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14 女子会

 アリィシャが後宮の部屋に入って数日後。

 この日、ロザリンドの後宮の部屋のティーテーブルには、ロザリンドとアリィシャ、そしてベリンダが座っていた。

 ティーテーブルの上には侍女のアネッサが入れてくれた紅茶が少女らしい花柄のティーカップの中で湯気を上げてそれぞれの前に置かれており、真ん中にはお茶菓子も用意されている。

 ベリンダが室内にいるので、ルミールは扉の前に立って警備中だ。

 侍女たちも今は部屋を下がっており、この室内には、女三人だけである。


「…わたくし今日は相談があるのですけれど…。」


 他の二人の顔を交互に見てから、ロザリンドが神妙な顔で切り出す。

 ロザリンドがこのように曇った顔をするのは珍しいことである。

 アリィシャはお茶を一口のみ、心配そうに首をかしげて先を促した。

 その横で、ベリンダはお茶菓子をほおばりながら目をぱちくりさせている。


「少し再確認しなくてはいけないと思っていることがあって。エラン様のことなのだけれど。」

「王太子殿下の?」

「惚気話ですか?」


 アリィシャはともかくとして、ベリンダの言葉にロザリンドはぐっとつまった。

 持っていた扇子がぎりっと音をさせて軋む。

 しかしここで引き下がるわけにはいかない。深く息を吐きだし、二人を見つめる。


「わたくし最近思うのですけれど、エラン様はわたくしのこと……お好きなんじゃないのかしら?」

「王太子殿下が?」

「惚気話ですか?」

「違いますわよ!わたくし真面目なんですの!ちゃんときいてくださる!?」


 再度同じことを聞き返すベリンダに、ロザリンドは扇子をバンバンとテーブルにたたきつけて抗議した。

 己の顔が赤い自覚はある。馬鹿馬鹿しい質問だとロザリンドもわかってはいるのだ。

 ロザリンドの抗議に、ベリンダはさして悪びれる様子もなく、ははは、と笑って得意げに胸を張る。


「申し訳ない。まあそういうことでしたら、人生の先輩の私にお任せください。それで?一応確認しますけどなんだってそんなこと言い始めたんです?」


 すました顔できいてくるベリンダに、ロザリンドは扇子で口元を隠した。

 ものすごく不本意ではあるが、たしかに彼女は人生の先輩である。

 しかもここ最近、彼女はずっとロザリンドに付き従っていて、エランとのやりとりをすべて把握している。

 だからこそロザリンドも今日は彼女に同席してもらったのだ。


「わたくし、エラン様に初対面で我ながら酷い対応をしたものだから、彼がわたくしのまわりをウロチョロとなさるのはその腹いせに、わたくしに嫌がらせをしているんだと思っておりましたの。」

「酷い対応?どんな?」

「えーっと、こんなとこまで年端もいかない少女に会いに来るなんてロリコンなんですの?とかなんかそのような感じだったと思うわ。」

「まあ殿下と姫は7歳差ですからね?言われても仕方がないですね?」


 大方あってはいるが、随分端的にまとめられたアリィシャの説明に、ロザリンドは訂正を入れるべきか若干迷った。

 しかし結局言っていることには変わりが無いという結論に達してそのまま話を続けることにする。


「去年一年、エラン様が夜会でわたくしに付きまとっていらっしゃった時はそりゃあもう、胡散臭い笑顔をしていらっしゃったし、仰る内容も白々しくって!とても信じる気になれませんでしたのよ。」


「ははぁ。」


「でも…わたくし散々アリィシャを鈍いと申しましたでしょう?だから自分でも人の好意に鈍感でいるのはどうかと思って先入観をとりあえず避けて考えてみましたの。そうすると王宮に上がってからここ最近エラン様から向けられる態度や表情はどうにも……嘘では無いものが混じっているように思うんですの。」


「まってローザ。私あなたの口から鈍いって言われたこと無かったような気がするのだけれど、そんなこと思っていたの。」


「直接は言わなかったけれど、わたくし何度も間接的に忠告いたしましたわよ。」


 抗議の声を上げるアリィシャに、扇子の後ろからジト目で告げれば、彼女はうっと唸って視線をそらした。


「それで、わたくしとしてはあの狸が開華祭で高笑ってやったことへの腹いせにわたくしをからかっているという線もおおいに捨てきれないのだけれど……。わたくしだけで断じるよりは客観的な意見をいただけたらと思いましたの。」


