第二十七話 現実逃避じゃないから!
「現時点で放出系の魔法が使えないとなると……魔力量不足なのかもしれない。放つ矢に火、氷、風、岩棘などを乗せることはできるのだから」
「先生、魔力量ってどのように上げるのでしょうか?」
「毎日魔法を限界まで使い続ける。もしくは、器合わせだな」
早速アーシャさんに魔法の指導を開始したのだが、彼女の魔法というか技は不思議だ。
矢を放つと、鏃に火炎、氷、渦巻き、岩棘が纏わりついて、攻撃力を大いに増すのだ。
ただ、複数の敵や広範囲には効果がない。
単体に対する貫通力や破壊力は中級クラスに匹敵するので、彼女が『魔法矢』……俺が適当に命名……を放つと、陸小竜くらいなら簡単に一撃で倒せた。
上空の飛行竜も、頭部や急所に当てれば一撃で撃ち落とせている。
冒険者としては一級の戦力であり、彼女が冒険者になったらパーティへのお誘いが殺到するであろう。
「魔力を限界まで使うのですか?」
「本当は毎日魔力切れになって気絶し、目が覚めたらまた魔力を使って、の繰り返しが理想なんだけど……。現実には難しいかな?」
「そうですね……」
毎日寝る前にベッドの上で魔法を使って魔力切れを起こすのが一番効率的な方法なのだけど、室内で魔法を使うのは危険であった。
俺の場合、毎日一定以上の魔力を使っていたらちゃんと魔力は増えていたから、その方法でいいだろう。
「つまり、どんどん『魔法矢』を放って魔力を消費すればいいのですね」
「魔力量が上がれば、矢を使わなくても放出魔法を使えるようになるかもしれない」
まずは、魔力量を増やすという変化を起こしてみよう。
魔力量が増えても放出魔法を使えなかったら……他の方法を試すか。
「いきます!」
アーシャさんは、次々と陸小竜を矢で射始めた。
魔法を乗せた矢が、次々と陸小竜の頭部に命中して即死させていく。
俺も弓は使うけど、残念ながら腕前ではまったく歯が立たないであろう。
ブロワ辺境伯家の娘であったカルラよりも、弓の実力は上かもしれない。
さすがはエルフ族……この世界にエルフはいないから人間なんだけどね。
俺は、ただその様子を見守っていた。
「さすがにもう限界です……」
夕方、アーシャさんの魔力量が枯渇寸前となり、彼女が倒した陸小竜の死骸も魔法の袋に入らなくなったので狩りを終えた。
「すげえものだな」
同じく軍勢を率いて陸小竜を間引いていたアームストロング伯爵が、アーシャさんの弓の腕前に感心していた。
とにかく陸小竜の数が多すぎて、かなり間引かないと南に偵察すら出せない状態なのだ。
アーシャさんが沢山陸小竜を倒してくれたので、ありがたかったのであろう。
「これを繰り返せば魔力量が上がる。そうすれば放出魔法が使えるようになるかもしれない。頑張ってくれ!」
「はい! 先生!」
こうして俺とアーシャさんによる魔法の特訓が始まったのだが……。
一ヵ月後。
今日も、アーシャさんは真面目に陸小竜の討伐をしていた。
すでに数千匹以上は倒したはずだが、一向に陸小竜が減っている気配がない。
さすがにみんな、疲れてきたようだ。
アーシャさんの魔力は成長を続けていたが、なぜか矢に乗せないと放出魔法が使えないのは同じだった。
「先生、一つ質問よろしいでしょうか?」
「疑問点はすぐに解決した方がいいから、まったくかまわないです」
「あの……先月、器合わせという言葉を聞いたのですが、それは行わないのですか?」
器合わせかぁ……。
現時点でアーシャさんの魔力量は成長の余地がある。
実は彼女、滅多にいない上級魔法使いに手が届く人間だったのだ。
器合わせをすれば魔力量は上がるが、俺は男だ。
俺たちが親子ならいいが、男女間で器合わせをするのは……俺とアーシャさんは夫婦でも恋人同士でもないのだから。
「実は……というわけなのだ」
俺は、器合わせに関してアーシャさんに詳しく説明した。
『どうして駄目なのですか?』と聞かれたら、『昔からそうだった』が答えなのだけど、これに逆らうのは難しいというか……。
アームストロング伯爵たちの目があるので、俺とアーシャさんが器合わせをしない方が無難であろう。
そこで……。
「ヴェンデリンさん、私も暇ではないのですが……」
俺の代わりに領内の開発に勤しむカタリーナを連れてきて、彼女と器合わせをしてもらうことにした。
これなら大丈夫だ。
突然『瞬間移動』で連れて来られたカタリーナが、俺に苦情を述べていたけど。
「じゃあ、俺がやる?」
「……わかりましたわ。アーシャさんは上級になれる可能性が高いですからね。これも、貴族としての大切な責務でしょう」
「さすがは、ヴァイゲル男爵夫人」
貴族としての責務というか、俺とアーシャさんが器合わせをした場合のリスクを考えてのことなんだろうけど。
二人は手を繋ぎ、すぐに器合わせを始めた。
すぐに終わったが、アーシャさんの最大魔力量はブランタークさんレベルかな?
