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第八話 シャーウッド子爵

『久しいな、婿殿。エリーゼと代わってくれないか?』


「はい、わかりました。エリーゼ、ホーエンハイム枢機卿からだよ」


「お祖父様、どうかなさいましたか?」





 屋敷で食事をとっていたら、携帯魔導通信機に着信があった。

 すぐに出るとホーエンハイム枢機卿からで、彼はエリーゼに用事があるみたいだ。


「お久しぶりです。お祖父様……はい……はい……あの方がですか? 私を指名……わかりました……」


 エリーゼは携帯魔導通信機でホーエンハイム枢機卿と話を始めたが、徐々に『嫌だなぁ……』といった感じの表情を浮かべ始めた。

 なにか、嫌なお願いでもされたのであろうか?


「わかりました。ヴェンデリン様にもお伝えしておきます」


 エリーゼは話を終えると、俺に事情を説明し始める。


「あなた、王都に連れて行ってもらいたいのですが……」


「いいけど、ホーエンハイム枢機卿に面倒なことでも頼まれた?」


「そうですね、面倒なことだと思います」


 面倒なことか……。

 それもホーエンハイム枢機卿からだから、なにか教会絡みの面倒なことというわけか。

 

「性質の悪いアンデッドの浄化とか?」


「正解です。あなたは、『シャーウッド子爵』については……ご存じのはずありませんよね?」


「知らないなぁ……」


 シャーウッド子爵か……。

 聞いたことがあるような……ないような……。

 この世界だと、そんなに珍しい家名ではないような気がする。


「エリーゼ、ヴェルに大して関りのない貴族の名前を覚えろって方が無理よ」


「酷いなぁ、イーナは」


 まあ、イーナの言うとおり覚える気はサラサラないが。

 俺の脳の容量は、もっと別のことに使うべきなんだ。

 人に無理難題吹っかけてきそうな、駄目貴族の名前なんて無理に覚えてもなぁ……。


「エリーゼ、シャーウッド子爵ってどんな人なの?」


「百年ほど前に病気で亡くなった方です」


 エリーゼは、ルイーゼの問いに答えた。


「百年前に死んだってことは、その人アンデッドなの?」


「ルイーゼ、それはないんじゃないの? アンデッドならとっくに教会かエリーゼか浄化しているはずよ」


「でも、イーナちゃん。百年前に死んだ人がどんな用事?」


「慰霊祭とか? きっと、もの凄い偉人なのよ」


「いいえ、そんな偉い人ではありません。特に功績もないですね」


 エリーゼは、イーナの推論を真っ向から否定した。

 

「それで、どんな人なんだ? エリーゼ」


 エルも興味が出てきたのか、シャーウッド子爵がどんな人かエリーゼに尋ねた。


「シャーウッド子爵はですね……教会はあまり話したがらないのですが、知っている人は知っているので、機密というほどでもないのですが……」 


 エリーゼの話によると、シャーウッド子爵は王都に住む法衣貴族であった。

 特に悪い貴族でもなく、有能だったり歴史に残る功績を挙げたわけでもない。

 家督を継いだ彼は、役人勤めを無難にこなしていたが、ある日突然病で急死してしまったそうだ。


「どこにでもいそうな貴族のおっさんなわけだ」


「確か、享年は三十二歳。死因は心臓の病だと聞いています」


 平成日本でもたまにあるけど、若い人の心臓がいきなり止まって突然死してしまった。

 生前不健康な生活を送っていたり、持病があったわけでもなかったらしく、当時の人々は彼の死に驚いたというわけだ。

 いわゆる『突然死』ってやつだな。


「そういう人ってたまにいるよね」


 ご愁傷様としか言いようがない。

 こういう不幸は阻止しようがないからな。

 本人は至って健康だったみたいだから、普段の生活に気をつけていればよかった、というのも合っていないような気がする。


 過去に死んだ人に対し、どうこう言っても意味がないか。

 もう死んでしまっているのだから。


「問題は、シャーウッド子爵が亡くなられたあとのことです。彼の魂がアンデッドと化してしまったのです」


「ふーーーん。若くしていきなり死んだから、この世に未練があったのかね?」


 エルの考えでほぼ正解であろう。

 それと、突然死んだから本人に死んだという自覚がなかったのかもしれない。

 自分は生きていると勘違いし、レイスとして活動を開始してしまったとか?


「家で普通に生活しようとしたり、職場に出勤しようとしたりしたそうです。当然迷惑なので、当時の『浄化』が使える神官が天国に送りました。ところが……」


 ここから、シャーウッド子爵の特殊性が問題となる。


「普通、浄化した霊はこの世に戻ってきません。天国で次に生まれ変わるための修行を行うからです」


 修行か。

 エリーゼは言い切るな。

 教会の教義だから、彼女にも疑いを挟む余地はないのか。

 それに間違っているとも思えないし、地球だと輪廻転生って感じか?


「例外は、師匠の時のような『英霊召喚』か、極稀にいる一部降霊術のみか」


「降霊術は、あくまでも術者の体を借りてあの世に死者が言葉を発するのみです。霊体が浄化後、現世に姿を見せることはあり得ないのです」


「でも、そのシャーウッド子爵は例外なのよね?」


「はい、何度浄化しても定期的にこの世に戻ってきてしまうのです」


 イーナの質問に対し、エリーゼが答えた。

 

「教会としては、彼が定期的にこの世に戻ってくることを、できるだけ秘密にしておきたいというわけです。無理なのですが……」


 教会の信用問題に関わるからな。

 一度浄化を終えたはずのアンデッドが、あの世から戻ってくるなんて。

 浄化に成功していないじゃないかって話になるわけだ。

 教会の信用にも関わるので、なるべく口外したくないわけか。


「ほぼ三年に一度、この世に戻ってきてしまうので、教会が対処するのです。私も浄化を担当したことがありまして、お祖父様は私に協力してほしいと」


「そうなのか。あれ? でも……」


 俺がエリーゼと出会ってから、消えないアンデッドの浄化なんてしたことあったかな?


「私が最後にシャーウッド子爵を浄化したのは、あなたと出会う三ヵ月ほど前でした。それ以降は私も忙しいかったので、他の方が浄化していたはずです」


 浄化しても浄化しても、たまにこの世に舞い戻ってしまうのか。

 とんでもない例外がいたものだが、いつの世にも例外は存在するものである。


「浄化は他の人でもできるのよね? どうして今になってまたエリーゼが浄化するの?」


「確かに変だな」


 イーナの言うとおりだ。

 他の人が浄化できるのなら、無理にエリーゼがやらなくてもいいはず。

 現に十二歳以降、エリーゼはシャーウッド子爵の浄化をしていないのだから。


「それが、指名があったそうで」


「指名? 誰が? ホーエンハイム枢機卿が?」


「いえ、シャーウッド子爵がです」


 アンデッドが、浄化してほしい人を指名?

 ちょっと意味がわからない。


「アンデッドですが、シャーウッド子爵は見た目は生きている人間のようで普通に話せますし、別に暴れたりもしませんので。本人が言うには、たまにこの世に戻ってきて、この世の様子を他の死者や神様にお伝えしているのだそうです」


 神様に頼まれた?

 そんなことが本当にあるのか?


「本人がそう言っていますし、定期的にこの世に戻ってくる死者なんて、古い教会の記録にも残っていないのです」


 シャーウッド子爵は、例外中の例外というわけか。

 実際にそうなのだから、完全に否定するのは難しい。

 もしかして、あの世の師匠もシャーウッド子爵にこの世の様子の話を聞いたりしているのであろうか?

