第五話 魔銃と酒飲み
「いい出来ではないか。あの二足歩行の小さな竜たちが飛び越えられない、掘と石壁で覆われた街。ここを拠点に本格的に、南下を始めたいところだな」
「兄上、新兵器の投入により成果があがっているのであるが、奴らは数が減ったようには思えないのである!」
「まあ待て、クリムト。今、学者たちに色々と調べさせているから、なにか打開策が出るはずだ。それに極論すれば、この地区のどこかにいるであろう領域の主を倒せばいいのだ。問題は、それがちゃんと見つかるかどうかだな」
「そうですな、兄上」
人間とは、それぞれに働き甲斐があり、そこにいると毎日楽しくて仕方がない場所があるという。
アームストロング伯爵と導師の兄弟にとって、ガトル大陸がそういう場所なのだ。
しかも知恵が回る脳筋なので、初日の強行偵察で現時点での南下が危険だと知ると、俺たちがやっていた街の建設に人を回し、同時に王都から新兵器を引っ張ってきて、その性能を試験しながらこちらを窺う二足歩行の小さな竜たちを倒していた。
新兵器とは、この世界では最初にミズホが開発した『魔銃』のことであった。
現在、帝国軍でも試験的にこれを装備した部隊が編成されており、性能試験、改良、量産、運用方法の研究が進んでいた。
これに遅れまいと、王国も研究と生産に着手。
これは、珍しく魔導ギルドと魔道具ギルドが協力してやっているそうだ。
以前ならあり得なかったのだけど、前に魔道具ギルドの会長自身がやらかしてしまったので、その責任を取らされて席を温めていただけの上層部が粛清人事で薙ぎ払われ、若手が運営するようになったら、魔導ギルドとの協力体制が進んで研究が進むという皮肉な結果となっていた。
ミズホはともかく、帝国に先を越されたという悔しさと、国防体制に危機感を覚えた王国軍から叱責されたという事情もあるそうだけど。
とにかく無事に試作品と初期量産品が完成し、それを使って二足歩行の小さな竜『陸小竜』たちを狙撃していた。
倒した陸小竜の死骸は回収され、肉や内臓は食用に。
皮は品質がいいようで、連絡の魔導飛行船に積まれて王都へと運ばれていた。
商人たちに売却され、探索隊の経費に充てられるそうだ。
探索予算の足しにはなるけど、小さな恐竜モドキの皮の売却益のみでは、到底多額の経費は賄えない。
将来、数十年、数百年かけて経費を回収する予定で探索隊が組まれているのだけど、それでも極力経費は節約した方がいいわけで、魔銃もただなにもない的に撃つよりも、という理由でこちらに運ばれていた。
一匹でも陸小竜を倒せれば、少しでも弾薬代と運用費の足しになるのだから。
「ヴィルマ、調子はどうかな?」
「王国の魔銃は重たい」
「安全を考えて頑丈に作ってあるからなぁ……」
王国の魔銃は、一言で言うと大きくて重たい。
暴発の危険を考えて強度に安全係数を取っているのと、ミズホに比べるとどうしても技術力が落ちてしまうからだ。
一品物ならミズホに負けないものを作れる職人もいるけど、量産品となると、というやつである。
「本当に重たいな」
アームストロング伯爵と脳筋軍団は特に苦もなく使いこなしているので気がつかない人がいるかもしれないが、かなり大柄で力がないと運用できないはずだ。
ヴィルマは体質の関係で普通に使っているけど、これでは女性には厳しいであろう。
「ヴィルマ、他には?」
「射程距離と威力は十分。撃つ!」
魔銃は魔力で弾を飛ばすので、射撃時の音はそれほどでもない。
ミズホの魔銃に比べて特にうるさいということもなかった。
ヴィルマの放った一撃は、見事陸小竜の頭部にヒットする。
さすがは、帝国内乱時に射手として活躍していただけのことはある。
「照準がつけにくい……」
「フロントサイト(前部照準器)とリアサイト(後部照準器)がまっすぐ取り付けてられていないみたいだ。ヴィルマはよく命中させるな」
「ズレを補正しながら狙っている」
初期量産品は、銃身の上についている山型と谷型の前、後部の照準器の取り付けが甘いようだ。
狙った場所から弾がズレ、ヴィルマ以外は命中率がよくなかった。
「報告をあげておくよ」
「それがいい」
慣れているヴィルマは着弾のズレを計算して狙撃できるけど、他の脳筋軍団にはまだ難しいからなぁ……。
「回収しに行くか……」
石壁の上からの狙撃タイムが終わったので、俺は『飛翔』で撃ち殺された陸小竜の死体を回収していく。
「あちゃぁ……アームストロング伯爵は頭を狙えって言ったのに……」
魔銃で撃たれて死んだ陸小竜の死体を魔法の袋に回収していくが、全弾頭部に命中させているのはヴィルマだけだな。
