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33 迎え

 日が傾き始めた王宮の正門で、ウルベルトは兄の帰りを待っていた。

 エランの要請に応えて貸し出した近衛はなかなか良い仕事をしたらしい。

 しかし勝手に人の配下の顔を借りないでほしい。

 無造作に選ばれていたせいで、なかなかに仕事の割当の調整が大変だった。


 ドミヌク伯爵が、王女とロザリンド嬢を攫うつもりのようだと聞いた時のエランの壮絶な笑顔を思い出してため息が出る。

 あれは策が上手く行ったことを喜ぶ顔と、ロザリンドにまで手を出した伯爵への怒りの顔の合わせ技だ。

 同情の余地は無いが、竜の逆鱗に触れたドミヌク伯爵はこの後随分大変な目にあうだろう。

 やはりあの兄は嫌いでは無いが、少し苦手だな…とウルベルトは思う。


 ウルベルトは国王に性格も顔もよく似ていると言われるが、逆にエランは王妃によく似ている。

 子爵令嬢ながら、あの手この手でまわりを巻き込んで国王などという想い人の横に収まった彼女の手腕は、今でもその被害にあった者たちの間で、密かに話題に上ることがあるらしい。

 今回彼女がロザリンドに園遊会の準備を任せたのも、ロザリンドを息子の嫁に引き込もうとしてのことだろう。

 普段無邪気に振る舞ってみせながら、敵の油断をさそってトドメを刺すのは彼女の常套手段である。


 王妃が動いたのはあくまでもロザリンドを彼女が気に入ったからだ。

 子爵令嬢である王妃の息子の横に、国で大きな力を持った侯爵令嬢が並んでくれれば、政治的には大安定なのだが、もし彼女が政治的な配慮をしたのなら、兄はとっくの昔に王命での婚約を言いつけられていただろう。

 しかし常日頃、彼女は少女一人の心も満足に得られないのでは話にならない、と笑っていた。

 逆に彼女のせいで、兄は王命という伝家の宝刀を振るえなかったに違いないのだ。

 今は国が安定しているためなのか、どんな状況であっても自分の思い通りに動かす自信があるためなのかは知らないが、そういう公私をまったく分けないところが厄介な母なのである。


 ウルベルトもアリィシャを婚約者にしたいと母に申し出た時は、いささか緊張した。彼女に反対されれば、それに対峙するのはたぶん、軍隊を前に戦うより骨が折れるはずだ。

 王太子時代にその素直さでまわりを心配させた父が、今も立派に国王を勤めてみせるのは、その半分以上が母の手腕によるものなのである。

 そんな王妃と、彼女にそっくりなエランに目をつけられるとは、ウルフベリングとロザリンドには少し同情してしまうが、ウルベルトも兄の恋は応援するところではあるので、何も口は出さなかった。


 本来であれば、現場に王太子が向かうなんてありえないのだが、自分も昔似たようなことをした手前、文句は言えない。

 春先にアリィシャを拐かした者たちの黒幕だと聞けばウルベルトにも思う所はあるのだが、あんな顔の兄を見たら毒気も抜かれるというものである。何より、自分はすでに一度彼等に怒りをぶつけたのだ。次は兄の番だろう。

 そんなわけで仕方なく、今回は大人しく王宮で留守番をしながら罪人と、生きていたらしい貴人の迎え入れの準備をさせていたのである。


 ため息をついた彼の軍服のそでを、ツン、と引く者がいた。

 目をむければ、そこにはアリィシャが、こちらを気遣わしげに見上げてきている。

 不安にさせてしまったか、と思いウルベルトはよく強面だと苦情を頂く顔で、精一杯にっこりと微笑んだ。


「大丈夫だ。現場にいるのはほとんど身内だからな。自ら網に飛び込んできた魚をすくうような作業だから兄上なら失敗はなさらないだろう。ロザリンド嬢も無事帰ってくるよ。」