 神様は、自分でこの世界を見ればいいような気もするが……。


「行ってみればわかるか。エリーゼ、行こうか?」


「お願いします」


 以上のような経緯があり、俺とエリーゼは『瞬間移動』で王都へと向かうのであった。







「お祖父様、お久しぶりです」


「おおっ。すまないな、エリーゼ。婿殿も。こんな用事でなければ、フリードリヒを連れて来てもらったのだが……」


 ホーエンハイム枢機卿は、教会本部の執務室で俺とエリーゼを出迎えてくれた。

 普段なら屋敷で会うことが多いのだが、シャーウッド子爵とやらのアンデッドは教会本部の一室に匿われているので、俺たちはここに呼ばれたというわけだ。


「エリーゼを指名ですか」


「シャーウッド子爵も男だからな。変な男性魔法使いに浄化されるよりも、若い女性に浄化されたいのであろう」


「なるほど」


 とは言いつつも、『気持ちはわかるが、人の可愛い孫娘をそういう目で見やがって!』と、ホーエンハイム枢機卿は不機嫌な表情を隠しもしなかった。


「他の人に浄化を任せないのですか?」


「それなんだが、婿殿。シャーウッド子爵は特殊でな」


 ホーエンハイム枢機卿によると、シャーウッド子爵は浄化する前に色々とやらなければいけないことがあるそうだ。


「やらなければいけないこと?」


「いきなり浄化すると、三日もするとこの世に舞い戻ってしまうのだ。奴の願いをかなえてから浄化せねばならないというわけだ」


「面倒な奴」


「そうだな。面倒だが、三日に一度戻って来られると余計に面倒なので、奴の願いをかなえるしかないというわけだ」


 死者が願いをかなえてほしいと頼み、生者がそれを実行する。

 テレビの心霊特集で見たことがあるような気もしたが、そちらの死者は願いをかなえてあげると二度と現世に戻って来なかったからな。

 シャーウッド子爵は、図々しい奴かもしれない。


「ここで話ばかりしていても仕方がない。シャーウッド子爵と会わせよう」


 そういうと、ホーエンハイム枢機卿は俺たちをあまり人気のない奥の部屋へと案内した。

 

「この部屋は?」


「教会にはこういう普段は使わない部屋があり、ここならシャーウッド子爵を置いておいても問題ないわけだ」


 ホーエンハイム枢機卿がその部屋のドアを開けると、そこには三十歳前後に見える若い男性貴族がいた。

 一見すると、アンデッドには見えない。

 普通に生きている人に見えてしまう。

 レイスなのに、レイスとは違う存在に見えてしまうのだ。


「エリーゼさん、お久しぶり」


 そして、死者とは思えない流暢な、馴れ馴れしい口調でエリーゼに声をかけた。

 普通に喋れる死者って時点で、シャーウッド子爵はかなり特殊な例といえる。


「お久しぶりです、シャーウッド子爵」


 エリーゼはいつものように笑顔で挨拶をしていたが、夫である俺にはわかる。

 どうも彼女は、このシャーウッド子爵が好きではないみたいだ。


「本当だね。綺麗になって。結婚して子供が生まれたんだっけ? だからおっぱいが余計に大きくなったんだね。初めて出会った時から大きかったけど、今はもっと大きいね。残念だなぁ。私がアンデッドじゃなければ、一回くらい揉んでみたかったのに」


「……」


 そして、恐ろしいほどのセクハラ野郎であった。

 これは酷い。

 もし俺が勤めていた商社なら、すぐに処分されてしまうであろう。

 エリーゼが会いたくないのは理解できる。


「少しは遠慮したらどうだ?」


「そういう配慮は、死んだ時にしないって決めたから」


 ホーエンハイム枢機卿からの苦言も、シャーウッド子爵にはまったく効果がなかった。

 なるほど。

 生前は普通の人だったのに、死んでから遠慮がなくなった。

 生きている時なら教会の有力者であるホーエンハイム枢機卿を敵に回そうとは思わないが、死ねば関係ないわけだ。

 いわゆる『死後デビュー』ってやつだな。


「あれ? この冴えない男は?」


「エリーゼの婿殿だ」


 シャーウッド子爵が俺を誰かと尋ね、ホーエンハイム枢機卿が短く答えた。

 それにしても、人を冴えない男扱いしやがって。

 自分だって、どこにでもいそうな冴えない風貌をしている癖に。


「エリーゼさん、こんな地味な奴と結婚したの? お祖父さんに強要された?」


「ヴェンデリン様は、とても優しい旦那様ですから」


「優しいだけの男って駄目だよ」


 こいつ、本当にムカつくな。

 堂々とエリーゼにセクハラをかまし、挙句に人を冴えない奴扱いとは……。

 段々と腹が立ってきたので、俺は無意識に魔法を放っていた。


「うぎゃーーー! 熱い!」


 最近『聖光』を改良して、指先からビーム光線のように発射できるようにした。

 これなら、ちょっと離れた位置にいるアンデッドの狙撃に有効だと思って開発したのだが、使い勝手はいいようだな。

 俺の『聖光』に包まれ、シャーウッド子爵は地面を転がりながら絶叫していた。


「あなた」


「婿殿」


「ああ、消してはいませんよ」


 ただそのまま消すと、三日ほどで戻って来てしまうと聞いていたからな。

 シャーウッド子爵が消えない程度に、威力はかなり抑えてある。


「いきなり酷いな! 君は!」


「お前ほど酷くないけどな」


 こいつに気を使うのは面倒なので、俺は最初から高圧的に接した。

 人に害を成す悪霊というわけではないから、攻撃はしてこないはずだ。


「まあいい。エリーゼさんに浄化してもらう前に、ちょっと社会見学だね。なにしろ三年ぶりだからね」


「社会見学?」


「ああ、シャーウッド子爵はあの世にいる死者のリクエストで、この世にある楽しいもの、新しいものを経験するのだそうだ」


 それを果たしてからでなければ、シャーウッド子爵は浄化してもすぐに戻ってきてしまうわけだな。


「どういう意図で私が選ばれたのかは知らないけど、神様の指名でね。こうやって下界に降りてお遣いをするのも、私の修行なのさ」


 シャーウッド子爵は決められた回数、この世に来て天国にいる死者の願いを叶えることが修行となり、次の生まれ変わりに必要な徳を積むことになるのだと、俺たちに説明した。


「私が最初にそういう修行を神様から命じられたんだけど、あと五十回くらいやればいいみたいだね」


 五十回くらいって……かなり適当だな。

 あと百五十年くらいはかかるというわけか。


「冒険者の仕事と同じようなものさ。ある金額を稼ぐのに、ある魔物だと三匹、別の魔物だと十匹みたいな」


 シャーウッド子爵の要求が難しければ難しいほど、叶えてあげると彼は高い徳を積める。

 予定よりも少ない回数で、この修行が終わることもあるというわけか。


「私は若くして死んだからね。親よりも先に死ぬって、かなりの悪徳みたいだね。他の若死にした人たちもあの世で苦労して徳を積んでいるよ。神様も、子供とかには配慮するみたいだけどね」


「とにかく、俺たちはシャーウッド子爵の願いを叶えればいいのか」


「そういうこと」


「婿殿、頼む」


「わかりました」


 教会からの依頼は断りづらい。

 俺はホーエンハイム枢機卿からの依頼で、シャーウッド子爵を連れて外に出かけたのであった。







「そんな理由で俺もかよ。それにしても、幽霊には見えないよな」


「エルヴィン君だったかな。触ってみれば一目瞭然」


「本当にすり抜けるぞ」


「俺も参加かよ」


「某は退屈だったので構わないのである!」






 王都にある飲食店が集中するエリアを、俺、エル、ブランタークさん、導師、そしてシャーウッド子爵で歩いていた。

 彼の最初の要求は、『とりあえず飯と酒』という至極単純なものだったからだ。


「飲み食いすればいいのか?」


「そうですよ。死者は飲み食いする機会が少ないので、そういう要求が多いのですよ。生まれ変われば飲み食いできますけど、人によっては修行の期間が長くなりますので。生まれ変わると、前世の記憶がないので関係ないか」


 ブランタークさんの問いに、シャーウッド子爵は淀みなく答えた。


「機会が少ない? ゼロじゃねえのか?」


「ほら、墓前へのお供えがあるじゃないですか」


 墓前に供えた食べ物は死者が飲み食いしてなくなるわけではないが、ちゃんと供えれば死者も飲み食いできるそうだ。


「飲み食いしなくても死者は死なないですけど、なんのお供えもしてもらっていない死者は不憫ですよ。逆に、お供えが多い人は楽しそうですね」


 死者になっても、お供えの量でそこまで差がつくとは……。

 俺の場合、師匠へは命日くらいにしかお供えしていないけど、これって全然足りないのかな?


