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第五話 リングスタット家の次期当主。

「ほほう、これは凄いな。また腕をあげたじゃないか。カタリーナの血かな?」


「あの年齢にしては、使える魔法の種類も多いですわね。お師匠様が色々と教えているのもあると思います」


「ただ教わるのと、それが実際に使えるようになるのとは別の話だ。デニスには才能があるんだな」


「お師匠様も嬉しそうですね」






 俺には段々子供が増えてきたが、その中にカタリーナが産んだ次男(母親別で分けないと八男だけど)にデニスという男の子がいる。

 現時点での魔力はフリードリヒより少し劣るが、多彩な魔法をも同時に五つまで、しかも連発して使えるという特技を持っていた。

 魔力に関しても、まだ十二なので成長途上にあり、俺は魔法使いとしての自分の純粋な後継者は、このデニスだと思っていたほどだ。


 そんなデニスを、ブランタークさんも可愛がってくれた。

 彼には娘が一人しかいないので、息子のようなものだと思ってくれているらしい。

 基本、うちの子達は全員可愛がってくれるのだが、特にデニスには目をかけている。


 今日も、彼の屋敷の庭で魔法を教わっていた。


「ふぃーーー。俺も年かな。デニスの腕前が上がったというのもあるか」


「そうかな? 僕はまだまだだと思うけど」


「慢心せず、向上心があるのはいい事だ」


「だって、僕の周りには魔法の化け物しかいないよ」


「それは言えてるな。導師とか、辺境伯様に、デニスの兄貴達もか」


「あそこに混じっていると、僕なんて全然普通」


「お前はあの中で一番若いのに、そこに混じれるだけで凄いんだよ。あと五年もすれば兄貴達は抜かれてしまうさ」


 俺とカタリーナが見守っていた稽古が終わり、ブランタークさんは屋敷の庭の芝生に腰を下した。

 彼ももう七十近いから、若いデニスと魔法の稽古をすると疲れが大きいのであろう。

 だが、可愛がっている弟子の成長が嬉しいようで、デニスに稽古をつけるのを決してやめなかった。


「デニス、ちゃんと汗を拭きなさい」


「わかったよ、フランツィスカ姉ちゃん」


「はい」


「ありがとう」


 二人の稽古が終わったのを見計らって、ブランタークさんの一人娘フランツィスカが汗を拭くタオルを持って姿を見せた。

 幸いというか、彼女はお母さん似だったようで美しい娘に成長していた。


 年齢は、デニスよりも六つ上の十八。

 父親であるブランタークさんが、屋敷の庭で魔法の稽古をつける関係で二人は顔を合せる機会が多く、デニスを本当の弟のように可愛がっていた。

 デニスも、彼女を本当の姉のように慕っていた。


「おいおい。ここは先に、父親である俺にタオルを渡さないか?」


「どっちでも同じじゃない」


「それはそうなんだけどよ……」


 ブランタークさんは一人娘であるフランツィスカを可愛がっており、自分よりも先にデニスに汗を拭くタオルを渡した娘に不満なようだ。

 よくある父と娘のシーンである。


「お茶を準備してあるから。バウマイスター辺境伯様とカタリーナ様もどうぞ」


「悪いね、ご馳走になるよ」


「遠慮なくいただかせていただきますわ」


 みんなで屋敷に入ると、ブランタークさんの奥さんがお茶を淹れて待っていてくれた。

 お茶請けのクッキーを食べながら、ちょっとした世間話を始める。


「デニスは、同じ年齢の頃の辺境伯様よりも凄腕かもな」


「そうですか」


「あれ? そんな事はないとか言わないのか?」


「いやだって……」


 元々平成日本人だった頃の癖で、俺は子供達に基礎から効率よく系統立てて魔法を教える事を躊躇わなかった。

 俺は師匠から教わったあと、ブライヒブルクに出るまで師匠が残した本以外はほぼ独学だったが、子供達には物心つく頃から厳しく魔法を教えている。


 効率は段違いで、その中でも特にデニスは器用で才能があった。

 同年代の俺よりも上達して当たり前なのだ。


「これでも、苦労して新しい教科書の執筆とかしているのですよ。昔より教育効率が悪かったら意味がないじゃないですか」


 バウルブルクにも冒険者予備校があり、しかも俺のお膝元という事で多くの魔法使い志望者が集まってくるようになった。

 忙しいのでそうそう直接指導もできないが、臨時講師をした時の経験も生かし、師匠の本に改良を加える形で、魔法使い用の教科書を作成していた。


 これを採用する冒険者予備校は多く、これを参考に授業をしておけば、魔法使いの講師がいない学校でも以前より上達のスピードが上がるという優れものだ。


 もっとも、これは俺が優れているからではない。

 元々師匠の本が優れものだったのと、同じく参考にした平成日本の学校カリキュラムが優れているからだ。

 知識もそうだが、上手な教え方という点では、近代教育の方が圧倒的に優れていた。


「なるほどな。でも、俺は『デニスなんてまだまだ』とか言うと思っていたけどな」


「そういう事は、もっと年を取ってから言うかもしれませんけど」


「辺境伯様は、まだ老け込むような年じゃねえだろう」


「まあ、そうなんですけど」


 三十代なんて、確かに年寄りの範疇には入らないか。

 中身はともかく。


「デニス、お茶のお代りは?」


「いる」


「クッキーの味はどう?」


「今日のは、フランツィスカ姉ちゃんが作ったの?」


「よくわかったわね」


「何となくわかる」


「何となくなんだ」


「口で説明するのが難しいんだ」


 デニスは、フリードリヒとは違って家を継ぐ義務もないし、色々な貴族家から婿に来ないかと誘われても興味はなさそうだった。

 俺も、一人くらい気ままな息子がいてもいいかと放置している。

 多分、成人したら冒険者にでもなるんじゃないかな?

 母親であるカタリーナは少し心配しているが、ある程度冒険者として活躍してから家に戻っても問題ないと俺は思っていた。


 どうせ優秀な魔法使いなのだから、冒険者を引退しても第二の人生で困る事なんてないのだし。


「さてと、ブライヒブルクの町でもブラつくかな」


 お茶とクッキーを食べつくしたデニスは、鍛錬も終わったし、ブライヒブルクの町で軽く遊ぼうかなと席を立った。

 このお気楽なところ、誰に似たのであろうか?


