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25 嫉妬

 優秀な侍女たちの働きのおかげで、ロザリンドの身支度はすぐに整った。

 カエルに若干涙目になったせいで、先ほどまで少し髪の毛と化粧もみだれていたが、今鏡の中に映る令嬢にはほころびもなく完璧で、そんなことを感じさせない。

 ロザリンドはその様子を確認し、満足げに頷くと鏡台の前の椅子から立ち上がった。


「どうもありがとう。いきなりお願いしてごめんなさいね。」


 謝罪するロザリンドに、エリスとクレアはにっこりと笑う。


「いいえ、とんでもございません。美しいお嬢様の御髪に日に二度も櫛を通せるなんて、幸せでしたわ。」


 ほう、とそんなことを言いながら、クレアが綺麗に整ったロザリンドの縦ロールした黒髪を眺めた。

 彼女は随分、髪の毛の手入れがお好きなようである。


「ふふ、クレアに整えてもらうと、いつもより美しく仕上がるからわたくしも嬉しいですわ。」


 侍女の献身を嬉しく思いながら、そう言うと、彼女は少し頬を染めて嬉しそうに会釈する。

 それに頷いて答えながら、ロザリンドが扉の前に足を運ぶと、控えていたらしいベリンダがドアを開けた。

 それに小さく頷いて廊下に出ると、彼女はそのまま後ろに付き従ってくる。


 あまり時間はたっていないはずだが、なるべく早めに戻ったほうが良いだろう。

 見苦しくならない程度の早足で、静かな廊下を通り、階段を降りて、外へ出て回廊を進めば、またロザリンドの視界に、華やかな園遊会の会場が映る。

 歓談する人々は和やかで、特にこれといった問題も起こっていないようである。

 ロザリンドに気づいたらしい王妃が、こちらににっこりと微笑んでよこしてくれた。

 それに笑顔で答え、ロザリンドは主催席へ戻る。


 そこでは、まだセレスとセドリムがエランの横で歓談中だった。

 エランに銀色の瞳を輝かせて何かを話しかけているセレスの姿に目を止めて、それまで優雅に進んでいたロザリンドの足が彼等の少し前で止まる。

 エランを見れば、彼もいつもの柔和な笑顔でセレスの言葉に答えていた。

 自分が立ち止まったのを見て、ベリンダも背後で立ち止まった気配を確認しながら、ロザリンドは扇子を広げて口元にあてた。


 楽しげに会話をする他国の王女と自国の王太子。

 外交の場であれば、その姿は両国の友好を示す象徴として、随分と喜ばしいものである。

 しかし自分にとってはどうであろうか。

 エランに堂々と愛の告白をしたセレスが、ロザリンドを追い払って、楽しそうに彼と歓談しているのである。

 本来その横にいるはずだった自分にとっては随分と面白くない状況だ。

 なんだか少しだけ、胸がひりつくような気がする。

 そんなことを考えていたロザリンドに、エランが気づいてこちらに振り向いた。

 その瞳が蜂蜜色に細められるのを見て、ロザリンドは息を吐く。

 そしてすっとアメジストの瞳に長いまつ毛を下ろして、蜂蜜色の視線を睥睨した。

 その様子に、エランの眉が少し上がる。


「わたくしを、星に例えながら、あなたの頭上には随分とたくさんの星が瞬いていらっしゃるのですわね。」


 冷たい声音で他の女性との会話を攻めるロザリンドの言葉に、セレスがこちらに気づき、顔を上げた。

 彼女はロザリンドの顔を見るなり、震えてエランから少し距離を取る。

 その横で、エランは眉をよせ、不本意そうな顔をしたが、すぐに答えを返してきた。


「あなたが私だけを照らしてくださるなら、私の心は道を迷わずに済むのですが。」


「ひどい方ね。星が地上を照らすのは、空にあるからですわ。あなたが引き寄せてくだされば、あなただけを照らせますのに。」


 ふん、と鼻でエランの言葉を笑う。

 そんな彼女を、社交の場にあって珍しくエランが憮然とした表情で見つめている。

 ロザリンドはその顔に満足すると、にっこりと、渾身の笑顔を彼に向けた。


