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あなたの一度の口づけで、どうにか生きてる私の話  作者: 桜井ゆきな


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「真琴、この子は桜ちゃん。今日からあなたの妹よ。」

ピアノが弾けなくなってからほとんど会話もなかったお母さんが中学から帰った私を出迎えたことにただでさえ戸惑っている私に、お母さんは無表情で告げた。

お母さんの後ろには、小学生くらいの女の子が立っていた。

「妹?お母さん?何言って‥‥‥。お母さんの子供なの?」

「まさか!だったら生まれたときからピアノを弾かせていたわ。」

「‥‥‥ピアノ?」

「施設で一番ピアノが上手かったのよ。」

その瞬間、私は全てを悟った。

ピアノが弾けなくなった私は、もうお母さんの期待には応えられないから、だからお母さんは代わりを見つけたんだ。

もう私はお母さんにとって何の価値もないんだと、目の前が真っ暗になった気がした。

「おっ、お姉ちゃん?」

おずおずと私に話しかけた桜ちゃんを無視して私は自分の部屋に駆け出した。


龍が何をしている人なのか私は何も知らない。

フリーターということは聞いたことがある気がする。

私がニートだということも話したことがある気がする。

父は家に帰ってくることはほとんどなくなったけど、義務はきちんと果たしてくれている。

例えば、家に防音室を作れるくらい、例えば、お母さんが気まぐれで妹を引き取ってこれるくらい、例えば20歳になった娘が働かなくても生きていられるくらい、父は義務を果たしてくれている。


「海っ!海だよっ!先生!!」

初めての先生とのドライブで、初めて海に来て、私はめちゃくちゃ楽しくて、嬉しくて、すごくすごくはしゃいでた。

先生はそんな私を優しく、優しく、見守っていてくれた。

ひとしきりはしゃいだ後で、私たちは海辺にレジャーシートを敷いてお茶を飲んでいた。

みかん色の夕日がとてもキレイで、隣には先生がいて、波の音しか聞こえなくて、私は本当にとても、今まで生きてきて一番と思えるほどに幸福だった。

私は先生を見つめて、先生も私を見てくれて、私たちは自然に、唇が引き寄せられた。

先生とのたった一度のキス。

私を今でも生かしてくれるのは、あの時の、あの世界で一番幸福な、あの感触だけなんだ。

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