第十七話 エルフ族
「木の枝の上に、木造の家が建っているのか……」
「古い太い枝の上には長年かけて作られた土の層がありまして、地面の上と同じように家を建てられます。材料は枝を切り払えば手に入りますから」
「あの大きな木のウロには?」
「穴は倉庫にしています。あそこに猿酒や、『赤の実』はそのまま食べると渋いですから。樽に入れてから猿酒を軽く振り、上を木の葉で蓋をしておくと甘くなるんです」
「ふーーーん(渋柿を甘くする方法みたい……猿酒ってあるんだ……)」
エルフ族……ただの部族で人間だけど……の族長の娘アーシャの案内で集落に到着したが、どこにでもありそうな森の中の村に見えた。
太い枝の窪みに落ち葉が溜まって土となり、その上に木の枝を集めて家を建てていた。
落ちた枝とはいっても、これだけの巨木の枝なので三階、四階建ての大きな家も多い。
村っぽいが、かなり人口も多いようだ。
世界樹からの恵みも多いようで、木のウロを利用した倉庫も複数あった。
猿酒という、前世で噂程度に聞いたことがあるワードも耳に入ってきた。
本当に猿がお酒を造るのか……。
「猿酒か! 初めて聞く酒だな。是非買わないとな」
酒と聞いて、ブランタークさんはテンションを上げていた。
「購入したいんだが、いくらなんだ?」
「ああ、遥か昔の人間はお金というものと色々な品を交換していたのでしたね。聞いたことはあるのですが、この村ではお金もないし、物品との交換はできないのですよ」
「つまり物々交換なのであるか?」
「はい。世界樹はなんでも恵んでくれますが、さすがにお金の材料になる金属は恵んでくれませんから」
さすがに、木に鉱山はないか。
エルフ族は、魔物と巨大飛行竜のせいで世界樹の中から外に出られなかった。
お金がないので、物々交換に落ち着いたのであろう。
「族長にお願いして、なにか俺たちが持ってきた品と交換すればいいではないですか」
「いいアイデアだな! 辺境伯様」
「族長……私の父ですが……のところまで案内します」
アーシャさんの案内で、俺たちは村の中心部にある一番大きな屋敷の前まで案内された。
大きな枝……実質材木だけど……をふんだんに用いて造られた、村で一番大きな建造物であった。
しかも五階建てというのは凄いと思う。
「ヴェル、なにを熱心に見ているの?」
「釘を用いていないな」
「まさか、これだけの大きな建造物が、釘ナシなんであり得ないわよ」
「バウマイスター辺境伯殿のおっしゃるとおり、我らエルフ族は家を建てるのに釘を使いません。エルフ族伝来の技術です」
イーナが家を建てるのに釘を使わないなんてあり得ないと言ったが、アーシャさんがそれを即座に否定した。
金属がなければ釘が作れないという事情もあるし、地球で木材を組み合わせるだけで高度な木造建築が建造された例も多い。
エルフ族が同じような技術を用いても不思議ではなかった。
「こちらが客間です。どうぞ」
建物の一階は、大きな玄関と広い客間となったいた。
ただ、村の外部からの来客を想定していないのであろう。
謁見の間といった感じではなく、村の有力者たちと会合もできる客間と会議室とを合わせたような造りになっていた。
「族長のザンスです」
アーシャさんの父親である族長は、四十前後でやはり肌の白い細身の男性であった。
樹上の生活なので、みんな細身で体重も軽いのであろうか?
「(羨ましいですわね)」
暇さえあればダイエットをしているカタリーナが、エルフ族の細さを心から羨ましがっていた。
「世界樹に纏わりついていたプテラノキングを倒した客人たちよ。ようこそ、エルフ族の村へ。世界樹の根元が慌ただしくなってきた。我らは変革の時を迎えるようだな」
「これまで外部との接触がなかったのに、随分と冷静ですね」
普通なら、余所者に対し過剰な警戒感を向けそうな気がする。
外からの情報がないだけに、閉鎖的になりやすいわけだ。
「いつかこういう事態が起こりうると、先祖たちは我らにマニュアルを残していてな。ゆえにだ。それがなければ、我らは過剰な反応をしていたかもしれないな。して、我らはどうすればいいのか?」
「ヘルムート王国の貴族になってもらうしかないですね」
これは事前にアームストロング伯爵から聞いていたのだが、もしガトル大陸で人間に邂逅した場合、なるべく穏便にヘルムート王国への臣従を勧め、ガトル大陸の開拓に協力してもらうことになっていた。
遥か南方にある謎の大陸で、魔物と現地民たち両方と争っている場合ではないという政治的な判断からだ。
俺は正直に、今のリンガイア大陸の状況、ヘルムート王国の国力、領土、西方に住む魔族についても話をした。
エルフ族がどのくらいの人口と国力を持つのかは知らないが、今のところ明確に魔力を持っているとわかったのはアーシャさんのみ。
人口も数千人が限界であろう。
「わかった、要求を受け入れよう」
「助かりました」
「いやね。アーシャが言うのですよ。バウマイスター辺境伯殿を始めとして、自分を超える実力を持つ魔法使いがこんなにいると。これではとても独立は保てないであろうとね」
「俺たちのグループは、例外的に魔法使いが多いだけですよ」
ただヘルムート王国において、魔法使いとして認識されている人間が千人を超えるのは確かであると、俺はザンス族長に説明した。
「我らの領地を認めてもらえるのであればな。我らは世界樹と共に生きてきたのだ。世界樹と周辺の領域は領地として認めてもらいたい」
「それは大丈夫だと思います」
この世界樹を直轄地にするか、他の貴族の領地にする?