「そうですわね…。でも、王太子殿下は随分お怒りのご様子だったでしょう?大丈夫かしら…。」


 彼女はどうやら、相手のほうを心配していたようだ。

 春先に彼女を救出した時に、随分暴れてしまったから、それを思い出しているのかもしれない。

 彼女はウルベルトが暴れている間中意識は無かったはずだが、たぶん目を覚ました時の部屋の惨状は、その経緯を知らない彼女にとっては随分恐ろしかったに違いない。

 ありし日の自分の失態を反省しながら、ウルベルトはポリポリと赤くなった頬をかいた。


「まあ…大丈夫と言えるかはわからないが、兄上は私と違って暴れまわったりするような人では無いからな…」


 エランは、どちらかと言えば気取られないよう捕まえた魚の鱗を、生きたまま笑顔で一枚一枚剥いでいってやるくらいの陰険さがあるはずだ。

 しかしそれを言うとまたアリィシャを怯えさせてしまいそうなので、ウルベルトはそこで言葉を切った。

 とりあえず、ドミヌク伯爵を含めて全員無事には帰ってくるだろう。その後についてはノーコメントだ。


 アリィシャとそんな話をしていたところで、前庭の先の門が開いた。

 見れば、どうやら王太子が凱旋したようである。

 傾いだ日の光を受けて、長い影を従えながら、数台の馬車と、馬に乗った近衛たちがこちらへやってくる。

 先に、馬上の近衛騎士たちがウルベルトの前までやってきて、任務が無事に終わったことを報告した。


「罪人は全員捕縛できたのか?」

「はい。屋敷に居た者は全員縄をうってあります。どちらに投獄いたしますか。」

「はあ…兄上のおかげで牢が満員になるな…。第一騎士団の牢獄はまだ空きはあったか?」

「いささか定員オーバー気味ですが…。入らないことは無いかと思います…。」

「ではそっちに放り込んでおけ。たぶん近日中にウルフベリングが半分くらいは引き受けてくれるだろう。」

「承知いたしました。」


 騎士はウルベルトの言葉に敬礼し、また馬を颯爽と駆って馬車のほうへ走っていく。

 それと入れ違いに、一番前を走っていた、立派な馬車からスラリとした体躯の、銀狼のような男がひらりと降りてくる。


「ウルベルト!」


 彼はこちらをその銀色の瞳に捉えると、満面の笑顔をその精悍な顔に浮かべて、こちらに大股で駆け寄ってきた。

 その頬には傷にあてるガーゼが貼り付けられているが、それ以外は目立った外傷もなく健やかに見える。

 兄から生きていたとは聞いていたが、彼と顔を合わせたのはウルフベリングの国葬でその死に顔を見つめた以来である。


「ロランジュ。本当に生きていたんだな。」


「ははは!余も驚いたぞ!起きたらお前の国で数年経っているんだからな!」


 よく通る声で朗らかに笑う銀髪の王子の顔は記憶の中と変わらないが、少し肌の色が白かった。

 戦場に居た頃はもう少し小麦色をしていたように思うのだが、三年も意識が無く部屋の中で寝たきりだったとその肌の色が物語っているように思う。

 むしろよく三年寝てたのに立てるな…と思ったが、エランが何かしたらしいのでそのせいだろう。その内容については思い当たる節はあるが触れないのが身のためだ。

 ウルベルトがかつての戦友の元気そうな姿に金の瞳を細めた前で、ロランジュが筋の通った鼻を、すん、と鳴らした。

 そして、銀色の瞳が、ウルベルトの横のアリィシャに向けられる。

 アリィシャは、自分に貴人の目が向いたのを見て、姿勢を正すとにっこりと微笑んで淑女の礼を取ろうとした。

 しかしそんな彼女の体がひょい、と持ち上げられる。


「これは驚いた!素晴らしく美しいな!余の妃にならないか?名前はなんというのだ?」

「ひえっ」


 いきなり持ち上げられ、求婚されてアリィシャは挨拶どころでは無くなったようである。

 空色の瞳を見開いて、甘く笑まれた銀髪の王子の顔を見つめた後、ウルベルトに助けを求める視線を投げてきた。しかしその視線がこっちを向いたところで、彼女の顔が少し青くなる。

