32 再会
「ははは!よい眺めだな!」
スラリとした長い足が、もがくドミヌク伯爵の背に楔のように突き立っている。
その上で、朗々と響く声が、感嘆の言葉を告げた。
キラキラと、艷やかでまっすぐな銀髪がゆれ、その後ろから、髪と同じ色の長いまつ毛をのせた銀の瞳が、さも愉快だ、といわんばかりに細められている。
セレスによく似たその顔に乗った感情は、さきほどドミヌク伯爵が浮かべていたものと同じはずであるのに、こんなに煌々しく見えるとは、美形というのは得なものなのね、とロザリンドは思った。
そんな彼の顔を、相変わらずへたりこんでいるセレスが口を開け、涙の跡が残る顔に唖然とした表情をのせて見つめている。
「な、何故…!意識は戻らないと医者が…」
輝くような笑顔で見下され、彼の足の下でドミヌク伯爵が目を見開き、うめくように言う。
銀髪の王子はその言葉に、機嫌よく彼に突き立てていた足をグリ、とひねりながら頷いた。
「なぁに、余も三年程寝ておったからな。寝ているフリはお手の物だぞ!お前が医者だと思っていた者がヤブだっただけの話よ。しかし意識が無いと思って随分と酷いことを言ってくれたなぁ…。なんだったかな?国を捨てて逃げた卑怯者だったか?おっと、もっと大事なことがあったな。なかなかに興味深い話だった。」
言いながら、彼は銀の髪をサラサラと流して、わざとらしく首を捻ってみせる。
その様子に、ドミヌク伯爵の顔色が青くなった。
「そ、それは…!聞き間違えでしょう!あなたのような亡霊とこんな小娘二人が言い張ったところで…おい、何をしている、私を助けろ!」
随分と苦しい言い訳をしながら、ドミヌク伯爵は銀髪の王子を捕らえていた騎士を睨んだ。
王子が意識を取り戻したところで、館にいる配下の者を使えば取り押さえられるという自信があったのだろう。
しかしよばれた騎士は、少し首を傾げてみせただけで、彼の言葉に動こうとはしない。
その様子に苛立たしげに叫びながら、長い足の下から抜け出ようともがくドミヌク伯爵の上で、銀髪の王子が不愉快そうに眉を潜めた。
「余の耳を疑うとは剛気よな。まあ良い。おい、貴君もきいたなエラン!」
「ええ、ロランジュ。たしかに聞きましたよ。」
セレスのようによく通る声でロランジュが横に呼びかければ、ドミヌク伯爵の言葉には応じなかった騎士が、柔らかい声で頷いた。
その声に、ロザリンドは眉を潜める。
体格のいいロランジュの後ろに居た上に、その髪の色や目の色が違うので気づかなかったが、彼は竜王国の王太子だったのだ。
エランが髪を結んでいたリボンを解くと、さらりと赤い髪がすべり落ち、目は金色に輝いた。
そしていつもの、柔和な笑顔の王太子が現れる。
たぶん、あのリボンに色を変えるための術が施されていたのだろう。
自分の配下だと思っていた騎士が、赤い髪の王太子に変わったのを見たドミヌク伯爵は、もがくことも忘れたようで、目を見開いて固まっている。
その顔色は、随分と悪い。ようやく、自分が置かれた状況を理解しはじめたらしい。
「なによりだ!竜王国の王太子が証人に立ってくれるのだ。これで此奴を我が国でも罪に問えるな。まったく我が弟と妹の手を煩わせるとは腹立たしい輩よ。せっかく余が抑え込むだけにしておいてやったというのに、さっさと粛清してやればよかったか。」
輝き弾けるような笑顔で上機嫌に銀髪の王子が笑う。
それにエランが、柔和な笑みを浮かべて片手をあげた。
「お気持ちはわかりますが、ここは竜王国ですからね。まず伯爵の竜王国での罪状について読み上げさせてください。クライム。」
「はい。」
ロザリンドの後ろで、エランの呼び声に応じて返事があがる。
その声に、セレスはビクッとふるえて、後ろをふりむいた。
そこには近衛の服を着た、クライムが立っている。
彼がいることをロザリンドは知っていた。
セレスにかけられた声が知ったものだったからだ。