「ヴェンデリンさんだと思いますけど」


「えっ? そうなの?」


「自覚がないのですね」


 俺は、結構真面目に貴族様をしていると思ったんだけど。

 一日に三時間くらいは。


「デニス、買い物につき合ってよ」


「えーーー! 父さんが、女の買い物は長いって言ってたけど」


 デニス、そこでフランツィスカに、俺の印象が落ちるような事を言わないでくれないか。 

 俺も、一応評判は気にする方なんだ。


「長くても、楽しそうにつき合うと女の子にモテるから。今のうちに勉強しておきなさい」


「はーーーい」


 デニスは最初不満気だったが、すぐに機嫌を戻してフランツィスカと買い物に出かけてしまった。

 十二の男子は、女子との買い物なんて嫌がるのが普通だからな。


「辺境伯様、カタリーナ。ちいと相談がある」


「そうでしたね」


 普段、俺とカタリーナがデニスの稽古になんてつき合わない。

 デニスは『瞬間移動』を使えないが、『高速飛翔』が得意なので、ブランタークさんの屋敷まで魔法で飛んで行くからだ。

 本人はそれも修行だと思っているし、たまに進路上でワイバーンが邪魔をしても、彼のお小遣いになってしまうだけであった。


 それなのに、今日俺とカタリーナがここにいるのは、ブランタークさんの相談を聞くためであった。


「部屋を移るか」


 ブランタークさんに促され、三人は機密を保ちやすい彼の書斎へと移動する。

 この部屋は、掃除でメイドが入る以外は奥さんもフランツィスカも入れないルールであった。

 秘密の相談にはもってこいというわけだ。


「あのババア。また妨害しやがった」


「自分が結婚できないからって……怨念ですかね?」


「それもあるんだろうな。あとは、また新しい宝石でも欲しいんだろう」


 実は、俺もカタリーナも少し前からブランタークさんの悩みを知っていた。

 それは、このリングスタット家の将来であった。

 ブランタークさんには一人娘のフランツィスカしか子供がいないので、常識的に考えれば彼女が婿を取って家を継がせるわけだ。


 ブランタークさんは元々高名な冒険者であり、魔法使いでもあったから、膨大な資産を持っていた。

 これに加えて、ブライヒレーダー辺境伯家でも筆頭お抱え魔法使いであり、教養もあるので文官としてもなかなかに優秀。

 俺の師匠でもあるので、バウマイスター辺境伯家とも太いコネも持っている。


 リングスタット家は、ブライヒレーダー辺境伯家の中でもかなりの重臣家となっており、この家を継げると膨大な資産が手に入る。

 そこで、一族や重臣達が色々と画策しているらしい。


 自分の次男以下をフランツィスカの婿に送り出そうとしているわけだ。


「これがまた、どいつもこいつも札付きばかりでな」


 ブランタークさんも大物家臣になったのだから、婿を受け入れる事に関して不満はない。

 だが、その候補があまりにも酷すぎるのだという。


「つまりだ。ボンクラに継がせて、リングスタット家を没落させる計画なんだよ」


 ブライヒレーダー辺境伯家も、バウマイスター辺境伯領開発特需で成功して大きくなった。

 そのおかげで重臣家の数を増やせたが、増えたのが魔法使いとはいえ、元は外様、余所者というのが気に入らないのだそうだ。


「重臣家連中としては、自分の親族が別家を立てたとかなら不満はなかったんだろうな」


「でも、功績がないと重臣になれませんけど」


 ブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯の命令で俺の不幸によくつき合い、その結果ブライヒレーダー辺境伯家に莫大な利益があったから重臣になれた。

 他の重臣の親族とやらでは、俺の不幸につき合っても戦力にならないし、最悪死んでいたのではないかと思う。


「実際に参加して役に立たなかったわけでもないから、何とでも言えるのさ」


 もしうちの子が俺と一緒にいたら、もっと活躍できたのにとか抜かしているらしい。

 そもそも魔法使いでもないのに、その仮説には無理があるだろう。


「言っているだけだ。とにかく、ボンクラで本家のコントロールが効きやすいのを婿に入れようとしている」


 なるほど、そいつに命令して本家を援助させる。

 リングスタット家の資産を本家に移し、次代でリングスタット家を没落させるわけだ。

 優秀な人を婿にするとリングスタット家が没落しないので、わざと駄目な婿候補を用意しているわけだ。


「独自に探したんだがなぁ……」


 中堅から、優秀なら下級家臣の子供でもいいと範囲を広げて探したのだが、いざ打診すると断られてしまう。


「圧力をかけているのですか?」


「貴族も陪臣も同じだな。自分の家のためという名目なら、どんな悪事もござれだ」


 カタリーナの問いに、ブランタークさんは心底呆れた表情を見せた。


「ブライヒレーダー辺境伯はどう思っているのですか?」


「お館様は全面的に俺の味方をしたいんだろうが、まず無理だな」


 歴史のある大貴族家の欠点として、実は当主の権限がそこまで強くないというのがある。

 元々ブライヒレーダー辺境伯は次男であり、急遽当主を継いでからある程度自由にやれるようになるまで、水面下で一族や重臣達と張り合って苦労した。

 その後、家と領地が富んだので支配権は増していたが、ここで大人しくしていた一族と重臣達が蠢動を始めた。


 成り上がり者のリングスタット家を没落させるべく、動き出したというわけだ。


「お師匠様、アニータ様はどうして?」


「何もわかっていないからな。あの人は。頭の中身は子供なんだよ」


 要するに、重臣連中と組んでいる一族達が操っているわけだ。

 一族達としては堂々とブライヒレーダー辺境伯に逆らう度胸もないので、もしやりすぎて処分されても誰も悲しまないアニータ様を炊きつけた。


「あの人は、もう一生結婚もできないからな。うちのフランツィスカの婿が決まらないというだけで溜飲が下がるというわけさ。あとは、もしリングスタット家の乗っ取りが成功したら、宝石でも買ってもらえる約束なのかもな」


「……」


 ブライヒレーダー辺境伯も大変だな。

 なまじ歴史のある大貴族家だから、クズな一族や重臣がいても簡単に処分できないのだから。


「あのう、フランツィスカは大丈夫ですか?」


 護衛もつけず、町に買い物に出してしまった。

 もしかすると、重臣のバカガキが攫って既成事実をなんて事をしかねないような……。


「デニスがいるから大丈夫だろう。ここ最近、それを心配して外出させていなかったからな。ストレスも溜まるだろうから、デニスの買い物につき合わせたんだ」


 なるほど、だから未婚の娘が未成年とはいえ、男と買い物に出ても何も言わなかったのか。

 デニスなら、その辺のボンクラが数十人いても負けないだろうからな。

 あいつ、エルから剣や護身術も学んで結構上手だし。


 俺とは……比べるだけ空しいな。

 デニスの方が圧倒的に強いはずだ。


 というか、十二の子供に腕っ節で負ける父親ってどうなんだろう?

 魔法なら勝てるんだけど。


「最悪、ブライヒレーダー辺境伯家をお暇する事も考えているんだ」


「ブライヒレーダー辺境伯、泣くんじゃないですか?」


「とはいえ、こうも色々と面倒事があるとなぁ……」


 超凄腕の筆頭お抱え魔法使いに去られる。

 一族と重臣の企みを抑えられなかった責任はあるが、間違いなく王国においてブライヒレーダー辺境伯の評判がガタ落ちだ。

 ついでに、いい人材が放出されたと、貴族同士で奪い合いになるだろうな。

 ブロワ辺境伯家とか、ホールミア辺境伯家なんて、きっと大喜びであろう。


「どうして、ブライヒレーダー辺境伯様のお子さんの誰かが婿入りしないのでしょうか? 男の子が多いのに」


「領主の息子を、重臣とはいえ成り上がりの家に婿入りなんてさせられないさ。第一、それができていたら、ここまで問題は悪化していない」


 それは最低でも、フランツィスカが産んだブランタークさんの孫がリングスタット家の当主になってからでないと、という事らしい。

 俺からすると、とてつもなくどうでもいい事のように思えるが、重臣や一族達の反発が大きいわけか。

 そんな事情もあり、ブライヒレーダー辺境伯は完全に身動きが取れないわけだ。


「歴史ある大貴族家の欠点さ。辺境伯様は初代だから結構好き勝手にできるが、辺境伯様のひ孫あたりは、うちのお館様と同じような苦労をするはずだ」


 そうか、その頃にはバウマイスター辺境伯家でも分家や有力重臣家が、色々と口を出してくる可能性もあるのか。


「それは、その時の子孫が考えればいいからパス」


「ヴェンデリンさん、相変わらずですね」


「だってさ。今からそんな事を考えても仕方がないし」


 俺が気を使って遺言を残しても、それを子孫が実行できるなんて保証もないのだから。

 とにかく頑張って考えてくれという感じだ。


「相変わらずですわね、ヴェンデリンさんは。それで、お師匠様はどうなさるのですか?」


「お館様次第かな? 上手い解決策が出れば従うけど、駄目そうならお暇するのも視野に入れないとな。第一フランツィスカが可哀想だ」


 ブランタークさんは一人娘であるフランツィスカを溺愛しており、彼女がクズ男と結婚させられるくらいなら、ブライヒレーダー辺境伯家を出ても構わないと思っていた。

 まあ、ブランタークさんほどの魔法使いなら、どうとでも生きていけるから問題ないのだけど。


「うちの重臣の子供でも紹介しましょうか? 家臣同士ならアリでしょう」


「なんだがなぁ……完全に他家の婿だと、相当精神力が強くないと駄目だと思うぞ」


「ブライヒレーダー辺境伯家の重臣や一族に苛められそうですわね」


 特に、ブランタークさんの資産を狙っているような連中が。

 フランツィスカも結婚すれば、余計に一族や重臣の奥さんや娘達との付き合いも増える。

 加えて、アニータ様辺りが苛めそうな気がしてきた。

 あの人、無駄に暇だからな。


「ブロワ辺境伯様がこの話を嗅ぎつけて、『うちに来ないか?』って言われているんだ。筆頭お抱え魔法使いとして」


「当然ですね」


「むしろ、声をかけない方がおかしいですわね」


 ブロワ辺境伯家は、いまだ魔法使い不足に悩んでいるからな。

 領地の立て直しには成功し、お抱えの魔法使いは増えていたが、いまだ上級魔法使いを雇えなくて苦労している。

 その分、人数を増やして対応していると聞くが、辺境伯家が上級魔法使いを雇えないと、陰で他の大貴族からバカにされたりして大変らしい。


 大貴族ってのは、本当に面倒な事が多いのだ。


「そんな他人事みたいに……辺境伯様も、その大貴族なんだけどな」


「俺の場合初代なので、多少のマナー違反は陰で笑われるだけで済むので」


 そんな事は、もう今さらなので。


「とにかく、今は結論を急いでも仕方がありません。ブライヒレーダー辺境伯の動き次第でしょう」


 一族や重臣達を上手く抑えてくれるかもしれないからな。

 駄目なら、ブランタークさんは他家に仕官してもいいのだから。


「辺境伯様、俺に他家に仕官すればいいなんて勧めて大丈夫か? フィリーネ様辺りからあとで怒られるかもしれんぞ」


「フィリーネはそんな事で怒りませんよ」


 彼女ならブランタークさんの状況をよく理解しているはずだし、俺に嫁ぐまで本家の人達には唯一の娘としてとても可愛がられていたが、なまじ出来がよかったために、色々と微妙なアニータ様から嫌われたり、分家連中の方がフィリーネの母親の出自の低さを指摘してきたそうだ。