かなりの才能を持つ魔法使いだったわけだ。
「……」
「おっと、危ない」
魔力量の増加が中級の上から上級の下なので、もの凄く最大魔力量が増えたわけではないが、アーシャさんは魔力酔いをしてしまったようだ。
立ち上がった彼女がよろめいたので、すぐに俺が彼女を支えた。
「今日の訓練はこれにて終了だな。今日はもう休んだ方がいい。これも魔法使いの試練さ」
器合わせのあと、魔力酔いするかしないかは、かなり個人差があった。
導師はなんともなく、ルイーゼは魔力酔いをしていたのを思い出す。
「酔うという場合は、才能がないのでしょうか?」
「それはないかな」
あくまでも体質の問題で、多分三半規管が頑丈かどうかなのであろう。
だからこそ、導師は大丈夫だったのだと思う。
「明日には元通りのはずだ」
俺はアーシャさんを背負い、まずは『瞬間移動』で世界樹の根元へ。
そこから『飛翔』で屋敷へと送って行った。
「あの、ヴェンデリンさん」
彼女をザンス子爵に預けてその帰り道、俺はカタリーナに声をかけられる。
「こういう時、樹の上に住んでいると大変だと思うね。魔力で動く大型の昇降機を設置した方がいいのかな?」
以前、魔の森の奥の地下遺跡にあったやつだ。
手動の昇降機だと一度に一人しか上り下りできず、荷物も大した量を運べない。
なにより、昇降機を動かすのに数名の人間が必要なのが面倒なのだ。
ベッケンバウアーさんに相談して……あの人は魔導技術研究ではまともなので、大丈夫なはず……ここに設置してもらおうかな。
魔力の補充は、アーシャさんが定期的にやればいいのだから。
メンテナンスの人員は、ザンス子爵家がなんとかするだろう。
「そういうことではなく……」
「えっ? 他になにかあるの?」
「衆人環視の中で、アーシャさんをですね……」
「この状況だから止む無し」
相変わらず見た目によらないというか、カタリーナは真面目だよな。
俺がアーシャさんを背負って運んでいるのは、『飛翔』で高さ数百メートルを上がる時に、『念力』で宙に浮かされていたらどう思うかを考えてだ。
二つの魔法を同時にコントロールすることは、俺にとっては容易だが、アーシャさんは不安に感じるかもしれない。
もし俺が魔法のコントロールをしくじれば、彼女は地面に叩きつけられてしまうからだ。
彼女も『飛翔』は使えるけど、覚えたばかりだし、今は体調が悪いのだ。
俺がおぶって当然であろう。
「もしくは、カタリーナがおぶってくれたら。気が利かないなぁ」
「正論だけに少しムカつきますわね……」
そして数日後、体調も回復し、魔力量も増えたアーシャさん。
彼女と魔法の訓練を再開したが、なかなか放出魔法を覚えられなかった。
矢を放ってそれに魔法を乗せないと発動しないのだ。
さらに、やはり効果範囲が広域になる魔法と、複数を同時に倒すような攻撃魔法は使えない。
「敵単体への攻撃力は増したな」
今、全長五十メートルを超えるプロントサウルスモドキが、アーシャさんの『魔法矢』により一撃で頭を射抜かれて地面に倒れ伏した。
巨体なので地震のように地面が揺れ、アームストロング伯爵たちは驚きの視線を向けた。
王国軍の大半が、陸小竜しか倒せないので当然だ。
「無属性の魔法を矢に乗せて、ただ貫通力を増したのか」
「ええ、大半の魔物はこれで大丈夫です」
ガトル大陸に棲む恐竜モドキは、領域のボスにしても大きさの割に少し防御力が低いのだ。
そのかわり、雑魚である陸小竜でもリンガイア大陸にいる雑魚魔物なんて目ではない戦闘力を持っていたが。
数が多く、平均的に強くて脅威という結論になる。
実際王国軍では、すでに数十名の犠牲者が出ていた。
それでも犠牲は少ないと見られ、将来のために開拓を進めなければいけない。
もし地球なら死者の数で世論が沸騰するかもしれないけど、この世界は本当に人の命が軽いのだ。
