第六話 槍と金魚
「ヴェル、もの凄くいいものを見つけたわよ。見て見て」
「どれどれ」
「これ、ラグレルアルというとても有名な名工が作った作品なのよ。滅多に市場に出回らないんだけど、まさかこのお店にあるなんて。来てよかったわ」
「そうなんだ……えっ? これが有名な名工の作品?」
「そうよ。槍としての性能は勿論、この装飾が独特で素晴らしいのよ」
「独特……確かに、そう滅多にあるデザインではないか……」
「でしょう?」
今日はたまたま、イーナと二人だけでバウルブルクの町を散策していた。
俺はプライベートでよくバウルブルクの町を散策する。
領民達はそれに慣れているし、大抵交替で誰か奥さんを連れてデートしているので話しかけてくる人は少なかった。
たまに、この機会を狙って声をかけようとする浪人や貴族もいるが、勿論ローデリヒが護衛をつけていないはずがなく、俺に話しかける前に排除されるので問題ない。
完全にお忍びで出かけたりできない、それがこの俺、バウマイスター辺境伯であった。
それは仕方がないとして、普段行かない町の区画を散歩していたら、新しく骨董品店ができていた。
新店のはずなんだが、どういうわけか店も売っている品も古臭く感じるのは、固定観念からくるイメージのせいであろうか?
せっかくなのでと、二人で冷やかしに入るが……古臭い鍋、大きな貝がら、弦が切れたギターに似た楽器、透明度が低く価値の低そうな大きな水晶の塊……そして、魔物の剥製や、棺に入ったミイラ……人間ではないと思う……。
どの骨董品を見ても、『こんなもの誰が買うんだ?』という品ばかりであった。
前世の頃から不思議だったんだが、こういう店って客も滅多に来ないのに、どうやって商売をしているのだろうと不思議に思ってしまう。
ひと通り見て、特に掘り出し物もないようなので帰ろうとすると、イーナが何かいい物を見つけたようで一人興奮していた。
そして、その品のよさを俺に説明し始めたという次第だ。
「札には『ラグレルアル作、双竜の槍』って書いてあるな」
俺に槍の良し悪しはわからないが、何と言ったらいいか……双竜の槍なので、俺が二個貰った双竜勲章をイメージする人が多いと思うが、全然違う。
二匹の竜が殺し合っている様子を槍の柄の部分に彫刻してあるのだが、死闘を演じている二匹の竜は傷だらけ、内臓がはみ出したりしている。
それが異常なまでにリアルに彫られており、見る者をギョっとさせるのだ。
とにかく不気味な槍で、俺は戦う相手に恐怖を与えるためこういう装飾にしたのではないかと想像してしまった。
魔法を使わなくても、槍の不気味な装飾で対戦相手の精神を動揺させるわけだ。
戦っている敵が、それに気がつくのかどうかは別の問題として。
主に動体視力の問題で……。
「妙にリアルな彫刻だな……」
「でしょう? この彫刻の精密さが、ラグレルアルの作品のいいところなのよ。勿論、槍自体の性能も素晴らしいけど」
なるほど、優秀な武器職人なのに、唯一美的センスだけが欠落した人なんだな。
彫刻技術自体は素晴らしいので、一部マニア……イーナもそうか……に大人気というか、カルト的な人気があるわけだ。
「欲しいの?」
「当然! 店先に並ぶ事自体が奇跡という品だから」
一人の職人が一生の間に作れる作品の数には限りがあるので、そう数はない。
カルト的な人気があるから、マニアが囲い込んでしまうそうで、店に売るなんて事は滅多にないらしい。
以上のような理由で、なかなか市場に出回らないのだとイーナが説明してくれた。
俺は、こんな不気味な品を店先に並べたら、客が気味悪がって来なくなってしまうのだはないかと邪推していたが。
「値段が書いていないけど、要交渉って事かな?」
「多分そうだと思う。でも、高くても十万セントまではいかないわよ」
槍一本で日本円にして一千万円が上限か……。
日本でも、昔の名工の品が高価だったりするからおかしくはないのか。
でも、カルト的な人気があるからもっと高価でもおかしくはない?
「いくら名工の作でも、百万セントを超えるような作品なんてそう滅多にないわよ」
「それもそうか」
滅多にない貴重な品だから高価なのだろうし。
「ラグレルアルの作品は、五万~十万セントくらいかしら。ちょっとお金がある人なら手頃な値段で買えるから手放さないのよねぇ。すいませーーーん」
イーナは、この不気味……個性的な槍を手に入れるため、店主との交渉を決意する。
自分のお金で買うので問題ない……もし、俺に『買って』と頼まれたら、俺は素直に『いいよ』って言えるのかね?
