第二十話 見合い写真
「勝利なのである!」
「(ステゴサウルスモドキを導師が討伐……)」
「はははっ! 楽勝なのである!」
「(ティラノサウルスモドキ、導師に歯が立たず……)」
「こんなものである!」
「(ブロントサウルスモドキ、その巨体を生かせず……)」
王宮筆頭魔導師であるアームストロング導師は、仮想敵国であるアーカート神聖帝国のみならず、自国の一部王族や貴族たちからも大いに怖れられる、ヘルムート王国のリーサルウェポンである。
三日連続で魔物の領域のボスを単独で倒し、その実力を大いに見せつけていた。
俺とブランタークさんは、後方で待機だけして終わりだった。
俺は導師が危険な時には助けに入るはずだったのだけど、ブランタークさんは導師に魔力を補充する役割だったのだけど、用事ナシのまま終わっていた。
用事がないのに越したことはないのだが、俺たちははたして必要だったのか?
時々考えてしまうこともあるのだ。
「これで暫くは、某たちの出番もないはずなのである!」
「だろうな。いくら土地があっても、移住と開発には時間がかかる」
導師の考えに、ブランタークさんも賛同した。
五体のボスを倒して広大な土地を解放したが、まだノースランド周辺にしか人が移住していない。
それもまだ少数だ。
広大な農地が持てると募集をかけているが、彼らがガトル大陸に到着するまで時間がかかるであろう。
なにもない未開地を開発するには時間がかかり、ヘルムート王国も今回解放した土地の開発に百年はかかると計算している。
俺たちだけ無理に進んでも意味がないというわけだ。
「だがしかぁーーーし! あの山は不思議なのである!」
世界樹よりも高い、まるで大きな富士山のような山が、少し離れた場所にそびえ立っていた。
頂上付近には雪が積もり、頂上付近は気温が低いのであろう。
ルルがいた島の山によく似ているような気がする。
「そのうち、様子でも見に行くのである!」
「あそこは、魔物の巣なのでは?」
五つの魔物の領域を解放したが、そこにいる魔物たちを全滅させたわけではない。
他の魔物の領域に逃げ込んでいるわけで、段々と魔物の密度が濃くなっていた。
隣接する領域に逃げたのだから当然の結果なのだけど、全滅させるのも困難なわけで、やはりガトル大陸のすべてを解放するには、最低でも数百年はかかるであろう。
もしかしたら千年以上かかるかもというのが、王国政府の予想なのだから。
それも知らないで、無責任に探索隊の動きが遅いと批判するバカな貴族たちも一定数存在したが、彼らは仕事をさせるとかえって足を引っ張るので無視されていた。
どの世界にも、口だけ出してなにもしない奴はいるものだ。
「なんにしても、今は狩りをして世界樹に戻るだけってわけだ。いい酒のツマミが欲しいからな」
魔物の領域との境目において、俺たちは狩りをしていた。
多数いる陸小竜などを倒し、これを肉として持ち帰ろうという寸法なのだ。
「上手だな」
「なかなかの腕前なのである!」
エルフ族……部族名がたまたまエルフ族なだけで人間だから、長寿だったり耳が長かったりするわけではないけど、雰囲気は似ている……の族長の娘にして、現在はザンス子爵家の令嬢でもあるアーシャさんが矢を放つと、まるで吸い込まれるように陸小竜の頭部に命中した。
「あそこに命中すると、固い骨に阻まれてしまうわ」
「普通の人ならな」
ところが、アーシャさんは魔法使いであった。
魔力は中級の上といったところか。
矢に魔力を乗せて威力を増しているので、彼女の放った矢は陸小竜の固い頭蓋骨を貫き、一撃で陸小竜を倒してしまった。
「へえ、やるものだね」
ルイーゼは、アーシャさんの矢の腕前と威力を増す魔法に感心していた。
だが彼女は、放出系の魔法が放てないそうだ。
そのかわり、矢の威力を魔法で増したり、火、風、氷、電などの魔法を上乗せできたりするらしい。
まさに、『マジックアーチャー』と呼ぶに相応しい女性だったのだ。
「おっと、俺たちもやるか」
「それにしても、なんでこんなにいるのかね?」
「倒し甲斐はあるのである!」
アームストロング伯爵も、あまり魔物を駆除しないまま五つもの魔物の領域を解放したツケだと思ったのであろう。
今は毎日魔物を狩らせているが、はたしていつになったら再び南下できるか怪しいところだな。
それでも、恐竜型の魔物の素材を売れば軍資金にはなると思ったのであろう。
熱心に魔物を狩っていた。
俺たちもその手伝いというわけだ。
「こんなものかな?」
「バウマイスター辺境伯様、魔法の袋で私の狩った獲物まで運んでいただいて申し訳ありません」
「ついでだから構わないさ」
アーシャさんは、肌が白くて本当にエルフみたいに美しかった。
ザンス領内でもとても人気があるそうだ。
美少女は、常にクラスの中心になるのが定石だからな。
俺?