だからこそ、何をするべきなのか察して伯爵を煽りまくったのである。
まさか間抜けにも第一王子殺しまで供述するとは思わなかったが。
セレスはわかっていたのかは知らないが、まったく使えなかったので、兄の登場で取り乱していたか、クライムにも裏切られたと思ったのかのどちらかだろう。
クライムはポケットから折り畳まれた書類を取り出すと、淡々と読み上げ始めた。
「ドミヌク伯爵、あなたは我が国で、諜報活動を行った疑いに加えて、ウルフベリングの王女への傷害未遂に、王太子殿下の想い人への毒殺未遂、器物破損、他数件の暗殺未遂の疑いが持たれています。よって、使節団の長であるセレス殿下の許可をいただき、拘束させていただきたく思います。いかがでしょうかセレス殿下。」
「は、はい…。」
なんだか随分、知らないうちにこの伯爵はいろいろとやっていたらしい。
毒殺なんていつされそうになったのかしら…とロザリンドが首をかしげている横で、セレスがなんとか絞り出すような声で返事をする。
それを聞いて、クライムは灰色の瞳を細めてにっこりと笑い、扉の外へ声をかけた。すると、そこから近衛が入ってきて、銀髪の王子の足の下で固まっていたドミヌク伯爵を拘束する。
近衛につかまり、ようやく我に返ったらしい伯爵は、「身に覚えがない!知らないぞ!」と叫んでいたが、それを聞くものは室内には居なかった。
伯爵が拘束されたのを確認してから、クライムは懐からハンカチを取り出すと、そっとセレスの前にひざまずいて彼女に差し出した。そして、安心させるように、優しい微笑みを浮かべる。
クライムが折られたハンカチを開いてみせると、中にはころり、と飴玉がのっていた。
まだ涙の後の新しい顔で、セレスはしばしクライムとその手の上を交互に見比べていたが、震える手でそれを受け取ると、ハンカチを顔にあて、ほっと息をはく。
その様子を眺めながら、エランが満足そうに一つ頷いた。
「いやぁ、なかなかに許しがたい罪ばかりですね。これは我が国の法で裁いても、よくて生涯投獄、悪くて極刑でしょう。それにしても、己の置かれた状況がわからないとは本当に愚かですね。狼の血を引くくせに自分の手駒がそっくり入れ替わっている事にも気がつかないとは、ローザの言う通り罪のわりには小物だと言わざるえません。ウルフベリングにももう少し頑張っていただきたいものです。」
言いながら、彼は優美な動きで手を上げて、近衛に伯爵を連れて行くように指示をする。
しかしそれに待ったをかける者がいた。
「いや、それでは困る。迷惑をかけたのは申し訳なく思うが、此奴は国に連れ帰っていろいろと吐かせないとならんからな。身柄を譲ってくれぬか?貴君の分までしめておくぞ。」
「ふふふ、そりゃあ、それなりのものを頂ければお渡ししますけどね。私のローザを害そうとした罪はなかなかに重いですよ?それにお渡しする前に、彼の心をへし折って、泣いて許しを乞う姿を私は見物しないといけませんからね…ふふ、さぞ愉快でしょうねえ…」
ドミヌク伯爵の頭をポンポンと叩きながら言うロランジュに、エランは金の瞳を細めて一瞬ひやり、とした笑顔を浮かべると、すぐに楽しげな顔に戻り、ひらひらと手をふる。すると今度こそ近衛がドミヌク伯爵を引きずっていった。
彼は何か喚いていたが、たぶん、エランのすることだからもう言い逃れの余地は無いだろう。
しかも随分とお怒りのご様子だ。行く末はあまり想像したくない。
先ほど伯爵を煽った時に流れてきた殺気のような物はエランの仕業だったのか、とロザリンドは嘆息する。
エランはドミヌク伯爵が引きずって行かれるのを見送ってから、ロザリンドのほうへ優雅に歩いてきた。
そして彼女の全身に金の目をすべらせて、にっこりと笑う。
「どうやらご無事のようですね。もしあなたに何かあったら戦争になるところでしたから、なによりです。」