そのくらい、不気味な槍なのだ。
「いらっしゃい……これは、ご領主様と奥方様」
店の奥から出てきた老人は、すぐに俺とイーナの正体に気がついた……あまり知らない人はいないと思うけど……。
「このような汚い店にようこそいらっしゃいました」
「自分で汚いとか言って大丈夫なのか?」
そうでなくても、客が俺達以外いないってのに。
「店にお客さんがいなくても、こういう店は特に問題ないですな」
「そんな事を言って、じゃあどうやって売り上げを得ているんだ?」
客がいなかったら、売り上げが立たなくて店が潰れてしまうだろうに。
「実は、この店のオーナーは私の孫でしてな。普段はあちこちを回って骨董品の仕入れと、得意先回りをしております」
なるほど、オーナーであるこの老人の孫が顧客の下に向いて骨董品を買い取ったり、売ったりしているのか。
法人委託(金持ちまわり)メインで、店はこの商売をしている事を世間に知らせるために開けているだけ。
もしくは倉庫代わり。
日本にもこんな店はあったな。
「この店に来るお客さんもまったくいないわけではありませんが、月に一つ骨董品が売れたら大したものです」
「退屈しないか?」
あまりに忙しいのも大変だが、逆に客がいないと退屈してしまうような気がする。
「私も長年この商売をやってきたので、もう半分隠居の身なのですよ。ですので、店番兼留守番なわけでして……他に趣味もございますれば、このお店にお客さんが来なくても、それほど退屈ではありませんな」
極稀に俺達のような客も来るし、たまに骨董品を売りに来る客がいないわけでもないので、その相手と骨董品の査定の仕事もあると店主は言う。
「骨董品を売りに来る人もいるのね」
「この町は新しいので、それほどいませんが」
不必要な骨董品があったとしても、ここに引っ越して来る前に処分した方が引っ越し荷物も減って楽になるから当たり前か。
輸送費も減るだろうし。
「ところで、何か御入用で?」
「そうだったわ、あの槍を売ってほしいのよ」
イーナは、ワクワクしながらあの不気味な槍を指差し、いくらなのかと店主に問い質した。
「あのラグレルアル作ですか」
「ええ、おいくらかしら?」
早くいくらか教えてほしいと、珍しくイーナは逸っていた。
「あれは、お金では売れませんね」
「売り物じゃないの? じゃあ、どうして店に出すのよ!」
非売品なら店に出さずに仕舞っておけと、珍しくイーナが怒っていた。
確かに、最悪『展示品です』とか札に書いておけばいいのに。
「お金では売らないという意味でして、条件が揃えばお譲りいたしますよ」
「本当? どんな条件かしら?」
上手くやれば入手可能だと知り、イーナは再び上機嫌になった。
本当、イーナは槍が好きなんだな。
「物々交換でしたら。ちょうど、私がほしいものがありまして」
「それは骨董品なのかしら?」
「いえ、金魚がほしいのです」
「金魚? 金色の魚かしら?」
この世界で生活して大分経つが、今日初めて金魚が存在する事を知った。
金魚か……。
前世で子供の頃、よくお祭りで金魚掬いをしたものだ。
家に持ち帰ると、最初はちゃんと餌やりや水替えをするが、すぐに飽きていつの間にか死んでしまうと。
同じようなパターンにヒヨコやミドリガメもあるな。
ヒヨコは、両親が買ってくるなとうるさかったので買った事はないけど。
友達が雌だと言われて買ってきたヒヨコがたまたま成長し、実は雄で毎朝鳴き声がうるさくて難儀したなんて話もあったな。
ミドリガメは、大きくなりすぎて近所の公園の池に捨てて生態系が乱れるという話もあった。
俺はそんな事はしてないけど。
「金魚は、リンガイア大陸の河川や沼、泉など、水場に広範囲で生息している魚です。金色に輝き、これを飼育したいと考える好事家も多いのですが、そう簡単に捕まえられるものではありません。見つかれば簡単に網で掬えますけど、滅多にいませんので」
この世界の金魚は、その名のとおり赤くなくて金色なのか。
フナの品種改良種ではなく、自然発生した独自の魚で、その生息数は非常に少ないらしい。
滅多に市場に出回らず、手に入れた人はこっそりと飼う人が多いそうだ。
稀少な魚なので盗難の危険があり、飼育しているのを隠している人が多いそうだ。
隠してでも飼育したい稀少な金魚ねぇ……。
「私もほぼ隠居の身なので、趣味で河川から獲ってきた魚などを飼育しており、店番の他にも、魚の水替えなどで忙しいのですよ」
この世界にはろ過機やエアレーションもないから、頻繁に水を変えないとすぐ水質が悪化しそうではある。
多くの水槽を維持していると、この老人もいい時間潰しになるのであろう。
「金魚も欲しいのですが、なかなか手に入るものではありません。そこで、私が昔苦労して入手したこの槍と金魚を交換してくれる人を探しているのですよ」
「なるほど」
槍と金魚の交換かぁ。
どっちが高価なんだろう?
