第八話 導師の悟り
「いくぞ! 『寒冷』!」
再び南の大河まで『飛翔』で向かい、ウンザリするほどいる口長水竜たちが浮かぶ水域を対象に『寒冷』をかけた。
すぐさま氷点下近くまで気温が下がると、口長水竜たちは動かなくなってしまう。
「ほうれ、喰らいな!」
ブランタークさんが、魔法の袋から取り出した槍を魔法で勢いつけて口長水竜に飛ばすと、やはり寒さで動けないようだ。
そのまま口長水竜の頭に突き刺さり、小さな口長水竜は死んでしまう。
やはり、この大陸の魔物は寒さに弱いようだな。
「この大陸は一年中暑いから、棲んでいる魔物たちは寒さに弱いのか。よく気がついたじゃないか」
「これがわかれば、少しは討伐に余裕が出るのである!」
だとは思うのだけど、他の魔法使いたちがこれを活用できるかは個人差だな。
『寒冷』って、定めたエリアの気温を氷点下近くまで下げる魔法なのだけど、これは加減が非常に難しいのだ。
現に、導師は試すこともなく諦めている。
それに、陸小竜、飛行竜、通常の口長水竜は、他の系統魔法でも倒せてしまう。
『氷槍』などでは、以前から倒せることは知られていた。
というか、一定以上の威力があれば魔法の系統や種類など関係なく倒せる。
「『寒冷』の利点は、魔物たちが動けなくなることです。そうすれば、兵士たちも安心してトドメを刺せますから」
つまり、討伐の効率が上がるわけだ。
一人の魔法使いが、一日に『氷槍』他魔物を殺せる威力がある魔法を何発放てるか。
それを考えたら『寒冷』の方がいいが、とにかくコントロールが難しいのだ。
加減を誤って動きを封じ切れていないと、トドメを刺す人に犠牲が出てしまうというのもある。
さらに普段ほとんど使い道がない魔法なので、余計に習得を嫌がる魔法使いは多いだろう。
「俺は、ちょっと訓練したら使えるようになったけどな」
「それはブランタークさんだからですよ」
師匠の師匠は伊達ではないし、ブランタークさん自身が技巧派の魔法使いなのだから。
「一定の寒さを、決められた範囲内で持続して発動させつつ、冷気を範囲外に漏らさないように常時コントロールしなければいけないので」
「某はお手上げである!」
「まあ導師はなぁ……」
そういう系統の魔法が苦手なので仕方がない。
「あとは、この大河のあちこちにいるかもしれない巨大な口長水竜に効果があるかどうかだな」
アームストロング伯爵が魔導師たちにノースランド周辺を飛行偵察させたのだが、やはりこの領域のボスは複数存在する可能性が高いことが判明した。
この大河のあちこちに、先日倒した巨大口長水竜が複数目撃されたのだ。
「考えようによっては、この大陸が欲しければ、巨大口長水竜なんて入門編、序の口みたいな印象を受けるね」
「偶然だろう」
ルイーゼ、ここは自然溢れる無人の大陸なのだ。
そんな仕掛けがあるとは思えない。
あのイシュルバーグ伯爵の活動範囲はリンガイア大陸のみのはずで、このガトル大陸とは関係ないだろうからだ。
もしイシュルバーグ伯爵がこの大陸に関わっていたら、なにかその証拠が出てくるはず。
「とにかく、巨大な口長水竜に『寒冷』が効果あるのか試そう」
俺たちは、大河の上空を移動して巨大な口長水竜を探し始める。
すると一時間ほどで、水面に浮かぶ標的を発見した。
「さて、どうかな?」
早速見つけた巨大な口長水竜に『寒冷』をかけてみるが……。
「ヴェル、元からそんなに動かないからわからないね」
確かに、会社の接待旅行で行った熱川バナナワニ園のワニたちは、そんなに動かなかったのを思い出した。
寒さで動けないのか、ただ単に動かないのか判断に迷う。
「こうすればわかる!」
ブランタークさんが、再び槍を巨大な口長水竜に向けて魔法で飛ばした。
「頭部に命中……おわぁ!」
「駄目だ! こいつには効果がねえ!」
そのまま巨大な口長水竜の頭部に命中すると思われた槍だが、素早く長く巨大な尻尾で振り払ってしまった。
巨大ワニ。
もしもの時は素早いな。
そして、尻尾で跳ね返された槍は、こちらへと飛んできた。
偶然なのか、それとも意識してやっているのか……。
「畜生のくせに生意気なのである!」
どっちでもいいか。
導師は、それを自分に対する挑発だと思ったようだ。
俺たちの前に出て、跳ね返された槍を無造作に掴み取った。
「すげえ!」
「これぞ、導師って感じだよね」
「俺なら避けちまうだろうからな」
確かに不器用なのだけど、戦闘力に関しては導師はリンガイア大陸で一番であろう。
俺ですか?
