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24 警備

 アリィシャの警護をするルミールにとって、夜会もそうだったが、この園遊会も随分と暇なものだった。

 なにせ、さすがにこの衆人の前ではウルベルトも無茶なことはしないからである。

 あとは普通の警戒任務になるのだが、会場の警備はそれ専門の近衛が立っているので、ルミールが特にこれといってやることはない。

 楽しそうに歓談する人々を眺めながら、アリィシャより少しはなれた会場の隅で、彼がいうところの『突っ立っているだけの仕事』になるのである。


 仕事中なので飲み食いもできないし、まったくもって暇だな、と思いながらアリィシャとウルベルトに目をむけていると、後ろから人が近づいてくる気配を感じた。

 ちら、とそちらに目を向ければ、長身に金髪の、彼の友人がこちらへやってくる。

 彼は最近忙しそうにしていたので、何かエランにでも用事があるのかと思ったが、どうもその灰色の瞳はこちらを見ているようだ。

 ルミールが振り向いたのを見て、手をふってよこしている。


「ルミール殿。少し頼まれてくれませんか。」


「ええ?まあいいけど。リィシャの警護はどうするのさ。」


 近くに来てそんなことを言うクライムに、ルミールは首をかしげる。


「まあ、会場内は警備が多いですから少し離れても大丈夫でしょう。それより、ルミール殿にしかできない仕事がありますので。」


「そりゃまあたしかに。でも僕にしかできない仕事なんて無いと思うけど…。」


 今まさに、やることが無くて暇だと思っていたのである。

 アリィシャの横にはウルベルトもいるので、彼女の安全は心配ないだろうが、自分にしか出来ない仕事というのはルミールには心当たりがなかった。

 とは言え、特に否を唱える理由もなかったので、こっちに来てください、と手招きしてよこすクライムに、素直にしたがって会場を後にする。


 歩きながら、前方を行くクライムの金髪が揺れる頭を見上げる。

 彼のその動きは今日も礼儀作法の教科書のように完璧だが、ほんの少しだけ、その装いはくたびれて見えた。

 めずらしく、綺麗に整えられた金髪から、ひよっとアホ毛が飛び出している。

 どうも忙しいらしいので、彼は今日も朝早くから働いていたのだろう。


 会場を出て、大ホール横まで来たところで、クライムがこちらを振り返った。

 こちらを向き直った灰色の瞳を見上げ、彼が口を開くより早く、ルミールは気になったことを指摘する。


「おいクライム、お前珍しく髪の毛に寝癖がついてるぞ。最近忙しいのか?」


 言われて、クライムは眉をあげて自分の頭に手をやる。

 しかし鏡が無いような場所ではなおすに直せないだろう。

 彼の眉が下がり、ちょっと困ったようにこちらへ視線を投げてよこしてくる。


「あとで直せばいいよ。別に目立ちはしないからさ。」


「すみません。ありがとうございます。おっしゃるとおり少し忙しくて…。もう少し効率的に回せたら良いのですが、なにせまだ若輩者なもので。」


 ルミールが肩をすくめてみせると、クライムは頭から手をどけて苦笑した。

 それを見ながら、ルミールは懐をさぐる。


「まあ別に僕たちまだ19だしな。事実上若いんだから仕方がない。ほら、これやるよ。」


 手にのせて差し出したのは油紙に包まれた飴玉だ。

 任務中、お腹がすいた時などのために、ルミールはこういった小さなお菓子をよく持ち歩いていた。

 妹にもたまに渡すと喜ばれる。

 クライムは少し驚いたように灰色の瞳を瞬かせて、ルミールの手の中の物をまじまじと見つめた。


「甘いものは疲れにいいだろ?」


「ええ、まあ、そうですね。ではありがたく頂いておきます。」


 さっさと受け取らないクライムに、ルミールが首をかしげて飴玉の有用性について補足すると、クライムはすこしキョトン、とした顔をしたが、素直にルミールの華奢な手の中から飴玉を取り上げた。

