ったら何するの?」
いつも彼女が欲しいと嘆いている先輩に何の気なしに聞いてみた。社内の呑み仲間で他のメンバーが帰った後もぐちぐちと飲み続ける先輩に付き合って美味しいご飯を頂いていた。
「もしも付き合ったら…?」
「そう、付き合って彼女と何がしたいのかな、って。いつも先輩彼女が欲しいって言ってるから、どんな風にお付き合いするのか想像してるんですよね?」
ビール片手にクダを巻いていた先輩の目が私の顔を捉えて僅かに細められた。カウンター席のテーブルに肘をつき軽く握った拳を口元に当てる。少し考えを巡らせた先輩は目尻を下げて楽しげに笑った。
「そう、だな。とりあえず何気なくメッセを送り合って時間を共有するだろ。忙しくてなかなか会えないな、とか、付き合ったばかりなのにさみしいねーとか言い合って」
「デートもまだな2人って感じ。意外ですね、男の人ってあんまりそういうの気にしないのかと思ってた」
「他の奴は知らねえけど、プライベートで話してる可愛い感じが良いんだろ。彼女にさみしいって言われるときゅんとくるもんじゃない?」
「社会人になるとなかなかプライベートのときめき減りますからね。電話して声聞くのとか初々しさ満天」
「良いな。んで、デートはベターに映画とか言って彼女の好きそうなカフェで感想言い合ったりして」
「あのシーンのアクション激しくてカッコ良かったとか、最後の別れ方は神とか?」
「なんでアクション映画前提?まあ、好きですけども。CGの作り方が良いとか話せたら楽しいよな」
「そうですねー、でも友達とも出来るんじゃないですか?」
「それは数回デートした後、こうやって手を重ねたり、絡めたりすることを想像すれば彼女じゃないとダメだろ」
そう言って不意にテーブルに置いていた私の手に先輩の手が重なり、いたずらに笑う先輩と目が合った。彼女欲しいとか散々言ってるくせに全然照れた様子もなく自然に触れてくるものだからずるい。重ねられた大きな手はすぐに離れ口先だけで悪い悪いと口にしてまたビールに手を伸ばす。
「そんでゲーム好きだから家デートんときに一緒に遊べたら良いよな」
「スマブラとか?」
「そうそう、今は仲間内で集まってやってるけど、家で二人で彼女とってのがポイント。勝って笑ってるでもいいし、負けて悔しそうに口尖らせてんのもいいし、そういう顔が見たい」
「溺愛カレシですね。それともドS系?」
「ただ色んな顔してんの見たいだけだよ。でも溺愛か、全力で愛せたらとは思うけどな。スキンシップ好きだし、何かしてやりたいって思うし」
「いいなあ、付き合って素っ気なくなるんじゃ嫌だもん。せっかく付き合うなら甘々でも良いですよね。人に見られなければ」
「勿論TPOは大人の基本。家の中とか見られないくらい暗ければOK?」
「スキンシップの程度により可ですね」
「ゲームの合間のふとした時に寄り添って顔に触れて、んでキスなんてできたら良いな。宅飲みしててそのままベッドインは俺の理想」
彼女ほしー、と最後に締めくくるように笑って、男前先輩はその日の飲み代を奢ってくれた。
あれから数週間が過ぎ、今日は先輩の家で宅飲み会。例の如く他の先輩は先に帰宅の途につき、私は先輩と対戦型アクションゲームに燃えていた。特にやり込んでいるわけでもなく、エンジョイ勢として好きなキャラを使用し楽しんでいた。
「よし、お前も一回飛んどけ」
「や、ですよ。せっかく先輩から離れて生き残ってるのに」
「だから、俺が直々に飛ばしてやろうって優しさだろ」
「見逃してくれるのが優しさ」
「却下、問答無用」
「あ、やだ!まって、まって!うわっ、ひどい!先輩のばか、手加減しなくていいけど見逃してってお願いしといたのに」
「ん、そうだったか?つか、手加減なくていいなら見逃さねえよ」
それから私のキャラが追い回されて残機がなくなりあえなく惨敗。一応他の人を先に倒していたから私は2位だったんだけど、少し悔しい。ふう、と一息ついて先輩をじと目で見ていると、コントローラーを置いた先輩がソファの下に座ったまま振り返り腕をソファに乗せる。私を見上げながら腕に頭を預け目を細め笑った。