「わたくしやはり体調が悪いみたいですわ。申し訳ありませんけれど、失礼いたします。どうぞ皆様は、ご歓談をお楽しみになってくださいませ。」


 優美に淑女の礼をして、それからちらり、と王妃のほうを伺う。

 彼女が主催する園遊会を途中で抜けるのは、申し訳なく思ったからだ。

 しかし王妃は、扇子を口元にあて、さきほどと同じ笑顔で頷いてくれた。

 どうやら退出の許可はいただけるようである。

 それだけ確認すると、ロザリンドはエランには目もむけず、さっさと踵を返して今来た道を引き返した。

 振り返った先に居たベリンダは愉快そうな顔をしていたが、特に否もいわずについてくる。


 ホール横の回廊を戻り、階段を登る。

 そしてサファイア妃とエルランド王の肖像画の前で、足早にこちらへ来る男性と行き当たった。

 その顔を見上げて、ロザリンドは眉をしかめてその名を呼ぶ。


「ゲイル!」

「っげ」


 彼女の不機嫌そうな声音に一瞬でその美しい顔をしかめて、踵を返そうとした男のそでを掴んで捕まえた。

 彼はロザリンドに引かれたそでを困ったように見てから、そのままの顔でこちらを見下ろしてくる。


「おい、勘弁してくれ。話なら次の機会に聞くから、王宮では声をかけるな。」


「まあ、随分な言い草ですこと。わたくしあなたに怒っていることがありますのよ。逃がすわけないでしょう。」


 そう言って彼の袖をひっぱって引き寄せれば、彼は観念したのかそのままこちらに向き直った。

 男の彼であれば、ロザリンドの細腕などすぐに振りほどけそうなものだが、それをするのは彼の紳士としてのプライドが許さないことをロザリンドはよく知っている。


「最初に言うけど、全部不可抗力だからな。お前が怒っている理由はだいたいわかるが、俺のせいじゃない。」


「往生際が悪いですわね。いいわ、ここではなんだから、そこの部屋で話しましょう。」


 ロザリンドがエルランド王の肖像画のむこうの、会議室を扇子で指し示すと、ゲイルはため息をついて彼女に腕を差し出した。

 一応、エスコートをしてくださるらしい。

 素直にその腕には手をのせて、部屋に入る。

 ベリンダは扉の前で待機したので、室内には二人だけである。

 まわりに他に人がいないのを確認してから、ロザリンドは口を開いた。


「ゲイル、あなたウルフベリングについて、正確な情報を教えてくださいませんでしたわね?あの王女のどこに第二王子を害そうという心根があるというのよ。」


「…別に、嘘を教えたわけじゃない。ちょっと説明を省いただけだよ。王族なんていうのは個人の意思に関係なく、担ぐ奴が好き勝手な主張をするもんだろ。」


 セレスは、ここ数日はたから見ていただけでも、とても兄王子に反旗を翻すような狡猾な人物には見えない。

 そんな彼女を、外交の場に出てよく知っていたはずのゲイルはロザリンドにその人柄を説明をしなかった。

 そのことについて糾弾した彼女の言葉に、ゲイルは肩をすくめて開き直ってみせた。


「どうしてそのようなことをなさいましたの?正確な情報を知らなければ、外交にとっては致命的でしょう。」


「それは黙秘だ。お前ならだいたい察してるんだろ。俺の口から言わせるな恐ろしい。どっちにしろ、王女は我が国の王太子に愛の告白をして、お前の役目は変わらなかったんだからいいじゃないか。」


「それとこれとは話が別ですわ!おかげでわたくしがどれだけ恥ずかしい思いをしたと思っておりますの!」


 第一王女が、命がけで王座をかけて仕掛けてくると思ったからこの一ヶ月、恥ずかしいのにも耐えてエランとの恋人同士の体裁を取り繕ったのだ。

 だというのに、あの王女ときたらまるでふわっふわとして無邪気に笑い、少し睨んでやるだけでひるんでいる。

 これではまったく、ロザリンドの相手にもならない。


「そんなこと言ってもなあ。どっちにしろお前は露払いとして仕事を受けたんだろ?だったら相手の強さに関係なく全力で取り組むのが筋だろ。俺は少し後押ししてやっただけじゃないか。」