だからこそ、俺もなかなか自分の領地だけに集中できないわけだが。
俺や導師が動けば人死にが減る以上、俺たちの出番は減らないわけだ。
「しかしまぁ、よくこんな巨体を維持できるよな」
倒れ伏した、巨大なプロントサウルスモドキの死骸を見ながら俺は感心していた。
ただ一つ変だと思っていたことはあった。
太古の昔からこのガトル大陸に恐竜のような魔物が棲んでいたのであれば、それも自然だと思えるのだけど……。
アーシャさんたちの先祖である世界樹を調査していた学者たちが残した資料によると、古代魔法文明が崩壊する前、この大陸に恐竜モドキの魔物は存在しなかったそうだ。
魔物化する前に恐竜みたいな生物がいたけど……というオチはないそうで、となるといきなり大量の恐竜モドキたちが出現したことになる。
そんなことは普通あり得ないわけで、なにか人為的な手が入った?
神様の仕業とは思えないのは確かだ。
「(今はそれを考えても仕方がないか……)なかなかの貫通力だね」
これだけの巨体を誇る魔物を、ヘッドショットで倒せてしまうのだ。
凄いとは思うのだけど、アーシャさんは放出系の魔法に拘っていた。
「私、子供っぽいでしょうか?」
「みんなそんなものだと思うよ」
俺だって、初めて手から魔法が飛び出した時は感動したものだ。
導師だって放出系の魔法が苦手なのに、苦労して『火蛇』を習得したのだから。
魔法使いなら、華麗に魔法を放ちたいと思うのは当然なのだ。
ルイーゼはもの凄く強いけど、せっかく魔力があるのだから放出系の魔法を使ってみたいと以前言っていた。
イーナも槍を介してしか魔法を使えないので、カタリーナやリサ、テレーゼを羨ましそうに見ていることもある。
魔法といえば放出系みたいなイメージがあるのも事実なのだ。
「魔力量は十分だから、なにかの切っ掛けで使えるようになるはず。それまでは、色々と試してみるのも手かな」
『魔法矢』のバリエージョンは大分増えたし、威力が上がったのはプロントサウルスモドキの死骸を見ればあきらかだ。
だが、やはり矢を放たないといけない。
そうすると効果が単体のみで、魔法が作用する範囲が狭まってしまう。
俺のように、『カッタートルネード』みたいな広域上級魔法は使えないわけだ。
アーシャさんはそういう魔法を目指しているのだと思う。
「あっ、でも。治癒魔法が使えるのは凄い」
「現状あまり意味がないですけど……」
「効果が発揮できる方法を模索すればいいから……」
実はアーシャさんは、聖魔法以外の系統をすべて使いこなせた。
水系統の治癒魔法も使えるのだけど、これは今のところ封印されていた。
どうしてかというと、矢に治癒魔法を乗せないと発動しないからだ。
たとえ怪我が治っても、対象の体に矢が刺さって再び負傷してしまうのでは意味がなかったので、今は使用禁止にしていた。
「私、放出系魔法を使えないのでしょうか?」
「高性能な杖を試してみようか?」
普段弓を使うアーシャさんは、杖を持つと手が塞がって弓が使えなくなってしまう。
そこで、俺がブレスレット型の杖と同じ効果のある発動体をプレゼントしたのだけど、それに違和感を覚えているのかもしれない。
本当は上級になったアーシャさんに杖は必要ないのだけど、魔法はメンタルの影響がとても大きく、上級でも杖を使っている人もたまにいた。
新しい魔法の修練では、上級でも杖があった方が効果が出やすいのもたしかであり、俺は魔法の袋から予備の杖を取り出してアーシャさんに渡した。
「これで魔法を放ってみて」
「わかりました」
杖に持ち替えたアーシャさんが再び放出魔法を試しているが……杖でも駄目かぁ……。
「私、放出魔法を覚えられないのでしょうか……」
「そんなことはないはずだ。必ず覚えられるさ」
魔力量も才能も十分だと思うんだよなぁ……。
どうして駄目なんだろう?