「年に一度なら十分でしょう。ゼロの人の方が圧倒的に多数なんですから。そういう方々のお願いで、私は飲食するわけです。おっと、ここがいいですね」


 シャーウッド子爵が指名したのは、アルテリオさんが経営している居酒屋であった。

 高級レストランとかではなく、料理の種類が豊富な居酒屋というのが、貴族なのに庶民的というか……。


「私の願いではなく、あの世の方々の願いなので。ここ数年、色々と酒に合う新しい料理が色々と出てきたそうで」


「それは、バウマイスター辺境伯の成果である!」


「へえそうなんですか」


 シャーウッド子爵は、俺に感心したような視線を向けた。

 確かに、俺は日本の味を再現しようとこれまで努力を重ねた結果、食にはうるさいバウマイスター辺境伯という評価を得ていたからな。


「では、入るのである!」


 導師を先頭に居酒屋に入り、面子が面子なので店員さんから奥のテーブルに案内してもらった。


「酒なのである!」


「あの……導師の飲み食いしたいものじゃないですよ」


「それはシャーウッド子爵が勝手に頼むである! 某たちも空きっ腹は嫌である!」


 エルが誰よりも先に注文しようとした導師を窘めたが、本人にはまったく効果がなかった。

 それに、時刻はちょうどお昼時。

 酒はともかく、なにか食べる物がほしいのは確かであった。


「俺もエールをジョッキで!」


 ブランタークさんも合法的な理由で昼間から酒が飲めると、大喜びで酒を注文していた。

 

「ヴェル、いいのかね?」


「いいんじゃないの」


 なにしろ、あのホーエンハイム枢機卿からの依頼だからな。

 ローデリヒも文句は言えないだろう。


「俺もエールを」


「じゃあ、俺も」


 結局、シャーウッド子爵の分も含めて酒を頼み、他にも焼き鳥とか、モツ煮込みとか、唐揚げとか、フライドポテトとか、他にも沢山料理を注文した。

 テーブルの上には多くの料理が並んだ。


「そういえば、幽霊って食べられるのか?」


「厳密に言うと食べていませんが、味はわかるしお腹も膨らみますから」


 シャーウッド子爵は、自分の前に並んだ酒や料理には一切手を触れていなかった。

 元々幽霊だから食べ物が持てないという話は別にして、それでもとても満足した表情を浮かべていた。


「この唐揚げという料理は、特に美味しいですね」


 食べられないが、味はわかるし、大量にあればお腹も膨れるそうだ。

 食べ物の魂でも食べているのかね?


「ぷはぁーーー! 昼から飲む酒は美味いな!」


「最高の贅沢なのである!」


「(なあ、ヴェル。この二人を呼んだ意味あるのか?)」


 シャーウッド子爵に対する最初の印象がアレだったので、それを中和しようと呼んでみたんだが、意味なかったな。

 男だけでいると、シャーウッド子爵もそんなに嫌な奴ってわけでもなかった。

 むしろ、ブランタークさんと導師にサボる口実を与えてしまったような……。


「まあいいや。この仕事は教会の依頼だから」

 

 ブライヒレーダー辺境伯も、陛下も、導師の部下たちも文句を言えないはず。

 なにしろ、教会の力は大きいからな。


「それもそうだな。ぷはぁーーー! 昼間から飲む酒は美味いな」


「駄目人間最高!」


 普段はバウマイスター辺境伯としてスケジュールを完全に管理されているし、食事も美味しいけど、栄養のバランスとか、食べ過ぎないようにとか、色々と管理されているからな。

 エリーゼたちが作ってくれるものも楽しみだけど、たまにはこういう外食も楽しいものだ。

 アルコール、塩分、脂、カロリー過多で生活習慣病が気になるけど、普段はちゃんと管理されているのだから、たまにはいいよね。


「モツ煮込み、塩辛いけどうめえ! これを蒸留酒で流し込むと最高!」


「唐揚げお代りなのである!」


「酒、追加で!」


「これ美味そうだな。これもください」


 昼間からの飲み食いでシャーウッド子爵も満足したようだが、俺たちも結構楽しんでいた。

 エリーゼにセクハラかます奴だが、隔離してしまえばそう悪い奴でもないな。

 

「次は?」


「最近、亡くなった方からのお願いでして、その方は一度でもいいからカジノに行ってみたかったそうです」


「カジノかぁ……」


 俺もあるのは知っていたけど、実は行ったことがなかったんだよな。

 ちょうどいい機会だ。

 なにも理由がないのに行くとエリーゼたちから叱られそうなので、シャーウッド子爵という大義名分最高というやつである。

 教会の権威バンザイだな。


「シャーウッド子爵を浄化しないといけないので仕方がないな」


「そんなことを言って。ヴェルは興味あったんだろう?」


「エルこそ」


「どうせ俺の金じゃないからな」


 そう、今回シャーウッド子爵の浄化にかかる費用は、すべて教会負担であった。

 そうでなければ、俺はこんな仕事を引き受けないし、ローデリヒからホーエンハイム枢機卿に苦情が入ることは確実だからだ。


「ビックリするほど負けなければ大丈夫だろう」


「バウマイスター辺境伯、入るのである!」


 導師を先頭に、歓楽街の端にあるカジノに入った。

 彼はここに何度か来たことがあるようで、迷わず俺たちを案内している。

 それにしても、昼間から営業しているカジノかぁ……。

 しかも結構客がいて、なるほどギャンブルで身を持ち崩す人間が多い理由が理解できた。


「なんかさぁ。レーアの親父さんがここでボロ負けして、十年以上小遣いゼロだったらしいぜ」


「あの子の親父さん、一体いくら負けたんだよ」


 エルの奥さんであるメイドのレーア、ちょっと空気読めないでたまにドミニクから拳骨落とされているけど、金銭面はしっかりしているように見えるんだがな。

 親と子は別というわけか。

 いわゆる、反面教師ってやつかな?


「ドミニクの親父さんと酒を飲んで気が大きくなっていたみたい。気がついたら大負けで、家族に白い目で見られたとか」


「あんなに真面目なドミニクのねぇ……」


 さすがエリーゼの幼馴染というか、ドミニクは真面目な人なんだが、その父親が博打で大負けしていたなんて意外だな。

 

