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番外 引き続き女子会

ここからは本当に女子会。

飛ばしても大丈夫です。

 ロザリンドがいつもの自信を取り戻したので、三人のお茶会はその後普通に世間話に突入した。


「ベリンダ様、これまで五年も外つ国へいらっしゃっていたのでしょう?どちらにまいりましたの?」


 アリィシャもロザリンドも所謂箱入りのご令嬢なので、海外はおろか、王都と自領以外の場所に足を踏み入れたことはあまりない。

 わくわくとした輝きを瞳に宿して返事を待つ二人に、ベリンダはにっこりと笑った。


「ええ、随分いろんな国をまわりましたよ。近場ですとエディンベニラ、ウルフベリングにマヌーク。ファイアンド共和国に遠くはジャメンニ公国にまで足を伸ばしましたね。」


「ジャメンニ公国まで行かれましたの!?海の向こうですわね!」


「ええ、かの国は刺すような日差しの暑い国でしてね。我が国とは服飾がまったく異なって面白かったです。女性は美しい文様が施された布を巻いて出歩くのですが、走ってはいけないらしくてですね、こう、しゃなりしゃなりと歩くんですよ。私は大股で歩いていくもので、男だとよく間違われました。」


「布を巻いて歩くの?落ちないのかしら…。」


「その布を止めるピン等も女性の装いの一つでね。なかなかに美しかったです。たぶん、布もピンも買って実家に送ったような気がしますので、いらっしゃればご覧に入れますよ。」


「まあ素敵!是非拝見いたしたいですわ!」


 装いとは、どの国のものであっても少女の心をひくものだ。

 未だ見ぬ大地を歩く婦人たちの様子を想像して、ロザリンドとアリィシャはほう、と息を吐いた。


「そういえば、ラフィル様とのご婚約は何時なのですの?婚約のお披露目には是非呼んでいただきたいわ。」


「まあ、姫をお呼びしないなんてことはまず無いでしょう。今回の任務で私が次家に帰ることになるのは使節団のみなさんがお帰りになってからなので、それ以降でしょうね。」


 言ってクッキーをぽりぽりと食べるベリンダに、ロザリンドは眉を寄せる。

 そういえばベリンダの任務を、エランが一日早めてしまったのを思い出したからである。


「まあ、ごめんなさいね…。すぐにでも婚約を結べればよろしかったのに…。」


「なに、あの男も五年も待ちましたから。一か月くらいはどうということはありません。」


「…お兄様、ベリンダ様が戻ってこないときいて頭を抱えていらっしゃったわよ?」


「ははは、帰ったら慰めてやらねばなりませんね!」


 朗らかに笑うベリンダを見ながら、アリィシャは兄のことを思う。

 帰って来ないなら帰って来ないで出来るところまでは全部進めておこうと働いていたので、兄も次こそはこの女性を逃がすつもりは無いのだろう。


「そういえば、ロザリンド嬢の初恋は我が婚約者予定殿だとお伺いしましたが…。」


「あら、お恥ずかしいですわ。そうなんですの。昔は家族以外だとフェリンド家の皆さまとしか顔をあわせなかったでしょう?だからよく遊んで下さっていたラフィル様に恋をしましたのよ。」


「その頃は笑いかけられてもムカつかなかったので?」


「……ええ、そのようなことはありませんでしたわ。わたくし、こういう性格でしょう?好きだと思ったその日に、ラフィル様にお嫁さんにしてくださいとお願いいたしましたの。」


「おや、積極的ですね!」


「ええ、そうしたら、ラフィル様が返事をする前にお父様が駆けこんでいらっしゃって!これ以上ウェジントンとフェリンドが結んでもなんの利益も無いからダメだ!と怒鳴りましたのよ。わたくしお父様には大層甘やかされていたものだから恐ろしくって!大泣きしたのを覚えておりますわ。」


「まあ、伯父様ならやるでしょうねえ…。」


「ほほう、それでは我が婚約者予定殿は返事をしなかったのですか!」


「そうねえ…覚えておりませんわ。小さな頃だったし、何か言っていただいたのかもしれないけれど、とにかくお父様が恐ろしかったことが鮮明ですわね。」


 ロザリンドの父のウェジントン侯爵は、大変明るく社交的な人物だが、とにかく娘を溺愛している。

 妻に先逝かれたこともあるのかもしれないが、長男から歳を離れて生まれた女の子が可愛くて仕方なかったらしい。

 そんな幼い娘が男への告白など彼には耐えられなかったに違いない。


 そういえば、ウルベルトが幼少の頃ウェジントン侯爵領の城に滞在していた時も、ロザリンドを決して彼の前に出さなかったといっていたな、とアリィシャは思い出す。

 もしそこで二人が出会っていたらアリィシャとウルベルトは……。

 いや、ないだろう。きっとウェジントン侯爵は第二王子相手でも同じことをするはずである。


「今はラフィル様は良いお兄様ですわ。うちは兄が無口すぎて相談に使えないことがあるでしょう?だからたまに頼りますの。ですのでご安心なさって。わたくし馬に蹴られたくはありませんわ。」


「姫に本気を出されたら蹴られるのは我が婚約者予定殿ですよ!まあしかし、あの男は姫でなくとも甘い顔をしてご令嬢をたぶらかすのが上手いですから。私は婚約したらしっかり見張る予定です。」