「まあ、わたくし、お茶を頂いていただけですわ。」
物騒なことを言うエランに、ロザリンドは肩をすくめた。
実際、美味しいお茶を飲んで、少々馬鹿にされたくらいで何もされては居ない。
まあ少しばかり暴力を振るわれそうにはなったが、あんなムチさばきでは、何度打たれたところで彼女の肌には届かなかっただろう。
一瞬、彼の罪状を水増しするために受けてもいいかとも思ったのだが、あろうことか顔を狙ってきたのではねのけたのだ。今思えば、正解だったように思う。ドミヌク伯爵がエランの逆鱗にふれるのは自業自得なので良いとしても、ウルフベリングとの諍いの種を蒔くのは本意ではない。
「だけれど、こんなことなら教えてくださってもよろしかったのではなくって?わたくし、エラン様とのお茶のお約束に不義理をしてしまうかと思いましたわ。」
少し不満そうに言うロザリンドに、エランは困ったように笑った。
そして、金色の瞳を少し宙にさまよわせてから、ロザリンドを見る。
「お教えしてもよろしかったのですが…。あなたはともかく王女殿下に腹芸は難しいでしょう?あなたは彼女を騙すのに、良い思いをしないのでは無いかと思いましたので…。」
優しい声音で告げられるエランの言葉に、ロザリンドは目を瞬かせた。
ドミヌク伯爵を釣るには、餌が必要だ。
その餌の動きが、不自然では釣れるものも釣れないだろう。
たしかにエランの言う通り、セレスに知らせた場合には、随分不自然になったかもしれない。
かといって、ロザリンドだけに知らせれば、ロザリンドはセレスを騙すことに心を痛めたに違いない。
エランはそれを慮ってくれたのだ。
「それは…そうかもしれませんわね。」
その心遣いを少しうれしく思いながらロザリンドが頷くのを、エランは優しげな瞳で見つめていた。
そして、さら、と赤い髪をすべらせて首をかしげる。
「ご不安には思われませんでしたか?次はあなたを心配させないようにお守りすると申しましたから。」
「あら。」
使節団が来る前に、エランがロザリンドを守ってくれた時、己の身を危険に晒すなと怒ったことを言っているらしい。
あの約束を今も守っていたのか、と呆れながらもロザリンドはにっこりと心の底から微笑んだ。
「素晴らしいお手並みでしたわエラン様。わたくし、感服いたしました。」
昨日にも、上手く行ったら褒めてくれと言われていたのである。
素直にその功労を称えたロザリンドに、エランは蜂蜜色の瞳を輝かせ、ひどく満足げに頷くと、そっとその腕でロザリンドを抱き寄せた。
大人しくロザリンドがその胸のうちにおさまると、頭上からふう、と彼が息を吐くのが聞こえる。
「あなたがご無事でなによりでした。」
「来ていただいて感謝しておりますわ。」
やはりこんなところに王太子自ら足を運ぶのはどうかと思うが、それでも今回こそは素直に言えたお礼に、ロザリンドがエランの胸の中で満足して笑う。
彼女が抵抗しないのを確認した腕がぎゅっと引き寄せる力を増してロザリンドを抱きしめる。
少しして、エランの体が離れると、目の前には蜂蜜色の笑顔があった。
「それにしても、本当に不安に思う暇がありませんでしたわ。わたくし何時毒殺されそうになりましたの?」
今日まで、セレスの嫌がらせくらいにしか煩わせられた覚えがなかったロザリンドが首をかしげる。
しかし、あんなに害されそうになっていたということは、やはり前半のセレスの意地悪は機能していなかったらしい。まったく残念なポンコツ具合である。
「ああ、園遊会の時でしょう。クライムが事前に使われる毒を調べてくれたので抗毒薬は飲んでいただいていたのですが、王女殿下が気づいてくださったでしょう?まあ…死ぬほどのものでは無かったようですが、毒は毒です。少し高めに代償を払って頂いても構わないでしょう。」
「まあ、あのジュースですの…?…抗毒薬なんて飲みましたかしら?」