 フィリーネが現れた事で、自分達のブライヒレーダー辺境伯家中における序列が一つ下がったのだから嫌って当然かもしれないが、堂々と嫌がらせできるのがある意味凄い。

 ブライヒレーダー辺境伯から怒られそうな気がするんだが、そこでアニータ様なのだろう。

 

「お館様が急遽当主に就任した時、逆らったり足を引っ張って主流派から外れたような連中や、先代と違って当代のお館様は独裁的だと騒ぐ輩もいるからな」


 大貴族ともなると大変だな。

 当主に権限があるように見えて、実は重臣や一族に反体制派が多数いたりする。

 そういう連中が、アニータ様を神輿にしているのであろう。

 あの人、こう言うと失礼だが、頭が弱そうだからな。


「うちに来てもいいですよ」


「止めとくよ。俺まで仕官したら、他の貴族達からのやっかみが酷くなるぞ」


「それもそうか」


「独占しすぎだって言われるに決まっている」


 そうでなくても、うちは抱えている魔法使いの数が多すぎるからな。

 ブランタークさんまで引き入れたら、今度は嫌がらせされるかもしれないな。


「どこかにいい婿いないかな?」


「お師匠様は、魔法使いの方をご希望ですか?」


「そこまではな。まともで真面目な奴がいい。本当、うちを潰そうと婿候補がカスばかりなんだ。アニータ様が勧める事もあって、余計にバカばかり勧められているような……あの年で、あのドレスはねえよ」


「ですわね、私も気をつけませんと」


 カタリーナも、あまり派手なドレスは着なくなったものな。

 そういえば……前にアニータ様が、年齢も考えず真っ赤でフリフリを多用したドレスを着ているのを見てから、服装が大人しくなったんだっけか。


 それにしても、こういう話をしていると俺もブランタークさんも年を取ったと思う。

 などと思っていたら、そこにリングスタット家の執事が飛び込んできた。

 

「旦那様! 大変です!」


「出かけたフランツィスカに何かあったのか? しかし、一緒にデニスもいたよな?」


「はい。大変なのは、どちらかというとデニス様の方でして……」


「ええっ! デニスが怪我でもしたのですか?」


「いいえ、カタリーナ様。デニス様は傷一つ負っておりません。正確には傷を負わせたという方が正解です」


 リングスタット家の婿候補達によって直接的な手段を用いられないよう、フランツィスカにはデニスが付き添っていたんだが、どうやら上手く護衛の任を果たしたようだな。

 さすがは俺の息子と、ただ感心してもいられないか。


 きっと、ぶちのめされた連中とその親が騒ぐだろうからな。

 だが、デニスは正しい事をしたのだ。


 この正義の行動に対するトラブルは俺が拭ってやるしかあるまい。

 俺の大切な息子だからな。







「ぷっ、うちの十二の息子一人に十五人で挑んで一方的にやられ、しかも手加減されたとか。ごめんね、うちの息子が強くて」


「ヴェンデリンさん、そこで煽ってどうするのです」


 トラブルがあって急遽ブライヒレーダー辺境伯の邸宅に向かったんだが、詳細を聞いて俺はバカらしくなった。

 ブランタークさんから駄目な奴ら扱いされた、ブライヒレーダー辺境伯家分家や重臣の息子達であったが、どうにかしてフランツィスカの婿になろうとした。


 どうすればいいのかと、その辺いるダンゴ虫のような脳味噌で考えた結果、『既成事実を作ってしまえばいい!』とダンゴ虫らしい策が思い浮かび、デニス一人しか同行していないフランツィスカを町中で見つけ、『護衛が少ないラッキー!』とばかりにフランツィスカを誘拐しようとして、護衛のデニス一人にボコボコにされたというのが真相だ。


 二十歳前後の婿候補五人に、彼らには家人お供がいたので合計十五名でデニスに襲いかかったのに、一方的に叩きのめされてしまった。

 しかも、デニスはかなり手加減している。


 これも家風というべきなのか、ブライヒレーダー辺境伯家の一族はどうも腕っ節がイマイチの人が多い。

 分家の人間ともなれば、自ら鍛錬しなくても家臣がいるから弱くても問題ないというわけか。

 一人くらい武に長けた人がいればブライヒレーダー辺境伯も安心で、重用してくれるかもしれないのだが、遺伝的に難しいのかな?


 婿候補のいる重臣家も、どうやら文官の家ばかりで、腕っ節はイマイチのようだ。


 まだ幼さも残るデニスが、ブライヒブルクの町中で、分家とはいえ領主一族や重臣家のバカ息子達を一方的に叩きのめした。

 

『うちのお館様はいい領主様だけどよ。みんな弱いよな』


『戦争にならない事を祈るしかないよな』


 ブロワ辺境伯家との紛争に勝利したとはいえ、領民達からすればブライヒレーダー辺境伯家の人間が弱いなんて百も承知。

 とはいえ、十五人で襲いかかって一人に一方的に負けてしまったのは酷すぎだと思ったのであろう。


 ブライヒブルクの町中にいた領民達が『ブライヒレーダー辺境伯家の連中って弱いよな。戦争がなきゃいいな』と噂し合うのに時間はかからず、評判を落とした一族や重臣の子弟達をブライヒレーダー辺境伯が睨みつけていた。


 そもそもの理由が、ブライヒレーダー辺境伯ですらフランツィスカの婿を誰にするか判断を保留している状態で、勝手に、それも強引に物にしてしまえばいいと、短絡的な行動に出てしまったからというのだから救いがない。


 ブランタークさんからすれば、可愛い一人娘を攫われ、強姦されそうになったのだ。

 俺達と一緒に来て下手人達に冷たい視線を向けており、凄腕の筆頭お抱え魔法使いを失うかもしれないブライヒレーダー辺境伯も、同じような視線を彼らに向けていた。


「いくらバウマイスター辺境伯様のご子息とはいえ、私の可愛い息子を傷つけるなんて!」


「謝罪と賠償を要求しますぞ」


 何が凄いって、この状況で下手人の親達はデニスが暴力を振るって可愛い息子が怪我をした。

 謝罪と賠償をと、面と向かって俺に言える点であろう。

 いい根性をしているなと思うが、理由はわかる。

 勿論彼らも真相はわかっているが、ここで素直に謝るわけにいかないからであろう。

 なぜなら、もし一方的に非を認めてしまうと、ブライヒレーダー辺境伯から処分されてしまうからだ。


 ならば、一族と重臣達でタッグを組み『我々を処分してしまうと、ブライヒレーダー辺境伯家はガタガタになりますよ』と当主に脅しをかけているわけだ。

 そして……。


「ちょっと、みんな元気がすぎちゃっただけなの。アマデウス、許してあげたら?」


 人間、いくつになってもバカはバカ。

 その代名詞であるアニータ様が現れ、何と下手人達を庇い始めた。

 さすがは軽い神輿、彼らの思うがままに動いてくれるな。

 一族と重臣連中がニヤニヤと笑っている。


「(ヴェンデリンさん?)」


「(なあ、こいつらに神妙な態度なんて無駄なんだよ)」


 カタリーナ、どうしてかわかるか?