「矢に魔法を乗せる方が難しいのに……」
いわゆる武器へのエンチャントに相当する魔法だけど、これって案外難しいんだよなぁ……。
加減を間違えると、武器の方が壊れたり、火魔法だと武器が溶けてしまうことも多い。
実は、槍に火炎を乗せられるイーナは、かなり器用なことをしているのだ。
本人は自覚がないけど、彼女にそれができるのは、幼い頃から槍に親しんでいるからだと思う。
実際、他の武器だとできないんだよなぁ……。
「そうか!」
イーナは、親しんだ槍に魔法を乗せられた。
アーシャさんの場合、すでに矢に魔法を乗せられるのだから……。
「先生?」
「今度、新しい発動体を持ってくるよ。それで魔法を使えば、かなり期待できるはずだ」
「本当ですか?」
「大丈夫だ」
数日後、俺はバウルブルクの魔法道具を販売する店舗で作らせた、とあるものを持参した。
「弓ですか? 矢はないのですね」
「俺の考えが正しければ、矢は必要ないんだよ。実はこの弓、中心の素材に竜の骨を入れてある。弓型の杖みたいなものなのさ」
「弦はちゃんと張ってありますね」
「珍しい魔物の足の筋を加工したものだそうだ。普通に弓としても優秀なのさ」
「これで魔法を放つのですか?」
「そういうこと」
魔法はイメージ。
これは師匠も、ブランタークさんも、導師も、他の魔法使いたちもよく言っている言葉だ。
この基本に立ち返り、俺はこう考えた。
アーシャさんは、物心つく頃から弓を使って生活をしていた。
世界樹に棲む動物の種類は意外と少なく、エルフ族が肉を食べるためには、弓で大リスを射落とさねばならないからだ。
猿酒造りで協力してくれる虹色猿を間違えて射ることは絶対にあってはならず、そのためエルフ族は厳しい弓の鍛錬を続けるそうだ。
そのせいということはないと思うが、エルフ族には暫く魔法使いが出ず、ようやく百年ぶりにアーシャさんに魔力があったわけだが、杖を用意できなかった。
ゆえに、彼女は杖に慣れていないわけだ。
そのため、指輪型の発動体を用意したわけだけど、これもあまりピンときていないようだ。
魔力量の割に、使える魔法の種類と威力が限定的すぎるのだ。
「そこで、俺の言うとおりにやってみて」
「はい!」
アーシャさんは、真面目で優秀な生徒なのでやりやすかった。
俺の言うことをちゃんと聞いてくれるのだから。
言うほど反抗的な弟子なんて、これまでいなかったのは秘密だ。
「矢を番えないで弓を引いて狙いをつける。本当に矢で標的を狙うイメージで。さらに、自分の使いたい魔法……広範囲の魔法が使いたいのなら、『火柱』だ。『火柱』の魔法を矢の形にするイメージを強く」
「わかりました! やってみます!」
アーシャさんが俺の指示通り、放ちたい魔法をイメージしながら弓を引くと、そこに矢の形状をした火炎が出現し、弓に番えられた状態になった。
「成功だ」
俺の予想は大当たりだったな。
アーシャさんに杖の性能を持たせた弓を使わせた結果、これまでの魔力量増加や、魔法の鍛錬が一気に開花したのだから。
「あとはいつもと同じく矢を標的に放つイメージで!」
「わかりました! いきます!」
アーシャさんが火炎の矢を放つと、標的である廃棄品の鎧を用いたカカシと半径数メートルが一気に燃え上がり、そのあと鎧はドロドロに溶けてしまう。
これまでの、矢に魔法を乗せる方法では出せない効果範囲と威力の火魔法であった。
「成功だ」
「やりました! 先生!」
「この調子だ。他の系統魔法も色々と試してみよう」
「はい! もっと頑張って色々な魔法を使えるようになりたいです! 先生は凄いですね。もし私だけなら、弓型の杖を用いればなんて方法は一生思いつかなかったはずですから」
「いつかは思いついたんじゃないかな?」
俺が、アーシャさんは弓型の杖を用いれば放出魔法も使えるはずだと思ったのは……前世でいつだったか、そういう漫画だかアニメに出てくるキャラがいたからなので。
考えて続けていれば、いつかアーシャさんも思いついたはずだけど、なぜか自分が評価されているな。
とにかく、もっと鍛錬させて色々な魔法を覚えさせよう。