誰も欲しがらないんじゃないかな?
「学者たちが研究はしたがるはずです。彼らの滞在を許可してもらえれば」
「それは特に問題ないな。世界樹とは、古代魔法文明時代より遥か昔、特殊な技術で作られた巨木にして、その樹齢はすでに三万年を超えると伝承にある。実は我らは、この世界樹に常駐して研究をしていた、『オーガス王国』の研究者たちの末裔なのだ」
ザンス族長によると、オーガス王国はこのガトル大陸……昔はサウスランド大陸と呼ばれていた……を統一していた王国であり、古代魔法文明時代にリンガイア大陸を治めていた連合王国の保護国だったそうだ。
「それだけ、北の大陸の連合王国は強大だった。我らオーガス王国の末裔たちは、その国名を口にすることも憚られるほどにな。ゆえに、その名はすでに我らに伝わっておらぬ」
記録に残さないほど、古代魔法文明の中心国家を憎んでいたわけか。
「一万年以上前、謎の大爆発で古代魔法文明時代は崩壊した。この大陸は北の大陸ほど壊滅的な被害は受けていない……とはいえ、オーガス王国も未曽有の被害を受けたのだ」
そしてその復旧が進まないうちに、どういうわけかこれまで見たことがない生物が多数出現するようになった。
恐竜モドキたちであろう。
「むしろ、魔物たちによる被害の方が深刻でな。すべて確認したわけではないので確証はないが、サウスランド大陸で生き延びたのは、我らの先祖だけであろうな」
古代魔法文明時代より、遥か昔に造られたとされる世界樹。
これの調査で世界樹に常駐していた研究者とその家族のみが、リンガイア大陸の大爆発と、その後の不自然な魔物たちの大量発生による被害を避けられたというわけか。
「少数だが、世界樹に逃げ込めた人たちの子孫と合わせて、我らの今の人口は二千人ほどだな。残念ながら、魔法を使えるのは一人娘のアーシャだけだ」
二千人で魔法使いが一人なので、そうリンガイア大陸の基準とは違わないかな。
これでヘルムート王国に対抗するのは無謀であり、ザンス族長がそれに気がついてよかった。
「急ぎ、陛下に謁見しましょう」
「今からですか? しかし、ここから北の大陸までは遠い。準備が必要でしょう」
「大丈夫です。魔法で移動しますから」
「バウマイスター辺境伯殿は、伝説の移動魔法が使えるのか! それは凄い!」
「伝説なのですか?」
「エルフ族には魔法使いですら滅多に出ず、私の娘が魔法使いだったことが奇跡なのだ。さらに使い手が滅多に出ない移動魔法など。伝説扱い以外の何者でもないですな」
ザンス族長によると、一万年以上エルフ族に移動魔法の使い手は出なかったそうだ。
使えていれば、世界樹の外の探索くらいは試みるだろうからな。
「急ぎ陛下の元へ」
「わかりました」
俺たちは、ザンス族長とアーシャさんを連れて『瞬間移動』で王城へ向かう。
「なんと、あの大陸に人間が住んでいたのか」
「数少ないとは思いますが……」
「承知した。ラーベナール・ザンス。貴殿を第四位子爵へと任じる。領地は世界樹とその周辺にある森林、水源とする」
「はっ! 我が剣は、陛下のため、王国のため、民のために振るわれる」
事前にザンス族長に教えておいてよかった。
昔と立場が逆になったな。
いきなり子爵に任じられたので貴族たちが驚いているが、ガトル大陸探索において情報提供をしてもらうためであろう。
領地もかなり奮発していたが、未開地だし、大半が王国直轄地となる予定なので、それほど問題ないものと思われる。
案内料金のうちというわけだ。
「バウマイスター辺境伯よ。引き続きガトル大陸の探索を頼むぞ」
「はっ!」
「ザンス子爵。情報提供などでの貢献を期待する」
「仔細、承りました」
ザンス族長が、素直にヘルムート王国に臣従してくれてよかった。
無事子爵になったザンス族長……ザンス子爵たちを連れ、俺たちは再び世界樹へと戻るのであった。