「べ、ベリンダ様…。お兄様はああ見えて、五年もお待ちだったの…。たしかにご令嬢の皆様と楽しくご歓談などはなさるけど、今まで一度も婚約者候補をつれていらっしゃったことは無いのよ。信じて差し上げて…。」


「どうだかなぁ。なにせ私がこんなだからね。やはりふわふわとした物も摘んでみたくなるものなのでは?」


 そう言いながら、ベリンダがマシュマロを取り上げてムニムニともんでみせる。


「ラフィル様はとても誠実な方ですわよ?大丈夫ですわ。ご令嬢が寄っていらっしゃるのは仕方がないとしても、きっとベリンダ様を裏切ったりはなさいませんわ。」


「ははは、そう言われると走って帰って奴を抱きしめたくなりますね!」


「まあごちそうさま。」


 ぽいっとマシュマロを口に入れるベリンダに、ロザリンドは嘆息してお茶を一口飲む。

 その様子を見ながら次はアリィシャが口を開いた。


「そういえばキースお兄様はどうなの?それこそ浮いた噂をお聞きしないのだけど…。」


「だめですわね。あれは全然だめですわ。一応お父様もご令嬢をご紹介なさってはいるようなのだけれど、あの仏頂面でしょう?ダンスを誘うとご令嬢に怯えられるんですのよ、情けないったら。少しだけでも笑いかけてやればよろしいのに。」


「キースお兄様は微笑むととっても素敵ですものね…。」


「顔の出来は良いのに難儀なもんですねー。」


 ロザリンドの兄のキースリンドは、次期侯爵であり、顔も悪くないのにとにかくモテない。

 その理由は、ウェジントン侯爵やロザリンドに似たキツめの目元の、涼しげな美貌でムスッと黙り込んだまま、無表情でいるからである。

 縁談を望む家は多くても、当人のご令嬢が尻込みしてしまうのだ。


「…アリィシャやベリンダ様のようなご令嬢がいらっしゃることを願うしかありませんわね。まあいざとなったら親戚から養子も取れるでしょうけど、面倒くさそうだから嫌ですわ。」


「ウェジントン侯爵家の跡目争いともなれば、血で血を洗う戦いになりそうですねえ!」


 何やら面白そうに言うベリンダの横で、アリィシャが顔を青くする。

 あまり貴族の裏の顔に触れたことのない少女には、恐ろしい話だったようである。

 そんな彼女の頭にぽんぽんと手を置きながら、幾分かベリンダが声を潜めた。


「ところで、ルミールはどうなんだ?あいつ、童貞くらいは捨てられたのか?」


「し、しりません、そんなこと!」


 とんでもないことを言い出すベリンダに、アリィシャの顔が青から一気に赤くなる。


「あいつもなぁ、顔はいいのになぁ。ちょっと方向性がなぁ…。」


「あんまり女として、横にいてほしくないお顔ですわよねえ…。」


 眉を下げ、残念そうに言うベリンダに、ロザリンドもため息をついて同意する。

 なんだか憐れな言われように、アリィシャは兄に同情したが、自分もエスコートを頼むのであればルミールよりもラフィルを選んでしまうので何も言えない。


「でも…。お父様もルミールお兄様と似たようなお顔だけれど、女には見えないから、お年を召したら少しは変わるのでは無いかしら…。」


「きいたことがあるぞ。セルジ殿は昔、エルフのようだと褒めそやされる美青年だったと!そうだなぁ、ルミールも今はまだ妖精から抜けきれていないが、もうちょっと成長したらエルフになるかな…?弓でも仕込んでおくか?」


「まあ、素敵ですわね。弓を操るエルフの戦士なんて、ファイアンドまで行かないと見れませんわよ?」


「お兄様なら弓もすぐにお上手になりそうですわね。」


 勝手なことを言いながら、キャッキャッと盛り上がっていたところで、部屋の扉が鋭く叩かれた。

 三人同時に顔を上げると、外からよく通るルミールの声がする。


「ご歓談中失礼します、ウルベルト殿下がおいでになられました。」


「ウルベルト殿下が!?」


 かけられた言葉に、アリィシャの顔がぱあっと明るくなる。

 淡い空色の瞳が輝き、さきほどまで真っ赤だった顔が、今は頬にうっすらと朱を残している。


「どうぞ、お入りになって。」


 ロザリンドが声をかけると、すっとドアが開いて、その向こうから鮮やかな赤い髪に金色の瞳の大柄な王子が顔を覗かせた。

 その胸めがけて、アリィシャが飛び込んでいき、今日のお茶会はお開きとなった。

 ベリンダは、ウルベルトとアリィシャを見張ろうと部屋に入るルミールに代わって扉の外へ向かう。

 そしてその途中、すれ違ったところでそっとルミールに聞いた。


「おい、聞こえてたか?」


 ベリンダの言葉に、ルミールは少し小首をかしげて淡い草原色の瞳で彼女のヘーゼルの瞳を覗き込んだ。


「いえ、後宮の部屋は壁が厚いですから…。何か連絡事項が?」


「そうか、ならいい。」


 どうやら乙女の秘密は守られていたようだと嘆息し、ベリンダは部屋を出て前の廊下に目を向ける作業に戻ったのだった。

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