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3 理由

「本日は本当に殿下がいらっしゃいませんね。」


 アウランド侯爵家の夜会で、ロザリンドとの一曲目のダンスを終えたラフィル=フェリンドは感心したようにそう言った。

 ラフィルはフェリンド伯爵家の嫡男で、アリィシャ=フェリンドの兄である。

 ロザリンドとは幼い頃からの付き合いであり、家族以外はフェリンド家の面々とぐらいしか面識の無かったロザリンドの初恋の相手でもある。

 彼はロザリンドの社交界デビューの際にロザリンドをエスコートしてから先、王太子が牽制したおかげで他の男が彼女のエスコートに名乗りをあげなかったために、ロザリンドの兄のキースリンドが仕事で忙しい時などは、フェリンドからわざわざ出てきてエスコートをしてくれていた。

 しかしフェリンドからわざわざ出てきてまでその横に立っていたのも災いして、随分王太子からの冷たい笑顔にさらされてきた彼は今日はそれがまったく無いことに少々驚いていたのである。


「あの方が一回振られたくらいで引き下がるとは思えないんですが…。」


「まあ、やめてくださる?縁起でもないですわ。」


 ロザリンドが眉を潜めると、ラフィルは肩をすくめる。

 王太子が妹に烈々たる勢いで迫っていた第二王子のウルベルトの兄だということを考えると、あながち自分の考えは間違いではないのではとは思っていたが、ロザリンドにしてみればこのままあきらめてくれたほうが良いのだろう。

 ラフィルとしても、王太子が誰かと婚約を結ばないことには、妹はしばらくウルベルトとの婚約ができないことになるので、さっさとロザリンドを諦めてもっと手ごろなご令嬢を口説いてもらったほうがありがたい。


「このまま殿下が諦めてくだされば、私も役目を終えることができるかもしれないですね。」


「そうですわね、ラフィル様には今まで随分とお世話をおかけして…」


 他にエスコートしてくれる相手が出てくるといいね、と笑うラフィルにロザリンドが礼を言いかけた時、彼女の後ろから男性が一人近づいてきた。

 常であればそれは王太子なのだが、今日は違うようだな、とラフィルが眉を上げる。


「おいロザリンド、お前王太子殿下を袖にしたんだって?」


 紳士淑女が集まる夜会にあって、まったく場違いな言葉遣いで自分を呼びとめた人物を、ロザリンドは胡乱な瞳で見返す。


「ゲイル様…。主催側であるあなたがそのような砕けた言いようはよろしくないのではなくって?」


「ああ、なるほど?お久しぶりですね、ロザリンド嬢。風の噂でお聞きしたのですが、王太子殿下よりの告白に頷かなかったというお話は本当ですか?」


 ロザリンドが指摘するとゲイルはあっさりと了承してよそ行きの表情を作り、にっこりと笑ってみせた。

 深い藍色の髪の毛に結ばれたリボンを揺らして、アクアマリン色の切れ長な瞳が柔らかく細められれば、彼を知らない人が見れば正統派の美形の笑顔に、ほうっとため息をもらしただろう。