「金魚の相場は一匹十万セント前後。この槍とほぼ一緒ですな。商売ではないので、純粋にほぼ同価値の物同士の交換です」
店主はその槍で儲けるつもりはなく、自分が欲しい金魚としか交換しないというわけだ。
稀少な槍と、希少な金魚を交換か。
「ヴェル。明日、金魚を獲りに行きましょうよ」
「金魚獲りかぁ……別にいいけど……」
それはいいのだが、金魚に関する情報がほしいな。
どこで探すと獲れやすいとか。
「そうですなぁ……人里離れた小さな湖とか沼が狙い目かと。水質が多少悪くても、金魚は丈夫な魚なので問題ありません」
要するに、前人未到の水場にいる確率が高い。
まだそこで誰も採取していないから、金魚がいる可能性が高いというわけだ。
「となると、バウマイスター辺境伯領でもまだ人の手が入っていない湖はないと思うから、沼がある場所が狙い目か」
「必ず見つかるという保障はできませんが、人の出入りが激しい場所では難しいかと」
すでに誰かが獲ってしまっているからか。
「金魚はそんなに素早く泳ぐわけでもないので、そこにいれば子供でも簡単に捕まえられます」
「その前に、天敵に食べられたりしないのか?」
自然の湖や池に生息しているのであれば、人間に捕まる前に他の生き物に捕食されているかもしれない。
何しろ『金魚』だからな。
「金魚には天敵はおりませんので」
「そうなのか?」
この世界は、地球に比べると魔物でなくても巨大で狂暴な生物が多数いる。
そんな状況で、天敵がいない金魚って……。
「金魚って、凄く巨大なのか?」
「いえ……大きくなっても三十センチくらいでしょうか」
そんな小さな魚に天敵がいないってのも変な話だな。
「金魚も、『桃色カバさん』と同じ魔物なのですよ。子供にも簡単に捕らえられてしまうので、人間に害のある生き物ではありませんが」
小型で強いわけでもなく、人間に簡単に捕まってしまうのに天敵はいないのか。
不思議な生物というか……。
「人間が天敵じゃないのか?」
「いつ、どこからこんな話が伝わってきたのか不明ですが、金魚は人間が自分達を飼育する事に知っているのではないかと。人間に捕まれば飼育してもらえるので、だからわざと簡単に捕まる。飼育されていれば、餌の心配もありませんからな」
「それ、本当なのか?」
「そこまではわかりませんが、これまで金魚が滅んでいないのも事実です。そんなわけでして、私はこの金魚は欲しいので、もしあの槍と交換してくれるのであれば、喜んで槍を差し出すわけです」
店主は金に困っていないようで、金魚との交換でしか槍を手放さないようだ。
つまり、イーナがこの変な槍を手に入れるには金魚を捕まえないといけない。
「ヴェル、明日はバウマイスター辺境伯領内にある湖や池を探しましょう」
「はい」
どうしても槍が欲しいイーナの気迫に負けてしまい、俺は『面倒だから嫌』とは口が裂けても言えなかった。
「それであなた、その金魚というお魚は見つかったのですか?」
数日後、書斎で書類を決裁していると、そこにお茶を持ったエリーゼがやって来て、昨日の金魚探索の結果を聞いてきた。
イーナはエリーゼに話さなかったのか?