「エルヴィン、辺境伯様。こういうものは、決められた金額を賭けて負けたら潔く帰るのが大切なんだよ」


「なるほど」


 ブランタークさんは、たまにこういうところに来てスマートに遊んで帰る印象があるな。

 なにしろ、チョイ悪オヤジだからな。


「私は賭けられないので、後ろで見ていますね」


 シャーウッド子爵、見ているだけで義務を果たしたことになるなんて楽でいいな。

 逆に、もしギャンブルが好きだったとしたら、自分でできないのは辛いかもしれないけど。


「今のところ、ちょいプラスだな」


 さて、俺はなにで遊ぼうかと迷っていると、エルは低額で遊べるスロット台を一人で回していた。

 この世界のカジノにもスロットがあるのかと感心していたのだが、魔道具ならそんなに不思議でもないか。

 それにしても、一回に十セントずつとはセコイ賭け方である。

 エル自身はちょっとプラスで喜んでいるようだが、彼を見ているシャーウッド子爵がつまらなそうな顔をしているので、きっと駄目なのだと思う。


「エル、どうせ教会が出すんだからもっと高額のスロットで遊べよ」


「いくら教会が出してくれるとはいえ、というか逆に出してくれるから怖いんだよ。高額の請求をしたら、すげえ睨まれそう」


「それはないだろう」


 いくら浄化しても成仏しないで数年に一度姿を見せるシャーウッド子爵は、教会からすればあまり世間に知られたくない存在である。

 そんな彼が成仏できるよう、俺たちはこうやって彼のお願いを聞いているのだ。

 経費は全額払うと言っていたし、そんなに気にすることはないと思う。


「見ろよ、ブランタークさんと導師を」


「あの二人は逆に、遠慮の欠片もないな」


 どうせ教会が出す金だと、ブランタークさんは高額のポーカー勝負を、導師はスロットでとんでもない金額を賭けていた。


「自分の金じゃないからって……いいよな。あの二人はそういうのが気にらならないで」


 ブランタークさんは年の功で、導師は生まれつき教会の都合なんて気にするような人間じゃないのだと思う。

 一度に数百セント単位で賭けていた。

 収支は一進一退を繰り返しているようだ。


「辺境伯様、エルヴィン。こういう時はそんなことは気にしないで堂々と賭けた方が勝てるんだよ。レイズだ!」


「……」


 ここで、ブランタークさんに大きなチャンスが訪れたようだ。

 彼は自信あり気な態度を隠さずに掛け金を大幅に上げ、ディーラーの顔が少し歪んだように見える。

 表情の変化を他人に悟られるなんて、まだ未熟なディーラーなのかもしれない。


「レイズします」


 ディーラーがブランタークさんとの勝負続行を宣言し、捨てたカードと同じ枚数をドローするが、それを見た瞬間に顔を歪ませた。

 どうやら、あまりいい役にならなかったようだ。


「ツーペアです」


「俺はフルハウスだ!」


 ブランタークさんは、この勝負で一気に五万セント以上のチップを手に入れた。


「まだまだ行くぜ!」


 負けても教会の負担というのが逆にいいのかもしれない。

 ブランタークさんは大胆に勝負を続け、順調に勝ち金額を増やしていた。

 まさに、流れに乗っているというやつである。


「某も負けないのである!」


 導師も、高額のスロットでコインを湯水のように使って収支をプラスにしていた。

 一回に数万セント負けているのだが、導師はメンタルが異常に強いので気にせずスロットマシーンにコインを入れ続けている。

 自分の金じゃないってのも大きいようだ。


「真似できないよな」


 俺とエルは、低額での勝負をやめなかった。

 二人とも、生まれつき貧乏性だからであろう。

 ただ、シャーウッド子爵はそれが気に入らなかったようだ。


「エリーゼさんの夫にしてはセコイ賭け方ですね。どうせ教会が負担するのだから、ここは一気に賭けましょうよ。導師とブランターク殿を見てくださいよ」


 二人は年の功というか、元々メンタルが強いからこそ、いくら負けても教会が負担してくれるとはいえ気にしないで大金を賭け続けられる。

 俺は元々小心者なので、ギャンブルで一度に数万セントなんて怖くて賭けられないのだ。


「ギャンブルには勢いというものがあります。導師とブランターク殿はそれに乗っているところです。これにバウマイスター辺境伯も乗ればいけますよ」


「導師が?」


「ほら」


 シャーウッド子爵に言われて導師を見ると、彼はちょうどスロットでスリーセブンを揃えたところであった。

 これまでの負け分が一気になくなるどころか、スロットマシーンから尽きぬのではないかと思うほどコインが払い出されていた。


「すげえ!」


 数十万セントマイナスから、一気に数百万セントはプラスになったはず。

 なにしろ、賭けていた金額が桁違いだったからな。


「ほら、バウマイスター辺境伯のお仲間には流れがきているではないですか。次はあなたですよ」


「そうかな?」


 実際に、ブランタークさんと導師にツキがきているのを見てしまうと、次第にシャーウッド子爵の言っていることが正しいような気がしてきた。


「おいおい、ヴェル。似合わないことはやめとけって」


「一度だけだ」


 そう。

 これは前世から続く、常に安全策を取ろうとする俺を変える第一歩なのだ。

 確かに危険を避けていけば常に安全ではあるが、それでは思わぬ成果や利益を手にできない……この世界に来てから、色々と滅多にない事象に巻き込まれまくっているような気もするが、それは切り抜けられたのでセーフだし、俺が自ら選んだものではないので除外だ。


 今が、リスクを考えず前に出る大きなチャンスということなのだ。

 シャーウッド子爵の存在は、天が俺に与えたチャンスなのかもしれない。

 

 自ら行動して、大きな成果を手に入れるのだ!


「俺は止めたからな」


「はははっ、まずは運試しでルーレットだ。俺は『赤』に全額賭けるぞ!」


 俺は、百万セント分のチップをルーレットの赤に置いた。

 ほぼ五十パーセントの確率で、俺は二百万セントを手に入れられる。

 確率ほぼ五十パーセントなので、ブランタークさんや導師よりも分は悪くない勝負だ。


「いける! 今の俺ならいける!」


「そうかな?」


「エル、余計な口を挟むなよ。運気が逃げるから」


「運気なんて、そんな曖昧なものを……」


 エルがグチグチとうるさいが、今の俺なら大丈夫。

 決意した俺は、百万セント分のチップを赤に全額賭けた。


「それでは行きます!」


 ディーラーが、ルーレット版にボールを投入する。

 

「赤だ! 赤だ!」


 ルーレットの淵を回るボールを注視しながら、俺は内心自分の勝利を確信していた。


「ブランタークさんも導師もツキがきていた。俺もきっと」


 そう。

 俺はこの勝負にきっと勝てるはずだ。


「(勝った金でなにをしようかな? こういうギャンブルで勝ったあぶく銭はパーーーっと使った方がいいって聞くからな。おっ、ボールが止まるぞ)」


 スピードの落ちたボールがルーレット上の数字の上を移動し始めた。

 赤い数字の上に止まれば俺の勝ちだ。


「(半々の勝負なら、これまで様々なレアで滅多にないアクシデントを引き続けた俺ならいける! 勝ったらなにをしようかな?)」


 俺が勝利を確信したその瞬間、ボールはある数字の上で停止したのであった。








「……おかしい。こんなことがあってはいけないはずなんだ……」


「だから忠告したのに……」


「これまで、俺は『こんなことがどうして?』みたいなアクシデントや事件ばかり引いてきたというのに、なぜ確率が約半分の赤が引けないんだよ?」


「そういう悪運の強さがあるからこそ、00のところにボールが止まったとも言えるな」


「うがぁーーー!」






 運気の流れを掴み、ルーレットでの勝利を確信した俺であったが、その確信はすぐに絶望へと変化した。

 ルーレットで、赤か黒かを当てられる確率は約半分。

 この世界のルーレットには、色がない0と00があるので、これを入れると正確には五十パーセントの勝率とは言えないが、0と00になんて滅多に止まらないので無視していた。

 ところが、ボールが止まったのは00であり、ここに賭けた人はいなかったのでチップはすべてディーラーが没収してしまった。


 俺は、一世一代の勝負で百万セントを摩ってしまったのだ。


 ブランタークさんと導師は大幅なプラスだというのに。

 俺は、己の不運を嘆くしかできなかった。


「一回の勝負で百万セントも摩るなんて、さすがは辺境伯様だな」


「ブランタークさん、それって褒め言葉じゃないので」


 自分はポーカーでバカづきして大勝ちしたからって……。


「左様、初のカジノでここまで負けられることこそ、大物の証なのである」


 しかも、厳密に言うと俺の金じゃないし。

 導師だって、そうだから大金を賭けたはずなのに。


「これでいいのですよ」


 とここで、これまで静かに俺たちがカジノで遊んでいる様子を見ていたシャーウッド子爵が話しかけてきた。


「カジノで大勝ちするのも、大負けするのも。私からすれば、大変素晴らしい供養の素材というわけです。エルヴィン君みたいに、セコセコ小勝ちした様子を天国の人たちに話してもつまらないですからね」