 それは、彼らからすれば俺なんて、元は水呑み騎士であるバウマイスター家のオマケの子でしかないからだ。

 今の俺がどういう地位や立場なのかは関係ない。

 むしろ、そんな都合の悪い事実は受け入れたくないというわけだ。


「(バカなのですか?)」


「(バカなんだよ)」


 人間、驚くほど優れた人もいるが、逆に驚くほどのバカもいる。

 こいつらは、その具体例というわけだ。

 俺に逆らっても、ブライヒレーダー辺境伯がいるから大丈夫だと本気で思っているのだから。


「大変ですね、ブライヒレーダー辺境伯」


「長い家って、こういう問題が出るんですよね」


 世襲可能な分家や重臣家であるが、どうも地位に伴う能力がない人の割合が月日と共に増えていくというわけだ。

 バウマイスター辺境伯家も気をつけなければと思うが、こればかりはいくら努力しても完璧には防げないからな。


「アマデウス、私、思うのよ。もうフランツィスカちゃんのお婿さんを、この五人の誰かに決めた方がいいと思うの」


 そして、恐ろしいほど空気を読まないアニータ様。

 自分の娘を攫って襲おうとした五人の誰かを婿にした方がいい、と父親であるブランタークさんの前で平気で言えてしまう彼女に、俺とカタリーナは恐怖してしまう。

 ふと隣のブランタークさんを見ると……その表情が能面のようになっていた。

 下手に怒った表情をされるよりも怖い。


「ブランタークさん、ドウドウ」


「お師匠様、ここは冷静にですね……」


「俺は冷静だよ、いつもな」


 というか、俺とカタリーナとデニス以外はわかっていないだろうが、ブランタークさんの中で魔力が荒ぶっている状態であった。

 いつ大規模魔法が発動してもおかしくない。


 ただの悪党なら、骨も残さず焼き尽くされるだろうな。


「とってもいい子達なのよ、リングスタット」


 誰か、アニータ様を……いや、このババアを黙らせてくれ。

 どこの世に、嫁にしたい女性を攫ういい子達が存在するというのだ。

 このババア、この五人の誰かが上手くリングスタット家の婿に入れたら、お礼で新しい宝石やアクセサリーが買い放題だと思っているんだろうな。

 普段はブライヒレーダー辺境伯がお小遣い制にして浪費癖を防いでいるので、新しい財布を探そうとした結果がこれか……。

 なまじ、ブライヒレーダー辺境伯の叔母だから余計に性質が悪い。


「うーーーん」


「あら? バウマイスター辺境伯様、何かいいお考えでも?」


 ババアが俺に話しかけてきたが、そういえば初めてか。

 多分、今まで話をしないで済んだのは、ブライヒレーダー辺境伯の配慮だったんだろうな。

 彼女が俺に対して失礼な事を言えば、ますます彼の胃が痛くなるであろうし。


「いえ、他の家の話に口は出せませんよ。とっくに、ブライヒレーダー辺境伯がいい考えを思いついたのでは」


 俺があれこれと言うのは筋違いだからな。

 最悪、ブランタークさんなら黙って俺に頼るだろうから、こっちの庇護下に入れば一族や重臣如きが手を出せなくなる。


「なぜ、私がリングスタット家を重臣の列に加えたのか。それは、彼が魔法使いであったから。我が家は武に長けた人材が少ないので」


 ブランタークさんの戦闘力については、今さら言うまでもない。

 残念ながら、ブライヒレーダー辺境伯家一族や重臣に腕っ節が強くて有名な人は存在せず、だから外部に人材を認めた。


「父の魔の森遠征で、数少ない武に長けた家臣も減りましたからね」


 このままでは、頻繁に紛争を起こしているブロワ辺境伯家に対抗できなくなるかもしれない。

 だからこそ、ブライヒレーダー辺境伯はブランタークさんを好待遇で招聘し、その功績を認めて重臣の列に加えたというわけか。


「ですが、その子供が魔法使いというわけでもありません」


「だからですよ。私は、次のリングスタット家当主は武に長けた人がなってほしいのです」


 バカ共の親の一人が、ブライヒレーダー辺境伯に異を唱えた。

 次代が魔法使いでもないのに、なぜリングスタット家を重臣の列に加えたのかと。

 つまり、自分達が今動いているのは、あくまでも家内のバランスを重視しての事だと。


 それで悪事を働いていれば世話はないのだが。


「ふーーーん、そうなんだ。じゃあ、みんなで戦ってみればいいのね。五人の中で一番強い子がフランツィスカちゃんのお婿さんだ」


 ここで空気を読まず、私の考えた最高に冴えた方法を口にするババア。

 ある意味、バカは最強なのだと思う。

 というか、この五人の中で一番強くても、紛争ではまったく役に立たないだろうな。

 ゲームでいうと、武力一桁同士がレベルの低い争いをするようなものだからだ。


「強い者が次のリングスタット家当主というわけですか。ならば、他の家臣達にも門戸を開くべきですね」


「それは勿論」


 バカ共の顔に笑顔が浮かんだ。

 この時点で、この連中の魂胆が簡単にわかってしまう。

 五人以外の参加者が出ないよう、圧力を加える。

 どうせ参加して五人を倒したとしても、多くの分家や重臣に睨まれながらやっていくのは骨が折れるので、誰も立候補しないわけか。


「(嫌な連中だな)」


 俺の事を、水呑み騎士の八男坊と侮るわけだ。

 大貴族家の一族及び重臣という特権に浸かって腐りきっているのであろう。


「(ブランタークさん、辞めた方が正解ですよ。多分)」


「(かもな)」


 このままではブライヒレーダー辺境伯家を出ていくしかないかと、ブランタークさんも覚悟したようだ。

 今のままでは、ブライヒレーダー辺境伯も認めざるを得ないであろう。

 その判断を覆すには、彼がこのウザイ一族や重臣共を処分する決断ができるかにかかっているな。

 これまで順調だった彼の、久々の躓きというわけだ。


「ねえ、父さん」


 などと考えていたら、突然デニスが声をあげた。


「僕、立候補するよ」


「はい?」


 最初、俺はデニスが何を言おうとしたのか意味がわからなかった。


「だからさ、僕がフランツィスカ姉ちゃんの婿になるから」


「「「「ええっーーー!」」」」


 まさかの申し出に、俺、カタリーナ、ブランタークさんに、ブライヒレーダー辺境伯まで大声をあげてしまった。


「別に僕がその決闘に出てもいいはずだけど。ブライヒレーダー辺境伯様はどう思いますか?」


「構いませんよ。私は、次のリングスタット家当主に武を期待しているのです。強ければ問題ないです」


 などと冷静に答えつつも、ブライヒレーダー辺境伯の顔が緩んでいた。

 おーーーい、うちの息子なんだけど。


「あっ、でも」


「どうかしましたか? デニス君」


「強さを競うだけだから大丈夫かなと思ったんだけど、他の五人って、全然鍛えていないから、もしかしたら手加減しきれなくて死んじゃうかも」


 まあ確かに、いくら武に長けた者が少ないブライヒレーダー辺境伯家家臣の子弟でも、普段から鍛えていれば、よほど運が悪くない限り模擬戦闘で事故死なんてあり得ない。

 ところが、あの五人は筋金入りで弱い。

 というか次男以下なんだから、普通は諸侯軍で飯が食えるように鍛えさせないか?