「ふふ、チョコレートがお好きでなによりでした。」
にこり、と甘く笑まれたエランの顔に、ロザリンドは眉を上げた。
なるほど、最初に口に放り込まれたボンボンのことか。
たしかに少し、ほろ苦かった。
「では暗殺未遂は?」
「そうですね…まあいろいろ…。春先のアリィシャ嬢の拐かしに始まって、偽の近衛が弓を所持していたのと、あとはあなたの部屋に毒虫が入れられていたようですね。まあ、ベリンダがいれば大丈夫かと思っていましたが、そちらは王女殿下のお友達が、カエルに食べさせたらしいですよ。ふふふ、カエルが苦手でいらっしゃったんですね…。」
「知っていらっしゃったの!?」
「ぜひ、この目で拝見したかったです。残念ですね。」
何を思い浮かべているのか、楽しげに笑うエランの腕をロザリンドは扇子でべしりと叩く。
しかしそれさえ、彼の笑顔を深めるのだからやっかいである。
それにしても、本当に色々と危険があったことに気がつかなかった。
ドミヌク伯爵の言う通り、己の置かれた状況をわかっていなかったようだ。
まあ、ロザリンドが居たのは伯爵の掌では無く、エランの掌の上だったわけなのだが。
不安にさせないためといってそこまでするのかと呆れてしまう。
そのとばっちりをくらったのは、たぶんクライムだろう。
セレスの横で苦笑しながらこちらを見ているクライムと、楽しそうに笑うエランを見比べて、ロザリンドは感心のためなのか、呆れのためなのかわからないため息をついた。
そんな楽しげなエランの後ろで、ロランジュが眉根を寄せ不満そうな顔をする。
「随分高い買い物をすることになりそうだな。まあいい。カミルへの土産を買うつもりでいくか。値切るのは文官に任せよう。」
ふう、と憂鬱げにため息をついてから、彼の銀色の瞳が、ツイッとロザリンドの横へ向く。
その先にいるのは、クライムに渡されたハンカチをにぎって、床に座り込んだままのセレスである。
顔色が白から青に回復していた彼女は、兄の目が自分にむいたのを知って、小さく悲鳴をあげると、横にいたクライムにしがみついた。
いきなりのことに、たたらを踏んだクライムが、慌ててセレスとロランジュを見比べている。
「こ、こないでお兄様!わたくしもう17ですの!!」
「そうか!余が寝ている間にそんなになったのか!美しく成長して兄は嬉しいぞ!かわいそうに、恐ろしい思いをさせたな!」
セレスのセリフの前半は聞こえていなかったらしく、長い足で颯爽とセレスに歩みよったロランジュは、そのままクライムから彼女を引き剥がしてぎゅっと抱きしめる。
その胸の中から、苦しそうなセレスのうめき声がきこえてきた。
ウルベルト殿下にたまに潰されているアリィシャに似ているわ…とロザリンドが考えていると、賑やかな室内に、またしても賑やかな客が訪れる。
バタバタと階段を上ってきた音がしたと思ったら、勢いよく扉が開き、黒い髪の女騎士が入ってきたのである。
彼女は、室内をぐるりと見渡すと、額に手を当て天井を仰いだ。
「デニス!お前がちんたら馬を歩かせるからもう大捕物が終わっているぞ!私も参加したかったのに!」
「あなたが馬を操るといってきかないからだろう!まったく体格差を考えてくれ!」
話をきいて駆けつけたらしいベリンダが、後ろからくたびれた様子でやってきたデニスに文句を言う。
どうやら彼女は馬に二人乗りをする際、デニスをかかえて自分が馬を操ろうとしたようだ。
それはたぶん、デニスにとっては許容できるものではなかったに違いない。
それにしても、彼は裏切っていたか偽物かと思っていたのに本当にベリンダを迎えに行っていたとは驚きである。
「ロランジュ様…!そろそろ姫を開放してくださいませ!潰れてしまいます!」
入り口に目を向けていたところ、後ろからよく聞き慣れた声が聞こえてきた。
改めて振り返ると、いつの間に部屋に入ってきたのか、エリスがセレスを潰しにかかっているロランジュのまわりをオロオロとした様子で右往左往していた。