 なるほど。

 せっかくのカジノなので、華麗に大勝した話は楽しく、逆に大負けした話も刺激的で楽しいお話というわけか。


 エルみたいに、セコセコ賭けてちょっと勝った話を死者にしてもつまらないと。


「なぜか俺が批判されている?」


「賭け方がセコイとつまらないからだろう。自分の金で賭ける時には、財布との相談があるからそれでいいかもしないが、今回は教会の依頼だ」


 シャーウッド子爵が満足するかが肝要で、どうせ負けても負担は教会なので堂々と大金を賭けるのが正解だったというわけか。


「バウマイスター辺境伯の負け額も、某たちの勝ちで補填できたのである! 問題ないのである!」


 それどころか、大幅なプラスだからな。

 特に導師、高額でスロット滅多に出ない777を何回か出し、実は俺の負け分を差し引いても数百万セント以上もプラスだったのだから。

 

「軍資金は十分なのである! シャーウッド子爵、次はどこに行くのである?」


「それでしたら、これもとある死者のお願いでして。こんなお店があるとかで……」


 カジノに続き、シャーウッド子爵の希望で俺たちはさらに別の場所に移動するのであった。






「いらっしゃいませぇーーー」


「奥のVIPルームを頼む」


「ありがとうございまぁーーーす!」






 次に向かったのは、王都のとある一角にある歓楽街の中にある店舗であった。

 ブランタークさんの案内でとある店に入ると、若く綺麗な女性が沢山出迎えてくれた。

 言わずともわかる、綺麗な女性と楽しくお喋りしながらお酒を飲むお店であった。

 さらに、このお店の女性たちは全員がバニースーツを着ていた。


 バニースーツは、俺が現代風メイド服を開発したついでにデザインし、それが爆発的にその手のお店に広がったものであった。

 このお店自体は、ブランタークさんが結婚前によく通っていたそうだ。

 だからであろう。

 彼がVIPルームに案内してくれと言うと、お店のバニースーツ姿の女性たちは快く店の奥に通してくれた。


「ブランターク様、お久しぶりですね」


「すまんな。結婚して娘が生まれたら遠ざかった」


「もう。すぐに若い子に夢中になるんだから」


「確かに、うちの娘は若いな」


 さすがは、チョイ悪オヤジ。

 ブランクをものともせず、店の女の子と楽しそうに会話を始めた。


 俺は、こういうお店ではどうしていいのかよくわからない。

 まさに地蔵状態である。

 

「あら、シャーウッド子爵様じゃないですか。三年ぶりですね」


「前も来てたのかよ!」


 シャーウッド子爵がこの店の女の子たちに顔を覚えられていた事実を知り、驚くと同時に教会の隠ぺい策の無意味さを悟ったわけだが。


「店の女の子の服装が、今のこの、刺激的なものになる前に何度か来たことがあるのです。この手のお店の話を聞きたがる死者は多いのですよ」


 死んでも、人間の欲望は不滅というわけか。

 まさか、師匠がリクエストしたとかはないよな?


「シャーウッド子爵のことって秘密なんじゃあ……」


「大丈夫、このお店の子たちは口が堅いから」


 エルの疑問に、ブランタークさんが答えた。

 この手のお店には貴族も通うし、女の子たちは客と大人のおつき合いをすることも多い。

 外部の人間に、『私は今、○○男爵と大人のつき合いをしている』などと軽々しく漏らされると困るので、そこはお店の教育で口を堅くさせているわけだ。


 当然その分、お金はかかる仕組みなのだが。


「ほほう、これは刺激的な衣装ですね」


「辺境伯様のデザインだけどな」


「へえ、あなたが」


 シャーウッド子爵は、バニースーツをデザインしたことになっている俺に珍しく感心しているようだ。

 本当は、別の世界のアイデアをパクッただけなのだけど。


「ブランターク様、今日は凄い方々ばかりですね」


「だろう」


 ブランタークさんは、顔見知りの女性と楽しそうに話をしていた。

 ちょっと他の女の子たちよりも年齢が上だが、もの凄く美人な人だ。

 もしかして、ブランタークさんの愛人とか?


「ブランタークさん、奥さんに叱られますよ」


「このアンポンタン!」


「痛っ!」


 なぜか内心そう思っていた俺ではなく、余計な一言を口走ったエルに拳骨を落としていたけど。

 

「俺はこの店の常連だが、彼女とはそういう関係じゃないよ。もしそうでも隠す理由がないな」


 さすがは、チョイ悪オヤジ。

 遊びもスマートにというわけか。


「バウマイスター辺境伯様、これからもこのお店をご贔屓に願います」


「バウマイスター辺境伯様は、魔法も凄いのに、服までデザインできるんですね」


「バウマイスター辺境伯様考案の食べ物も美味しいですよね。よくお店に行きますよ」


 そして俺は、お店の女の子たちの中でも特に綺麗どころに囲まれていた。

 綺麗で、気遣いもでき、バニースーツ姿の女の子たちに囲まれて褒められると気分がいいな。

 大金を出して通う連中の気持ちがよくわかった。


 考えてみたら、今日の面子の中では俺が一番の大物なのか。

 