「いやあ、これがそう簡単に見つかるものではなくてさぁ……」
先日はあちこち、バウマイスター辺境伯領でまだ人の手が入っていない水場を『高速飛翔』で移動しながら探してみたのだが、金魚の影すら見えなかった。
「よくよく考えなくても、そんなに簡単に見つかったら貴重な魚じゃないものな」
「確かにそうですよね。それで今日もイーナさんは?」
「別の水場で探しているよ」
今日俺は用事があってイーナにつき合えなかったので、朝、その水場に魔法で送ってあげただけだ。
夕方、また迎えに行く事になっている。
今日は見つかるといいのだが……。
「そんな人がいない場所に、イーナさん一人で大丈夫ですか?」
「今日は、ルイーゼも時間があるから付き添うってさ」
「そうですか」
イーナが一人でない事を知って、エリーゼは安堵の表情を浮かべた。
さすがに俺も、一人なら探索の許可なんて出さないさ。
「エリーゼは金魚って知ってる?」
「はい、名前くらいは。ですが、持っている方は盗難を怖れて秘匿してしまうので、現物は見た事ありません」
「本に絵とかないのかな?」
「そういえば、屋敷の書斎にある本に書かれていましたね。ちょっと待ってください」
エリーゼは急ぎ書斎へと向かい、金魚の絵が描かれた本をもってきてくれた。
「このページです」
エリーゼが目標のページを開くと、そこには白黒ながら金魚のイラストが描かれていた。
金魚の色はオール金色と聞いているので、あとはその形がどんな感じかだ。
原種であるヒブナに近いのか……でも、独自の種だと聞いたな……それとも謎の進化を遂げてリュウキンや、もしかしたらランチュウみたいになっていたりして……なんて思いながらイラストに注目すると……。
「エリーゼ、これは……金魚ってみんなこんなにホラーな生き物なのか?」
「そうらしいです」
ブサ可愛いというカテゴリーではなく、何というか、見ていると怖くなるような外見であった。
大まかな形はリュウキンのようであったが、その体表には爛れた水膨れのようなイボやコブがこれでもかとついており、確かにこの外見だと早く泳ぐのは難しいかもしれない。
ヒレも千切れたように見えるが、元からこんなヒレなのだとイラストの隣に書かれた説明文には記載されていた。
「こんな不気味な魚、どうしてみんな欲しいんだろう?」
「色は金色で縁起もよく、外見が無様なのは、持ち主の不幸を金魚が身代わりに受けているというお話だそうで……」
なるほど、確かに金魚は元からこんな外見なのに、まるで病気や怪我を重ねて不気味な外見になったという風にも受け取れるのか。
そして、その怪我や病気は本来飼い主が受けているはずのものであった。
不幸を身代わりに受けているという風に捉えれば、金魚に人気が出ても不思議でないとも言えた。
「もう一つ、金魚を得ると飼い主はお金持ちになるとも」
身代わりで金魚が自分の不幸を受けてくれ、金魚の色自体は金色で富に縁が深い。
勿論迷信だが、それで非常に縁起のいい魚だと思われているわけだ。
「まあ、金持ちだから金魚が手に入るとも言えなくはないけど」
金魚を手に入れたから金持ちになった人はおらず、金持ちだから金魚を手に入れる事ができた、が真実だろうな。
自分で捕りに行く金持ちなんてまずいないのだから、高額で買い取るしかない。
「真実はそうかもしれませんが、人の幸せを求める気持ちに上手く合致した生き物なのでしょうね」
それで、みんなこぞって探しているわけか。
でも、本当に不気味な魚だなぁ……イーナは槍に交換するから構わないのだろうけど……そうだ、交換する予定の槍も不気味だったんだ。
「今日、イーナとルイーゼが無事に金魚を見つけるかどうかわからないけど……」
実際のところ、どのくらいの確率で手に入るものなのだろう?
本には書かれていないな。
「金魚を持っている事を多くの人に知られると、盗難の心配よりも、幸運が逃げるというジンクスもあるそうで。それでも、王都に数百人はいるのではないかと」
「その人数だと貴重なのかな?」
その割には、ちょっと評価額が低いような気もするけど。
「あの見た目なので、嫌がる人も当然います。他に似たような縁起物がないわけでもないですし……」
そりゃあそうだよな。
こんな不気味な魚、他人に隠してまで飼いたいと思う人は……意外と多いのか?
