第三話 進撃したくないです
「ヴェル様、本当に二本足で走る小さな竜がいる」
「いっぱいいるね。これを全部倒さないと、ベースキャンプから一歩も出られないよね?」
「あの中、でレーガー侯爵たちが生きているわけ……ないわよね」
「今頃、あいつらのお腹の中で消化されているだろうな。なんで三十人足らずで勝手に探索に行くかね?」
「愚かな行為ではありますが、犠牲者たちが無事に天に召されるようお祈りをしましょう」
「この面子は久しいじゃないか。辺境伯様」
王城で陛下より援軍に加わるように命を受けた俺であったが、さすがに一人というわけにはいかなかった。
『ヴェルを一人にすると、また奥さんを拾ってくるから駄目ですよ』
『そうだよ! もしそうなったら、陛下も導師も責任取れるの?』
どうやら俺は、オフィシャルな事情があると、必ず女性を奥さんにしてしまうと思われているようだ。
イーナとルイーゼにこう言われては、同行者を連れて行かないわけにいかなかった。
この二人に、ヴィルマ、エル、エリーゼも加わり、このパーティは冒険者に成り立ての頃を思い出す。
他の奥さんたちは色々と仕事があって忙しいので連れてこれなかったのだ。
ベースキャンプに女性がいるわけが……と思ったら、実は援軍には高名な冒険者も多数加わっており、三割くらいは女性という印象であった。
とはいえ、この状況で男女比なんてどうでもいいと思うけど。
「バウマイスター辺境伯、よくぞ来てくれました」
「アッシュ男爵ですね? バウマイスター辺境伯です」
探索隊の副隊長であるアッシュ男爵は、レーガー侯爵のせいで割りを食った人であった。
常に二足歩行の小さな竜たちに見張られるようになったため、慌ててベースキャンプの守りを固める羽目になったのだから。
もし援軍が来るまでに襲われたらと、気が気でなかったはずだ。
「援軍はとてもありがたい。ですが……」
徐々に視認できる二足歩行の小さな竜たちの数が増えた……俺からすると、小型恐竜にしか見えなかったけど。
小型とはいえ全高が二メートルほどもあり、常に数十匹の群れで、しかもいくつもの群れが常時こちらを窺っている。
ギザギザの歯や牙を見れば獰猛な肉食獣なのはすぐにわかり、レーガー侯爵たちは貪り食われてしまったことが容易に想像できた。
ベースキャンプから出て南下することは容易ではないと、アッシュ男爵は言いたいのであろう。
「数が多いのが厄介ですね」
いったい、この近辺にあの二足歩行の小さな竜たちは何匹いるのか?
すべてを駆除して進むなんて物理的に不可能であり、先が思いやられるのは確かであった。
「アッシュ男爵様、バウマイスター辺境伯様。新しい探索隊の隊長がお呼びです」
「対策を協議するのでしょうね」
「しかしなぁ……」
実は、探索隊の隊長がとてつもないサプライズ人事だったわけだが、そのせいで俺たちが大変な目に遭うことを、今の時点でまったく想像していなかったのであった。
「前進! 前進! 立ち塞がる魔物だか魔物モドキだかは知らないが、すべて殺せばいいのだ! ここで話し合いをしたところで、一ミリでもベースキャンプから進めるわけではあるまい! 我々は観光に来たわけではないのだ! なあ、弟よ」
「某も、兄上の策に賛成である!」
「(アッシュ男爵、ただ進めって言うのが策なんですか?)」
「(策ではあるが……陛下は、どうしてこのような人事を……)」
レーガー侯爵は軟弱とまではいかないが、普通の兄ちゃんだったそうだ。
俺は会ったことがないけど。
アッシュ男爵も専門は陣地構築だそうで、武闘派とはほど遠い人であった。
軍政官に近い立ち位置だな。
そして新しい探索隊の隊長であるが、それはアームストロング伯爵であった。
彼は導師のお兄さんで、見た目は弟と同じような感じだ。
体育会系の最先端を行っており、探索隊筆頭魔導師なる役職に就いた導師と共に、『ただ魔物を排除して前進せよ!』と吠えていた。
ちなみに探索隊副筆頭魔導師なる役職があり、なぜかそれは俺だった。
さらに探索隊参謀魔導師なる役職もあって、それはブランタークさんが任じられている。
本人はもの凄く嫌そうだったけど。
「ある程度倒せば、こちらを怖れて寄ってこれなくなるのである!」