「エルヴィン様は、今や飛ぶ鳥落とす勢いのバウマイスター辺境伯家の家臣なんですか。凄いですね」


「今度、王都に用事がある時、隠れ観光スポットを案内しますね。だから、是非連絡先を」


「それはいいかも」


 悲しいかな。

 女の子たちに囲まれてチヤホヤされているエルを見ると、やっぱり男って単純だよなと思ってしまう。

 人のことは言えないけど。

 エルはバウマイスター辺境伯家の家臣だが、その財力は王都にいる下手な法衣貴族よりも遥かに上である。


 女の子たちは、どうにかエルの愛人になれないかなと狙っているわけだ。

 地方で財力のある大貴族の重臣というのは、領主の代わりに定期的に王都に報告に上がることが多い。

 王都に来た時だけ関係を持つだけで結構なお手当てが貰えるので、夜の女性たちの間では人気があるのだと、前にブランタークさんから聞いたことがあった。


「導師様、いつ見ても筋肉が凄ぉーーーい」


「触っていいですか?」


「優しく頼むのである!」


「あははっ、導師様、面白ろぉーーーい」


 そして導師だが、この人は見た目に反してかなり女性にモテる。

 やはり店の女の子たちに囲まれ、楽しそうに話をしていた。


「シャーウッド子爵様、また三年後ですか?」


「そうなると思うけど、今度は君たち。どんな格好になるんだろうね」


「バウマイスター辺境伯様がデザインした、布地の部分が少ない水着があるって聞いたので、それかもしれません」


「三年後が楽しみだね」


 シャーウッド子爵も、テーブルの前の酒は減っていないが、話すことは普通にできるので、店の女の子と今の王都で流行しているものなどを聞いていた。

 楽しい時間はあっという間にすぎていき、もうすぐ日付が変わろうかという時間まで、俺たちはお酒とバニースーツ姿の綺麗な女の子たちとも会話を楽しんだのであった。







「いやあ、堪能しましたね。では、そろそろエリーゼさんによる浄化を……」






 美味しい食べ物とお酒、刺激的なギャンブル、最後に綺麗な女の子たちとの楽しいひと時。

 シャーウッド子爵は十分に楽しんだと、俺たちに語った。

 あとは教会本部に戻り、エリーゼに浄化してもらえば終わりのはず……だったのだが、ここで意外な人物が異議を唱えた。


「シャーウッド子爵、本当にこれで満足なのであるか?」


「ええ、もう十分に堪能しましとも。頼まれた死者の方々にいいお土産が……「本当にそうなのであるか?」」


「えっ? どういうことでしょうか?」


 シャーウッド子爵は、あくまでも天国にいる死者たちの願いを叶えるため、三年に一度この世に降りてきている。

 彼らのリクエストを叶えれば、あとは浄化であの世に戻るだけのはずが、なぜかそれに導師が異議を唱えたのだ。


「本当に、お主はそれで満足なのであるか?」


「(ブランタークさん、これはどういう?)」


「(金が惜しくなったな……)」


「(金って、カジノで大勝した金ですよね?)」


「(ああ、その金だ)」


 そういえば、シャーウッド子爵を満足させるのにかかった経費は教会が負担する。

 もしカジノで大負けしたとしても、シャーウッド子爵の成仏に必要ならば、教会はとてつもない大金でも負担しなければいけなかった。


「(ところがだ。俺も導師も大勝したじゃないか。辺境伯様の大負け分を相殺して余りあるほどに)」


 このプラス分だが、筋としては教会に返さなければいけない。

 そうでなければ、俺たちが負担した経費を返してもらえないからだ。

 『じゃあ、請求しなければいい』という意見もあるだろうが、請求しなければ教会もおかしいと思うはず。

 教会は厳格なところなので、会計処理の誤魔化しは利かない。

 それに俺たちのカジノでの収支なんて、教会がその気になればすぐに調べられるからだ。


「(ヴェル、導師はなにを考えているんだ?)」


「(簡単な話だ……)」


 経費は教会持ちという条件でシャーウッド子爵を遊びに連れて行ったが、カジノで大幅にプラスになってしまった。

 その金を教会に返すのが嫌なので、もっとぱーーーっと使って遊んでしまおうと、導師はシャーウッド子爵を説得しているわけだ。


「(確かに大金だけど、導師ならすぐに稼げる額じゃないか……)」


 エルは、カジノでの勝ち分を教会に返したくないばかりに遊びを続行しようとする導師をセコイと感じたようだ。

 俺は、彼の気持ちがわからなくもない。

 せっかくカジノで大勝ちしたのだから、あぶく銭とはいえ使い切りたいと願うことをセコイとは思えないからだ。


 とはいえ、成仏可能なシャーウッド子爵に『まだこの世界に居残れ』と言っているので、常識外れなのは確かであったが。


「エルヴィンもそう思うのであろう?」


「ここで俺?」


 どうして俺に聞くのだと、エルは動揺を隠せないでいた。


「もう浄化できるんだから、教会本部に戻った方がいいような……「まだ、綺麗な女の子がいる店は沢山あるのである! エルヴィンは、シャーウッド子爵が十分に堪能したと思うのであるか?」


「いいえ、思いません」


「「……」」


 俺とブランタークさんは絶句した。

 導師は、シャーウッド子爵がまだ浄化可能ではないと言い張れば、暫く彼がカジノで稼いだお金で好き勝手豪遊できる。

 しかも教会の恥を隠すためという、他のどこからも文句が出ない公の理由で。

 自分に賛同してしまえとエルを誘惑し、彼もそれを呑んでしまったというわけだ。


「もしかして、ここでもっとシャーウッド子爵を満足させたら、三年ごとじゃなくて、もっと彼がこの世界に降りてくる間隔が伸びるかもしれない」


「いえ、それはない……「試してみないとわからないですよね? 導師」」


「エルヴィンの言うとおりである!」


 シャーウッド子爵の返答を遮るように、エルと導師が会話を被せてきた。

 彼を一回に多くの場所に遊びに連れて行っても、それで次にこの世界に降りてくる間隔が伸びるわけでもないのか。

 依頼されていない場所に遊びに連れて行っても、シャーウッド子爵は徳を積めないのであろう。


 ただ遊んでいるだけだからな。


「導師、さすがにそれは厳しくないか? 教会もおかしいと思うはずだ」


「シャーウッド子爵の意志を妨害することは、何者にもできぬのである! であろう?」


 そう言うと、導師は自分の体に高濃度の聖魔法を纏い始めた。


「某が浄化してもいいのであるか?」


「それは嫌です」


「だったらである! 我が姪エリーゼの浄化を受けたければ、もっとこの世で遊んでから帰るのである! まさか、不満でも? である?」


「いいえ、そんなことはないです」


「だったら、シャーウッド子爵もこの世の楽しみをもっと堪能するのである! ブランターク殿、シャーウッド子爵がの件の処理が続く以上、ブライヒレーダー辺境伯家の公務はお休みなのである! 仕方がないのである! なにしろ、これは教会案件ゆえに!」


「そうだな。俺たちは、教会の大切な仕事をしているんだからな」


 続いて、ブランタークさんも導師の謀略に絡め取られてしまった。

 シャーウッド子爵が成仏しなければブライヒレーダー辺境伯家の公務に戻れないし、それでブライヒレーダー辺境伯から叱られないことがわかっていたからだ。


「さて、バウマイスター辺境伯。ローデリヒ殿は人遣いが荒いのである。たまには男同士、息抜きも必要なのである。これは、年長者からの忠告なのである!」


「たまには息抜きも必要ですね。確かに」


 俺もついに、導師の口車に乗ってしまった。

 このままシャーウッド子爵を成仏させてしまえば、再び明日から領地開発で魔法を駆使する仕事を再開するだけ。

 俺はローデリヒの計画よりも早く仕事を進めているというのに、彼は休みをくれないで進捗を早めてしまう。


 つまり、俺があと何日かシャーウッド子爵に関わっても問題はないということだ。


「シャーウッド子爵はまだ成仏しませんか……。仕方がないですね。世の中には、何事も例外があるのだから。ああ、仕方がない」


「わざとらしい言い方ですね」


 シャーウッド子爵も、導師に浄化させられるのは嫌だったようだ。

 遊びの続行を受け入れ、俺たちは教会本部に戻らず、明日以降も遊び続けることにするのであった。







「シャーウッド子爵は、相変わらずよく読めない男よ」


「お祖父様、まだシャーウッド子爵は満足なされないのですか?」


「いつもならとっくに浄化されに姿を見せるのだがな。あの男は気まぐれで困る」


「初めてのことですよね?」


「そうだな……」






 シャーウッド子爵め。

 いつもなら一日か二日、あの世の死者たちから要望された場所を巡って終わりのはずなのに、すでに一週間も婿殿たちを拘束したままだ。


 今回、そんなに死者たちからの要望が多かったのであろうか?

 シャーウッド子爵の件に関しては、教会としても完全に浄化できない弱みもあるのでなにも言えないが、シャーウッド子爵と婿殿たちの行動についての苦情も多く、ワシはその処理で大いに苦労している。


 シャーウッド子爵にも、もうそろそろ満足してほしいものだ。


「お祖父様、さすがにこれ以上ヴェンデリン様がいないと、バウマイスター辺境伯領の開発が滞るそうで、ローデリヒさんが困っていました」


「であろうな」


 同じような苦情は、ブライヒレーダー辺境伯からも来ておる。

 筆頭お抱え魔法使いのブランタークとて、スケジュールが詰まっている身。

 一週間も王都に拘束してしまえばな。


 拘束とはいっても、ただ王都の飲食店や歓楽街で朝から晩まで遊び惚けているわけで、婿殿、ブランターク、導師ほどの魔法使い三人がそんな様でこの国はどうなる、という苦情や批判も王宮から出始めていて、ワシも困っているのだ。


 かといって今やめてしまえば、シャーウッド子爵がヘソを曲げてあの世に帰らないと言い出しかねず、本当にあの男は……。 


「ヴェンデリン様も大変ですね」


「そうだな……」


 大変といえば大変か……。

 だが、結局のところは三人とも、毎日朝から晩まで遊び惚けているだけとも言え、とにかく一日でも早くシャーウッド子爵荷はあの世に戻ってほしいところだ。


 それにしても、どうしてシャーウッド子爵はこんなに長い間、この世に居残り続けているであろうか?

 やはり、婿殿は特別ということなのか?