「いやだわ、ゲイルのくせに正論で反論していらっしゃるなんて生意気ですわよ!」


 悪びれた様子もなくめんどくさそうにするゲイルに、扇子の一撃でもお見舞いしてやりたいのに、まったくの正論で返されてはそれもできない。

 ぎりりと扇子を握り込むロザリンドに、ゲイルはため息をついた。


「まあ、お前は別にいいけどアリィシャ嬢にはかわいそうなことをしたよな。」


「あの子はあれで打たれ強いから大丈夫ですわ。どちらかというとお可哀そうだったのはウルベルト殿下かしら。」


「同じ男としてよく耐えているなと俺はまぶしく思うね。」


「あなたの忍耐力は紙みたいにペラペラですものね。」


 ふん、と悔し紛れに言ったロザリンドの悪態に、ゲイルが反論しようとして口を開きかけたところで、彼の動きが止まった。

 アクアマリンの瞳が、ロザリンドの後ろに向けられて見開かれている。

 なんとなく、嫌な予感がしてロザリンドが彼の視線を追って振り向けば、そこには鮮やかな赤い髪の王太子が、美々しい顔ににっこりと微笑みをのせて立っていた。

 しかしその背後にある空気は重く冷たい。完全にお怒りである。


「おいこらロザリンド…。だから言っただろ覚えておけよ…。」

「…仕方がありませんわね。あなたの嘘とこれで相殺にしましょう。」

「割にあわねえ!」


 後ろから聞こえるかすれるようなゲイルの言葉に、ロザリンドが素直に非を認めたにもかかわらず、彼は随分と不満だったようだ。

 額に手を当てうなだれている。


「ふふ、ローザが私の横を離れてどこに行ったのかと思えばこんなところで歓談しているとは。お楽しみのところ申し訳ありません。」


 あくまでも楽しげな声音で告げられるエランの言葉が、重い冷気をまとって室内に響く。

 ゲイルはさっさと逃げ出したいようだが、彼と扉の間にはエランとロザリンドがいるのでそれもできないらしい。

 ロザリンドは小さく息を吐いて、扇子を口に当てた。


「まあエラン様、園遊会を放り出してどうなさったのです。こんなところにあなたがいらっしゃってはいけないでしょう?」


「それはお互い様です。私がここにいてはまずいことでもありましたか?」


 呆れたようなロザリンドの声に、エランがにこやかに答える。

 それに対してロザリンドはじろり、とアメジスト色の瞳で彼をにらんだ。


「有るに決まっていますわ。わたくしがさきほど申し上げた意味、おわかりでないわけでは無いのでしょう?」


 エランの冷たい視線にも負けず、こちらも不機嫌そうに言い返したロザリンドに、彼はまた先ほどと同じ、不本意そうな顔をした。


「ゲイル、君には頼んでいた仕事があったね?」


 エランがロザリンドの瞳を見つめたまま、ゲイルに冷たい温度の言葉を投げる。

 それに、ゲイルは居住まいを正して頷いた。


「はい。まだ済んでおりませんので退出してもよろしいでしょうか。」

「許可しよう。」


 エランが短く許諾の言葉を口にすると、ゲイルはさっさとロザリンドの後ろから抜け出して、扉に向かって足早に歩を進める。

 そして、廊下からこちらを伺っていたベリンダと顔をあわせ、こちらに振り返ると、エランの後ろから、健闘を祈る、というジェスチャーを残して姿を消した。

 その逃げ足の速さに、ロザリンドは呆れてため息が出そうになるのをぐっとこらえる。

 今は彼よりも、目の前で冷たい空気を背負ったままの王太子に対応しなくてはならない。


 ロザリンドがエランの金色の瞳に視線を戻すと、エランはちら、とすでにゲイルの姿が消えた扉の先に目をやってからこちらに近づいてくる。

 そして目の前までくると、深い溜息をついた。


「私の不実を攻めながら、他の男と話しているなんてひどいではないですか。」


「別に、ゲイルとは友人ですわ。それに先ほどの言葉が、演技だと知っているからエラン様も乗ってくださったのでしょう?それなのに何故わたくしを追いかけてきたりなさったの。」