同じような体格と性格をしている導師もそれに賛同し、周囲にいるアームストロング伯爵の寄子たちも……ブランタークさんいわく『暑苦しい奴ら』ばかりが揃っていた。
探索隊司令部が置かれたテントはかなり広いのだけど、彼らの威圧感のせいで、すでに何度か温度が上がっているような気がする。
「あのぅ……まずは偵察を出して、二足歩行の小さな竜たちの大まかな数を探った方が……」
「お前はアホか!」
「すみません!」
もうちょっと慎重に。
先に偵察隊を出しましょうと言った貴族に対し、アームストロング伯爵の叱責が飛び、その貴族は完全に委縮してしまった。
ヤクザに恫喝されるよりも怖いからなぁ……。
気持ちはよく理解できる。
「レーガー侯爵の最期を忘れたのか? 戦力の分散などあり得ん! このままベースキャンプに待機し、いたずらに物資を消費することも戦費の無駄だ! 様子を窺っている奴らから倒せばいいのだ!」
アームストロング伯爵の策は一見単純で野蛮に思えるけど、実は一番効率がいいんだよなぁ……。
このままただ様子を窺っても、無駄に食料などを消費してしまうのは確かだからだ。
「(間違ってはいないんだよなぁ……)」
そう。
ブランタークさんの言うとおり、アームストロング伯爵の作戦案は間違っていないのだ。
暑苦しいから、素直に賛同しにくいだけで……。
「うぉーーー! あれだけの魔物を相手にできるとは! 胸が高まるのである!」
「任せたぞ! 弟よ!」
「先陣は任せるのである!」
この兄弟。
仲がよくて結構だが。二人揃うと余計に暑苦しかった。
周囲の寄子たちも合わせると、さらに数倍暑苦しい。
「では、異存はないな! ところでバウマイスター辺境伯! なにかあるか?」
「俺ですか?」
いや、それでいいよ。
他にいい策も思いつかないし、俺、ブランタークさん、導師が先陣で二足歩行の小さな竜たちを一匹でも殺せばいいのだから。
あっ!
いいことを思いついた!
「一ついいですか?」
「忌憚のない意見を頼むぞ!」
俺は導師で慣れているからいいけど、初見の人はアームストロング伯爵にそう言われたらビビってしまいそうだな。
普段からこんな感じなのだが、脅されているように思えてしまうのだから。
こんな一見ヤクザのような人たちを相手にしても動揺しなくなったのは、俺が成長した証拠か、それとも慣れて麻痺してしまったのか。
どちらかは、よくわからなかったけど。
「小さな竜たちと話し合いなどできない以上、これを駆逐して進まねば、ただベースキャンプで籠城して物資だけ消費するだけになってしまうのは確か。進撃するしかないでしょう。ですが同時に、このベースキャンプより少し東の海岸。ここに防壁で囲った拠点を作るべきだと思います。安心して戻れる場所がなければ、進撃するみなさんも不安ですし、小さな竜の数が不明な以上、アームストロング伯爵たちがかなり前進したところで後背を突く、補給部隊を襲うなどするかもしれませんから」
野蛮な話だが、結局二足歩行の小さな竜を駆除しながら人間の領域を広げていくしかない。
地球みたいに動物愛護団体が、『二足歩行の小さな竜が可哀想』と抗議してこないだけマシか。
進むのはいいのだけど、二足歩行の小さな竜たちだって生き残るために知恵を振り絞るはず。
進撃が順調だと思ったら、弱い補給部隊を集中して襲うとか、一旦逃げておいてから突出した進撃部隊を包囲殲滅するとかやりかねない。
魔物か動物かは知らないけど、知恵がないなんて思わない方が賢明だ。
そこで、手薄なベースキャンプや、進撃部隊との補給、連絡路を絶たれないよう、ベースキャンプなどという間に合わせのものではなく、最低限二足歩行の小さな竜に入り込まれないよう、堀と高さ数メートルの石壁で囲った街を作ることを提案した。
「この大陸の探索は長引くと思われます。後方拠点は必要ですよ」
常に魔物に襲われることを警戒しながら、休みもなく探索を続けることは不可能である。
日常がある場所で、休暇を取る必要があると思うのだ。
「しかし、工兵部隊にそこまでの余裕があるか? さらに援軍は来る予定だが、ベースキャンプの維持が限界だと思うぞ」