「うへえ、不気味な魚だな。イーナとルイーゼは、わざわざこんなのを捕りに行ったのか?」
「金運上昇の効果ありですか。私も探しに行きましょうか?」
「カタリーナ、ダイエットのご利益はないんじゃないかな?」
「私は、そんな事は求めておりませんわよ」
「とか言いつつ、今日は生クリームを使っていないケーキを選んでるな」
「誤解ですわ! カチヤさん! 私は、果物のタルトが大好きなのです!」
「そうか? この前、随分と大きなプリンに大量の生クリームをホイップして、『これ以上の幸せはない』って言ってたじゃん」
「生クリームは、果物よりも好きなだけですわ」
「そこは認めるんだ」
俺の書類整理も無事に終わり、時刻はオヤツの時間になった。
今日はバウルブルクのお店で購入したケーキが出たが、お茶は久しぶりにエリーゼが淹れてくれた。
金魚探しに出かけているイーナとルイーゼ以外で屋敷にいる面々が集まり、それぞれ好きなケーキを取って食べ始めた。
カチヤが、また微妙なダイエット……ならケーキを食べなければいいと思うし、別に太ったようにも見えないんだが……フルーツを使ったタルトを選んだカタリーナをからかって遊んでいた。
そして、例の本の絵を見て金魚の不気味さも感じているようだ。
こんな魚が欲しい奴の気が知れないという顔をしていた。
「逆に、不幸になりそうで……」
「呪われそうなイメージがある」
ケーキを食べながら、リサとヴィルマも金魚を散々に貶していた。
というか、これが可愛いという美的センスの人はちょっと変わっているどころではないと思う。
「あくまでも、交換用のアイテムだから」
あの骨董品やの主人が、金魚と交換でなければ例の槍を渡さないというのだから仕方がない。
「よって、イーナの美的センスに欠点があるわけじゃない」
「ヴェル様、交換する予定の槍も趣味が悪い」
ヴィルマ、正直な意見をありがとう。
実は俺もそう思っているけどな。
「それはだな。あくまでもコレクターアイテムだから」
「数あるコレクションの中に、一つくらいああいう品も混じっていた方がコレクションの幅が広がって評価も上がる?」
「そういう事だと思う」
大方、ヴィルマの言うとおりであろう。
イーナは槍が好きで、コレクションとして色々な槍を集めている。
その中にあの趣味の悪い槍が混じっていたとしても、そういう珍品も揃えてのコレクションというわけだ。
コレクションが全部趣味の悪いものばかりだったら、それは本当にイーナの美的センスに問題ありなのだろうけど。
「カチヤのサーベル収集みたいなもの?」
一旦ケーキを食べる手を止めて、ヴィルマがカチヤに質問した。
「あたい、別にサーベル集めは趣味じゃないけど。あくまでも予備のサーベルだから、デザインとか、製作した年代や職人の名前とか気にしてないし。性能と値段だけで決めているから、コレクションとは違うかな」
カチヤの予備のサーベルは、戦闘で破損した時の予備だからな。
俺と決闘した時、かなりの数のサーベルを失ったのでストックするサーベルの数を増やしたら、ヴィルマからコレクションだと勘違いされたのであろう。
「イーナさんは槍が好きだからね」
「でもよ、女性の身で槍が好きとか。これは、旦那様の槍に不満を抱いての槍収集かもしれねえなって、俺はケーキいらないからな」
突然、いかにも下品なオヤジギャクと共に現れたのは、本物のオヤジであるブランタークさんだった。
しかも、まったく受けないオヤジギャグで場を寒くしておきながら、何食わぬ顔でエリーゼにお茶を頼んでいる。
「何という無責任な!」
「えっ? 俺のどこが無責任?」
「ブランタークさんのオヤジギャグ、全然ウケてない。場の空気が冷たい」
しかも、何気に不敬罪のような……。
俺の槍が粗末とか……いやね、別に豪槍だとか見栄は張らないけど普通ですって。
「確かに、何とも言えない感じね……」
あんなオヤジギャク聞かされたら、普通はアマーリエ義姉さんのようにどう答えていいものやらという事になるわけだ。
その通りと言うわけにもいかず……そんなわけないけど……かと言って、その正反対で凄いんですって言われても、やはり俺が恥ずかしいしな。
俺は元々、謙遜を美徳とする日本人なのだから。
「????」
「エリーゼ様、どうしたの?」
「ヴィルマさん、私、ブランタークさんが仰った冗談の意味がよくわからないのですが……」
生粋のお嬢様であるエリーゼは、ブランタークさんのオヤジギャグを理解できなかったようだ。
理解できていたら、それはそれでホーエンハイム枢機卿とかが怒りそうだけど。
「あのね……「俺が恥ずかしいし、居た堪れない気持ちになるからわざわざ説明しないでくれ!」」
エリーゼにオヤジギャグの説明をしようとしたヴィルマを、ブランタークさんは全力で止めるのであった。
「ああ、金魚か」
改めてエリーゼからお茶を淹れてもらったブランタークさんは、イーナが探している金魚について聞くと、彼はそれを知っていたようだ。
元ベテラン冒険者だから当たり前か。
「お師匠様は、金魚を見た事があるのですか?」
「あるよ。若い頃に捕らえた事もある。たまたまだけどな」
「それは凄い」
俺達は、つい先日まで金魚の存在すら知らなかったし、他の冒険者が捕まえたという話も同様だ。
それがなんと、ブランタークさんは金魚を捕えた事があるという。
みんな、ブランタークさんに対し尊敬の眼差しを向けた。
「本当にたまたまだぜ。金魚を捕えようと思っていたわけでもない。あれは、俺がまだ駆け出しの頃だ……」
ブランタークさんが、王都からかなり北にある魔物の領域において狩猟をしていた時の事らしい。
「ちょっと休憩で森に沸いている泉で水を汲もうとしてな」
「酒じゃない」
「おい、リサ。俺も若い頃はそんなに酒が強かったわけでもないし、仕事中に飲まねえよ」
リサは、以前に噂でも聞いていたのであろうか?