 そしてそれを胸ポケットにしまいながら苦笑する。


「飴玉を持ち歩いていらっしゃるなんて、ルミール殿らしいですね。」


「…褒め言葉だよね?」


「もちろんですよ。さて、では用事について説明させていただいてもいいでしょうか?」


 何か含みがあるクライムの言葉に、ルミールが片眉をあげて見上げると、にっこりと笑んだ灰色の瞳に見返される。

 こいつ、こういう笑顔が主人に似てきたんじゃないかと思いながらも、ルミールは素直に頷いて彼に先を促した。


「園遊会の会場を見下ろす、二階の廊下ぞいの部屋はわかりますか?」


 クライムが、さきほどまでルミールがいた園遊会の会場の横に建つ建物を指さしてきいてくる。


「わかるけど、どの部屋?たくさんあるだろ。」


 一応、社交スペースの道はすべて頭に入っている。

 しかし二階の廊下沿いにある部屋は一部屋だけではない。

 頷きつつもそう問えば、クライムは何かポケットから取り出しながら答えた。


「すべての部屋です。そこで警備している近衛がいましたら、声をかけて一緒に警備をしてくださいますか。これを渡しますので、もし何かあれば知らせてください。」


 言われて手渡されたものを見ると、それは双子石だった。

 つまり、なにか騒ぎなどがあればこれで連絡しろということか。

 しかし警備の近衛が居たらというのはなんだかふんわりとした指示である。

 何か不測の事態でも起こっているのだろうか。

 そんな疑問の色をのせてクライムを見上げれば、彼は少し何か考えるようなそぶりをしたが、他に言うことは無かったのか「よろしくおねがいします。」と言ってまたどこかへ歩いていってしまった。


