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12 お茶の時間

「まあロザリンド、よく来てくださったわ。暑くないかしら?こちらの日陰が涼しくてよ。」


 お茶の時間になり、中庭にいるという王妃を訪ねたロザリンドを、彼女は大変うれしそうな顔で出迎えた。

 花に囲まれた東屋にはお茶の準備がしており、夏の暑い日差しの中だというのにその中に入ると涼しい風が頬をなでる。


「王妃殿下、本日はご招待頂き大変ありがとうございます。」


 本来、先に自分がご挨拶すべきところをあっという間に王妃に先を越されて、ロザリンドは内心慌てながら礼をした。

 そんな様子に、王妃はエランそっくりの柔和な笑みで頷く。


「ごめんなさいね、あなたがいらっしゃって、嬉しくて不作法をしてしまいましたわ。さあどうぞお座りになって。今丁度この辺で冷風を送るための術式の試験運用をしているのですって。わたくしたちはその被験者というわけよ。」


 そう言いながら王妃が細かいレース編みのような模様のテーブルの横に置かれた同じ柄の椅子を勧める。

 給仕に椅子を引いてもらいそこに座ると、王妃も着席し、お茶が運ばれてきた。


「寒くはないかしら?なんでも風の強さの調整が難しいのですって。遠慮せずに本当のことをおっしゃってくださったら技術者の方の参考になりますわ。」


「そうですわね…。先ほどまで動いておりましたので、今は丁度良いですわ。もし寒くなりましたらご報告いたします。」


 今よりさらに暑い時期に開催されるだろう使節団との交流会のために、王宮では冷却用の大きな術を敷くとゲイルが言っていたのを思い出す。

 きっとこれはそれの準備なのだろう。

 こういったことにはロザリンドはあまり詳しくないが、なかなか繊細な仕事なのだとはきいたことがある。


「今日はね、ウルフベリングから取り寄せたお菓子を用意させたのよ。こちらがドライフルーツを使ったケーキで、こちらはなんだか不思議な餡が入っているの。お芋を使っているとお聞きしたのだけど、ごめんなさい、不勉強で詳しくはわからないわ。でも美味しくてよ。あちらの国はクリーム等を使うよりは、こういった焼き菓子が多いみたい。」


 三段になったケーキスタンドに飾られた、落ち着いた色合いのケーキを指しながら、王妃が熱心に説明をしてくれるのを、ロザリンドは興味深く聞いた。

 竜王国ではクリームに色などをつけて華やかな菓子が好まれることが多いが、ウルフベリングのものは素朴な焼き色がついた、秋色のお菓子が多い。

 焼かれたフルーツがキラキラとしていて、色鮮やかではなくてもなんだかとても華やかだ。


「まあ、素敵ですわね。私ウルフベリングのお菓子は初めてですわ。飾られている果物も知らないものもあるようですわね。この実はなんの実なのかしら?」


「これは……たしかブドウのような実だったはずよ。でも房では無く一つずつ実がつくのよ。いかが?」


「まあ、本当。ブドウのような味がいたしますわ。でもそれよりも少し酸味が強いみたい。とても美味しいですわ。」


 給仕が皿にとってくれた焼き菓子を口に入れると、ブドウのような深い甘さと酸味のある果物の味が口に広がり、それをさっくりと焼かれた生地が受け止める。

 あまり砂糖を使ってないのか、生地は甘すぎずサクサクとした触感が楽しく、果物の香りを邪魔しない。


「うふふ、気に入っていただけて嬉しいわ。そういえばロザリンド、お部屋のほうは気に入っていただけたかしら?私があなたの年頃だった頃なんて、もうずっと昔でしょう?今のお嬢さんにお気に召していただけるか少しばかり不安だわ。」