その横には、ロランジュの輝く銀髪をキラキラした瞳で見つめているクレアまでいる。なんだかロザリンドの王宮の侍女が勢揃いでは無いだろうか。そういえばドロシーはどうしたのだろう。
「エリス!あなた何をしてたのよ!わたくしすっごく怖かったんですからね…!」
ようやくロランジュの腕から顔だけ出して空気を吸い込むことに成功したセレスが、エリスを苦しげに睨む。その様子に、エリスは涙目で首を振った。
「わたしだってすっごく怖かったですよ!この子が…。」
「うふふ、酷いわぁー。お芝居の邪魔をしないでってお願いしただけじゃない!私達お友達でしょうエリス!」
「いたたたた、やめて!お願いやめて!あの王太子には差し出さないで!!私なにもしなかったじゃない!」
自分を指し示したエリスの指をつまんであらぬ方向に曲げるクレアに、エリスが青い顔で首を振る。その怯えようはなんだかかわいそうなくらいだが、セレスとエリスの会話の内容を鑑みるに、彼女はウルフベリングの間者だったのだろうか。セレスの言う護衛というのも彼女だったのかもしれない。
そして、クレアはそれをさらに監視するために配置された侍女だったのだろう。どうも、ロザリンドのまわりに居たまともな侍女は実家からつれてきたアネッサくらいだったようだ。
「エラン様は、ロランジュ殿下が我が国に匿われていらっしゃったのはご存知でしたの…?」
賑やかな室内を眺めながら、ロザリンドが問うと、エランが横で首をかしげる気配がした。
「…いえ、薄々そうでは無いかと思うことはありましたが、はっきりと知ったのは最近ですよ。デーツ伯爵をご存知でしょう?彼等が国葬で遺体を偽装した上で、ベルトの遠征帰りの戦死者に紛れさせて連れ帰ったようですよ。弟も知らなかったようですね。まったく物騒な者を持ち込んでくれたものです。」
「あらそうですの…。それにしても、もう第二王子が立太子なさっているのだから、またウルフベリングは揺れそうですわね…。」
「なに、ロランジュがいれば大丈夫ですよ。彼はなかなかやりますからね。」
ははは、と笑うエランを、ロザリンドは意外に思いながら見上げた。
彼がここまで称するのだから、たしかに今涙でぐしゃぐしゃの妹を抱えて浮かれているシスコンにしか見えない男は出来る男なのだろう。
そしてそんな彼に、随分大きな借りを作れたのだ。竜王国にとってはなかなかの収穫である。
暗殺未遂くらいでも十分縄をかけられた者を、ここまで泳がせておいたのはウルフベリングとの外交問題に発展させないためだけではなく、そんな狙いも大いにあったに違いない。
「さて、こんなところに何時までいてもしょうがありません。王宮へ戻りましょう。あなたとお茶をしなくてはいけませんからね。」
「……まだ一杯くらいはいただけるかもしれませんわね。」
部屋にはカーテンが厚くひかれており、外の気配は伺い知ることはできないが、たぶんもう夕方だろう。
お茶の時間はとうに過ぎているようには思ったが、ロザリンドも、一杯くらいは、エランとお茶を飲みたい気分だった。
「もしかして、本日の王女殿下とのお茶がお嫌でこんなことをなさいましたの?」
なんとなく、思い立ったロザリンドの質問に、エランが眉を上げてからにっこりと柔和に笑う。
なんだか、この胡散臭い笑顔を向けられるのが、久しぶりな気がするから不思議だ。
「そんなことはありません。昨日あなたにご協力申し上げると約束しましたからやる気はありました。ただすこし、情報を流しただけですよ。決行を決めたのは伯爵です。」
「あらそう。では、伯爵の自業自得ですわね。」
「ええ、まったく悪い輩がいたものです。」
ふふふ、とご機嫌に笑って、エランはロザリンドに腕を差し出した。
彼女がそれに何も言わずに手をのせると、彼は足取り軽く、賑やかな部屋を後にした。