 話終えてお茶を一口飲む。

 後宮で出されるお茶は、どれも王室で使っているもので、本日のお茶も大変美味しい。

 その温かさに心を落ち着け、二人の判定を聞く覚悟を決めたロザリンドが、どのように思うか、と視線で問うと、アリィシャは少し考えるように口に手をあて、ベリンダは楽しそうな瞳で一つ頷くとにっこり笑った。


「なるほど、だいたいわかりました。で、結論から言うと殿下は姫のことを愛していらっしゃると思いますよ。さすがに嫌がらせで瓦からお守りになったりはしないでしょう!」


「私はよくわからないわ…。あまりお話させていただいたことが無いのですもの。でもたしか、開華祭の後にお会いした時に、『真面目に愛を請うている』とおっしゃっていた気がするわ。」


「……。」


 やはりそうか。

 自分でも薄々は感じてはいたが、どうも戦況を見誤っていたらしい。

 ロザリンドは自分の過去の浅慮を思って、ため息をついた。

 そういうことであれば、いろいろと説明がつくことも多い。

 そして、それに対する自分の対応のあれやこれやそれを考えると頭を抱えたい気分になる。

 もうこのまま寝室に引っ込んで過去の自分を脳内でひっぱたきながら布団の中に潜り込みたい。

 最初の一手をかけ違えたばっかりに、いろいろと、間違ってしまった。


「王太子ともなれば、あまり弱みを見せてはならないお立場でしょう。だから夜会では笑顔が胡散臭くなるのでは?彼が自分で気づいているかはわかりませんがね。居城ではいささか、油断があるのでしょうね。それが姫の心を揺らすのだから面白いものです。」


「私にはその笑顔の違いはわからないわ…。ベリンダ様はおわかりになるの?」


「いえ、私もよくは…。いつも甘ったるい顔だなぁと思って拝見してますからね。」


 難しい顔で問うアリィシャに答えながら、ベリンダはまた茶菓子を口にする。

 彼女は今日の茶菓子の中でもジャムが載ったクッキーが大層気に入ったらしい。


「困りましたわ。わたくし使節団の皆さまとの交流会を乗り切れるかしら。」


「姫は王太子殿下のことをお嫌いなので?」


 相変わらず直球で聞いてくるベリンダに、ロザリンドは胡乱な瞳を向け、そしてすぐに視線をそらした。

 なんだか彼女のまっすぐな瞳は見ていられない。


「……これを申し上げるのはわたくし、とっても不本意なのですけれど……。」


 自分の答えを頭の中で探しながら、扇子をもった手に自然と力が入る。

 その様子を、アリィシャとベリンダがキラキラした乙女の瞳で見つめているのが気配でわかる。

 できれば自分もそちら側へまわりたい。


「正直…今のところ…わからないですわ。」


「わからない!?そんなことあるんですか!?」


 信じられない!というベリンダの言葉が、容赦なくロザリンドにストレートパンチを食らわせる。

 その威力に、ロザリンドはよろけてたまらずティーテーブルに突っ伏した。

 自分でも惚けたことを言っているという自覚はある。


「だって…開華祭で告白頂いた直後はあの狸、さっさと皮でも剥がされて出荷されればいいと思っていましたのよ!あの態度が嫌がらせだと思っていたのですもの!でもその根底を覆されたらどうしようも無いじゃありませんの!なんなんですのあの狸!煮付けて食べたと思ったら横で人に化けているとか一体どういうことですの!!さっさと狸に戻って山にでも野にでも帰ればよろしいのに!!」