 さきほど、ロザリンドが口にしたエランを攻める言葉は、開華祭でエランがロザリンドを口説くのに使用した、『星屑の君』のセリフである。

 記憶力の良い彼であれば察してくれるかと思って使ったのだが、案の定彼はその意味をすぐ理解して物語のセリフで返してきた。

 そのことをさすがだと感心しながら退出したというのに、彼がロザリンドを追って来ては演出の効果が半減してしまう。

 自分の役目を放り出してここまで来たエランに、ロザリンドが非難めいた視線を投げると、彼はにっこりと微笑んでロザリンドの腰を抱き寄せた。


 何故ここでそんなことをされるのかわからず、驚いたロザリンドが彼を押しても、その優雅な動きからは想像もできないほど力強く抱きとめられており、まったくびくともしない。


「演技だとはわかりましたが、私の露払いが仕事であるあなたが、何故そのようなことをなさったのかを説明して頂いておりません。それに…追ってきて正解だったでは無いですか。私の星の光が他の男に向いていたのですから。まさか彼に会うために抜け出したのですか?」


 言われた言葉に、ロザリンドは驚いて顔を上げる。

 たしかに、はたから見れば露払いの仕事を放棄したような行動であったかもしれないが、ロザリンドなりに仕事をまっとうするためにしたことだったのだ。それをまさか個人的な理由なのかと問われたことに腹が立つ。