ブランタークさんが、休憩で酒を飲まない事を不思議がっていた。
酔いが残るから、さすがに仕事中は酒を飲まないと思うけど……でも、魔物が弱い領域ならあり得るとか?
「あるか! どうせ俺が嫌いな連中の噂だろう。俺はできる冒険者だったからな。やっかみも当然あるさ」
自分で自分をデキる冒険者だと言ってしまうのか。
まあ、事実だから否定するつもりもないし、自惚れというよりは客観的に自分の実力を把握しているのであろう。
「話を戻すが、その泉にいたんだよ。金魚が」
金魚はそんなに泳ぎも早くないので、ブランタークさんによって簡単に捕まってしまったそうだ。
「それを持ち帰り、俺は興味なかったから冒険者ギルド経由で誰かに売ったわけだ。金魚だから、誰に売ったのかは知らんけど。ギルドが言わねえし、当時としてはいい金になったから俺も文句なかったってわけさ」
「へえ、そんなに簡単に捕まるものなのですね」
「あくまでも、そこにいればだぞ。そういつもいないから、稀少なんじゃねえか」
ブランタークさんによると、金魚は年に十匹前後しか見つからないらしい。
ふと人気のない水場に行くと、水面近くを漂っていたりする。
金魚を探すぞと気合を入れている人よりも、たまたまその水場にいるのを見つけたなんて人の方が多い。
ある意味、気まぐれな魚とも言えた。
「一匹見つかると、その水場は最低でも数十年新しい金魚が見つからない。単体でも繁殖できるのかどうかは知らんが、雄雌がいるのかも不明で、とにかく謎の多い魚だな」
幸運を呼ぶとされる不思議な魚。
黄金色の金魚ってわけか。
「見た目は最悪」
「そうだよな。俺も最初見つけた時は、全身奇妙なコブと水膨れみたいな膨らみで、何か病気にでもかかっているのかと思った。あれで健康らしいんだが、よくあんな不気味な魚を飼うよな。金持ちの考えが理解できんわ」
と言い終えたブランタークさんは、少し冷めてしまったお茶を飲み干してから、まだ用事が残っていると、バウルブルクの町に戻って行った。
帰りは、魔導飛行船を使うそうだ。
バウルブルク~ブライヒブルク間なら日に何便か出ているので、よほどの急用か大切な用事でもなければ俺に『瞬間移動』を頼まなくなっていた。
ブランタークさん曰く、船内で飲む酒が美味しいらしいのだが。
「じゃあ、イーナとルイーゼは駄目かな?」
「一年に十匹だからなぁ……難しいんじゃねえの?」
カチヤは、望み薄だよなと俺に言った。
宝くじの一等に当たるよりは……そんなに確率的には変わらないのか?