 どうも怒気が抑えきれていなかったらしい。


「やめろロランジュ。その女性は私のものだ。」


「なんだって?ウルベルト、お前には余の妹をやると言っていただろうが。」


「誤解を招くようなことを言うな!聞いてないし了承してない!いいから離せ!」


 ウルベルトが彼女の上半身に腕を回してひっぱると、ロランジュは渋々といった様子で手を離した。

 そしてそのままウルベルトに抱き込まれるアリィシャを目で追いながら首をかしげる。


「しかしお前が婚約したとはきいてないんだが…。」


「…まあ、それはまだだからな。」


 不本意ながら告げた言葉に、ロランジュの銀色の瞳が輝いた。


「何!ではまだ余にもチャンスがあるのでは無いか?どうだ、ウルフベリングは良い国だぞ。まあ今ちょっと散らかっているかもしれないが、何、すぐ掃除をする。」


「も、申し訳ありませんロランジュ殿下…。わたくし、ウルベルト殿下をお慕い申し上げておりますので…。」


 尚も迫るロランジュに、アリィシャはウルベルトにしがみついて首を振った。

 その上で、ウルベルトが金色の瞳に剣呑な光をのせてロランジュを睨みつけている。


「ロランジュ。そこまでにしてやってくれ。それ以上言うと本当に弟がウルフベリングに戦争をしかけに行ってしまうからね。」


 銀髪の王子の後ろから、楽しそうな声が響いた。

 見れば、こちらも馬車を降りてきたらしいエランが、ロザリンドを連れて微笑んで立っている。

 それまでウルベルトにしがみついていたアリィシャが、親友の姿を確認して、空色の瞳を見開きそちらへ駆け寄った。


「ローザ!無事なの?怪我は?無いみたいね?」


 心配そうにそう言いながら、ロザリンドの体をあちこち確認するアリィシャに、ロザリンドがにっこりと微笑む。


「ええ、美味しいお茶を頂いて帰って参りましたの。心配させてしまったのならごめんなさいね。」


 どうやら予想どおり、すべてつつが無く進んだようである。

 エランのご機嫌な様子を見れば、彼が欲した魚は随分太っていたのだろう。

 ウルベルトは嘆息すると、ジロリとロランジュを睨んでからアリィシャをもう一度抱え込むために彼女の横へ移動した。


「ふむ、仕方がないな。この国には借りを作ったし、手を引くか。そこの黒髪のお嬢さんももちろん、ダメなのだろう?」


「ええまあ、その時は私がお相手することになりますので。」


「ダメだな、もっとダメだ。さっそく連続で失恋するとは私は悲しいぞ。妹になぐさめてもらうか。」


 ようやくアリィシャを諦めたらしいロランジュがロザリンドに視線をよこすと、エランの柔和な笑みに冷気が混じった。

 それを見て銀髪の王子の顔が、あからさまにしかめられる。

 彼もエランを相手にはしたくないらしい。不満げな顔をしながら、後ろでクライムの手を借りて馬車から降りようとしていた妹へ駆け寄って、クライムに代わって彼女の手を取り、そのまま抱き上げる。

 遠くからセレスの抗議の声が聞こえてきたように思うが、上機嫌な彼には聞こえていないらしい。

 ウルベルトに抱え込まれながら、アリィシャがそんなやり取りを前にふう、と嘆息する。

 そして空色の瞳が、ウルベルトを見上げてきた。


「王女殿下は、きっとあの方をお手本になさったのですわね。」


 言われて、ウルベルトは初日の晩餐会でよく通る声でエランに愛の告白をしたセレスの顔を思い出す。

 まあたしかに、そういうこともあるかもしれない。

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