 エランであれば、その行動の裏だって察せそうなものなのに。

 それとも、彼が自分のことを信用してくれていると思っていたのはロザリンドの思い上がりだったのだろうか。


「ゲイルとはお友達だと申し上げているでしょう!それにわたくし、お役目として横にいるだけで、エラン様の星になった覚えはありませんわ。少し図々しいのではなくって?」


 チリリと焼くような胸の痛みと、強引に腕の中に抱きとめられる困惑で、思わず売り言葉に買い言葉で返してしまったロザリンドの言葉に、エランが眉を上げる。

 その後ろで、ベリンダが額に手をあてているのを見て、さすがにロザリンドもまずい、とは思った。

 この男はこんなに優しげに見えて、その実、弟のウルベルトに似て嫉妬深いのだ。しかも悪いことに、その腹の内は弟よりずっと黒い。

 彼が自分に好意を寄せてくれていることはよくわかっている。

 もしアリィシャが、ウルベルトを前にして同じようなことを言おうとしたらロザリンドも全力で止めるだろう。そんなことを言ったら男を煽るだけだと言って。

 身の危険を感じ、ロザリンドは先ほどよりも本気でエランの体を押す手に力を込めた。

 しかしやはり二人の体の距離はまったく離れない。それどころか、近づいているような気さえする。


「エラン様、申し訳ございません。わたくし、無礼を申し上げましたわ。…だから…」


 深く笑まれた秀麗な王太子の金色の瞳の中に、情欲の炎が揺れるのを見ながら、ロザリンドは自分の失言をどう取り戻そうかと言葉に詰まった。

 ここでやっぱり私はあなたの星ですと言うわけにもいかない。

 そんなことを言ったら自分から告白をしているようなものではないか。

 だからと言って、認めなかったら認めなかったで非常に危険な予感がする。

 必死に頭をまわそうとするのに、エランの瞳を見つめているうちに、自分の心臓の音がうるさいくらい耳に響いて思考を乱した。

 間近に迫ったエランの秀麗な笑顔が、すっと傾いでロザリンドは身を固くする。

 しかし幸いなことに、彼の顔はロザリンドの顔を避けて彼女の耳の横へ寄せられた。


「私は申し上げましたよ。望む華を懐中に収めるのに、それを阻む者は誰であっても許さないと。」


 耳元で、そんな湿った声が聞こえ、彼の吐息が耳にかかって油断していたロザリンドの心臓がまた大きく跳ねる。

 彼の上半身が傾いだことで、少しばかりあった隙間さえなくなって、エランの心音まで耳に聞こえてくるようだ。

 あまりの恥ずかしさに、ロザリンドはクラクラと目眩を覚えた。

 こんな窮地を脱出する方法を、ロザリンドは知らない。


「やめてください…」

「きけませんね。」


 混乱する思考の中から絞り出した静止の言葉を、エランは楽しげな言葉で却下した。

 そしてロザリンドの体を捕まえていた彼の腕がすり、と背中をなぞるように動いて、ロザリンドはたまらず悲鳴をあげそうになる。

 そこへ、おもむろに白い手袋がはまった手が二人の間に割り入った。


「王太子殿下、大変申し訳ありませんが、姫のおっしゃるとおり、婚約前にそれ以上はおやめください。」


 呆れたようなベリンダの声に、ロザリンドが少し涙目になっていた瞳を上げると、さきほどまでのきつい程の戒めが嘘のように、エランの腕が素直に離れる。


「ふふ、なかなか止めに入らないので、もしかしたらこのまま行けるかと思ったんだけどね。」


「私は仕事に真面目なので。まったく、ルミールならともかく私までこのような役目をすることになるとは、少し頭を冷やしてください。」


 先ほどまでの冷たい空気をかき消して、いつもどおりの柔和な笑顔で言うエランに、ベリンダはじとっと睨む。

 そうだ、ベリンダが近くにいたのだった。

 だから、どうあってもその先になんて進むはずがなかったのだ。

 そんな当然のことも頭から抜けていたことに思い至って、ロザリンドは悔しいやら恥ずかしいやらで顔から湯気が出るかと思った。


「そうは言っても、ローザも悪いと思わないか?素気ない言葉に傷ついて来てみれば、他の男と楽しげに歓談していた上にまた振られたら、私もさすがに頭に血が上るというものだよ。」


「そりゃまあ、同感ですが、殿下が姫をいじめたのも悪いでしょう。とにかくその上った血を下ろしてきてくださいよ。姫に嫌われても知りませんよ。」


「仕方ないじゃないか!私も聖人じゃないからね、わかっていても面白くないものは…」


「ちょっとあなた達!わたくしを置いて話を進めないでくださる!」


 なにやら顔を見合わせて勝手なことを言っているエランとベリンダを、羞恥心で真っ赤になりながらロザリンドが睨みあげると、ベリンダは呆れたようにため息をつき、エランは蜂蜜色の瞳を細めた。


「ローザ、そんな可愛い顔をしていてはまた私の頭に血が上ってしまいますよ?あまり護衛騎士の仕事を増やすものではありません。」


「な、なんっ、なっ…」


 あまりの言われように、怒っていいのか、恥ずかしがるべきなのかわからずぷるぷると握った拳を震えさせるロザリンドの肩を、ベリンダが抱く。


「はいはい、まったくどの口が言うんだかわかりませんね。姫、とりあえずお部屋に戻りましょう。殿下、さっさと園遊会に戻ってください。」


「ふふ、そうですね。ローザ、意地悪をしてすみませんでした。嫌われるのはさすがに私も嫌ですし、ちゃんと役目を全うしますか。そのかわり、あとで褒めてくださいね?」


「知りませんわ!元々あなたのお仕事でしょう!」


 ね?と可愛く首をかしげて見せるエランに、ロザリンドが涙目で叫ぶと、彼は楽しそうな笑い声を残してサファイア妃のむこうの廊下へ消えていった。

 それを見送ってから、ベリンダは半分腰が抜けかけていたロザリンドをひょい、と横抱きにする。

 その恥ずかしい体勢に、文句の一つも言いたかったが、どうやら自分で歩くことが叶わなそうだとわかっていたロザリンドは、ぐっと視線を落としてその屈辱に耐えた。


「まあ姫、そう気を落とさず。ある意味あれですよ。奴の理性をぐらつかせたという意味では勝ちですよ。あの男、目が本気でしたから。」


 ロザリンドの体を事もなげに運びながら、散歩でもするような歩調で進むベリンダがなんてことは無いような調子でとんでもない事を言う。

 そんな彼女をじろりと睨み上げれば、彼女は器用に肩をすくめてみせた。

 あれが勝ちなのだとしたら、今この胸中を占める敗北感はなんだというのか。

 あんな無体を働かれて、少しでもときめいてしまった自分が悔しい。

 その憤りをどこにぶつけていいのかわからないまま、ロザリンドはベリンダの腕の中で揺られながら、拳を握りしめたのだった。

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