まだ魔銃は運用コストが高く、だから一撃で死ぬ頭部を狙えとアームストロング伯爵は厳命していたのだが、やはり魔銃が重たすぎるのと、照準器のズレでヘッドショットができてない死体が多かった。
陸小竜の皮が王都で人気らしいので、売却益で少しでも経費を削減すべく、皮の質が落ちるから首や胴体に命中させるなという理由もあるのだけど。
「とはいっても、これは慣れと魔銃の質が改善されないと解決しないだろうな」
夕方になってその日の仕事は終わり、見張りの夜番以外は夕食や休憩、就寝の時間となった。
俺たちはアームストロング伯爵からあてがわれた大型テントに寝泊まりしており、そこで夕食となる。
「ブランタークさん。塩、醤油ダレ、味噌ダレのどれで焼きますか?」
「俺は塩で」
「俺はミソダレだな」
「私はショウユダレね」
「ボクもイーナちゃんと同じで」
よく獲れるため、俺たちはほぼ毎食陸小竜の肉を用いた料理を食べていた。
地球でトカゲの類が鶏肉に似ているという話を聞いたことがあるが、小型恐竜モドキの陸小竜の肉も鶏肉によく似ていた。
そこで、適当な大きさに切り分け、串に刺して、炭火で焼いて焼き鳥みたいな食べ方をしていたのだ。
俺も串を焼く方にまわり、皆は焼き上がった陸小竜の肉を美味しそうに食べていた。
「ヴェルがいてよかったな。美味しいけど、さすがに毎食は飽きるよな」
「そうね。なんか、隣のテントは近寄りがたいってのもあるし」
「酔っ払いオヤジたちのパラダイスだけどね。ブランタークさんは行かないの? お酒をバンバン飲めるよ」
「あのな、ルイーゼの嬢ちゃん。俺は静かに飲むのが好きなんだ。あんな暑苦しくて騒がしいところ。誰が行くものかい」
俺たちの隣にある一番大きなテントの中では、アームストロング兄弟に、その家臣たち、寄子たち、仲がいい王国軍の将兵たち……ほぼ脳筋で酒好きの暑苦しい人たちが、毎晩酒宴を開いていた。
「毎晩、毎晩。よくもまあ、あんなに飲んで騒いでさぁ……」
前世で俺が働いていた会社でも、ああいう感じの方々がいて苦労したものだ。
体育会系ではない俺は当然苦手で、それでも最低限のつき合いは必要なので難儀したものだ。
この世界にも体育会系の恐怖が存在するとは……エリーゼたちがいてよかった。
「あんなに飲んで大騒ぎして、明日は大丈夫なのかしら?」
「みんな、お酒に強いんじゃないの?」
俺も、イーナとルイーゼと同意見であった。
アームストロング兄弟はもの凄く酒に強いし、あの酒宴に参加できるメンバーの中に下戸は存在しないというかできないからだ。
「ですが、飲み過ぎはよくないと思います」
エリーゼは真面目なので、自分の伯父たちの言動を窘めていた。
「さすがに限度があらぁな。俺は知らないぞ」
ブランタークさんの予想は正しかった。
翌朝。
俺たちは普通に起きて朝食をとっていると、あの地獄の酒宴に参加していた導師も朝食をとりに姿を見せる。
だが、その顔色は決してよくなかった。
「おはようなのである……うえっぷ」
「導師、飲み過ぎはよくないぜ」
「ブランターク殿も人のことは……言えないはずなのである……」
「俺はもう気をつけてるんだよ」
ブランタークさんは娘ができてから、二日酔いになるまで飲むということはなくなっていた。
健康に留意するようになったのだ。
そのため、導師の指摘をきっぱりと否定していた。
「エリーゼ、治癒魔法を……」
「伯父様、よろしいですか」
珍しく、エリーゼの説教が始まった。
救護所で怪我人や病人の治療に当たっているエリーゼからすれば、魔力を二日酔いの回復に利用するなんて言語道断というわけだ。
導師たちが酒を控えれば、無駄な治癒魔法を使わずに済むからだ。
「伯父様。もし命に関わる怪我人がいたとして、伯父様たちの二日酔いの治療で魔力を使い果たしたので、今日は治癒魔法を使えませんなんてことになったら、伯父様たちはその怪我人にどう言い訳をなさるつもりですか? お酒を飲むなとは言いませんが、量や頻度をお考え下さい! 伯父様、ご理解いただけましたか?」
「すまないのである……(バウマイスター辺境伯)」
「エリーゼが正論すぎて、導師をまったく弁護できません」
「導師、お兄さんたちも同じ感じなの?」
「みんな、二日酔いである!」
「伯父様っ!」
「つい、みんな集まって楽しかったので……補給で今年のワインが入ってきたのである……」
「わかりました! 陛下に申し上げておきます! あなた」
「はーーーい」
こういう時、エリーゼに逆らうのは愚策である。
俺は『瞬間移動』でエリーゼを王城まで連れて行き、彼女はその足で陛下に現状を報告。
以後、酒の補給は大幅に減り、代わりに他の物資の補給量が増えたのであった。
俺はその方がいいと思うけどね。




