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あなたの一度の口づけで、どうにか生きてる私の話  作者: 桜井ゆきな


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4

「私は父を許さないって、ずっとそう思って生きているんです。」

一緒に歩いていた帰り道で、私は先生に自分の過去と、父への思いを告げた。

先生はとても悲しい顔をしていた。

だけど、しっかりと私を見た。

「だけどお父さんはきっと真琴を心配しているよ。」

先生の言葉には何の根拠もないし、他の誰かに言われたら「あなたに何が分かるのよ!?」と反発したかもしれない。

だけど、先生は私のすべてだったから。

私は父への思いを捨てた。

許すとか、許さないとかじゃなく、先生に醜い気持ちは似合わないから、だから、私も、醜い気持ちは捨てた。

ねぇ、先生。私にとって先生は、歪んだ7年間の父への憎しみもたった一言ですべてどうでも良いと思わせてくれる、奇跡みたいな人でした。


「来週からはもう来れねぇかも。」

いつもと同じ安いラブホテルにいつもと同じようにチェックインした後で龍が言った。

「えっ!?」

私はとても動揺して龍を見つめた。

「‥‥‥悪ぃ、嘘だから忘れろ。」

龍は私から目を反らして言った。

その後、いつもみたいに私は龍に抱かれたけど、やっぱりどこかいつもとは違っていたし、私の動揺がなくなることもなかった。


退院してからも私とお母さんには会話はなかった。

一緒に過ごす時間は無言でご飯を食べるだけ。

中学では、私が自殺未遂をしたと噂になっていて、元々母親が毎日迎えに来ていて引かれていた私はますます腫れ物扱いになっていて、友達なんて出来るはずもなかった。

私がピアノで消費していた時間はそのまま空白になって、私は途方にくれていた。

それでも、お母さんは、私のたった一人の私のお母さんだから、きっと、きっといつか、わかり合えるんじゃないかと、中学生の私はそれでも必死に夢をみようとしていた。

中学2年のある日、私に妹が出来るまでは。


「どこか行きたいところはある?」

先生が私に優しく微笑んだ。

私はそれだけで、胸が苦しくて、嬉しくて、愛しくて、泣きそうだった。

私は家族旅行なんてもちろんしたことはなかったし、小学校の修学旅行はお母さんが「3日もピアノを休むなんて!」と言って行かせて貰えなかったし、中学校の修学旅行は腫れ物扱いの私には悲しい思いをするだけだと分かりきっていたので休んだ。お母さんは私が修学旅行を休んだことさえ気付かなかった。いや、気付いていたけどどうでも良かっただけかもしれない。

先生に、私は今まで旅行に行ったことがない話をしたら、先生が近場で良ければ休みの日にドライブをしようと言ってくれた。

「海!私は、海に行ってみたいです!」

小説にはよく海でのシーンがあったけれど、海に行ったことがない私にはそれがどういうところなのか想像できていなかったのだ。

「あっ、でも遠いかな?だったら他のところでも‥‥‥。」

「全然遠くないよ。」

先生は私をしっかりと見て、優しく笑った。

先生。歪んでいる私はこの頃から先生にひどく傷つけられたいとさえ願うようになっていたの。

だってそうしたら、優しくて、責任感の強い先生は、ずっと私の側にいてくれるでしょう?

先生にずっと側にいてほしい、そのために先生が私を傷つけてくれれば良いのに。

私はそれほどまでに先生を愛してしまったの。

だけど、先生?

先生が私をどうしようもないくらい傷つけた時、それは、先生が、私の前からいなくなった時でした。

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