 甘やかすから、貧弱バカになるんだよ。

 かといって、優秀な文官になりそうにもないし。

 きっとコネだけで職が得られるとか、甘い幻想を抱いていたんだろうな。


「『一応』、ブライヒレーダー辺境伯様の親戚と重臣の子弟でしょう? 死んじゃうと問題になるかなって」


「いいえ、なりませんよ」


 と、答えるブライヒレーダー辺境伯は、一族や重臣達に勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「これはブライヒレーダー辺境伯たる私が、リングスタット家次期当主を決めるために催す模擬戦なのです。そこで運悪く死んだとしても、これは事故。デニス君に責任なんてありません。手加減のある模擬戦で死んだ方が悪いのです。リングスタット家当主になれるかどうかの瀬戸際なので、ここは命を賭けてほしいという気持ちもあります」


「そうですか。だってさ。楽しみだね」


 そうデニスが例に五人向けて声をかけると、連中はその場で震えあがってしまった。

 どう足掻いても、五人がデニスに勝てるはずがないからだ。


「では、リングスタット家の次期当主につきましては、参加者による模擬戦闘での勝者がなるという事で。構いませんよね?」


「「「「「はい……」」」」」


「開催は一週間後としましょうか。準備もありますから」


 ブライヒレーダー辺境伯が決定した事により、一週間後、フランツィスカの婿を決める模擬戦闘が行われる事が決まったのであった。







「デニス、本当にいいの?」


「僕としては好都合だけど、それが?」


「でも、私は、あなたよりも六つも上だから……」


「僕がいいと言っているからいいんだよ。フランツィスカ姉ちゃんは安心して待っていれば問題ないから。おばさんと一緒に婿取りの準備でもしていれば? でも、僕はまだ未成年か」






 ブライヒレーダー辺境伯が決断したので、俺達はブランタークさんの屋敷に戻ってきたんだが、我が息子ながら、何だろう? この男前は、と思わずにいられない。

 デニスは、自分がフランツィスカと結婚してリングスタット家を継ぐから問題ないと宣言し、屋敷に戻ってきてからは、フランツィスカに膝枕をしてもらいつつ、耳掃除をしてもらっていた。


 なるほど、これがリア充とイケメンの融合体というやつか。


「で、ブランタークさんはどう思います?」


「宣言しちゃったからな。お館様も認めたし、デニスに妙なちょっかいを出せば、辺境伯様を怒らせる。あいつらを封じるには都合がいいな」


 ブランタークさん、これまでは色々と悩んでいたのに、今では晴れ晴れとした表情だ。

 一番お気に入りの子が義息子になるんだから、嬉しくて当然か。


「というか、辺境伯様こそいいのか?」


 いいも悪いも、デニスは自分がこうだと決めたら突き進むタイプだからな。

 他人の意見なんて聞きゃしないので、反対しても意味がない。


「カタリーナはいいのか?」


「本人がそうしたいというのであれば仕方がありませんわ」


「それは意外だ」


 カタリーナは、デニスが若い頃は外に出ても、いつかヴァイゲル準男爵家に入ると信じていたはず。


「デニスがこうと決めたら、私の言う事なんて聞きませんわ。これも父親の血なのでしょう」


「えっ? 俺?」


 俺ほど、周囲の空気を読んで動く人間は珍しいと思うけど。

 

「ヴェンデリンさんも、頑固で自分を曲げない時があるではないですか」


 主に食べ物の事とかか? 

 

「幸い、デニスは次男ですから」


 カタリーナも反対しなかった事により、デニスはリングスタット家に婿入りする事になった。 

 勿論、模擬戦闘であの五人に勝てたらだが、よほど何かなければデニスの勝利は硬い。

 デニスが強いのは勿論だが、あの五人が弱すぎるんだよなぁ。

 あそこまで弱いと、逆に感心してしまう。


「若干、年齢差が気になるかな?」


「ヴェンデリンさん、それをあとでリサさんやアマーリエさんに報告してもよろしいですか?」


「待った!」


 俺の息子だからアリだな。

 デニスは強いが、軽い部分もないわけではない。

 ちょっとくらい年上の嫁さんの方が抑えも効くか。


「じゃあ、僕は当日までここに泊まるから」


 またあのバカ共が、フランツィスカに何か企むかもしれない。

 デニスが残っていた方が安全か。


「親子の語らいは必要だからな」


「ブランタークさん、すげえ喜んでる!」


「本当ですわね」


 お気に入りの子供が婿入りするので、ブランタークさんはとても嬉しそうだった。

 先ほどまでの暗い表情が嘘のようだ。


「だけど、必ずしもデニスが勝てるという保障もないのでは?」


 デニスの強さが問題ではなく、模擬戦闘までに妨害やインチキで勝とうと目論む可能性は高いか。

 ここは、俺がひと肌脱ぐしかないのであろう。

 これも、可愛い息子のためだ。


「とか言って、本当はただ王宮筆頭魔導師のお仕事を休みたいだけでは?」


「そっ、そんな事はないし……」


 カタリーナめ、さすがに気がついていたか。

 導師の実力と性格だからこそ好き勝手できたみたいだが、王宮筆頭魔導師の仕事って、儀礼的なものが多くて肩が凝るんだよ。

 昔から俺の事をバカにしていた、ブライヒレーダー辺境伯家の一族や重臣でもイビっていた方が楽しいというものだ。


 ストレス解消ともいうか。


「ヴェンデリンさん、どうなさるおつもりで?」


「どうせ向こうは碌な事を考えていないんだから、俺達も碌でもない事をするのさ」


「はぁ……」


 悪事には、悪事で対応する。

 それもバレないように。

 あんな連中、どうせ潰れてもブライヒレーダー辺境伯は擁護なんてしないからな。


「カタリーナも手伝ってくれよ」


「私もですか?」


 さてと、早速あいつらを騙くらかすとしますかね。






「おい、どうしてどうしてこうなってしまったんだ?」


「クソッ! アマデウスの奴め! 一門でも席次が上の我らに配慮せず、あの水呑み騎士の八男にばかり肩入れしやがって!」


「怒鳴っている場合ではないのでは? 問題は、我らの息子達ではデニスとかいう小僧に勝てないという事なのだから」


「左様、早急に手を打たねば」


「とはいえ、あと三日であのデニスとかいうガキを闇討ちなんてできるのか? こうかれこれ四日も相談しているが、解決策が出ないではないか!」


 困ってしまった。

 これまでは、我らブライヒレーダー辺境伯一門と重臣家によるリングスタット家乗っ取り工作は順調に進んでいたというのに。

 それを、あのバウマイスター辺境伯が余計な邪魔をしてきやがった。

 昔は、我らよりも遥かに貧しい貧乏騎士の子供だった癖に生意気な!


 しかも、あいつはアマデウスばかりに配慮しやがって!

 ブライヒレーダー辺境伯家ほどの大家ともなれば、我ら一門や重臣家にも配慮して当然なのだ。

 それなのに、季節の贈り物すら寄越した事がない。

 そんな事も理解できない貧乏人の成り上がりが、ブライヒレーダー辺境伯と同格の辺境伯となり、今は形式上隠居したが王宮筆頭魔導師だと。

 機会があればぶち殺してやりたい気分だ。


「やはり、リングスタットの小娘を誘拐して既成事実を作ってしまおう。前回は失敗したが、今回は上手く行くのでは?」


「それも無理だろう」


 あのデニスとかいう小僧がリングスタット家に滞在し、いつも小娘と一緒にいるからな。

 しかも、これみよがしにイチャイチャしやがって!

 あんな小娘、リングスタット家の財産のオマケでしかないが、あの小娘と結婚しなければリングスタット家の莫大な財産に手を出せないからな。


 我ら五人の息子の誰かが、リングスタット家の次期当主となる。

 財産は我らで山分け、分不相応なリングスタット家を適正な規模にしてしまう。

 成り上がりの癖に、今の当主はともかく、次世代以降も重臣家として存在感をアピールされたら堪らないからな。

 それなりの規模まで縮小してもらう事こそが、結局はリングスタット家のためでもある。

 我々は優しいのだ。

 何も、リングスタット家を潰すなんて言っていないのだから。


「しかし、さすがに他の一族や重臣達からの反発も強くなってきた。彼らから出た婿養子候補をことごとく潰してきたからな」


「放置しておけ!」


 どうせあいつらも、リングスタット家の財産が目当てなのに違いはない。

 同じ穴のムジナの癖に、アマデウスにチクリやがって!

 あとで覚えてやがれよ!


「それで、どうするのだ?」


「今考えて……「旦那様、少し変わったお客様です」」


 さて、どうやってあのデニスというガキを排除しようか考えようとしたその時、我が家の執事が来客を告げた。

 しかも、変わった客だという。

 大切な話の最中なので、ただの客なら執事もあとにしてくれと追い返すはず。

 報告に来たという事は、会って価値のある客というわけだ。


「どんな奴だ?」


「王国考古学協会の研究員だとか。いかにも学者然とした若い男女二人で、旦那様の悩みを解決できる品を持っているとか」


「話を聞こう」


 駄目元だが、もしかしたらこの状況を打開できるかもしれない。

 

「お初にお目にかかります。王国考古学協会研究員のノートン・リックと申します」


「同じく、研究員のイルザ・サーラ・フォン・ミューエと申しますわ」


「これは、我が家にようこそ」


 執事が一瞬目配せをしてきたが、こいつらは本物だろうな。

 特に女の方は貴族の出だ。

 考古学なんて金になりそうにない学問ができる若者なんて、金持ちか貴族の子弟が大半なのだから。


「して、どのような用件で? 発掘の許可なら、お館様に申し出た方がいいと思いますが」


「それもあとで欲しいのですが、まずはとある品を購入していただきたく」


「とても役に立つ品だと思いますわ。特に三日後には」


 この二人、リングスタット家の婿を決める模擬戦闘の事を知っている。

 実家からの情報か?