オヤツの時間が終わり、そして夕方。
俺が今日、イーナとルイーゼが金魚を探している水場まで迎えに行くと、二人はえらく興奮していた。
「ヴェル! 見つかったわよ」
「マジで?」
ブランタークさんの話から、そんなに簡単に見つかるものではないと思っていたんだが……。
「マジでイーナちゃんが見つけたよ。本当に金色なんだね」
と言いながら、ルイーゼが桶に入った金魚を見せてくれたのだが……。
「うわぁ、金色な事くらいしか取柄ねえ……」
前世の記憶で金魚ってのは可愛いイメージがあったのだが、この世界の金魚はとにかく不気味だ。
基本形はリュウキンなんだが、変な伝染病にかかったのではないかと思うほど、体中からコブというかイボが出ていて、他の部分も水膨れしたみたいにブヨブヨしている。
しかもそれが金色なので、余計に不気味に感じてしまうのだ。
ブサ可愛いければまだ救いがあるのだが、誰が見てもブサキモイであり、こんなものを飼う奴の気が知れない。
これを飼うのなら、まだ他の魔物でも飼った方がマシかもしれない。
「なあ、イーナ」
「交換アイテムだから問題なしよ」
自分で飼うわけではないから、不気味でも問題ないのか。
あくまでも、欲しい槍との交換用アイテムだからな。
「というわけで、急ぎあの骨董品屋で交換しましょう」
「その前に、屋敷に寄っていくから」
「えっ? どうして?」
「それが、みんな、金魚を見てみたいんだってさ」
どうしてこんな不気味な魚をと思わなくもないが、多分怖い物見たさなのだと思う。
金魚は珍しく、そうそう直接見られる物ではないというのもあるのか。
骨董品屋の店主に渡してしまえば、金魚という幸運アイテムの性質上、二度と他人には見せてくれないはず。
エリーゼすら『一度見ておきたい』と興味があるようであった。
「見なければ見ないで気になるのが人間だよね」
「そんな感じなんだろうな」
ルイーゼの言う通りで、人間はもの凄く不味い食べ物だと言われると、不味いとわかっているのに試食してしまう生き物だからな。
不気味で見る価値がない金魚でも、ひと目見ておきたいのだと思う。
「見ておけば、あとで何か話の話題になるかもしれないし」
「私が無理言ってここで探索させてもらって手に入れた物だからいいけど、こうして見てしまうと、見てみたいという思う人の気持ちがわかるような、わからないような……」
イーナも了承したので、俺達は金魚を持って『瞬間移動』で屋敷へと飛んだ。
屋敷中の人達はみな興味あるようで、まるで砂糖に群がる蟻のように金魚の入った桶に集まってきたが、すぐにその不気味さから見るのをやめてしまった。
「エリーゼ、どう?」
「どのような生き物でも、神が必要だからそういう容姿にしたのです。ただ、私には神の意思すべてがわかるわけでもありませんので……」
この世界でも、キリスト教のように生物は神がその形を作ったという説が主流になっており、エリーゼは金魚がブサイクなのにはちゃんとした理由があるのだと俺に言った。
神の意思なので自分にもわからない事があると言ったのは、やはり金魚がとてもブサイクだと思っているのであろう。
「カタリーナ、ヴァイゲル家が繁栄するように飼ってみるか?」
「さすがにこれは……つい世話を忘れてしまいそうですわ」
こんなブサイクな魚、カタリーナの美的センスには合わない……わざと世話をしないかもと言い放った。
それは可哀想なので、それなら元いた水場に放せばいいのにと思ってしまう。
「動くと余計気持ち悪い」
ヴィルマも大概容赦なかったが、確かに水面をフワフワと泳ぐだけで見ているこちらの気持ちが落ち込んでくる。
というか、これの世話をしている人、よく餌やりとか水替えができるな。
「旦那、もう十分に見たから、とっとと交換した方がいいかもな」
「ええ、話のタネとしてはもう十分よね。テレーゼにも見せておく?」
テレーゼは、ここ数日気ままな旅行に出かけているので、その間にもし金魚が死にでもすると槍と交換できなくなってしまう。
あとでアマーリエ義姉さんが話をすればいいと思う。
「話に聞いたところでは、そんなに簡単に死なないそうですけど。万が一という事もあります。そんなに何日も見ていても意味がないのもありますけど……」
リサも金魚について少しは知っているようだが、その頑丈さも幸運アイテム扱いされる原因のようだ。
そういえば、地球の金魚も何日か餌をやらなくても全然死なないからな。
「みんな、見た?」
ルイーゼの問いに、みんなが首を縦に振った。
「拙者、初めて金魚を見ますが、これを飼っていると不幸になるような気がしてなりませんな」