 本当信じられない!と自分にも叫びながら言うロザリンドに、アリィシャはポカン、と口をあけ、ベリンダはもう一枚クッキーを手に取る。

 このように取り乱した親友を見るのは、アリィシャにとっては初めての体験だった。


「つ、つまりどういうこと?ローザは王太子殿下のこと、好き…かもしれないと思っているの?」

「アリィシャ嬢、私が思うに、姫はたぶん、奴の顔はお好みですよ。笑いかけられるとこう、ぐらっときてますから。」


 クッキーを使ってグラッのジェスチャーを交えながら、勝手なことを言い始めるベリンダを、キッとロザリンドが睨み上げると彼女はにこっと爽やかな笑顔を返して来た。

 なんだかその笑顔がムカつく。

 この女騎士は本当に、野生の勘というか、物事をまっすぐ見てまっすぐ伝えてくるからやっかいである。

 ロザリンドはつっぷしていた顔を上げ、乱れた髪を後ろに流し居住まいを正した。


「エラン様は仕事がお出来になるし、大変優秀な方だと思いますわ。わたくし、そういうところは最初から評価しておりますの。ただ…彼の求婚に頷くということは王太子妃になるということでしょう。軽々しくは頷けませんわ。」


「そんなこと言って姫、園遊会の準備をそれは楽しそうに進めてらっしゃるじゃないですか。私が思うに姫は活躍の場が多ければ多い程輝く方だと思いますよ。」


 ねえ?とアリィシャに同意を求めるベリンダに、アリィシャがたしかに…と頷く。

 本当に、この女騎士はやっかいである。


 今までロザリンドがエランに抱いていた気持ちは、その大前提に彼が自分のことを好きではないという文言が入るのだ。

 それが間違いで、白々しいと腹をたてたあの言葉も、馬鹿にされていると怒ったあの告白も、真実だった上に、彼を遠ざける一番の理由を潰されてしまっては、向けられる気持ちに面と向かって対峙しなくてはいけなくなるではないか。


「それにしても…あの狸は去年の拝華祭から先わたくしにつきまとって他の選択肢をつぶしてまわるわ、アリィシャを人質にとってエスコートをねじ込んでくるわ、人の好きな少女小説をどこできいてきたんだか目の前で朗読をはじめるわ!小賢しいったら無いですわ!わたくしそういうところはよく思っておりません!」


 アメジストの瞳に怒りを宿して、ロザリンドがエランの悪行をその白く繊細な指を折って数える。

 細い指が折られる度に、ロザリンドの眉間のシワが深くなり、アメジスト色の瞳が燃え、白い頬が赤く色づいた。


「少女小説はともかくとして、まっすぐ行くと逃げられると思ったのでしょうなぁ。あ、その小説後で貸してください。」


「逃げたりなんかいたしませんわよ!正面から振って差し上げましたわ!」


「いやだからそれですって。」


 首を振るベリンダに、ロザリンドはぐぬぬ、と詰まる。

 ロザリンドは、エランの人柄に関係なく王太子妃にはなりたくないと常々思っていた。

 だからこそ、幼少の頃、エランとの初対面で無礼を承知で先制パンチをしかけたのである。

 社交界デビューしてから先もろくに会話もしないで追い払っていたし、その状態であの胡散臭い笑顔で婚約を申し込まれたとしても蹴っただろう。いや、実際蹴った。

 王命があれば従う心づもりでは居たが、先日の開華祭での自分の所業を思うと若干自信が持てない。


「とにかく…!あの小賢しいところはわたくし、看過できないので性格の不一致なのでは無いかと…」


「まあ、姫。男なんてものはあれですよ。姫のような方ともなれば胸の中に飛び込んで好きですとでも微笑んでやればこう、コロッと。」

「ああ…コロッと…。」


 手首にスナップをきかせて、コロッを再現するベリンダに、アリィシャは兄の顔を思い出したのか遠い目をする。


「あなた話をきいていらっしゃいましたの!?だからまだお慕いしているかわからないと言っているでしょう!」


「いやそんな顔で言われても…。」


「わたくしそんなにちょろい女ではありませんわ!」


 半月ちょっとであの狸相手に陥落されるなんてありえない!と言うロザリンドに、アリィシャとベリンダは顔を見合わせる。


「だいたいにして!…わたくし、いままで恋というものを体験した回数が少なくて…よくわからないので教えてほしいのですけれど、恋とは愛を囁かれてイラっとくるものですの?幸せな気分になるものじゃございませんの?なんだかあの甘ったるい笑顔を向けられると、意地でも頷きたくなくなるのだけれど…。ちょっと話が違いませんこと?」