導師とそれを競って、なにかいいことありますか?
「バウマイスター辺境伯! ブランターク殿! ルイーゼ嬢! 見ているがいい! 魔導機動甲冑装着! とぉーーー!」
導師は掴み取った槍をブランタークさんに返すと、そのまま『魔導機動甲冑』を唱え、さらに上空から高速で巨大口長水竜の頭部目がけて突っ込んだ。
これほどの攻撃を巨大口長水竜が回避したり防いだりできないのは、先日見たとおりである。
再び、巨大口長水竜は頭部に大穴を開けられて即死した。
「いつも見ても、デタラメな威力だな。辺境伯様、いくぜ」
「わかりました」
「ヴェル、お仕事、お仕事」
今日は確実に、巨大口長水竜の死骸を回収しないと。
素材もそうだが、こいつを研究、分析しないと探索が進まないのだから。
小さな口長水竜たちが寄ってくる前に、俺は巨大口長水竜の回収に成功した。
そして……。
「やっぱり浮かび上がってこないな」
「今日も川底に突き刺さったんだろうね」
「もう少し加減してってのも無理か……」
「下手に威力を落とすと、巨大口長水竜を倒せないかもしれないからな。ぶっちゃけ、俺たちがやらなくて済むのはいいよな」
「「はい」」
俺とブランタークさんは『水中呼吸』で大河に潜り、今日も川底から両脚だけを出している導師を回収してからノースランドへと戻ったのであった。
「学者たちの調査の結果! この巨大な口長水竜が複数匹ボスであることがほぼ確定した。見よ! この魔石を!」
「「「「デカッ!」」」」
翌日。
アームストロング伯爵が、導師が倒して俺が死骸を回収した巨大口長水竜の魔石を見せてくれた。
これなら、小型魔導飛行船を動かせる魔晶石が作れるはずだ。
それは、全長が三十メートル近いワニなので当然か。
「大河をくまなく偵察し、この巨大な口長水竜を全滅させれば、大河より北、ノースランド周辺領域から魔物が消え、大河よりも南の地域への入り口が開かれるであろう!」
俺もそうだと思う。
問題は、その巨大な口長水竜が何匹いるかだろうな。
「しかもだ! 今のところ有効とされる討伐方法は我が弟による渾身の一撃のみなのだ!」
「……ええと……俺が……「(辺境伯様、しぃーーー!)」」
多分、俺が上級魔法を使えば倒せるはずだけど、それを言おうとした俺をブランタークさんが止めた。
面倒だからな。
もう一つ問題があるとすれば、それは導師の遊兵化であろう。
導師の戦闘力は絶大だが、汎用性がないので使い方が難しい。
俺とブランタークさんが組んで巨大口長水竜に当たると、導師が、王宮筆頭魔導師であるはずの導師が余ってしまうのだ。
他の魔物を狩らせればいいという意見もあるけど、導師が普通の魔物ばかり倒し、俺たちが領域のボスを倒してしまうと……というわけだ。
「(王宮から魔導師たちが来ている。導師を働かせておけ)」
さらに導師の悪い癖として、彼は管理職としては失格な部分がある。
こういう時に力を見せておかないと。
ブランタークさんは、そこまで深く読んだのであろう。
「そうですね。導師にお任せします」
「クリムトは大変だろうがな。任せたぞ!」
「了解なのである」
導師もバカではない。
自分がやらなければいけない政治的な事情も察したのであろう。
それ以降は悟りの境地に至ったかのごとく、毎日大河の川底に十六回突き刺さった結果、巨大口長水竜たちはすべて退治され、大河より北の陸小竜、口長水竜、飛行竜は一匹もいなくなったのであった。