さすがのローデリヒも、初めて金魚を見たそうだ。
もう二度と見なくていいと断言していたが。
「じゃあ、早速持って行きましょう」
みんなもう十分だというので、俺達は例の骨董品屋に金魚を持って行った。
「おおっ! もう見つけたのですか!」
「運がよかったのよね」
「では、早速拝見……」
と言って、骨董品屋の店主が金魚の入った桶を覗き込んだ瞬間、彼は硬直してしまった。
自分が欲しいと言ったくせに、金魚があまりにも不気味で精神にダメージを受けたようだ。
「金魚ですよね?」
「ええ……」
「よかったぁ、じゃあ、『ラグレルアル作、双竜の槍』の槍と交換ね」
「あのぅ……やはり交換は……」
イーナが店内に飾ってあった槍を手にしようとすると、店主が彼女に何か言いたそうな表情を向けた。
きっと、気が変わって金魚が欲しくなくなったのであろう。
気持ちはかわらないでもないが、先に交換を提案したのは店主の方だ。
ルール違反はよくないので、俺は静かに店主とイーナの間に割って入った。
「イーナ、よかったな」
「イーナちゃん、よかったね」
俺の意図に気がついたルイーゼもさらに俺と店主の間に割って入り、彼の交換は中止という発言を完全に遮ってしまう。
曲がりなりにも商売をしている人間が、口約束でも契約を破るのはよくない。
「あの……槍は十万セントで売りますので……」
「いえ、交換で」
いや、俺達もこんな不気味な魚はいらない。
第一、屋敷に持って帰っても世話する人がいないじゃないか。
俺は嫌だし、きっとエリーゼでも嫌がるはず。
「幸運のアイテムじゃないか。お店が繁盛するかもよ。だから密かに持っている人も多いのだし」
「いやあ、私はもう隠居の身で、孫も最近景気がいいので稼ぎも悪くありませんし……別になくてもいいかなって思うのです」
普通こういう反応になるよな。
逆に、金魚をずっと飼い続けている奴の神経を疑いたくなる。
そのくらい、この金魚はとにかく不気味なのだ。
「他に欲しい奴に売ればいいじゃん」
「それまで、うちで預かるんですか……」
というか、どれだけ嫌なんだよ。
元々あんたが欲しいって言ったんじゃないか。
「じゃあ、槍は貰っていくから」
俺達は、半ば強引に金魚を置いて槍を持ち帰った。
「『ラグレルアル作、双竜の槍』。最高の出来ね。今度、魔の森で狩猟する時に使おうかしら?」
「それはやめた方がいいと思うな」
「どうして、ヴェル?」
「ほら、希少な槍だから、使って摩耗したり壊れたりしても補修が難しいと思うんだよ。そこを確認してから使わないと」
「それもそうね、ヴェル、いい事に気がついてくれてありがとう」
「どういたしまして」
それとイーナだが、金魚の不気味さには敏感だったが、自分が手に入れた槍の趣味の悪さにはまったく気がついていなかった。
好きな物なので、盲目状態なのであろう。
「つまりだ。イーナの嬢ちゃんは、どんな槍でも愛でてしまう事ができる、ある意味女神とも言えるわけだ」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
数日後、再び所用で屋敷に来たブランタークさんが下品なオヤジギャグを飛ばし、みんなから呆れられてしまうのであった。
「そういえば、ヴェル。あの店主さんが、金魚は無事に売れたってさ」
「へえ、世の中には変わっている人がいるんだな」
それから数日後、ルイーゼが俺にあの金魚が売れたのだという情報を持ってきた。
あれを買った人がいるのか……コレクターズアイテムだから購入希望者がいないわけがないのだが、俺なら一セントでも買わないと思う。
というか、金を貰っても飼いたくなかった。
「そうだよね、あんな不気味な魚を飼うなんて。ヴェルはもう金持ちだからいいんじゃないの?」
金魚なんていなくても、俺は金持ち……その分柵も多いが、もし金魚を飼ったら柵が全部消えるのなら飼ってもいいかも。
俺はバウマイスター伯爵だから、飼育は使用人に任せるという手もある。
特別手当てを出せば、引き受ける人もいるであろう。
「それにしても、誰が買ったんだろうね?」
「さあな? 意外と身近な人だったりして」
「そうかもね」
ルイーゼとそんな話をしてから、俺はいつものとおりバウマイスター伯爵としても仕事を始めるのであった。
「これもまた可愛いのである! 幸運にも、某に十匹目の金魚が! まさか、バウルブルクで購入できたとはである! 可愛いのである! 名前はリリーにするのである!」
どこかで聞いた事がある口調の人物が、運よく手に入れた金魚を見ながら一人喜びにうち震えるのであった。
しかし、金魚にその名前は似合わないと思う。