「そんな不貞腐れんなって。手加減したらもっと怒るくせに」
「そりゃそうですよ。全力で楽しんでこそでしょう?追いかけっこだって楽しいんだから」
「なら何でそんな目してるんだよ」
「くやしいものはくやしい」
「へいへい。…なあ」
「何でしょうか。もう一戦します?」
「それでもいいけど…前した話、覚えてるか?」
「前の話、いつのですか?」
「宅飲みして、一息ついて、甘々展開」
「ああ、彼女のはなしですか?え、もうその展開実現したんですか?」
「してねえけど、したいと思ってる」
驚きに目を見開くと先程までのいたずらで幼い笑顔から少し真剣みを帯びた大人な先輩に変わり、彼の瞳が私を見つめていた。
「心配だから相談しておきたいってことですか?」
「どう思う?お前は誰にでもこんな無防備なの?」
「違いますよ」
「じゃあ、いつもの飲み会仲間がいたから?」
「もう、警戒心がないって心配してくれてます?わかってますよ、気を抜きすぎですよね」
「時々、期待させるようなことするから心配。ソファの下に男が座ってんのにスカートで横に座る危険わかってんの?ほんと、誘惑だわ」
膝の上でコントローラーを握っていた手に先輩の指が滑り軽く握り込まれる。膝に寄せられた顔が触れる寸前で止まり視線だけを私に向けた。
「したいと思ってるよ。今、お前に…甘々展開していい?」
「嬉しい、ですけど…でも、ただしたいだけなら、さみしいです」
コントローラーから手を離し握られている手に重ねるように自身の手を乗せて、顔を一度伏せてから伺うように視線だけを彼に向ける。自分でも欲望に忠実だなとは思っているが、彼に触れてもらえる機会をみすみす逃したくはない。それでも思いが伴っていればと願う気持ちもあるわけで、情けなく下がる眉にどうしようもない複雑な気持ちが表れていた。
「おっけー」
柔らかく笑みを浮かべ真剣な瞳は目に見えて色を含む。普段見たことがない彼の表情に胸がうるさく締めつけられるのを感じながら、近づいてくる顔をただただ見つめるしかなかった。片膝をソファに乗せて腕が顔の横を通り過ぎ背凭れにかけられる。
「お前が好きだから、俺の彼女になって」
小首を傾げて言うあざとさに私は簡単に転がされてしまうのだ。
「全然可愛くないのに、もう爆発しそう。つらい」
近い顔に少しでも抵抗しようと両手で顔を覆い隠すと掌に熱さを感じる。
「嘘じゃねえから、俺の彼女でいいよな」
「わたしも、私も先輩が好きなので、私の彼氏になってください」
「おう、了解」
指の間から彼を見ていたら直ぐに手を外されて、額にちゅっと可愛らしいリップ音を残し唇が離れていく。そして今のドキドキと比にならないくらい彼に翻弄される一夜を過ごし、甘く美味しく頂かれてしまうのだった。
「なんですか、チョロいと思ってます?」
「そんなこと言ってないけど。あいつ、狙った獲物は確実に落としにいくから」
「仕事の時はめちゃくちゃ鬼ですからね、あの人」
「できる奴は違うよな。囲って囲って逃さないんだよなあ。見事に落とされちゃって。まあ、女の子狙ったのは初めて見たから安心すれば?」
「う、それが本当なら嬉しいですが、いつから好かれてたのかな。彼女できたらどうするーって話ししたから気にしてくれたのかな」
「あー、ないない。それ最近でしょ?ずっとあいつ獲物見る目してたし。でも、引き金になったのはそれなんじゃない?」
飲み仲間の先輩と休憩室で一緒になり、先輩との事を知っているみたいだったから話してみたが、思いの外私は思われていたらしい。
「え、ずっとって、いつから…」
「それはあいつに聞いてー。俺も恋人ができたらどうするのって、やってみようかなあ」
ちょうど休憩室に入ってきた彼氏先輩を見ながら、きっと教えてくれないんだろうと思いつつ小さく手を振ってみた。
fin