 

「ほほう、どのような品なのです?」


「お時間がないようなので単刀直入に申し上げます。発掘品の魔道具ですわ。明後日の戦いで勝利できる」


 戦闘力が皆無に近い息子達が、あのデニスに勝てる魔道具か。

 明後日の模擬戦闘、当然代理人は立てられないが、武器の使用は認められている。

 でなければ、あのデニスとういうガキが魔法で一方的に有利になってしまうからだ。


「普通の武器で、あのデニスとかいうガキに勝てるのか?」


 勝てるのなら、その魔道具を買ってやってもいいと、二人に言い放った。


「その威力、見せてさしあげましょう。デモンストレーションというやつです」


 若い男の方が、自信満々にその魔道具の威力をお披露目すると断言する。

 そこで、早速ブライヒブルク郊外にある無人の平原へと移動した。


「この岩がいいですね」


 若い男は、平原に鎮座する高さ十メートルを超える大岩を標的に、持参した魔道具の威力を見せると言う。

 あんな大岩、並の武器ではほとんど壊せないはずだが、若い男は自信満々のようだ。


「それは?」


「古代魔法文明時代、軍が使用していた武器ですよ。この筒から、大岩を木っ端微塵にする魔法が飛び出すのです。まあ、見ていてください」


 大岩から百メートルほど離れた位置から、若い男は筒を構え、照準をつけ始めた。

 ミズホで開発されたという魔銃に近い兵器のように思える。


「では、発射するので耳を塞いでください。あと、もっと大岩から離れた方がいいですよ」


 それほどの威力というわけか。

 我々が大岩から十分に距離を置き、耳を塞いだ瞬間、若い男は筒から魔法を発射した。

 と思った瞬間には魔法が大岩に突き刺さり、大きな爆発音と閃光と共に大岩を木っ端微塵にしてしまう。

 その跡地には何も残っていなかった。


「凄い……」


「これからうちの息子でも勝てるはず」


「いくらなのだ?」


 大岩が木っ端微塵になる瞬間を目撃した我々は、必ずこの魔道具を手に入れようと決意した。

 これがあれば、リングスタット家の財産を手に入れたも同然なのだから。


「ですが、この魔道具はあと一個しかないのですよ」


「あと一個?」


「ああ、言い忘れていました。この魔道具は一回限りしか使えない使い捨てなのです。実際にその威力を見ていただかないと信じてもらえないので、今、一個は使ってしまいました。残りは一個ですね」


「もっとないのか?」


「さすがに我々も危ない橋を渡っているわけでして」


「この手の発掘品は、王国が管理して当然のもの。なぜここに存在するのか、意味はおわかりですわよね?」


 本来お上に報告するべきところを、この二人は発掘品を懐に入れた。

 もしバレれば、最悪処刑される危険もあるわけだ。


「なぜ危険を犯す? お前達は遺跡を発掘していればいいではないか」


「それが難しいから、我々はあなたにこれを売ろうとしているのです」


「我々の敵も、バウマイスター辺境伯ですから」


「どういう事だ?」


「彼は、我々の領分にまで手を出してきた」


 バウマイスター辺境伯が懇意にしているアーネストという魔族。

 彼は紆余曲折の末に人間と魔族の交流が始まった事により、王国考古学協会にも所属するようになった。

 そこで成果をあげたアーネストに予算と人員が集中し、その結果割りを食う派閥が出てしまったのだという。


「ここは人間の土地で、遺跡発掘を取り仕切るのは我ら人間の考古学者であるべきだ!」


「魔族に好きなようにされ、憂国の感情を抱いている者も一定数いるのですわ」


 そこで独自の発掘資金を得るべく、我々に魔道具を売るというわけだ。

 なるほど、我々の共通の敵は同じというわけか。


「人間だけのグループで大きな成果をあげ、もっと予算と人員を勝ち取れるようにしたいのです」


「わかった。それで、あと一つしかない筒はいくらなのだ?」


「はい、三千万セントです」


「「「「「三千万セントだと!」」」」」


 あまりの高額に、我々は思わず大声をあげてしまった。

 いくらブライヒレーダー辺境伯家分家と重臣家でも、単独では用意できない金額だ。


「安くならないのか?」


「発掘には金がかかりますので。我々としても、結構勉強したつもりなのですが……」


 明日までに無理をすればかき集められない金額でもないが、もし失敗したら我々は破産してしまう。

 他の四人も『どうしようか?』という表情を浮かべていた。


「しかし、さすがに高すぎるであろう」


 仲間の一人が、若い考古学者にもっとマケろと言い始めた。


「それならば仕方ありませんね。今回は縁がなかったという事で」


「そんなに簡単に退くのか?」


 独自に発掘作業を行うため、金がいるのではなかったのか?


「他に買ってくれそうな候補がないわけでもないので、そちらに交渉すればいいかなと」


 そうか! 

 この魔道具を不埒な事に使おうと、高額で購入してくれる者などいくらでもいるというわけか。

 貴族同士の暗闘、家督争いなど。

 地方貴族がこの魔道具を用いて事を成したとしても、中央の王国政府が気がつく可能性は低い。

 特にこの魔道具に関しては、一回限りの使い捨てなのだ。

 もし発掘兵器の使用を疑われて調べられても、一度魔法を撃ってしまえばただの筒でしかない。

 証拠がなくなるのもよかった。

 

「わかりますか? ブライヒレーダー辺境伯様は強い家臣を望まれたので、模擬戦闘に代理人の出席は認めていない。ですが、魔道具の使用に関しては何もおっしゃっていません。想定外かもしれませんが、これを用いても問題にはなりませんよ。彼が騒げば、それは王国政府の知るところとなり、違法な魔道具が使用された件で、彼が叱責なり処罰されてしまうのですから。バウマイスター辺境伯の息子の小僧ですが、彼は魔法使いです。死にはしません。運悪く死んだとしても、バウマイスター辺境伯とブライヒレーダー辺境伯が揉めるだけです。何か問題がありますか?」


「私達も独自の情報を持っていますが、リングスタット家の資産が自由になるのであれば、その金額は三千万セントの十倍以上。ここで先の三千万セントを惜しむとは……大事を成すに対し、投資を惜しむのは高貴な身分の人間としてどうでしょうか?」


 この二人、やはりそれなりの教育を受けた家の子弟だな。

 それに、彼らの言い分には納得できる部分も多い。

 ここで三千万セントを払ったとしても、リングスタット家の総資産はその十倍以上だ。

 ここで金を惜しむべきではないか。


「支払おう」


「毎度ありがとうございます」


「わかっていらっしゃると思いますが、代金は前払いで、すべて現金でお願いしますわ」


「わかった、支払おう」


 我々はこれまで蓄えていた資産に、屋敷や土地、美術品などを担保に懇意の商人から金を借り、その日の夜までに三千万セントを支払い、魔道具の筒を手に入れた。


「一つしかないがどうする?」


「こうなったら仕方がない。うちの息子に使わせてくれないか。資産については、ちゃんと五等分にするから」


「わかった」


「ここで争っても意味はないか」


「約束は守っていただきますぞ」


「当然だ」


 これは、以前からの約束どおりだから仕方あるまい。

 五家で三千万セントを集めるのには苦労したから、ここで約束を破ったら大変な事になってしまう。


「運悪く、デニスとかいうガキが木っ端微塵になっても仕方がないな」


 ざまあみろ!