「ふぇーーーー、朝風呂最高!」


「一週間連続のお休みで、朝から酒を飲んでも文句を言う奴もいない。最高だな」


「宮仕えは大変なのである! たまにはよかろうなのである!」


「「……」」


「(ヴェル、導師ってそんなに仕事熱心なのか?)」


「(それを聞いてどうするよ?)」






 俺、エル、ブランタークさん、導師のモラトリアムは一週間も続いていた。

 導師が懸命にシャーウッド子爵を説得したので、彼はまだあの世に戻るつもりがない……導師が『某の体に纏わせた聖光を用い、抱きついて浄化しようか?』と尋ねたら大人しくなったので問題ないであろう。


 シャーウッド子爵としても、導師よりもエリーゼに浄化されたいようでこの世への残留を決めていた。

 

 今も、王都にある風呂屋のVIPルームにある大浴槽の端に立っている。

 彼は幽霊なので風呂に入れないし、その前に服を着たままだが、それでもお風呂のよさは感じられるそうだ。

 とても満足そうな表情で立っていた。


「ヴェル、今夜はどこに行くんだ?」


「随分と派手に遊んでいますけど、お金はまだ大丈夫なのですか?」


「問題ないのである!」


 導師による説得のおかげで、いつもは三年に一度、一日か二日遊んであの世に戻るシャーウッド子爵の滞在は、異例の一週間に及ぼうとしていた。

 俺は三日くらいで導師の企みもバレるかと思ったのだが、教会からするとシャーウッド子爵は取り扱いが難しい存在のようで、なにも言ってこなかった。


 『霊の浄化は教会が一番!』という評価に傷をつける存在なので、できるだけ穏便にあの世に戻ってほしいというわけだ。


 実は導師が、硬軟織り交ぜて半ば強引に引き留めているのだが……。


 シャーウッド子爵が死後デビューを果たしたとはいえ、ゴーイングマイウェイを極めた導師を相手にすれば、その行動も縛られてしまうというわけだ。


「ブランタークさん、次のお店のあてはあるんですか?」


「あるぜ。王都は、リンガイア大陸でも一二を争う歓楽街を抱えているからな」


「一二とは言っても、競争相手は帝国の帝都である!」


 両方とも一国の首都なので人口も多く、そういうお店が多くて当然というわけか。

 色々あって、現在は両国とも景気がいいからな。

 人々が稼いだ金で、たまの潤いを求めるのはおかしなことではないということだ。


「辺境伯様、楽しいだろう?」


「楽しいですね」


 浮気ではないけど、酒を飲みながら綺麗なお姉さんたちと話をするのがこんなに楽しいとは思わなかった。

 それと、いつもは忙しい俺が一週間も休みを取れたのも大きいと思う。


「それにしても、バウマイスター辺境伯の影響が大きいお店が多いのである!」


「そうだよな。あんな衣装、よく思いつくぜ」


「根がスケベなんだな」


「エルに言われたくない」


 リンガイア大陸における、綺麗なお姉さんとお酒を飲むお店事情だが、これまではみんな同じようなドレス姿が大半であった。

 ところが今では、俺が考案して作らせたメイド服、バニースーツ、布地が少ない水着、セーラー服、ナース服、巫女服(修道服だと教会から怒られるので)、ミニスカサンタ、浴衣、着物などが、そういうお店で働く女性たちの制服に採用され、多くの客で賑わっていた。


 女の子が男装しているお店や、軍服姿のお店も、一部熱烈なマニアの間で大人気なのだそうだ。


「キャンディー殿の服飾工房が、バウマイスター辺境伯の依頼で縫製し、販売していたのであるが、あっという間に真似されてしまったのである!」


 この世界には、著作権の概念はないから仕方がない。

 どうせ俺も、前の世界の服をパクッただけなので人のことは言えないのだから。

 それに、キャンディーさんの服飾工房は相変わらず大忙しだそうだ。

 真似をしたとはいっても、縫製技術の差でキャンディーさんの服飾工房に品質が大きく劣るらしく、高額でも高品質の服を求めるお店は、彼がほぼ独占しているようだ。


 この手のお店で女性が安っぽい服を着ていたら、客も興ざめしてしまう。

 低品質品は安いお店で需要があるそうで、上手く住み分けができているようであった。


「またその手のお店ですか?」


「まあな。実は、そのお店の女性たちの服装は、辺境伯様が考案したやつじゃないんだ。ベッケンバウアーの実家が、売り上げアップのために売り込んだんだと。そのお店、すげえ人気なんだよ」


 ああ……。

 ベッケンバウアーさんが絡んでいるというだけでわかってしまったな。

 あれか。


「ブランターク殿、話に聞く限り楽しそうなお店であるな」


「その分、いいお値段だけどな」


「まだカジノで勝った分が残っているのである! 問題ないのである!」


 この一週間豪遊の限りを尽くしたが、あれだけの大金そう簡単になくならない。

 マイナス分は教会が補填してくれるけど、プラス分は返却しないといけないので、導師は意地でも全額使い切ろうとしていたが、どだい無理な話だったのだ。


 そのおかげでこの一週間。

 俺たち五人はとんでもない豪遊をしていると、歓楽街で評判になっているそうだが。


「私も楽しみになってきました」


 実はシャーウッド子爵も、そんなにあの世に戻りたかったらエリーゼところに行く機会などいくらでもあったはずが、それをしてないので自分も十分に楽しんでいるのであろう。


「昼はご馳走を食べて体力をつけ、夜になったらそのお店に行くのである!」


 全員がブランタークさんの提案に賛成し、俺たちは夜にその評判のお店へと出かけるのであった。






「これは凄いですね。あの世の方々へのいいお土産になりますよ」


「噂には聞いていたけど、これは絶景だな」


「この世の極楽なのである!」


「ヴェル、凄いな。王都はなんでも最先端だな」


「ああ(まさか、こういうお店を実現してしまうとは……)」






 俺たちが向かったお店は、いわゆる『ランジェリーパブ』と呼ばれるものであった。

 以前はなかったそうだが、俺が考案した衣装を着て接客するお店が増え、そちらに客が集中するようになったため、女の子を下着姿で接客させるお店を考案した人がいたというわけだ。


 世界は違っても、人間の考えることは同じというわけだ。


「高価な下着だな」


「お客さん、下着よりも私に集中してくださいね」


「バウマイスター辺境伯、叱られたのである」


「あははっ……」


 このランジェリーパブ、入場料だけでもかなり高額だったが、多くの客で賑わっていた。

 女の子たちが着けている下着を見ると、確かにベッケンバウアーさんの実家のお店の品だとわかる。

 品質のいい高額の下着で、女の子たちも綺麗な子ばかり。

 なるほど。

 入場料が高額なのも納得できるというわけだ。


「この店、人気なのも頷けるな」


「是非ご贔屓に」


「常連になりたいな」


 エルもとても楽しそうだ。

 そのうち、バウマイスター辺境伯家の用事で王都出張を命じると、必ずこのお店に寄りそうな気がしてしまう。


「そして、あちこちに見える顔見知り……」


 誰とは具体的には言わないが、この店に通えるってことはそれなりの財力がある証拠。

 知り合いの大貴族たちの比率が高いのは、仕方がないことであった。


「ううむ、その下着、少し解れているな。脱いでくれれば、ワシが補修してやろう」


「いやだぁ。お客さんのエッチ!」


「「「「……」」」」


 あきらかに、某魔導ギルドで色々と研究している人の姿があったが、俺たちはスルーすることにした。

 この店の下着は、彼の実家が提供している。

 彼の来店は接待であり、本当に下着が解れているのかもしれないのだから。


「バウマイスター辺境伯様、これからの予定は空いていますか?」


「どうだったかな?(キタァーーー!)」


 突然、お店のナンバーワンだという女の子からこれからの予定を聞かれた。 

 まさかこれが、俗に言うアフターデートのお誘いというやつであろうか?


「私、明日はお休みなんです。バウマイスター辺境伯様は?」


「今のところは予定はないかな」


 実は導師次第としか言いようがなかったが、カジノで稼いだ金を使い切っていない以上、彼がこのモラトリアムを終わらせるつもりはないはず。

 つまり、明日もお休みというわけだ。


「それなら、導師様も、エルヴィン様も、ブランターク様もご一緒に王都の郊外に旅行するのもいいですね」


 別のナンバー2だと聞いたエリーゼ並に胸が大きい女の子からも誘われ、俺たちは今の流れのままだと、女の子たちとアフターで旅行に行くことが決まりそうであった。


「(ヴェル、いいのか?)」


 この流れを止めるべく、エルが俺にそれはまずいだろうと言ってきた。

 不倫旅行と思われてもおかしくはないからだ。

 それにしても、エルが止めに入るとはな。

 これは意外な展開だ。


「(導師とブランタークさんは乗り気みたいだけど)」


 ここで『結構です』と断るのも、この場を悪くするのでよくない、みたいな?