 しかしロザリンドにしてみればその笑顔が胡散臭いことこの上ない。


「まあ…。よろしいですわ。ええ、ゲイル様。その通りですの。畏れ多くも王太子殿下のお言葉はこの身には余ると思って辞退申し上げましたのよ。」


「なんと、それは豪気ですね。王太子妃の筆頭候補と言われたあなたの身にあまるのなら、竜王国中を探しても殿下のお相手は見つかりませんよ。」


「…このようなところで立ち話もなんですから、ソファにでもかけませんこと?」


「そうですね、ラフィル殿、少々彼女をお借りしても?」


「ええもちろん。」


 胡散臭い笑顔に根負けして、ロザリンドは人が少ない場所に設置されたソファを示した。

 あの場所であればまわりの人に会話を盗み聞かれることも無い。

 そんな彼女にゲイルはにやりと笑って、横に居たエスコート役のラフィルにお伺いをたてる。

 二人の仲がどういったものか知ってる彼は、身を引いてロザリンドを差し出した。


 ロザリンドとゲイルは同じ侯爵家の子女ということで、ロザリンドがお茶会に参加するようになった12歳くらいの頃からの付き合いで、気心の知れた友人同士である。

 親同士が仲良くなれば婚約も…と思っていたかはわからないが、残念ながら男女の仲にはならなかった。


「それにしてもお久しぶりですわねゲイル。あなた何時竜王国に帰っていらっしゃったの?」


 ホール横に設えられた休憩用のソファに腰を下ろしながら問うロザリンドに、ゲイルは給仕から飲み物を受け取り、その一つを彼女に差し出す。

 その顔はどこか不満そうだ。


「つい先日だよ。まったくお前のせいで仕事を詰め込まれて大変だったんだぞこっちは。」


「まあ、お仕事でしょう?わたくしのせいじゃありませんわよ。」


「馬鹿、お前が俺に婚約なんて持ち掛けるから飛ばされたんじゃないか。まあもちろん仕事はしてきたけどさ。」


 去年の夏ごろ、王太子からの付きまといにうんざりしていたロザリンドが、王太子妃が決まるまでの隠れ蓑としての婚約をゲイルに迫ったのは確かに事実である。

 しかしアウランド侯爵家は主に国の外交を担っている。

 その嫡男であるゲイルも父親の仕事を手伝っており、海外に出かけるのはよくある話だったので、ロザリンドは受け取った果実水に口をつけながら大げさな…と眉を寄せた。


「それで?王太子を袖にしたらようやく相手探しをするのか?言っとくけど俺はエスコートは引き受けても婚約はお断りだからな。残念ながらお前は俺の好みじゃない。」


「せっかくお相手探しをするのに侯爵家の嫡男なんかにエスコートは頼みませんわよ。それだけでまた人が寄り付かなくなるじゃありませんの。でも…そうね、もしよろしければわたくしのどの辺がお好みじゃないのか教えてくださるとうれしいわ。参考にしたいの。」


「おう、そういうところだよ。」


「具体性に欠けますわね。」


「だから…お前は綺麗だし頭もいいし、所作もすばらしくってしかも家柄も高いだろ。完璧すぎてかわいげが無いんだよ。お前を好きになる男なんていうのは6割が身の程知らずで3割が特殊な趣味で、残りの1割が本当にお前より優れた男か、器がはてしなく広い男だろ。まともなのは早々いないぞ。王太子にしとけって。」


「まあ、十人に一人まともな方がいらっしゃるなら上々なんじゃなくって?」


「残り九人が問題だろ。心配してるんだぞ俺はこれでも。」


 思いのほかしっかりとしたアドバイスをしてくるゲイルに感心しながら言うロザリンドに、彼はあきれたようにその形の良い眉をひそめる。


「そうはおっしゃるけど、気持ちは理屈じゃありませんもの。それに王太子殿下だってわたくしをお好きなわけではありませんわよ。でもご心配はありがたく思っておきますわ。どうもありがとう。」