 水呑み騎士の八男風情が、分不相応の大身になるから息子を殺されるのだ。

 これでアマデウスと仲違いすれば、その隙を突いて我々がブライヒレーダー辺境伯家において影響力を増す事も可能になる。

 その資金として、リングスタット家の資産があるからな。

 そして、運命の日がやってきた。






「ふぁーーー。お姉ちゃん、食べさせてちょうだい」


「もう、デニスは子供ねぇ」


「そうそう、僕は子供だからちゃんとお姉ちゃんが面倒を見ないと駄目だよ」


 リングスタット家の次期当主を決める模擬戦闘は……実質決闘なんだが、言葉が物騒なので模擬戦闘と言っている……ブライヒブルク郊外にある無人の草原で行われる事になった。

 今日まで隙なくフランツィスカを護衛したデニスであったが、先に現地に到着したのはいいが、フランツィスカに膝枕をしてもらいながら、オヤツのクッキーを食べさせてもらっていた。


 これを見た対戦相手と、その親達は顔に青筋を浮かべて激怒している。

 さすがに、バカにされているのがわかったみたいだ。


「我が息子ながら、意地が悪いな」


「相手の心を攻めるのはいい作戦ですが、油断しすぎて思わぬ不覚を取らないか心配ですわ」


「あはは……」


 これは、父親と母親の差かな。

 カタリーナは、デニスが油断しすぎではないかと心配していた。


「大丈夫だよ。僕も相手の実力が下ってだけなら油断なんてしないよ。でも、あの連中はそれ以下だから」


 強い弱い以前の問題だとデニスは連中に言い放ち、彼らは余計に怒りを増しているように見える。

 リーダー格っぽい分家のおっさんは、顔が茹蛸のように真っ赤に変化した。

 よほど頭にきたのであろう。


「そろそろ始めましょうか」


 とそこに、ブライヒレーダー辺境伯がブランタークさんを連れて姿を見せる。

 

「要は、六人の中で一番強い者が次のリングスタット家当主です」


 模擬戦闘は、トーナメント式ではなくて総当たり戦だとブライヒレーダー辺境伯が説明した。

 それはいいのだが、デニスと戦うと一回で戦意を喪失してしまうと思うのだが、そこのところはどう考えているのであろうか?


「戦意を喪失した時点で失格です。私は、リングスタット家当主に強さを求めています。その程度で戦意を喪失する者など、当主に相応しくない。では、早速決めたとおりに模擬戦闘を開始してください」


 最初の戦いは、いきなりデニスと、彼らのリーダー格である分家のドラ息子とであった。

 早速戦う前の顔合わせが行われたが……。


「(ぷぷっ、持ってる)」


「(ヴェンデリンさん、しっ!)」


 分家のドラ息子は、後生大事そうに筒を持っていた。

 

「(精々、その威力を確認してくれ。ぷぷっ)」


「(ヴェンデリンさん、しっ、ですわ)」


 と俺に言いつつ、カタリーナも吹き出しそうになっていた。


「魔道具ですか?」


 分家のドラ息子が持つ魔導具に気がついたブライヒレーダー辺境伯が、魔道具を使うのかと顔を顰めさせた。


「お館様、何か不都合でも? 魔法に魔道具で対応するのは当たり前ですし、そういう武器を使いこなすのも戦闘力のうち。第一、魔道具の使用は禁止されておりません。それは、お館様が一番よくご存じなのでは?」


 お前が言わなかったからだ。

 この間抜けめ。

 ブライヒレーダー辺境伯に対し、分家当主の顔がそう言っていた。


「仕方がありませんね……」


 ブライヒレーダー辺境伯は、渋々ではあるが魔道具の使用を許可した。


「では、始めようか」


 これまで大人しくしていたブランタークさんが、模擬戦闘開始の合図をする。

 試合が始まると、分家のドラ息子は全力でデニスとの距離を取った。

 駆け足でデニスから百メートルほど離れると、持っていた筒を彼に向け、照準をつけ始める。


「君、遠距離から僕を攻撃する術を持っているの?」


「持っているのさ。貴様はこれで敗北する! 食らえ! 高威力の魔法を!」


 時間をかければ不利になると、分家のドラ息子は筒を構えて照準をつけると、すぐに安全装置を解除した。

 これで筒に封じ込められた高威力の魔法が飛び出し、デニスを直撃する。

 そのあまりの威力に、デニスは肉片すら残らず木っ端微塵になる……予定であった。


 ところが……。


「あれ?」


 現実は、『パン!』という音と共に紙吹雪と紙テープが飛び出しただけ。

 当然、その標的にされたデニスは無傷のまま。

 距離が離れすぎていて、デニスには何が起こっているのかすら理解していないかも。

 あまりの結果に、分家のドラ息子は唖然とした表情を浮かべていた。

 そして、『話が違うじゃないか!』という顔を父親に向けている。


 筒に込められた魔法で、気に入らないガキを木っ端みじんにできるんじゃないのかと。


「そんなバカな……」


 父親の方も唖然としているな。

 まさかと思っているのであろう。


 だが、三千万セントで購入した起死回生の切り札が、ただのパーティーグッズだったなんて、貴族社会ではなくもない話だ。

 発掘品の鑑定は難しいからな。

 それに、詐欺ってのは騙される方にも責任がないとは言えないのだし。


 えっ?

 どうして俺がそんな事を知っているのかって?

 偶然だよ。

 俺もカタリーナも、王国考古学協会研究員ノートン・リックとイルザ・サーラ・フォン・ミューエなんて二人組は知らないから。

 

「うん? これは『掴みはオーケー』ってやつなのかな?」


 デニスも、ようやく状況を理解したようだ。

 敵が魔道具に込められた魔法で自分を攻撃しようとしたら、どうも思っていたのと違う結論になってしまったようだと。


「自分で攻撃すればいいのに、安易に魔道具に頼るから。実際に使ってみないと効果がわからない魔道具もあるのに……じゃあ、始めようか」


 元々戦闘力など皆無に等しい分家のドラ息子なのに、初っ端で切り札がただの玩具でしかない事が判明してしまった。

 しかも、使い捨てなのでもう魔道具には頼れない。


 これからどうやってデニスと戦うか、ドラ息子はまったく勝算がない状態に追い込まれ、その場で震えながら立っているだけであった。


「時間が惜しいから攻撃するね」


 その後の結果は、もう語るまでもない。

 分家のドラ息子は魔法すら使わないデニスにタコ殴りにされ、あっという間に戦闘不能にされてしまう。

 その様子を見ていた他の四人も恐怖のあまり勝負を棄権してしまい、リングスタット家の次期当主はデニスに決まった。


「このような結果は許されない! この模擬戦闘は、仕組まれたものだ!」


「そうだ!」


「この結果はおかしい!」


「やり直しを要求する!」


「バウマイスター辺境伯の息子など、ブライヒレーダー辺境伯家に入れれば獅子身中の虫となってしまう。こんな事は家臣の誰も認めない!」


 自分の息子達が無様に負けてしまい、五人の父親達は暫くショックだったようで静かにしていたが、すぐに復活して好き勝手な事を言い始めた。

 バカはうるさいなとしか言いようがない。


「不正があったというのですか?」


「そうです! この結果はおかしい!」


 代表して、分家の当主がブライヒレーダー辺境伯に強く抗議してきた。

 随分と図々しいおっさんだな。


「私は魔道具の使用を認めましたけど。戦闘力には、使える物を上手く使うというスキルも入っているからこそ認めたわけです。それが玩具なのにも気がつかず、呆然自失になって一方的に攻撃されて終わり。他の四人に至っては、模擬戦闘すら棄権した。あなた方には呆れるばかりです」


「アマデウス……」


 分家当主は、今までと違い自分達を露骨なまでに貶すブライヒレーダー辺境伯にショックを受けていた。

 一門と重臣五名の影響力を認めているからこそ、自分達に配慮を続けて当然だと思っていたのに、急に態度を変えてしまったからだ。


「不正ですか。そうですね、不正は正されなければいけない。そこで聞きたいのですが、あなた方五名、バウマイスター辺境伯領に輸出している資材を特定の商人からのみ購入させ、彼らから賄賂を取っていましたよね? これは不正ではないのですか?」


「えっ……」


「他にも、ブライヒレーダー辺境伯家の名前を勝手に利用し、給金以外に金を集めていたようですが、随分と額が大きいですね。そういう物がまったくないと潤滑な取引が進まないので少額なら黙認していましたが、さすがに限度というものがあるでしょう。随分と蓄財をしていたようですが、それでも足りずに今度はリングスタット家の財産を狙うのですか」