 俺がやっぱり日本人だから、その場の空気を読んでしまうんだよ。

 それに、世の中の女の子たちと旅行に行く男性が全員不倫するわけでもないし。


 そう、これは俺の心を潤すミネラルウォーターのような行事、学校の遠足みたいなものだ。

 この一週間、王都の飲食街と歓楽街ばかりで飽きたからな。


 あと、俺はバウマイスター辺境伯だ。

 導師があちこちで金を派手に使って景気を刺激しているのを、同じ貴族として手助けする義務があると思うな。


「(お前、よくそんな屁理屈を思いつくな)」


 この一週間の成果だな。

 俺は今、バウマイスター辺境伯に相応しい言動ができる、真のバウマイスター辺境伯に生まれ変わったのだ。


「(嫁たちに殺されるぞ)」


「(それはエルがだろう?)」


 エリーゼたちは優しいからな。

 そんなことはないはず。

 それに、バウマイスター辺境伯に相応しい女性のあしらいくらい、ちゃんと覚えないとな。


「(駄目だこりゃ。この一週間で完全に導師に毒されているな)」


「(ふんっ、なんとでも言うがいい)」


 一泊程度の小旅行をするとして、さてどこに行こうか?

 導師とブランタークさんと相談しようかなと思っていたら、突然シャーウッド子爵から眩しい光が発生し、彼の体が徐々に透明になって消えていくではないか。


 俺たちは一体なにが起きたのか理解が及ばず、ただその場で唖然とするだけであった。


「シャーウッド子爵さん?」


「エルヴィンさん、私の修行はこれで終わりです。実は隠していたのですが、功徳はその気になれば一回の下界で纏めて積めたのです」


「今回で終わりってことですか?」


「はい。神様がもう十分と判断したので、エリーゼさんに浄化してもらうことなく、こうして天国に戻って行くわけですよ」


 シャーウッド子爵は、わざと三年に一度一日か二日下界で楽しむスケジュールを組み、修行を終える日を先延ばしにしていた。

 ところが、導師が無理やり彼を引き留めて放蕩の限りを尽くしたので、この一週間で完全にノルマを達成。


 あとは、生まれ変わるまで天国で修行を積むため、二度と下界には降りてこないと宣言した。


「なんとぉーーー! 三年後、また同じことをしようと思ったのにである!」


 導師はこれからも三年に一度、シャーウッド子爵の下天を利用して遊びまくる計画を立てていたが、実は功徳は一回の下天でいくらでも積めるという事実を彼が隠していたため、ノルマを達成したシャーウッド子爵は浄化なしで天に昇ろうとしていた。


 彼の完全な計算違いというわけだ。


「こら! 消えるな!」


「無茶を言わないでくださいよ、もう終わりです」


「ここの女の子たちと旅行は?」


「行きたかったですけどね。私はもうこれで抜けます」


「シャーウッド子爵がいないと駄目だろうが!」


 ブランタークさんの言うとおりで、シャーウッド子爵がいるから教会のバックもあってこれまで好き勝手できたのに、彼がいなくなればこんな楽しい日々ももう終わりだからな。


 別に好き勝手やればいいという意見もあるが、ブランタークさんとしても娘さんの手前、シャーウッド子爵というアリバイはありがたかったのであろう。


 今、その彼は天に昇っていくわけだが。


「バウマイスター辺境伯、それでは」


「はぁーーー? シャーウッド子爵がいなくなるってことはつまり?」


「長かったバカンスも終わりってことだな」


「もう少し頑張ろうよ!」


「いえ、さすがに無理です。それでは消えます」


 シャーウッド子爵は呆気なく消えてしまい、これにて俺たちのモラトリアムは呆気ない終焉を迎えるのであった。

 なお、本当にシャーウッド子爵はこれ以降、二度とこの世に姿を見せなかったのであった。







「シャーウッド子爵を完全に浄化してしまうなんて、さすがはあなたですね」


「うん、まあね……」


「(よく言うよ。ただ遊びまくっていただけのくせに)」


「(エルも人のことが言えるのか?)」


「あなた、エルヴィンさん。どうかしましたか?」


「「ううん! なんでもないです!」」





 結果的にシャーウッド子爵が完全に浄化されてしまったため、俺たちは教会関係者からえらく感謝され、エリーゼはそんな俺を尊敬の眼差しで見ていたのだが、純粋な彼女に褒められると少し心が痛い。

 

 本当は、ただ導師の企みに乗ってただ遊んでいただけだからな。

 とはいえ、実質一週間のお休みが取れたのだ。

 これ以上贅沢を言っても仕方あるまい。


「シャーウッド子爵の件はこれでもう終わりだ。今日からは、バウマイスター辺境伯領の開発を促進する仕事が始まるわけだ」


「さすがはあなた。仕事熱心ですね」


 エリーゼ、頼むから少しは俺を疑ってくれ。

 ただ、お休み明けだから、今度はちゃんと働かないとなという、極めて日本人的な思考で言っているだけなのだから。


「ローデリヒ、これからの予定は?」


「はい。お館様は教会からの無理難題を成し遂げるため、一週間も大変でしたので……」


 さすがは教会。 

 ただ一週間遊んでいただけなのに、ローデリヒがこれからの俺のスケジュールに配慮してくれるなんて。

 遊んでいたのに悪いくらいだな。


「……早めていた計画に遅れが生じましたので、二ヵ月ほどお館様はお休みがありませんな」


「はい?」


 俺は最初、ローデリヒが言っていることが理解できなかった。

 こいつはなにを言っているのだと。

 二ヵ月休みなしなんて、それはどこのブラック企業なんだよ!


「教会の案件とはいえ、お館様が一週間も不在だったのは辛い。よって、拙者は心を鬼にしてお館様に存分に魔法で活躍していただきたく」


 なんと言うことだ。

 一週間遊んでいたら、その分あとでお休みがなくなったなんて!


「あははっ、そんなことだろうと思ったぜ」


 エルの奴。

 他人事だからって笑いやがって。


「エルヴィンも仕事が詰まっているので、二ヵ月お休みなしです」


「俺もかよぉーーー!」


「エル、残念だったな」


「こんちくしょう!」


 そんなわけで、俺とエルは本当に二ヵ月休みなしで働かされた。

 翌日、ブランタークさんから携帯魔導通信機で連絡がきたが、やはりブライヒレーダー辺境伯も甘くはなかったようで、暫く休みがないと愚痴っていた。

 

 導師は、あの人はどうせ普段仕事なんてしないので、得したのは彼だけなのか。

 それを聞いた時、もの凄く理不尽に感じてしまったのは俺だけじゃないはずだ。

 

 天国の神様、一度くらいあの人に罰を当ててください。


 こんなことなら、シャーウッド子爵なんてすぐに浄化してしまえばよかった……とはいえ、ああいうお店も楽しいんだなということは理解できた。


  今度、お休みの時に王都に出かけてみようかな。







「おや、シャーウッド子爵ではないですか。今回は随分と長い下界でしたね」


「ちょっと面白い方々に出会いまして。それと、私もアルフレッド殿と同じく生まれ変わるための修行を始められることになりました」


「それはよかったですね。そういえば、下界には下着を着た綺麗なお姉さんが接客してくれるお店があるとか? この前死んだ人が教えてくれたのです」


「行きましたよ、楽しかったですね」


「私も早く生まれ変わりたいですね」


「アルフレッド殿は、さぞや女性にモテるでしょうに」


「ああ、そういうのと、こういうのは別なんですよ」


「なるほど」


 天国に戻った直後、知り合いであるアルフレッド殿と下界の話でかなり盛り上がった。

 その話の中で、彼の弟子があのバウマイスター辺境伯だと知ったのだが、やはり彼はアルフレッド殿の弟子とは思えないほど地味だなと感じてしまうのであった。

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