 異国のお菓子を興味津々で見つめていたロザリンドに、王妃が微笑んで尋ねる。

 ロザリンドは今日目覚めた部屋を思い出し、口元をほころばせた。


「とっても素敵なお部屋でしたわ。わたくしのために王妃様自ら選んでいただけるなんて本当に光栄です。うふふ、王妃様は今でも16歳の心をお持ちですのね。」


「まあ本当?ありがとう。わたくしもまだまだ若い方に負けないかしらね。最近はどういった物が流行っているの?ロザリンドはいつも素敵な装いをしていらっしゃるから是非あなたから聞きたいわ。」


 そうして、今流行りの小物やドレスの話など、少女たちが興じる話題をロザリンドが話すのを、王妃は楽しそうに耳を傾けた。

 たまにロザリンドの父親であるウェジントン侯爵が、王妃様はすこしばかり気さくすぎるところがあって困ることがある、という話をしていたが、たしかに彼女はどこか少女のような無邪気さがある。

 しかしそんな態度でも、常に所作が大変美しいので、王妃として見劣りしない。

 優雅な指先の動きひとつとっても見習いたいものだと、ロザリンドは話しながら王妃を眺めた。


 一杯目のお茶が空になり、給仕が新たにお茶をカップに注いでくれた頃、王妃は持っていた扇子を口にあて、少し視線を宙にさまよわせてからロザリンドをじっと見つめた。

 ロザリンドが首をかしげると、王妃は少し身を乗り出して話を切り出す。


「それで、エランとは仲良くやっているのかしら?あの子少しひねくれたところがあるでしょう?でもね、根は良い子なのよ。母のひいき目もあるかもしれないけれど、おすすめ物件よ。」


 王太子を物件扱いする王妃に、ロザリンドは浮かべた笑顔を崩さないよう努めるのに少しばかり苦労した。

 エランの面影のある顔で言われるには少々、いたたまれない話である。

 そんなロザリンドを王妃はまじまじと見つめ、そしてその綺麗な眉を片方持ち上げた。


「やだわ、あの子ったらまだ苦戦しているのね。」


 完璧に取り繕ったはずの表情を読まれ、ロザリンドは内心狼狽する。

 さすがにこのように気さくにふるまっていても、沢山の人に囲まれて生活している王妃には通用しなかったらしい。


「まあ…そんな…。で……エラン様はとてもよくしてくださっておりますわ。立派な方ですもの。きっと今に素敵なご令嬢の心を射止めて王妃様の前にお連れするかと存じます。」