「あの……」


 ブライヒレーダー辺境伯、今回の騒動ではえらく静かだったが、その理由がよくわかったというわけだ。

 領地運営を潤滑に進めるため、一門と重臣に配慮しているように見せ、その隙を突いて処罰するネタを集めていたわけだ。


「他の家臣や一族からも苦情が出ておりまして、彼らも言っていましたよ。『あんな連中、消えても誰も困らない』と。ああ、大きな買い物で頑張って集めた資産もほとんどなくなったようで。ですが、あなた方に退職金はありません。今すぐこの領地から出て行ってください」


「そんな!」


「我々は、ブライヒレーダー辺境伯家のためにこれまで!」


 子供をリングスタット家の婿に送れなかったばかりか惰弱で使い物にならないと、これまで黙認されていた賄賂や不正蓄財の罪を咎められ、五家は家族ごと領地から追放される事となった。


「当然、回状は出しておきますので、あなた方を雇う貴族なんていないでしょうね。頑張って開拓地でも耕していなさい」


 ブライヒレーダー辺境伯家に対抗する貴族が、彼らを引き受けるなんて事はまずない。

 なぜなら彼らは、バウマイスター辺境伯である俺からも嫌われてしまったからだ。

 この平和な時代に、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家を敵に回す覚悟で、彼らを受け入れる貴族など存在しないであろう。


 つまり彼らは、二度と貴族に関われない存在となったのだ。

 腕っ節も駄目なので、冒険者となって逆転という目もない。

 このままスラムの住民となるか、開拓地を耕すしかないというわけだ。


「一門の無能さには賛同いたしますとも。ですが我らは、代々功績を重ねた重臣なのです。ここは慈悲を」


 やはり、欲で繋がった関係は儚いものだな。

 五家のうち、重臣家の二人がブライヒレーダー辺境伯に対し温情を求めてきた。

 一門はただ一族だったから優遇されていただけ。

 だが、自分達は先祖代々ブライヒレーダー辺境伯家のために尽くしてきたからこそ、重臣家の地位にあるのだと。

 先祖の功績を利用して、どうにかクビを回避したかったわけだ。

 ここでクビになってしまうと、凶状持ち扱いなので誰も雇ってくれないからな。

 うちも、確実にローデリヒが弾く。

 デニスを殺しても構わないと思っていた連中だ。

 もし運よく仕官できても、確実に針の筵だろう。

 万が一にも雇うわけがないけど。


「いえ、いりませんよ。リングスタット家がいますから。次の当主は、バウマイスター辺境伯のお子さんで優秀な魔法使い。ブランタークの次のお抱え筆頭ですね。あなた方は、それ以上の貢献を我が家に対して示せる自信があるのですか? なければ無理ですね。ああ、それと一週間以内に領外に出てください。でなければ、強引に叩き出しますので」


「「そんなぁ……」」


 ブライヒレーダー辺境伯からの最終宣告を受け、五家の連中はガックリと肩を落とした。

 それ以降、彼らの消息を知る者はいない。

 俺も興味がないので調べもしなかった。

 もし野垂れ死にでもしていたら、ちょっと悪いような気がしてしまうので、知らない方が精神衛生上いいからな。






「バウマイスター辺境伯、例の玩具はどうなったのであるか?」


「使ったよ。いいタイミングで使ってくれたから、凄くウケたわ」


「それはよかったのであるな」


 デニスが正式に次のリングスタット家当主となる事が決まってから数日後、うちの屋敷にアーネストが顔を出した。

 今もバウマイスター辺境伯領内のみならず、ヘルムート王国中の遺跡を駆けまわっている彼であったが、今では魔族のみならず人間の弟子も増え、これで面倒見はいい方なので意外と慕われているらしい。


 考古学者という点のみにおいては、非常に優秀な人物だからな。

 さらに、今回使用された変装用の魔道具と魔法が封じられた筒の提供者であったのだから。


「それにしても、武器と玩具がそっくりって……古代魔法文明時代は凄いな」


「あれは、アキツシマ共和国が製造した品なのであるな。彼らは玩具でも気を抜かないのであるな」


 ジョークグッズなのに、兵器とそっくりに仕上げてしまう。

 凝り性である日本人に似ているかもしれない。

 二つの筒が似ているからこそ、あの連中も引っかかったのだという側面もあったからな。


「儲かったのであるな。あの大金があれば、もっと考古学を志す若者を支援できるのであるな」


「それはよかったな」


 連中から巻き上げた三千万セントであったが、全額アーネストに渡した。

 こいつは学者バカなので、結婚する気なんてさらさらなく、蓄財も贅沢も望まないので、得た金はみんな発掘、研究に使ってしまう。

 今回得た大金も、考古学者を志しながらも、お金がなくて諦めざるを得ないような若者の支援に使うのだそうだ。


 俺が持っていると、痛くもない腹を探る奴らが出てくるかもしれない。

 ブライヒレーダー辺境伯も返せとは言わないというか、言えない。

 なぜなら、彼も邪魔な一族と重臣を潰すため、俺の詐欺を黙認していたからだ。


 あのバカ共が贅沢で浪費するくらいなら、若い考古学者の支援に使われた方が遥かに世の中のためであろう。


「奨学金制度でも作るのか?」


「バウマイスター辺境伯は、魔族の国の制度に詳しいのであるな」


 前世で俺は奨学金を借りた事がなかったが、そういう制度があるってのは知っていたからな。

 魔族の国もあるのか。


「うちも検討してみようかな。奨学金制度」


「それはいいのであるな」


家が貧しくても優秀な子供なら教育を与え、あとでバウマイスター辺境伯家で雇うというのもアリか。

今度、ローデリヒに相談してみよう。


「万事上手くいってめでたしなのであるな」


 ブランタークさんは、無事にまともな後継者を得られた。

 ブライヒレーダー辺境伯は、目障りで無能だった一族と重臣を何名か追放できた。

 追い出された連中以外は損をしていない。


 大貴族家ながら他家の陪臣の跡継ぎに俺の息子を出すのかという意見もあるが、元々ブランタークさんは王国からも褒章された有名な魔法使いであり、俺とカタリーナは彼の弟子である。

 師匠の家を継ぐ息子を俺が送り出しても、そんなに不自然ではない。


 それに、デニス本人が志願したのだ。

 間違った事をしているわけでもないので、子供の意志を尊重するのも父親の役目というわけだ。


「デニスは、もうリングスタット家に住んでいるのであるか?」


「また余計な口を挟む奴が出ないとも限らないからな」


「残念、デニスは遺跡発掘の手伝いをよくしてくれたのであるな」


 実は、アーネストとデニスは仲がよかった。

 魔法の訓練も兼ね、アーネストの依頼で地下の深い位置にある遺跡発掘を手伝う事が多かったからだ。

 それと、バウマイスター辺境伯領内なら、俺かフリードリヒの許可があれば魔物の領域にも入れる。

 発掘作業の手伝いに、遺跡近くにいる邪魔な魔物の駆除は何度か経験もあった。

 アーネスト曰く、残念ながら考古学にはまるで興味がないそうだが。


「それにしても、昔から仲がよかった憧れのお姉さんを妻にする。子は親に似るのであるな」


 デニスとフランツィスカが、俺とアマーリエ義姉さんみたいだと、アーネストがからかってきた。


「お前、そんな事に興味あったのか。もしかして、結婚するとか?」


「あくまでも世間一般のお話であるな。我が輩は考古学が妻みたいなものなのであるな。発掘を手伝ってもらったデニスへの恩返しであるな。兵器やジョークグッズに考古学的な価値は薄いので、有効に使わせてもらったのであるな」


「あれに考古学的な価値がないという意見には賛同する」


「次の遺跡が我が輩を呼んでいるのであるな。幸い、資金はタップリなのであるな


 それから三年後、成人したデニスはフランツィスカと結婚してリングスタット家の当主に就任。

 そのままブライヒレーダー辺境伯家のお抱え筆頭魔法使いとなる。

 そしてその子孫は永きに渡り、ブライヒレーダー辺境伯家お抱え筆頭魔法使いとして仕える事になるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝ったッ!第二部完って、それはないでしょう!
[気になる点] ブランタークの一人娘は第3話ではマーガレットでしたが今話ではフランツィスカになってますよね。 どっち?
[気になる点] 読み返して思ったのですが、作中デニスに負けて重臣たちが騒ぐシーンで「バウマイスター辺境伯の息子など、ブライヒレーダー辺境伯家に入れれば獅子身中の虫となってしまう。こんな事は家臣の誰も認…
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