 彼が言うことについては納得できない部分もあるが、心配してくれる友人とは大切なものである。

 そう思ってロザリンドがにっこりと微笑むと、男ならだれもが心を鷲掴みにされるだろう笑顔を流してゲイルはため息まじりに首をふった。


「はあ…まあ、一応忠告はしたからな。お前に何かあったら相手の男が抹殺されるんだからちゃんと気をつけろよ。」


「…わたくしの心配じゃありませんでしたの?」


「それを含めてその後の心配もしている。きいたぞ、グレイン子爵が弟に侯爵位継承権を譲ったんだろ?恐ろしいよなぁお前の家は。」


 現在の次期グレイン侯爵であるグレイン子爵は、元々のグレイン子爵であったアクス=グレインの弟のクライム=グレインだ。

 アクスは去年、婚約者だったアリィシャ=フェリンドを裏切り不貞を働いた上に、それを隠し通そうとし、アリィシャに狼藉を働きかけた。

 しかし彼の不貞を証言したのがロザリンドだったために、ウェジントン侯爵の母であるレディ・リディア=ウェジントンの怒りを買って子爵位と侯爵位継承権を失ったのである。

 レディの怒りはなかなかのもので、危うく侯爵家までつぶす勢いだったのだが、現グレイン子爵であるクライムが兄の不貞の証拠を差し出したのでそれには至らなかったのだ。


「まあ、おばあ様だって早々のことが無い限りあのようなことはなさりませんわよ。」


「普通は早々なことがあってもそのようなことはなさらないんだよ。」


「あら、たしかにそうかもしれませんわね。心に留めておきますわ。」


 先日、王太子との婚約に王命があっても辞退してしまいそうだと自己嫌悪に陥ったばかりである。

 家の権力をあまり振りかざしても良いことはない。ロザリンドは素直にゲイルの言葉に頷いた。

 そんな彼女を疑わし気な目で見返していたゲイルは、何か思いついたように眉を上げる。


「そういえばお前にいいニュースがあるぞ。俺の働きで近く、ウルフベリングから使節団がくるんだよ。外国のお偉いさんなら1割に属する男がいるかもしれないだろ。たぶん園遊会とかあるから俺に感謝しながら参加しろよな。」


「あら、ウルフベリングというと、三年前の後処理がようやく終わりましたの?よろしいことですわね。言われなくても侯爵家の者として出席することになるでしょうよ。」


 三年前、隣国であるウルフベリングは北の蛮族の襲撃を受け戦争状態だった。

 同盟国である竜王国からも当時まだ18歳だった第二王子のウルベルトが率いる軍が参戦し、その戦いを収めたのである。

 この戦いでかの国は第一王子を亡くしたために今日まで戦後処理がごたついていたのだが、ゲイルの言葉が確かならそれも落ち着いたということだろう。

 隣国の情勢不安は自国にも影響を及ぼすので、ロザリンドは素直にめでたいことだと思った。


「かの国の貴族はフェンリルの血を引く奴が多いからな。お前には似合いだと思うぞ。」


「まあどうしてですの?ウェジントン侯爵家は勲功で爵位を賜った家柄ですもの、アウランド侯爵家や王家のような特殊な血は流れていませんわよ?」


「どうしてってまあ…犬的な意味で?」


 へらり、と笑って答えるゲイルに、ロザリンドはあきれた顔を隠しもしないでため息をつく。


「あのねゲイル、フェンリルは犬じゃありませんわ、狼ですのよ。あなたそんなこと先方の前で申し上げたら次の日には戦争になりますわよ?それにわたくし、犬よりも猫のほうが好きですわ。気品がありますもの。」


 このロザリンドの言葉に、ゲイルは驚いたようにアクアマリン色の瞳を瞠った。


「お前、意外にそういうことには疎いんだな。そういう趣味ありそうなのに。」


「どういうこと?まあ、犬も嫌いではないけれど…。」


「いや、悪かった。それ以上聞かないでくれ。お前の兄貴に制裁されても面倒だしな。」


 首をかしげて聞くロザリンドに、手を上げてそれを制したゲイルを見て、ロザリンドは肩をすくめる。

 よくはわからないがたぶん、下世話な内容だったのだろう。


「さて、それじゃ俺はそろそろ退散しようかね。お前と話したそうな男たちがさっきからこっちを睨んでいるし。いい出会いがあることを祈ってるぜ。」


「あら、あなたもね。いつまでもフラフラ遊び歩いていらっしゃるとアウランド侯がお泣きになりましてよ?」


「心配には及ばないよ、こう見えてモテるんだ。」


 モテるからこそ心配されているんでしょう、とロザリンドが言う前に、ゲイルはさっさと退散していった。

 言いたいことだけいってさっそうと去っていく幼馴染に、ロザリンドは呆れてため息をつきながらあたりを見渡した。

 ラフィルはロザリンドたちが見える位置で、数人のご令嬢に捕まっている。

 彼は元々モテる性質だが、妹のアリィシャが第二王子のウルベルトと婚約をしそうだとあって、最近は特に人気が高い。

 そのむこうでは相変わらずウルベルトがアリィシャを横から離さず、多くの貴族たちと歓談している。

 そして、会場のあちこちで紳士たちがロザリンドを見つめている。

 今日は王太子は出席しているようだが、挨拶を短く交わした以降は話しかけてこない。

 他の男性陣にもロザリンドと王太子の話は伝わっているらしく、今日の彼女に向けられる男たちの目はいつもよりも熱かった。


 アウランド侯爵家の夜会に参加する男たちは、その誰もがある一定以上の家柄が保証されている。

 その中に、最良の伴侶がいることを期待してまずはラフィルに声をかけようと、ロザリンドもソファを立ち、夜会の輪の中へ戻ったのだった。

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