「ああ…。」

「まあ…。」


 ロザリンドが、今一番疑問に思っていることを口にすると、アリィシャもベリンダもなんだか残念な子を見る目でこちらを見つめてきた。

 その視線を受けるのは大変不本意なのだが、若干自分でも迷走していることを自覚していたロザリンドは、扇子の後ろに顔をかくしてぐっと我慢する。


「まあ…あれですね。姫は気高くていらっしゃるので。あの男に掌の上で転がされるのは我慢ならないのでしょう。難儀なものですね。」


「私、ちょっとどうしてよいものかわからないわ…。」


 相変わらず的を得たことを言ってくるベリンダの横で、アリィシャはなんだか途方に暮れたような顔をする。

 ロザリンドはもうベリンダに反論する気力も失せて力なく椅子にもたれた。


 そう、実際、王宮でエランの近くで暮らしてみるとよくわかる。彼は仕事ができ、こちらをよく気遣ってくれ、認めたくないが顔も良い。

 若干腹黒いところは見受けられるが、王太子ともなれば逆にそれは必要なことだ。あとは胡散臭い笑顔にさえ目をつぶれば、完璧な王太子なのである。

 だからこそ、そんな彼の前で顔を赤くして狼狽えてみっともない姿を晒すのは耐えられない。

 あのすべてお見通しだと言わんばかりの余裕な顔が腹立たしい。


 去年一年向けられた言葉は嫌がらせだと思っていたからこそ心置きなく両断できたのだ。

 最近はなんかもう、あの蜂蜜色の瞳が偽りでは無いかもしれないと思うといたたまれず、その目を見ると、化かされて醜態を晒しそうで、まともに顔も見れていなかったのに。

 そこに来て先日のあの事故である。ちゃんと目を見て彼に物申した自分を褒めてやりたい。


 だいたいにして、スタートが悪かった。

 あんなことを言って彼を追い返した手前、今更どんな顔をして恋などすれば良いというのか。

 というかなんであんなスタートで彼の中で恋がはじまったのか。本当にそこが一番わからない。恋心を察しろというほうが無理である。やはり変態なのだろうか。

 とにもかくにも、ロザリンドのプライドが、思いっきり気持ちにブレーキをかけてその先に踏み込むのを許さないのである。

 嫌がらせだったのであれば終わりがあるが、エランが本気なのだとしたら、あの男はロザリンドが頷くまで諦めない予感がして頭が痛い。


「恐ろしいですわ…。どうしますの、わたくし使節団の皆さまを前にエラン様の露払いをしないといけませんのよ。他国の皆さまの前で仲睦まじい様子を見せなくてはなりませんのよ。あの甘ったるいのをあしらってはいけませんのよ!?どうやって勝てばよろしいの!!」


 恋人役などとうそぶきながら、本気で口説いてくる相手に、演技とは言え頷かなくてはいけなくなるのだ。

 自分は何を心の支えに彼と対峙すれば良いのだろう。

 目をそらし、鼻で笑うことも許されないなんて!正気を保っていられるのだろうか。


「ははは、そんなの決まっていますよ姫。」


 ぷるぷると震えるロザリンドに、ベリンダが朗らかに笑う。

 その言葉に一縷の望みをかけて、ロザリンドは目を上げた。


「逆に奴を陥落して、あの余裕しゃくしゃくな甘ったるい顔を狼狽させてやればよろしいのですよ。姫の魅力で落とした上でちょろい男だと高笑ってやるのです。」


 そうしたらたぶん気が済むでしょう?と爽やかに笑う女騎士に、ロザリンドは椅子に預けていた体を起こした。

 あの余裕な笑顔で愛を囁いてくるエランの顔が、羞恥で赤く染まるのを想像して扇子の裏に隠した口が我知らずにほころぶ。


「そう…そうですわね。あの狸、今度こそ真っ赤に煮付けてやればよろしいのですわね!」


「その通りです!それでこそ完全勝利です!恋は惚れさせた者勝ちですよ!」


 アメジストの瞳に輝きを戻し、頬を染めて戦意に燃えるロザリンドに、ベリンダが手を叩いて称賛を贈る。

 そんな盛り上がる二人の横で、アリィシャは『もうすでに王太子殿下はロザリンドのことお好きなんじゃなかったかしら…』とは思ったが、たぶん問題はそこでは無いので黙ってうなずくことに決めた。

 経緯はどうあれ、親友が幸せになれるのであれば問題ないか、と思ったのである。

ちょろい。

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