 まあ、ルミールが知らなくていいというなら聞かないほうがいいのだろう。

 王宮という場所は知って後悔するような情報の宝庫である。

 とりあえず、指示された任務を全うするか、とルミールは庭園横の建物の、二階へむかった。

 そこは普段は使われない客室や、歓談室が並ぶ廊下で、園遊会が開かれている今は本来であれば人は居ないだろう場所だった。


 一応、廊下に二人ほど近衛が立っており、こちらに気づくと、「ルミール殿、アリィシャ様はよろしいのですか?」と少し首をかしげて聞いてくる。

 それに、「はい、他の仕事です。」と答えながら、ルミールは廊下の端から順番に部屋の中を確認していった。


 何枚の扉をあけただろうか。廊下の中ほどの部屋の中に、一人の近衛が立っていた。

 彼は窓から庭を見ており、どうも園遊会の警戒をしているらしい。

「失礼します。」とルミールが声をかけて中に入れば、彼は少し驚いたような表情で振り返った。


「遅れて申し訳ありません。私もこちらの警戒を任されましたので、ご一緒します。」


 そう言って、ルミールが彼の横に立つと、なるほどここからは園遊会の会場が一望できる。

 楽しそうに歓談する人を眺めながら、ここから全体を見渡せということか、とルミールは納得した。

 見れば、アリィシャとウルベルトは相変わらず一緒にくっついているが、エランの横にロザリンドが居ない。

 そのかわりに、ウルフベリングの王女が彼の横で何か楽しげに会話をしている。

 ロザリンドに何かあったのだろうか、と彼女を会場の中に探していたルミールは、なんだか頭上に視線を感じて横の騎士を見上げた。

 彼は、窓の外ではなく、ルミールをまじまじと見つめていた。

 その顔を、ルミールも見返す。

 彼はたしか、第二部隊あたりに居た顔では無かっただろうか。

 短いダーティブロンドの髪に、青灰色の瞳をしている青年で、その顔は訝しげにこちらを見下ろしている。

 何か顔にでもついていただろうか、とルミールは顔を手でさすりながら、首をかしげた。


「すみません、私の顔に何かついていますか?」


 素直にそう聞くと、騎士はあわてたように視線をそらし、また窓に目を向ける。


「いえ。その、近衛に女性騎士は珍しいので、お名前はなんだったかと考えていただけです。」

「はあ?」


 ふざけた言葉に、思わず不機嫌な声をもらしてしまったルミールへ、騎士がまた驚いたように目をむける。


「あ、いえ、その、あなたが美しかったので…。」

「おいクライム、こいつなぐってもいいのか?」

「いいですよ。」


 双子石からきこえた友人の声に、ルミールはすっと目を細めると、目の前の騎士のみぞおちめがけて思いっきり拳を叩き込んだ。

 彼は何が起こったのかわからない、といった様子で床に倒れる。

 一発なぐったくらいでは収まらないが、あっけなく倒れてしまったので追撃をかけるにかけられない。

 仕方がなく、ルミールは握っていた拳をといて、倒れた男の懐をさぐった。

 そこに、双子石などの通信用の道具が無いことを確認してから息を吐く。


 まだ近衛に入ってすぐのルミールは他の騎士の顔を完全には覚えられていないが、彼の顔は近衛の者であれば全員が知っている。

 なにせ男であることも強調した上で、全員の前で紹介されたのである。

 自慢ではないが、その容姿と中身のギャップのおかげでルミールを一目見た後忘れるような者は居ない。

 にもかかわらずルミールを女だと勘違いする者はすなわち、偽の近衛だということである。


 思い立って、男の顔に手を当ててみた。

 あてた手が、見た目と反した感触を伝えてきてなんだかむずがゆい。

 どうやら、顔は幻術で変えられているようだ。

 そういえばこの顔は、先ほど園遊会の会場近くでも見たような気がする。

 人の姿を幻術で変える技術はあるにはあるが、髪や目の色を変えるだけならまだしも、誰かに顔を似せるとなると随分と手間と金がかかる技術である。塗り絵なら幼児でも出来るが、人そっくりの似顔絵を描こうと思ったら熟練の技術が要るのと同じ理由だ。

 それをこうやって使うということは、この男を雇った者は、随分と金持ちか、権力がある者なのだろう。

 なんだかきな臭くなってきたな、とため息が出る。


「クライム。こいつ通信用の道具は持っていないようだぞ。で、どういうことか説明してもらおうか…。」


「じゃあそのまま、三階もお願いできますか?ルミール殿を知らない騎士が居たらなぐって構いません。」


「おいまてクライム!僕はお前に言いたいことがあるぞ!」


 不機嫌なルミールの言葉には答えず、クライムからは次の指示が飛んでくる。

 この友人は、仕事を頼む時にルミールにしかできない仕事だと言ったのである。

 つまり、彼はルミールの容姿を餌に偽の近衛を釣り上げようという算段なのだ。


「不審な近衛がいるとわかっているなら名簿と名前を照らし合わせればいいだけだろ!なんで僕がこんなことしないといけないんだよ!」


「それだと時間がかかりすぎるので…。本当に、鮮やかなお手並みですね。直接拝見できないのが残念です。」


「直接見せてやるからこっちに来い!お前も殴る!」


「ええ、まあ、その憤りは侵入者のほうへお願いできますか?私ではいささか受け止めるのに命の危険を伴いますので。あ、彼等はそのへんを警備している近衛に渡して、取り調べ室に放り込んでおくように言っておいてください。それから、たぶん同じ顔の者が近衛の中にいますので、名前がわかったら教えていただけますか?」


「…お前だからさっき詳しい説明をしなかったんだな。覚えていろよ…。」


「そのようなことはもう忘れました。」


 さらっと先日自分が言った言葉を返され、ルミールはもっていた双子石を床に叩きつけ…かけてやめた。

 これ一つでも彼の三ヶ月分の給料くらいの値段がする石である。

 大変不本意ではあるが、任務だというのであれば仕方がない。


 ルミールは自分の倍ほどの体積がありそうな男を引きずって部屋から出ると、その様子に驚いたような顔をしている近衛にその男を引き渡して、クライムが指示したとおりの内容を伝えた。

 そしてその後、二階の残りの部屋と三階の部屋をまわり、似たような男を三人ほど捕縛したのである。

 後半に捕縛した男ほど、そのくたびれ具合がひどかったのは、自分の心の傷を思えば致し方なしであるとルミールは思ったのだった。

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