俺は普通だったよ。
クラスの人気者というわけでもなく、別に苛められもせず、よくいる普通の男子生徒だったさ。
「これまで、村のみんなは大リスの肉ばかり食べていたので、陸小竜の肉が人気なのです」
「なかなか世界樹の下に降りてこられないものな」
これまで、ずっと世界樹に籠ってきた弊害かも。
樹上生活でも地面の上で生活しているような錯覚に見舞われるほど世界樹は巨大であり、いざ世界樹の周りが領地になっても、なかなか降りてこられないというのもあった。
俺たちは魔法でなんとかなるからなぁ……。
急ぎザンス子爵は手動エレベーターのようなものを作ったが、高度数百メートルの移動なので、世界樹の下に降りられる人数に限度があったという事情もあった。
女性と子供はなかなか難しいと思うし、普通に恐いだろう。
アーシャさんだけは、ブランタークさんが『飛翔』を教えたので自由に世界樹から降りられるようになり、今は定期的に魔物を狩って持ち帰っていたけど。
「世界樹から出るのに尻込みしてしまう人が多いのです」
「世界樹から出るのが嫌というよりも、手動昇降機の問題だと思う」
もし地面に落ちたら確実に死ぬし、造りも決して頑丈には見えず、さらに手動なので人が昇るのにも降りるのにも数名の人手が必要なのだ。
いくら猿酒で得た金があっても、前世のようにエレベーターを設置してもらうなんてできないのだから。
「できなくはないのか?」
魔道具ギルド……前に色々とあって貸しがあるので、言えばなんとかしてもらえるか?
もしくは……。
「ベッケンバウアーさん?」
「あいつか? 普段はアレだが、なんとかしてくれそうではあるか……」
「今度、相談してみます」
「ありがとうございます」
アーシャさんとの狩猟を終えた俺たちは、所用のため『瞬間移動』でバウルブルクにある屋敷へと戻った。
すると、執務室の机の上に大量のアレが置かれていた。
今でも定期的に、娘なり妹なりを俺の妻にしてくれと、貴族たちからのお見合い写真が届き続けていたのだが、今回はまた異常なまでに多かった。
「バウマイスター辺境伯は大人気なのである!」
「そんな人気はいりませんよ……」
導師も他人事だと思って。
「写真も安くねえってのにな」
「今はそうでもないですよ」
結局、魔族の国からゴミ扱いで中古のカメラ型魔道具が大量に入ってきたからだ。
それを使った写真屋も次々とオープンしており、そこに頼めば昔ほど写真を撮るのにお金がかかるわけではなかった。
「へえ、そうなのか。魔道具ギルドの連中も大変だな」
「別に、そこまで困ってないようですよ」
上の幹部連中は知らないが、若い魔道具職人たちはかなり忙しいそうだ。
魔族の国でゴミ扱いだった品なので、安いが、アフターサービスはまず期待できない。
壊れた時の修理で忙しかったからだ。
直せる部分と直せない部分があるが、実はバウマイスター辺境伯領ではライラさん経由で古い魔道具の部品なども仕入れていて、これを使って修理すれば大抵なんとかなった。
今では部品の模造も開始していて、若い魔道具職人は急速に腕と技術力を上げていたのだ。
俺が思っていたよりも、人間は対応力があるというわけだ。
かなり上層部は入れ替わったが、魔道具ギルドの爺さんたちの融通の利かなさは相変わらずで、いまだに正規ルートでは魔族の国の魔道具はほとんど輸入されていない。
ただし、ゴミ扱いの中古品、再生品の輸入は盛んなので、人間とは必要ならば法の隙を突くなんてことは普通にするわけだけど。
最初にそれをやったのは俺なので、いまだに魔道具ギルドの連中に疎まれているというか……。
会長の不始末を尻拭いしてやったので俺を露骨に嫌うわけにもいかず、彼らも困っていると思うけど。
若い魔道具職人たちは、逆に俺に感謝しているらしい。
進んだ魔道具を目にでき、仕組みの解析や、模倣ながら新しい魔道具にチャレンジできるようになったのは、俺があのアホ会長を倒したからだと見られていたからだ。
どの世界でも、世代間の対立とは常に存在するものだと実感するのみであった。
「それでこの見合い写真の多さか。でもよ、男の写真ばかりじゃないか。辺境伯様、ホーエンハイム枢機卿に叱られるぞ」
「知りませんよ!」
ブランタークさん、それは大きな誤解だと思う。
「これらの見合い写真は、アーシャ殿目当てである!」
「アーシャさんのですか?」
だから、見合い写真が男性のものばかりなのか。
俺はよかったけど、こいつらはアーシャさんの婿に立候補したってわけか。
「アーシャさんのかぁ……」
寄子に見合い話があった場合、寄親はどう動けばいいか。
俺は寄親初心者なので、よくわからないな。
「うちのお館様に相談してみたらどうだ?」
「それがいいですね」
俺たちは見合い写真の山を持って、ブライヒブルクへと『瞬間移動』で飛んだのであった。