「そこで、俺の魔法ですよ。堀と石壁があれば、ベースキャンプよりはみんなの精神的な負担は小さい。同時に、援軍を受け入れる場所の条件がいいに越したことはありません」
「それを、バウマイスター辺境伯がやると?」
「立候補しましょう!」
これで、いったい何匹いるのかわからない二足歩行の小さな竜と戦いながら、未開の地を進撃、探索しないで済む。
同時に、この任務に気合を入れているアームストロング伯爵やその寄子たちの手柄を奪ったなどと言われずに済むわけだ。
功績は、後方の拠点建設で十分だ。
もしこの大陸は広大で、王国が貴族たちに土地を配ると言い始めた時、下手に功績を挙げていると、新しい土地を押しつけられてしまう。
そうでなくても、俺の領地は広大で開発が大変なのだ。
これ以上領地なんていらない。
それは、アームストロング伯爵の下で気合を入れている貴族や軍人たちに任せよう。
「そうだな。大変な任務だが、必要なことだ。いやあ、若いのによく思いつくな。さすがは、我が弟が気に入っているだけのことはある」
「(褒められた。上手くいったな)」
「本格的な街づくりは、追加の援軍が来ないと難しいと思っていたんだ。バウマイスター辺境伯がやってくれるのならありがたい。なにか希望はあるか?」
「そうですね……。アッシュ男爵は、この分野の専門家と聞きます。色々と意見を伺いたいですし、設計図などを引いていただけるとありがたい」
「アッシュ男爵か……」
アームストロング伯爵の視線がアッシュ男爵に向いた。
彼は、俺から助っ人に指名されるとは思っていなかったようだ。
かなり驚いていたが、アームストロング伯爵の見えない後ろからウィンクをすると、すぐに気がついてくれたようだ。
俺だけだと素人っぽい造りになってしまうので、専門家であるアッシュ男爵がいた方がいいに決まっている。
一方、アッシュ男爵はアームストロング伯爵たちに同行して進撃するのが苦手なタイプだ。
軍政官寄りの人で、さらに彼はエドガー前軍務卿の寄子だ。
いくら両者が仲がいいとはいえ、脳筋軍団への同行は嫌であろう。
そこで、俺とアッシュ男爵は共犯関係になることにしたのだ。
街の建設という任務があれば、未開の大地に進撃しないでいいのだから。
「アッシュ男爵、バウマイスター辺境伯はこう言っているが、この任務を受けてくれるかな?」
「街の建設はとても重要な任務となります。是非お引き受けしたく」
「そうか。では任せよう」
上手いこと、俺とアッシュ男爵は危険で面倒な進撃の任務からは逃れられた。
頭は、こういう時に使わなければな。
「では、これより進撃だ! いいか? みなの者!」
「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
「気合が入るのである!」
アームストロング伯爵を始め、彼の寄子たち、王国軍でも血の気の多い将校たち。
そして誰よりも導師は、この状況を心から喜んでいた。
俺は基本文系なので、彼らのような根っからの体育会系はまったく理解できなかったのだ。
「(おい! ずるいぞ! 辺境伯様!)」
「(ブランタークさんは、探索隊参謀魔導師ですから)」
「(辺境伯様は、探索隊副筆頭魔導師だがな)」
「(だから俺は、後方を守るんですよ。街の建設だって、とても重要な任務ではないですか。違いますか?)」
「(ううっ……それはそうだが……)」
今回は、ブランタークさんが先に動かなかったのが悪いと思う。
ただ、街を囲う堀と石壁の建設ともなると、魔力量の差で俺の方が選ばれやすいという現実もあった。
俺の作戦勝ちであろう。
「バウマイスター辺境伯、ブランターク殿。なにを話していたのである?」
「いえね。ブランタークさんが、腕がなると」
「おおっ! 某と同じである! 共に轡を並べて未知の大陸への先駆となるのである!」
「(辺境伯様ぁーーー!)」
「ああ、あと。俺は馬が苦手でして。いやあ残念だなぁ」
俺は、プロの軍人のように上手に馬を操れない。
今回の進撃では全員騎乗するので、俺は元々参加できなかったのだ。
「ブランタークさん、頑張ってください」
「さあ、ブランターク殿!」
「……」
俺になにか言いたそうな表情を浮かべながら、ブランタークさんは導師に厩まで引きずられていってしまうのであった。
合掌。