「あら…。あらあら!まあ、そう!」


 うっかりエランを殿下と呼びそうになったのを訂正して、ロザリンドは改めて淑女の笑顔を顔に張りなおす。

 その顔をじっと見つめていた王妃は、不満気に寄せていた眉を上げその銀色の瞳を輝かせた。

 エランによく似たその眩しいほどの笑顔に、思わずロザリンドは小さくのけぞる。


「うふふ、そうね。お嫁さんが素敵なご令嬢だったらわたくし、とっても嬉しいですわ。やはり母として、応援してやらねばならないわね?」


「え、ええ。王妃様に応援していただけたら、エラン様にとっても大変心強いと思いますわ。」


「そう思われる?うふふ。いやだわわたくし、16歳の心がうずいてきたみたい。やはり恋とは素敵なものね。」


「まあ、王妃様は国王陛下と大変仲睦まじくていらっしゃいますもの。いつでも恋をなさっているのではないのですか?」


「あら、ロザリンド。わたくしの惚気話をお聞きになるつもり?」


「わたくし、まだあまり恋をしたことがございませんの。是非お聞きしたいですわ。」


「うふふ、そうねえ…。」


 話がそれたことにほっとしながら、王妃が頬を染めて話す国王との話を、ロザリンドはなんだか少女小説を読むような気持できいた。

 人の恋の話を聞くと、自分も体験してみたいと思うものである。

 ロザリンドは初恋以来、エランの邪魔や、おかしな趣味の男たちのせいで恋と呼べる感情に出会っていない。

 幼い頃の霞んだ思い出の中のその感情がどんなものだったのか、随分曖昧になってきていた。

 そもそも、あの気持ちが恋だったのかも今では確信が持てない。

 それでもなんだかふわふわとして、幸せなものだったように思う。

 物語の中や人の話の中で聞く知識として知っていても、それが今の自分の身にもふりかかる様はなんだか想像ができない。

 ふと、頬を染め、瞳を輝かせて話す王妃の顔が、今日の朝見たエランのものと重なった。

 去年、夜会で見た彼の笑顔は随分と胡散臭いばかりだったのに、今日の彼の顔はそれとはいささか、違って見えた。

 あの顔は、今恋しい人のことを話す彼の母親の顔によく似ている。

 そんなことを考えていたロザリンドの前で、ひとしきりしゃべって満足したのか、王妃がところで、と話を切り替えた。


「ロザリンド、実はわたくし、あなたにお願いがございますの。お話をきいてくださる?」


「まあ、王妃様がわたくしに?」


 居仕舞いを正し、エランそっくりの柔和な笑みで微笑む王妃にロザリンドは首をかしげた。

 今日は何かとお願いごとをされる日である。


「ええ。実はね、ウルフベリングの使節団がいらっしゃる日程の中日にこのお庭で園遊会をいたしますの。それで、その準備をあなたにも手伝っていただきたいのよ。」


「まあ…。」


 ロザリンドは思いのほかの大役に、アメジストの瞳を瞠って王妃の笑顔を見つめた。

 王室主催の園遊会となると、その指揮を執るのは王妃の役目だ。

 招待客の選別から、当日の人員配備、料理の選定に飾り付けのチェックまで、やることは大変多い。

 もちろん、細々としたことは下のメイド頭や文官たちが行うのだが、すべての最終確認は王妃の仕事である。


「あなたにやっていただきたいのは、会場のセッティングですの。お話を聞く限り、とても素敵な趣味でいらっしゃるもの。きっと素晴らしい物ができてよ。」


「わたくしでお役に立てますかしら…。」


「ええ、勿論。ウェジントン侯爵家には今女主人がいらっしゃらないから、夜会を主催なさる時はあなたが指揮を執っていらっしゃるとお聞きしておりますわ。だからわたくし、なんの心配もしておりませんの。」


「まあ、それは祖母の助力もあってのことですわ。」


 ロザリンドの母は彼女がまだ6歳の頃に亡くなっており、それからのウェジントン侯爵家での夜会は主に祖母のレディ・リディアが担当していた。

 ロザリンドは社交界デビューしてから、今後はあなたができるようになりなさいと少しずつ祖母の手伝いからはじめて最終的にはすべて自分で指示できるようにはなっていたが、侯爵家と王家のそれでは規模がまったく違う。


「うふふ、別に人に力を借りてはいけないとは言っておりませんわ。こういうことは助け合いが肝心よ。ねえ、ロザリンド。ぜひわたくしを助けてくださらない?」


 ね?とかわいく首をかしげてみせる王妃に、ロザリンドは思案した。

 王室主催の園遊会ともなれば、一般の貴族の家のそれよりもずっと規模は大きくなる。

 しかも今回は海外のお客様を迎えての会なのだ。

 何か手落ちがあれば両国の友好に影を落としかねない大役である。

 でも、だからこそやりがいがある。

 自分の力でどこまでできるのか、これだけ大きな舞台なら余すところなく試すことが出来るだろう。

 独りよがりにならず、祖母にも相談することが出来るなら、大きな失敗も防げるのでは無いだろうか。

 こんな機会でなければ体験できない、大きな仕事である。


「わかりましたわ王妃様。不詳の身ながら、わたくし、精いっぱい務めさせていただきます。」


「さすがロザリンドね!あなたならそう言ってくださると思ったわ。是非、力みすぎずに楽しんで取り組んでちょうだい。」


 大きな挑戦を前に頬を染め、大きく頷いたロザリンドに、王妃は満足げに頷いて、それは美しい笑顔で微笑んだのである。

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